友達
目が覚めると、保健室だった。保健室には「蘇生室」というのがあって、各クラスごとに用意されているらしい。他のクラスの生徒に鉢合わせて喧嘩になった過去があるのだとかなんとか。
……で、この部屋には俺しかいない。あれーおかしいなー。死者、俺だけ?
とてつもなく悲しくなってきたので、もう部屋に帰ることにする。
廊下に出ると、誰もいなかった。あれ? 寝過ぎた?
「2組と4組だけだよ、終わったのは。死者は試合が終わるまでは部屋には戻れんしな」
突然後ろから声を掛けられたので振り返ると、須崎先生が立っていた。隣には神帯先生もいる。
「あ、どうもです。見回りですか?」
「君は普段とは想像も付かないくらい敬語が綺麗だなあ……。いやなに、お前に用があったのだよ」
「え、俺にです? ……もしかして退学? 退学ですか?」
「君の発想は面白いなあ……。君の戦いへの批評をしようと思っただけだよ。神帯先生も一言申したいそうだ」
とっても綺麗なクールビューティーな須崎先生の隣には、ガチムチで筋肉ムキムキマッチョマンの変態が立っている。こわい。
「ん~。ここじゃなんだしいん。体育教官室行きましょうかあん」
「長くなるんですかね……?」
すっげえ怖い。説教だろ、説教だな? 説教なんだろ!
「そんなに時間は取らせないわあん。ただ……いいえ、行きましょうかあん」
俺は渋々ついていく。俺なんかやったかな……開幕ぶっぱか? アレが駄目だったのか? それとも左腕スロー? ダメだ、心当たりがありすぎるじゃねえか。
蘇生室を出て少し廊下を歩く。終始無言。一年生から三年生まで全員模擬戦してるので、廊下には誰も居ない。つまり俺達の足音しか鼓膜を震わせないってことだ。こええよ。
で、体育教官室。説教部屋とも言う。
「さて……まず、私から一言言わせてもらうが……お前、アホだろう」
「ええ!? いきなり罵倒!?」
「いや……普通、索敵してから戦闘に入るだろう!? なにを開幕にぶっ放してるんだね!」
「だって楽じゃないですかー運が良ければ全滅じゃないですかー」
「外れれば位置バレだろうに!」
「そうなったら索敵の手間省けるじゃないですかー」
「もしや奇襲攻撃の恐ろしさをわかってないな?」
「そんときはそんときですねえ」
臨機応変、ダイジ。
「君は軍師や策士というよりは……ギャンブラーに近いな、しかし。どうやったらあんな大胆な事ができる?」
「いやあ……悠人に頼ってるだけっすよ。あいつ、本当におかしいですよ。魔力の数もそこらのランクSよりは恐らく多いし、何より禁呪使いだから魔法自体が強力で……生まれ持っての天才でしょうねえ」
魔力もいわば才能だ。だから、天才。間違いはない。
「はあ……君は確かに誰でも思いつく作戦を行っているに過ぎないだろう。だが、それが問題なのだよ」
「え、どこがです」
「誰だって思いつくさ。やろうとしないんだよ、それを。なにせリスクが大き過ぎる。リターンも大きいが、リスクに替えられるほどでは無いだろうに」
「まあ、作戦ってよりは嫌がらせに近いですからねえ」
「嫌がらせだと?」
「例えばリンゴが一つだけなっているリンゴの木があって、その場にいるのは自分と敵だけ。しかも両方、腹を空かせている……という状況があったとしましょう」
「うむ」
「作戦を立てれば、相手をなんとかして出し抜いてリンゴを食べたり、先手をついてリンゴを食べて……勝利しますよね」
「そうだな」
俺が語る内容を、須崎先生と神帯先生は真面目に聞いている。そんな面白い話じゃないんだけどなあ。
「ですけど、嫌がらせとなると違うんですよ。リンゴを地面に叩き落とすとか、いっそリンゴの木ごと切ってしまうとか、半分こだとか言ってちょっとだけしか相手に与えないとか、そういうことです」
「……性格が悪い、ということか?」
「当たらずといえども遠からず、ですね。要するに、相手が困ればいいんです。勝敗なんて関係ないんですよ。相手が嫌な気分になればそれで結構なんですよ」
