入館
俺達は魔導列車に乗って北部へ向かった。そのスピードは凄まじく、三十分もしないで到着した。
「魔導列車はね、特別な魔法が掛けられた、特別な魔導具の方向にしか進まないんだ。あの魔導具はテロ対策で許可のない人間は触れないし、なんと魔法を反射する効果もあるんだってさ」
悠人のうんちくを聞きながらの移動は、割と楽しかった。
駅を出る。急に光が強くなって、俺は顔をしかめた。
「さて、美術館はここから少し歩いたところだ。しかし、どこへ行ってもこの島はビルしか無いのかい?」
降り立った沖ノ鳥島北部は、南部とはまた違った雰囲気の繁華街であった。美術館が近くにあるので、また少し離れると、また別の雰囲気になっているはずだ。
「大きさを考えろよ。一応、住宅街なんてのもあるんだぜ」
「住宅街なんて、本土にあるそれとは違うじゃないか。この島じゃ、高層マンションが森の木みたいに立ち並んでるんだぜ?」
「それは安い住宅街だろ。高級住宅街ってのは一軒家が立ち並んでるとこのことを言うんだよ。島とは言え、土地がないことに変わりはねえからな」
ビルの森を俺達は歩く。
何かしらのスイーツの専門店、オシャレなカフェ、雑貨店に服屋。この辺りのことを形容するならば、閑静な繁華街とでも言うべきだろう。
「女の子が好きそうな街だね。いや、男はいてもおかしくないけど、男だけではおかしい感じだ」
「ああ。でもエリーや康太とか悠人なら案外似合うかもな?」
美形だし。まあエリーと康太は女の中に混ざっても違和感無いからだけど。
そういえば、この人通りの多い中で俺達──とは言っても俺は除くが──はとにかく注目を浴びている。無理もない。悠人は爽やかな優男風のイケメンで、アルカニアや幽ヶ峰、そしてシエルという綺麗どころが集団で歩いているのだ。それに、エリーも康太もどこからどう見ても美少女だ。口に出したら怒られるけどネ!
……そう、ただ一人、俺だけが存在感が無かった。どこにでもいるような、そんな俺がこのように目立つ集団の中にいると逆に目立ってしまう。さっきから、羨望の視線の中に「何故お前のような一般人が特別の中にいるのだ」というモノが混ざっているようにしか感じられなくて気が気でない。俺は単に運が良かっただけだというのに。宝くじに当たったようなものだ。
……いや、ほんとなんで俺がこんなグループにいるんだろうな。
「スイーツのお店も多いわね。桃華が来れば喜びそうだわ」
アルカニアがそう言った。そういえば、仲が良かったはずだが。
「そういや、どうして来れなかったんだっけ? 誘ったんだろう?」
「あの子行きつけのお店でスイーツの食べ放題のイベントが定期的にあるんだけど、今日は店のオープン記念日らしくてね。半額セールやってるのよ。そっちに行くから、甘くもないし苦くもない絵を見るのは無理、ですって」
味で判断するのかよ……。
「大輔、見えてきたよ」
康太が俺の裾を少しだけ引っ張って話しかけてきた。お前は俺の彼女かよ。
「……でけえな」
ビルとビルの隙間から見える、なんとも形容しがたい建造物。
物理法則を無視しているようで、よく見れば何もおかしなところはない。
子供が積み木で遊んだ後のような、そんな外観。
見る角度では、まるで浮いているような箇所さえある。勿論、角度を変えれば何かがそこを支えているのだが。
「美術館そのものが一つのアートになっているんだね」
「一目で美術館だってわかるだろ? それに、奇抜なら話題にもなるからな。まあ、維持費とか凄そうだが」
しかし、こんな美術館で何故アニメの原画展を……。
「パンフレットによると、沖ノ鳥美術館はアニメも芸術の一つだと考えているようだよ。クールジャパンをよくわかってるじゃないか」
エリーがそうパンフレットを見ながら言った。
いや、しかしまあ……。
「お前、適当に見繕った服なのになんで着こなせんの」
ただの文字つきTシャツだぜ。一番安かった物だ。しかし服って一着なんであんな高いんだろうな。
「大輔からのプレゼントだ。お粗末な着こなしはしたくなくてね」
エリーは中性的な顔をしているから、男物のTシャツでさえ女物に見える。細身で、筋肉もほとんど付いているようには見えない。エリーがもし女だったら、モデルが顔を真っ赤にして怒りそうだ。ちなみに、Tシャツに書かれている英文は「AreWeCoolYet?」である。意味が特に無いのはわかるが、何故かとても危険な香りがするのは何故だろうか。
「いやあ、五月っていい気温だねえ」
悠人が何気なく言った。そう、今は五月。春だ。とても過ごしやすい季節。
「だねえ。…………ん? …………あれ? 何かおかしいぞ? 致命的に何かおかしい気がする!」
エリーが何かに気付いたらしい。
「ここ、沖ノ鳥島だろう? ……中心地の北緯は20度だ。沖縄よりも赤道に近い。……春とかあるの、おかしくないかい?」
「ああ、知らないか、そりゃそうだわな」
俺はどこからどう説明したものかと考える。すると、悠人がエリーに説明を始めた。
