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俺の友達が強過ぎるんだが。  作者: 日向 渡
入学と、クラス内模擬戦。
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男心鎮魂歌(おとこごころレクイエム)

 保健室を後にして、俺は自室へ戻るために校庭を歩いていた。日は既に沈み切り、辺りは月の光と学園内の街灯のような照明が照らしていた。もう四月なのだが、まだ肌寒さがある。


 校庭は、白いコンクリートで舗装された通路に、それを囲むように芝生が敷かれている。街路樹のように木が植えられている。景観は非常に良い。


 学生寮は学園校舎とは離れており、いちいちこうして校庭を通じなければならないのである。訓練で疲れた後などは学園の広さを恨むものだ。


「はあ……部屋に入ったらこう……ねえかなあ、女の子の着替えに遭遇とか……もしくはシャワー出たとこに出くわすとか……ねえよなあ……男子寮だからなあ……可愛い男の娘でもいいから出会いが欲しいぜ……」


 そう呟きながら俺は歩く。周囲には全く人気はなく物寂しい。あるのは春の虫の鳴き声だけである。


 学生寮が見えてきた。後ろを振り返ると、学園校舎が小さく見える。一体どんだけ離れてるんだよ。


 すると突然、学生寮の一室が爆発を起こした。


「なにィ!?」


 嫌な予感がするので、とりあえず急いで帰ることにした。


 学生寮や学園校舎の建材や敷地内の道路のコンクリート等には特殊な素材が使われており、魔法や武器の衝撃を受け止め、消してしまう効果がある。しかしランクSの魔法には耐えられないらしい。爆発ともなれば相当な実力者だ。


 走っても中々辿り着けないので、俺は仕方なく蒼空を取り出した。


「……風よ(ウィールス)我が(ミリアス)身を(バルドゥ)包め(ロミンサ)


 足元に現れた魔法陣から風が発生し、俺の身体を包み込んだ。この魔法は攻撃にもならなければ防御にも使えない。ほんの数センチほど物を宙に浮かばせるだけという地味な物だ。一般的には重いものを運ぶ時に使われるらしい。


 だが、俺が使えば、結果は異なる。


 ちなみに、何故これをクラス内模擬戦で使わなかったのか、と聞かれれば、魔力を温存したかったからだ、と答えよう。本来は数時間に渡って行われる物らしいし。先輩から事前に聞いていたので、ペース配分を怠らなかったのである。


 俺は、全身を風が纏ったことを認めると、しゃがんで足に力を込める。そして、思い切り跳躍した。全身を包む魔力による風が、冷たい風をシャットアウトしてくれているお陰で肌寒さは無くなっていた。


 何故ここまで俺が急いでいるのか。それは、自分の部屋が被害を受けていないか、秘蔵のコレクションが無事であるかを確認するためである。怪我人がどうとかそういうことは俺の知ったことではない。


 跳躍した後、魔法の力で空中に数秒留まり、その間に蒼空の力で空気を蹴り、また跳躍する。纏う風の力で、更に滞空時間を伸ばす。


 数度、ゲームで言うところの空中ジャンプを繰り返し、着地、そしてまた跳躍する。空中ジャンプ回数が限られているのが不便でならない。


 魔導士やその学生が持つ武器は正式には『魔導武装』と呼ぶ。それぞれに特殊な術式が込められており、魔法を詠唱しなくとも効果を発揮する。普段は魔素となって、所有者の周囲に漂っている。少し存在の在り方が違う魔素であるため、魔法を詠唱した際に使用されることはない。


 まあ不思議便利グッズ程度の認識で問題はない。


「無事でいてくれよ…! 俺の大事なコレクション達!」


 要するにエッチな某であるのだが。俺からすれば年齢確認をしないコンビ二探索という戦争を生き抜いて勝ち得た戦利品だ。あれを失ったら俺はもう生きていけない。というかイけない。


 俺はある程度空中から学生寮に近付いて気付いた。爆発したらしき部屋の強化窓ガラスは割れて中が丸見えになっている。カーテンが空しくそよいでいる。なんかあのカーテン、俺の部屋にある物と酷似している。どうにもその部屋は四階であるようだ。俺の部屋も四階である。



 嫌な予感は、当たっていた。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 俺は変わり果てた自分の部屋に空中から突っ込む。そういえば悠人はもう部屋に戻っているはずだ。いや、そんなことはどうでもいい。エッチなあんちきしょうだ。それが無事なら、余裕をもって悠人を医務室に運んでやるとしよう。


 部屋では、同じクラスのランクSの少女が、悠人を押し倒していた。そう、クラス内模擬戦で悠人に敗北を喫したその人である。名前は知らない。


「お邪魔しましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「待って! 助けて!?」


 俺はどこまでも続く星空へ飛び出した。そう、大きく光る月に向かって。


 俺は何も見てない。いいね? アッハイ。


 そう自分に言い聞かせながら飛ぶ。校庭に着地し、蒼空を魔素に変える。


解除せよ(ディース)」と詠唱して纏う風を消しておく。


「強い奴しか美味しい目に遭わないルールでもあんのかこの世の中は……!」


 俺は憤りを隠せなかった。俺だって女の子に押し倒されたりにゃんにゃんしたいと言うのに。というかいつ帰ればいいの俺。野宿? 野宿しかないの?