「……お前、本当に性格が悪いなあ……」
「まあ、否定はしませんけど」
そう、嫌がらせ。相手を見下しているとか、そういうことは一切ない。なにせ、嫌がらせってのはイジメとは違うのだから。対等? いや、むしろこっちが下だ。なんとかして一杯食わせてやろうってだけなんだからな。
「はあ……じゃあ次は神帯先生からだ」
「ええ。じゃあ一言申すけどねえん?」
神帯先生はヒゲを指で弄りながら俺に言う。
「貴方、もうあんな戦い方はやめなさい」
説教だったァー……。
「確かに今でも左腕スローは無かったなあって思いますけども」
「違うわよ。貴方、そもそも負ける気で戦ってたでしょおん」
「いやいや、そんなことないっすよ。ガチっすよガチ。負ける気なら左腕とかナゲマセンヨー」
「……あと、自分の身を削るような戦い方もねえん。見ていてヒヤヒヤするわよおん。なに、アレはあん。自分の身体の一部よ、アレ」
「いやー……使えるかなって思ったら予想外でして。ははは」
「笑い事じゃないわよおん!?」
須崎先生は溜め息をつく。
「はあ……本当にお前というやつは……。波乱ばかりではないか」
「悠人に比べたら俺なんかまだまだっすよう。というかあいつに巻き込まれることが基本ですけどね」
脇役なんかそんなもんである。
「……まあ、話はそれだけだ。今後も無茶な作戦や戦い方は避け……られんだろうなあ……」
ああ、遠い目をしている。諦められている。そんなに駄目かアレ。
「部屋に戻るがいい。……あと、流石にあの戦闘映像は公開出来ないので、後日配布するリプレイにあのシーンは無いからな」
「やったあ。俺の醜態が晒されませんよ先生」
「……掴みどころのないやつめ」
俺は部屋に戻ることにした。なんでか知らんが勝ってたし。まあ悠人が大活躍したんだろうなあ。
~~~~~~~~~
部屋に戻ると、康太とシエルが仲良くゲームしていた。
俺に気付いたらしく、康太が俺に「おかえりー」と声をかけてくる。シエルも続いて言った。
「おう、ただいま」
「遅かったね、何やってたの?」
「俺の全てを非難されてた」
「次は何をやらかしたの!?」
「ダーティな戦法は駄目らしい……」
「……まあ、大輔は自分を貫き通せばいいんじゃないかな……」
なにか察してくれたらしい。ごめんねなんか。
「こっち来てスマブラしようよスマブラ。シエルちゃんメチャクチャ強いよ」
「わがマルスは……カウンターのオニ……」
「うわ使いキャラ被った。これカウンターのタイミング重なって微妙に面白いことになるやつだな」
うむ、そうだ、これでいい。これが一番である。日常っていいよな。
何も起きないってのは、幸せなことだ。そうだろ?
そんで1時間もした頃だ。
「うん?」
康太が何かに気付いたのか、玄関へ向かった。
「ポストに手紙が入ってるよ、大輔」
「手紙? また古風なもんを」
「差出人不明だし住所もナシ。多分直に入れられたものだろうね。大輔宛だってことは確かだけど。はいこれ」
「読んでみるよ。ありがとう」
康太は俺に手渡してくれた。本当にイイ奴である。女だったら惚れてたね、マジで。
で、肝心の手紙だが、白い長方形の袋だ。開いて、中身を取り出すと、折りたたまれた紙が入っていた。
「えーと?」
書かれていたのは、謝罪文である。
『こんな形で謝罪することを許して欲しい。僕はもう君に合わせる顔が無くってね。
ではまず……本当にごめんなさい。君の心も知らずに、とてつもなく無礼なことをした。
きっと君は怒っていることだろう。全力を要求しておいて、こちらが魔法を使わないなんてことは相手を見下している以外の何物でもなかった。そして、僕はそれに気付けさえしなかったんだ。笑ってしまうよ、本当に。入学式と同じようなことをまたやってしまった。僕は本当に酷いやつさ。今回で嫌というほどわかったと思う。