「沖ノ鳥島ではね、東京付近と全く同じ気候、気温になるようになっているのさ。結界の応用でね。全く同じ魔力の流し方、寸分違わない同じ魔法陣の配置、つまり、東京にある魔法陣のコピー……いや、子供をこっちに作ったのさ。親に起きることは子にも起きる。だから向こうで雪が降れば、こっちでも雪が降るわけだね。僕たちが見ている景色そのものは沖ノ鳥島の景色だけれど、流れている時間は東京の物なんだよ」
常夏の島も悪くないとは思ったのだが、流石に日本人には暑すぎる。ただでさえ夏の沖縄にいるだけでも汗だくになるのに、それが一年中続くとなると耐えられやしないだろう。
そこで日本は、沖ノ鳥島を一つの結界で覆った。別名「四季結界」。四季をこの島に与えるから、というわかりやすい名前だ。
ちなみに、眼には見えないが、結界はドーム状になっているらしい。そこから出れば常夏の世界が広がっている。島から少し出ただけで気温が急上昇するので、漁業関係者は暑いわ日に焼けるわと大変らしい。漁獲量は上々らしいが。
「へえ……こちらの世界は、随分と僕らの世界の魔法を進化させているんだね」
「日本人ってのはそういう民族さ。なんでもかんでも、渡ってくるもの全て洗練させまくる。お陰で今じゃ、こっちの世界でアメリカよりも魔法の技術が進んでる。魔科学って概念を作ったのも日本だしな」
去年、魔科学の新しい発見でノーベル賞を総ナメにしていた記憶がある。まあ、魔科学を本格的に研究しているのは日本とアメリカ、ヨーロッパくらいだし、その中でも日本が飛び抜けてレベルが違う。なんか……ズルい気がする。
「まあ、魔科学って分野じゃ日本は世界一だが、魔法学はアルカニリオスには遠く及ばないみたいだしな。日本とアルカニリオスで共同研究って形を取ってるらしいぜ」
「随分と詳しいんですのね。親族に研究者の方でも?」
「あー……いや、まあ近からず遠からず……だなあ」
研究者ではないが、まあ、関わってはいるだろう。爺ちゃんも研究者にコネがあって、当り障りのない範囲で話をしてくれた。爺ちゃんのコネの広さは未だに全容が見えない。
「さて、着いたよ。…………デカイなあ」
遠くから見ていたよりも大きい。中も相当広いのだろう。入り口付近は人で相当賑わっている。
「人気なんだね、ここ」
「まあ、このデザインで、中も趣向が凝らされているし、常設展も人気らしい。ネットの口コミだけどな」
これは期待大である。俺はこういう現実離れしたモノが好きなので、絵画や芸術に興味が無くとも楽しめるであろう。
「よし、チケットを出して。……うん、行こうか」
俺たちは中に入った。先ほどまでの空気とは打って変わって、荘厳な雰囲気が全てを支配していた。現代アートのような風体であるにも関わらず、その空間は「物音を立てるな凡人共」と言葉なしに訴えかけ……いや、そう強要してきている風だった。
「…………」
喋りづらい。いや、喋ってはいけない。
パンフレットを取って、館内地図を見る。休憩所と呼ばれる場所が幾つもあって、そこでなら気兼ねなく会話出来るらしい。
絵を見た感想を言い合う場所、のような感じだろうか。
「…………行こう。まずはアニメ原画展からね」
受付でチケットを渡し、特別展と書かれた入り口に入る。
「よし、じゃあ好きに見て回るか。……康太、シエル、行こうぜ」
「うんっ」
「いくー」
俺は康太とシエルを連れて原画展のための広い空間へ繰り出した。
昨日、一緒に回ろうと約束をしたのだ。
「さて、じゃあ前に見たことを思い出しながら回ろうかね」
「ストーリー褒めてあげてもいいと思うんだけどなあ……」
~~~エリオット=レッセリアの場合~~~
僕は大輔と康太とシエルちゃんが並んで歩いて行くのを見送る。
「あら、良かったのですか? ついていかなくても」
「そうしたいのは山々だけれども……あそこに入れるほど僕は空気が読めない人間じゃないさ」
「……単純にこのアニメを知らないからだと思いますけれど。康太さん、一応大輔さんとシエルさんと三人で見ていらっしゃったみたいですし」
「…………」
なんだか、モヤっとする。
それがなんだかわからないまま、僕は立ち尽くしていた。
「あ、そういえば、わたくしもこのアニメは見ていましたの。作画は良かったのですのよ。ではわたくし、行って参りますわ」
「え、エミリアにまで見捨てられたらいよいよ僕は駄目になる……着いて行かせてくれたまえ」
僕はとぼとぼとエミリアに着いていく。
視界の端では、大輔たちが楽しそうに原画とやらを見ている。
「はあ…………」
疎外感で、僕は溜め息をつく。
僕には友達と呼べる友達は大輔くらいしかいない。だけど、大輔には他にも友達がいる。
わかってはいたことだけれど、やっぱり寂しくなる。
「恋する乙女ですわね、これは」
エミリアまで、溜め息をついていた。
~~~公崎悠人の場合~~~
「……つまりここで主人公は死んだのだけど。……コックピットの中で死ぬことによって主人公はパイロットとして覚醒するの」
「普段より喋るね、葵……」
「いつもそんな感じで喋りなさいよ、あなた」
葵のテンションがとても高かった。
「……そもそもこの物語は第一エノク書をもとにしていて。……ヘブライ語由来の単語も多いの。……設定だけは評価していいのかもしれない」
「なんでそんなに辛辣なんだい」
「製作者が可哀想になってきたわ……」
普段から無表情な葵が、楽しそうで、何より。