「ふぇぇ……宿無しだよぉ……」


 俺は呟いて、段ボールを探すために歩き出す。アレは保温性が高いのだ。段ボールハウス、実は結構暖かかったりする。


 数分歩いてから、気付いた。普通、学校に捨てられた段ボールはない。


「くそ……なんだかどんどん自分が惨めになってきたぞ…もう開き直って部屋に戻るか……? いや、既にお楽しみかもしれん…」


 携帯電話を取り出して時間を確認すると、既に夜の7時であった。道理で人通りも全くないわけだ。


「いや、待てよ、学生寮内のどっかで寝ればいいんじゃね?」


 学生寮は屋根も壁もある。常に温度は一定になっているので風邪を引く恐れがない。


 俺は、また学生寮に戻ることにした。



          ~~~~~~~~~~



 寝る場所を探して俺は、先ほど購買で買った毛布二枚を手に学生寮内を歩く。なるべく人目の付かない場所でなければならない。何故なら、他生徒に見つかれば、部屋で寝ない理由を問われ、同居人が女に押し倒されていたから。と答えなくてはならない。そんな惨めな気分は御免被る。今も十分惨めだけど。


 適当に男子寮内を散策し、ついに俺は安住の地を見付けた。住む気はないが。もしかしたら俺のベッドをあのランクSの少女が使って同居生活が始まっているかもしれん。帰ったときに「おめーのベッドねーから!」と言われてしまえば、俺のガラスのハートは粉々に砕け散るに違いない。しかし一度戻ってコレクションを回収しなければならないのもまた事実。今はただ無傷であることを祈るしか出来ない。


「生徒出入り禁止の屋上前踊り場……! グレートなティーチャーもここで暮らしてたしなんとかなるだろ。あっちは校舎だったけど」


 屋上には二種類ある。生徒の憩いの場になっている方と、貯水タンクとか配電盤とかが設置されている生徒出入り禁止の方。こっちは生徒の出入り禁止なので人が来ることもなかろう。意気揚々と俺は毛布を敷いた。「あーあーああーああーあーああーあー」というコーラスと共に壮大なBGMが脳内で流れ出す。俺は今にも右腕を天高く突き上げたい衝動に駆られた。その為の右手なのかもしれない。やったぜ。大勝利だぜ。


「ねえキミそんなとこで何やってんの?」


「ばーざむっ!?」


 突然話しかけられ、よくわからん声を上げてしまう。俺はティターンズ系統のデザイン、好きです。


 階段の下に、偶然通り掛かったのか男子制服を着た女の子が立っていた。すごく可愛い。ありがとう神様。


 少女の髪形はショートで、ボーイッシュ、と言うのだろうか。目はクリクリと丸っこい。小さい鼻に小さい口、身長は俺の肩ほどしかないだろう。中学生とも取れるその少女は腰に手を当てて仁王立ちし、毛布を広げながらしゃがんでいる俺を見上げていた。そのまま、階段を登り俺の方へ近付いてきた。


「え、ああいや、あのほら、うん、アレだよ、わかるだろ? つまりそういうコト」


「わかんないよ何一つとして! ……ってキミは須崎先生をからかいまくった人じゃん。勇気あるよね」


 はて、俺にはその少女に見覚えはないのだが。頭を押さえてうんうんと唸っていると、少女は溜め息を一つ吐いて、「同じクラスなのに……」と呟いていた。その表情を見て罪悪感に苛まれ、俺の脳はフル回転するものの、やはり基本スペックに難があるのかして、結局思い出すことは叶わなかった。


「ボクは広城(こうじょう)康太(こうた)。広い城の健康太郎って書くよ」


「あ、これはご丁寧にどうも。俺は鹿沼大輔。鹿の沼にはまった大きい輔……? ダメだ、いい漢字紹介が思いつかん」


「で、何してたのこんなとこで」


「ちゃうねん。部屋帰ったらな、同居人のめっちゃ強いヤツが女の子に押し倒されとってん。しゃーないからここまで来たんや」


「何故そんなに流暢に大阪弁を……!? ていうかそれ大問題じゃないの!?」


 そりゃそうだ。男子寮に女の子がいるのだ。加えて男を押し倒していた。これはもう……。


「それなんてエロゲ?」


「は? 何言ってんの?」


「すいません……」


 真面目な話をしている時にふざけるとこうなる。皆も気をつけよう!