でも安心してくれ。僕はもう君と関わらないと神に誓おう。そうでもしないと、僕は余計に君を傷付けてしまいそうだし、もうこれ以上嫌われるのも嫌なんだ。勝負の件も忘れてくれ。アレは僕の勝利だとは言い難い。純粋に体術だけで戦った君の勝利だよ。どのみち、あのままでは負けていただろうしね。でも、君の勝利なのに何も与えられないことを許してくれ。
馬鹿げたことに付きあわせてしまって本当にすまない。そして、少しの間だけでも、僕と普通に接してくれてありがとう。初めて僕は酷いことを言われたよ。傷付いたけど、初めてのことで嬉しくもあったんだ。だから、ありがとう。もう会うことはあっても話すことは無いだろう。じゃあね。
エリオット=レッセリア』
「あンのバカ……無自覚か? 無自覚で俺を困らせてんのか?」
ああもう、イライラする。本当にイライラする。思えばエリーにはイライラさせられてばかりな気がする。
言いたいことが多すぎて、心の中でそれらが暴れ回っている気がする。
何より一番腹が立つのは、手紙の長方形の右下。
丸い模様みたいなシミが、幾つも描かれていた。
いくら俺でもこれが手紙の模様じゃないってことぐらいわかる。ここだけ質感違うしな。
「ほんっと泣き虫だなアイツは……。泣くぐらいなら書くんじゃねえよ……」
「大輔、どしたの? なんかイライラしてる?」
「ああ、してるね。それもすげえしてる」
「わあお。差出人さんはどんな奴なんだろうねえ。大輔がマジギレしてるのなんか……滅多に見ないねえ」
どんな奴か? そうだな。
「泣き虫でどうしようもないアホな奴だ」
「へえ。で、どうすんの?」
「部屋に乗り込むに決まってんだろ!」
~~~~~~~~~~
「いってらっしゃ~い」と康太の声を背中に受けて、俺は部屋を出た。
俺は生徒に配られている、携帯電話型のデバイス──生徒証だが──を取り出し、エミリアに電話を掛ける。
『もしもし? そろそろかと思いましたわ』
「あってめえ知ってて止めなかったなこの野郎」
『止めてたら余計面倒になってましたわよ』
「今でも十分だよ!」
『はあ……私達の部屋は3階の一番奥ですわ。今はわたくし、外に出ておりますのでお兄さまがどうなってるのかは知りませんけれど。どうせ泣いてるのでしょうね』
「高校生にもなってアイツは……男なんだからもっとしっかりしろよなあ。可愛い妹にガッツリ気を遣われてるじゃねえか」
『……まあ、そりゃそうですわよねー』
「だよなあ。ありがとな、切るぜ」
『ええ、ウチのダメダメ兄をどうにかしてくださいな。主人公みたいに』
「そりゃ無理だ。主役は悠人だからな。もし相手が女相手だったらアイツの出番だったろうな。男だから俺がやんだよ。偉いだろ? 殊勝な脇役っぷりを褒めてくれてもいいんだぜ」
『はあ……ま、健闘を祈りますわ。あ、部屋の鍵は開けてありますわよ』
通話が切れる。さて、泣き虫王子様をフルボッコにしますかね。
~~~~~~~~~~
男子寮、3階の奥の部屋。扉を開けて、中に入る。
部屋の中は真っ暗で、カーテンも閉められていた。うわあ、典型的な落ち込みルームだ。
「…………ん、エミリア、かい? 眩しいから……早く閉めてくれたまえ……」
声は鼻声だし、枯れてるし、とても弱々しい。
ああもう、イライラするなあ、本当に。
俺は扉を閉めて、無言で部屋の中心まで進む。
なんとかカーテンから差し込む陽の光で見えなくもない。部屋の中を見渡すと、ベッドの上に人影があった。
「はあ…………僕は本当に駄目だな……絶対嫌われた……こんなんじゃエリオット家の家督なんか無理だ……やはりエミリアがやるのが妥当なんだ……」
ネガティブここに極まれり。男なのにこんなにナヨナヨしているのも珍しい。顔も女みたいな顔してるしな。
「大輔くん…………」
一瞬ドキッとした。切ない声で呼ぶんじゃねえ。ちょっとヤバかっただろうが。何って、精神が。
このままでは埒が開かないのでそろそろやっちゃおう。
「寝起きドッキリサプライズッ! おッはようございマースッ!」
「うわあああああああ!?」
俺は盛大にカーテンを開けた。とても驚いているようだ。ドッキリ大成功!
