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勝利

 爺ちゃんの教え、対人戦編その十二。

『相手を驚かせて隙を作れ』

 まず牽制にと蒼空を突き出す。

 エリーは天涯を伸ばすこともなく、短剣よりも少し長い程度のそれで俺の攻撃を弾き返す。

 俺はバックステップ、左手を地面に付けて着地する。左手に、砂を握らせる。



 大事なのは、目潰しのタイミング。近付いて砂を目に掛けるのは少しリスキーだ。まさか振りかぶって投げる訳にはいかない。……いや、これなら行ける。

 相手が接近した時に投げるのが一番なのだが、エリーの魔導武装は鞭だ。それも長さがかなりあると来た。これでは接近戦は期待出来ない。ならば、こちらから近付く他ない。

 俺は左手に砂を握ったまま、右手だけで蒼空を持って、跳躍して接近する。狙いとしては、エリーのほんの少しだけ真上辺りだ。

 上半身を大きくひねる。蒼空を思い切り振りかぶる。

 迎撃してくるかとも思ったが、攻撃は来ない。天涯を伸ばして、エリーも武器を振りかぶっていた。接近した瞬間に攻撃し、確実に当ててくるのが狙いだろう。



「おォ……ッ、らァァ!」

 蒼空の射程距離ギリギリで思い切り身体の捻りを活かして上半身を回転させつつ攻撃する。エリーは蒼空にぶつけるような形で迎撃してくる。

 咄嗟に蒼空で天涯を防ぐ、それと同時に左手を伸ばしてエリーの眼の前で左手を開いた。

「な…………ッ!」

 蒼空で弾いた天涯は、まるで暴れる蛇のようにしなる。危ないのでもう一段ジャンプして急いで離れる。

「追えッ、天涯!」

 刃で出来た追跡者は跳んで逃げる俺の身体を狙い、スピードを上げて向かってくる。



 俺はさらにもう一段跳ぶ。それと同時にエリーの方を見ると、彼は眼をこすっていた。

 一度着地し、すぐさまエリーの方へ跳ぶ。天涯はどうやら、俺の動きを追いかけるだけのようだ。それを確認するため、蛇行に跳躍してみると、天涯もくねくねと動いた。ますます蛇っぽい。

 そして、先端だけでなくほぼ全体が動いているようだった。イメージとしては、とても長い毛糸の端を持って左右に振っている時に、手で持っていない部分も動いている感じだ。

 この動きをしてくれるならば、月並みなことではあるが、アレが出来る。

 俺は渦でも作るように、エリーの周囲をぐるぐると回転する。大回りにスタートし、どんどんと近付いてゆく。

「くっ……どこだ!」

 眼の砂を取り終えたらしい。だがもう遅い。

 俺はエリーの真後ろから、思い切り跳んで離れる。



 糸で渦巻き模様を作る時、糸の長さに余裕が無かった場合どうなるか。

 エリーは言った。「距離に限界はあるけれどね」と。

 これはリスクのないギャンブル。

 もしも天涯に長さの限界が訪れた時、今まで追跡した分が消えて、ステッキ程度の長さに戻ってしまうのであれば、俺の奇妙な動きに意味はない。

 だが、もしも伸びきってしまうのならば。



「なんだって……!?」

 俺を追いかけた天涯は長さの限界に達し、それでも俺を追いかけようとする。今まで動いてきた部分の無駄な長さを無くし、つまりは、たるんだ糸を思い切りピン、と張った時のようにして天涯は、なおも俺を追う。

 長い糸でぐるぐると渦巻き模様を作るとしよう。そこの中心に何も無ければ、糸は引っ張れば形を失う。

 だが、例えば真ん中に空き缶でも置いてあれば、糸はそれに巻き付く。

 そして今、その空き缶はエリーだ。天涯は、俺を追うために無駄を省こうとする。俺は糸を引っ張る。

 彼の身体に、刃で出来た糸が絡みつく。



「ぐあっ!? な、ば、馬鹿な……!」

「そら、隙だらけだぜ!」

 身動きが取れなくなったエリーに迫る。これ、もしかしたらもしかすると勝てちゃうのでは無かろうか。

材質変換(コンバート)! 盾となりて(ラクシアム)守れ(アルドゥーグ)!」

 天涯の刃は形を変える。丸い盾を並べて、糸で繋げたような風貌に。

 俺はダメ元で蒼空を振るうが、頭からつま先まで万遍なく防御されたのではどうしようもない。仕方なく距離を取った。

「やるね、大輔くん」

「あんなの、バカ長い武器持ってる奴が相手だったら誰だってやると思うぜ」



 我ながら、昭和のロボットアニメにでも出てきそうな作戦だったと思う。

「宣言するよ。僕は君に対して一切魔法は使わない。そうでなければフェアじゃないからね」

 その言葉に、俺はまたイラッとする。決めつけて哀れんで、対等の立場にでもなろうとしているのか、こいつは。そんなものは優しさじゃない。ハンデというのは、つまり相手が自分より下だと(丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶)、そう言外に言っているような物なのだから。