「まあつまり、部屋で男女の営みが繰り広げられそうだったから慌ててその場を去ったんだよ。邪魔しちゃ悪いし? 助けてとか言ってたけど知らねえよ恨めしい」


「助けを請うてたの!? 明らかに情事じゃないよ襲撃だよ!」


「で、非リア充脱却戦争に惨敗を喫した俺は一人惨めにこうして人目につかないところで一夜を明かそうとしてたわけだ。オーケー?」


「全然オーケーじゃない!」


「なんか部屋爆発してたんだよな……俺のコレクションは無事だろうか……はあ」


「魔法衝撃吸収素材あるのに爆発起きたの!? ただ事じゃないよそれは! そりゃ助けも呼ぶよ!」


 なんだか賑やかな少女だ。見ていると幸せな気分になる。しかし俺は邂逅した時から疑問を抱いていたのだ。この少女に、である。


「話変わるけど、いいかな?」


「え、あ、うん」


「なんで男子制服着てんの?」


 俺がその疑問を呈すると、少女の額に青筋が浮かび上がった。聞いちゃ不味かっただろうか。



「男だからだよ!!!!」



 ガラスすら震えそうな絶叫。それは魂からの叫びであった。


「ハハハ何を仰いますやら」


「いや名前の時点で気付けよ!! ボク康太! 男!」


「何を言ってるんだ? こんなに可愛い娘が女の子なわけないだろ」


「え、あ、そうだね……って違う! 普通男は可愛くない! というか可愛い言うな!」


 まあ、なんとなく察していた。信じたくは無かったけれども。学生寮はルールで午後7時から異性の立ち入りは固く禁じられているのだし、こんなところに少女がいてはおかしい。ランクSなら有り得るが。ランクSは自由人ばかりらしいし。


「これからよろしくな、康太」


「あ、うんよろしく……じゃない! 何を全部終わったみたいな流れに持っていこうとしてんの!? そうはさせないからね!?」


「ハハハ、今日も元気だな康太は」


「キミはボクの何を知ってるの!?」


 ツッコミ疲れたのか、康太は肩で息をする。何故だろうか、須崎先生と同じ匂いがする。いや、体臭とかでなく、こう、オーラ的な意味で。


「はあ……もうなんなのキミ」


「正直すまんかった」


「いや、謝ってくれるならいいけれども……」


 変なテンションで接してしまっていた。反省はしよう。後悔はしない。


「あと、ボクを可愛いって言わないでね。結構傷付くから……うん……」


 ふっと康太の顔に影が差した。これは地雷だ。踏んだらきっと大変なことになる。さっき踏み抜いたけど。


「だ、大丈夫だ康太。お前はカッコいい」


「本当!?」


 うわ、やめろ。新しいおもちゃを買ってもらえる事を知った子供のようなキラキラとしたその瞳をやめろ。その目に映る自分の姿が酷く汚れているモノに見えるから。あたし汚されちゃった……。


「ああ本当だ本当。お前は十分男らしいよ、うん」


「だよね! そうだよね! そんなことを言ってくれたのはキミが初めてだよ!」


 何故この少年の人生において誰も気を遣ってくれる人間が現れなかったのか。せめて俺だけは目一杯甘やかしてやろう。


「そういやランク聞いていい?」


 俺は何気なくそう聞いた。この学園において、「お前ランク何?」は一般でいうところの「成績どうだったー?」に等しい。


「ランクA!」


「マジかよ……」


 自分はランクDです、とはとてもじゃないが言い出せない。滅茶苦茶からかってしまった…。


「大輔は?」


 いきなり呼び捨てである。この子が女の子だったら惚れてた。男の子でも惚れそう。あれ、逃げ道ない?


「ランクDです……」


「……ラーメンでも食べに行く? 奢るよ?」


「やめてッ! そんな目で俺を見ないでッ!」


 備考だが、この現代社会でランクD以下は非常に少ない。一般人こそランクを付けられるレベルではないが、魔導適正がある人間、というカテゴリではランクD以下の存在とは『出来損ない』に含まれる。


「あ、そうだ。こんなところで寝るのもアレだし、ボクの部屋来る?」


「いいのかそれ。同居人いるだろ」


「いないよ。この一年生の人数は奇数だからね」


「俺は神を信じよう……」


 こんなに可愛い(男の)子と一夜を共に過ごせるなんて。魔導士目指して心底良かった。


「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。部屋はどこにあるんだ?」


「四階だね。なんか隣ですごい音が起きてビックリして屋上に避難してきたのだけれども……って、あ」


 お隣さんだったようだ。しかしこの少年も何故今まで気付かなかったのか。そこまで頭が回らないほどに追い詰めてしまったのだろうか。反省。


「……まあ、うん、厄介になるわ」


「どうぞ……」


 ごめん、俺の同居人がビックリさせちゃって。俺はそう心中囁いて康太に着いて行くのであった。

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