「な、だ、大輔くん!? どうしてここに!? い、いや、手紙じゃやっぱり駄目だったかい……? やはり日本の土下座というものでないと……」
「お黙り!」
「!?」
「さっきからグダグダグチグチと……。舐めてんのか変な手紙出しやがって!」
「……すまない。しかし、やはり君に合わせる顔が無くて……」
「なんだあの内容! 舐めてんのか! 怒っているだろう? もう二度と関わらねえ? 挙句の果てに俺の勝ちだと? アホか! 一人で話を進めて終わらせるんじゃねえよ!」
ああ、イライラする。すげえイライラする。
何がなんだかわかんないが、エリーが、こんなくだらないことで心を痛めて泣いているのが、とてもイライラする。
「じゃあ俺の勝ちだな? そう書いたんだぜ? いいんだな? もう取り消さねえぞ?」
「…………ああ、それでいい……。卑怯だと罵ってくれてもいいし、そう言いふらしてくれても構わない。僕はそうされる程の……」
「黙らっしゃい! いいか? 俺が勝った時の条件忘れてねえだろうな? それ行使するからなこの野郎」
エリーは俯く。
「ああ……なんでも言ってくれ……。退学かい?」
「違え!」
「違う? じゃあ……土下座かい?」
「違えっつってんだろ!」
俺は頭をガシガシと乱雑に掻いた。ああもう、恥ずかしいなあ。これマジで言わなきゃ駄目……だろうなあ。
ま、得られる物の方がデカイんだし、いいか。
「俺の友達になれ。拒否権はねえからな?」
「………………!」
エリーが俺の顔を見て硬直した。
あれ? 大丈夫かこれ。
「…………ぐすっ」
「ああ! やっぱり駄目だったァー!」
このダム決壊激しいな畜生。
「だって……だって僕は酷い奴で……人の心も知らないで……」
「人の心なんざ読心魔法使わなきゃわかんねえよ」
「歓迎戦でも酷いことしたし……」
「気にしてねえって言ってんじゃん」
「…………本当に、いいのかい……?」
涙目で上目遣いすんじゃねえよ男の癖に可愛いんだよ畜生。
「そもそもお前が言い出したんだろ。それに……なんだ……その」
「? 言いにくいことなら別に……」
「お前が泣いてると調子狂うんだよ! だから……まあ、アレだ。泣かねえようにこの俺が見張っててやる……よ」
クッソ恥ずかしい死にたい。穴があったら入りたい。顔から火が出そうだ。
「…………!」
エリーが顔を真っ赤にして俯く。だよな、やっぱ恥ずかしいよな。俺もだよ畜生。
「…………こんな僕だけど……」
「仲良く……してくれますか?」
「………………おう」
「……えへ」
ああもう! 男とかそんなんもうどうでもいい! こいつ可愛い!
「じゃあ、その……これからよろしくね、大輔」
「ああ……エリー」
「は、はは、なんだか照れくさいや。一人で泣いて悩んでた僕がバカみたいだね」
「俺の方が恥ずかしいんだよクソッタレ。察しろ。マジで」
「あ、顔が真っ赤じゃないか。……なんだか可愛いね」
「お前にだきゃ言われたくねえ!」
「青春ですわねー」
「「!?」」
俺とエリーは同時にドアの方を見る。
エミリアが、とてもニヤニヤしながら立っていた。
「いやあ……本当に……主人公みたいでしたわよ大輔さん……」
「笑いを堪えてんじゃねえこの野郎おおおおおおおおお!」
「ど、どこから居たんだい!?」
「『寝起きドッキリサプライズッ! おッはようございマースッ!』のところからですわ」
「最初っからフルじゃねえかああああああああああああああああ!」
エミリアはニヤニヤと俺とエリーを見る。こいつ絶対性格悪い。もうお腹真っ黒だろ。
「ボイスレコーダーで全部録って腐女子連盟に渡しても良かったのですけれど……そこまでわたくしも無粋ではありませんの」
現時点でも結構無粋です。
「さて、大輔さん、ウチのバカなお兄さまを末永くよろしくお願いしますね?」
「ああ、末永くかどうかはわかんねえけど」
「そうでないと困りますわ。それに、ヨロシクして欲しいのはお兄さまだけではありませんの」
「あ?」
「嬉し恥ずかしハッピーセット。なんと今なら可愛い可愛い妹もセットでオトモダチ。なんてお買い得なんでしょう」
「えー」
「残念そうな顔をなさらないでくださいます!?」
「冗談だよ。よろしくな、エリオット兄妹」
俺は笑う。これでよかったんだろう。俺にしては上出来だと思う。
「じゃ、飯、食いに行こうぜ、な?」
エリーとエミリアが勢い良く頷いた。その顔は笑顔だ。
ま、これがご褒美だってんならお釣りが来るな。