 視界に、エミリアの顔がチラリと入った。とても、とても気の毒そうな顔をしている。哀れみではない。全てがわかっている上で、俺が感じていることを察している上での表情。



 ありがとう、エミリア。お前は優しい。いや、エリーだってとても優しい。だが、その種類が違うだけ。優しさの種類が、兄妹で異なっているだけなのだ。

「さあ、続けよう! 君のその中の器の正体を知るためにも!」

 エリーは材質変換(コンバート)で蛇腹剣を作ってから、俺の心中お構いなしに迫ってくる。どう考えても正面からやりあったのでは勝ち目はない、どうにかして隙を作らなくては。

 砂はダメだ。警戒されているだろう。何か、彼が驚くような物は。

「どうしたんだい! 避けないと腕が飛ぶよ!」



 ……腕が、飛ぶ?

 一つ思いついた瞬間、俺の左腕が、肩から先の全てが、ボトリ、と落ちた。

 焼けるような、それでいてハッキリとした痛み。血が大量に吹き出す。

「う、ぐ、ぐ、ううううううううううう!!」

 だが、俺はそんな痛みの中でも、なぜだか思考がクリアだった。

 頭の中の大事なスイッチがオフにでもなったか、イカれたか。

 いや、単に経験済みだっただけだ。

 そういえば昔、山奥で遭遇した魔物(ガルナ)に腕を切り落とされたことがある。だからどこか冷静でいられたのか。



 俺は蒼空を地面に突き刺し、スコップで砂を抉りだすようにして、思い切り、蒼空を振り上げた。

 刀身部分に砂が乗り、勢いのまま砂はエリーの方向へ飛んでゆく。

「その手はもう通じないよ!」

 エリーは顔を腕で覆った。今しかない。

 俺は、蒼空を還し、切り落とされた自分の左腕を、エリーに向かって投げつけた。

 そしてすぐさま顕現させ、飛ぶ腕を追う。腕が血のラインを地面に描きながら飛んでゆく様はとてもシュールで、とてもグロい。出血が多くて頭のネジが飛んでいなければ吐いていたに違いない。



 エリーが腕を顔から離す。その時点で、俺の左腕はエリーのほぼ目の前に達していた。

 俺は、自分の腕を蒼空で切り裂いた。真っ二つに、だ。

 まるで、切れ味の悪い包丁でトマトを斬ったみたいに、血をまき散らしながら、二つに分かれた腕は落下していく。

 エリーは眼を見開いて、硬直している。

 そう、砂や石なんかじゃなくていい。物理的でなくとも、目潰しは出来る。

 目の前で、腕が真っ二つになる。それも、血を撒き散らしながら、だ。

 そんなもの、普通の精神じゃ耐えられないに決まっている。俺だって吐きそうなのだ。でも、俺はできることを全てやらなければならない。



 自分の積み上げてきた全てを以って、彼に敗北しなければならない。

 全ては弱者という位置にいるため。誰も俺に期待しない(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)。そうでなければならない。

 過大評価は、失敗を生む。出来ない無理難題を押し付けられた弱者が、何人も犠牲になった。出来損ない、役立たず、そんなレッテルを、勝手に過大評価した上からさらに貼り付ける。強者とは、そんなものだ。

 だから、最初から雑魚でいた方がいい。それであれば、誰も不幸にならない。俺は過度な期待をされず、誰も俺に失望しない。



 だから、俺は吐き気を抑えてエリーに斬りかかる。目の前で正気度が下がるような光景を見せられて硬直しているエリーに。

「あ、あ……」

 世界がスローモーションになったかのような感覚。失血によるものだろうか。だが関係ない。むしろ好都合だ。俺は蒼空の狙いを、敢えて大したダメージにならないような場所に向ける。これで勝ってしまってはダメだから。

「あ、ああッ…………! 地の(クウェイン)力よ(ルテス)! 穿け(ラフトゥ)!」

 地面が隆起する。瞬間、先端の鋭い無数の木の根が、俺の身体を幾度と突き刺した。

 俺の身体は浮き上がり、まるで百舌鳥の速贄にでもなった気分だった。

「あ、あ、ああ、僕は、僕は……」

 咄嗟に口をついて出たのだろう。防衛本能というやつか。



 俺は声をかけてやることにした。もうすぐ死亡認定で消えてしまうからな。

「お、め、でとう、エ、リオッ、ト……」

 上手く喋れない。失血も多く、もう頭が回らない。辛うじて生きているのは魔導武装による身体強化のおかげだ。

「お前の、勝ち、だ……。な、に、魔法だって、お、前の、力、さ」

「僕は……魔法を使わないと決めて、だから……!」

「殺し、合い、に……ルー、ルなん、ざ、あってたまるか、よ……」

 ダメだ、意識が遠のく。蒼空が還ってゆく。ああ、死ぬってのは、何回体験しても慣れなものだ。左肩と腹部の痛みは、とうに消えていた。

「ああ、また、勝てなかった、なあ…………」

 眠りに落ちるように、俺は死んだ。



      ~~~~~~~~~~



「ああ、あ、ああああ……」

 大輔の身体が消え、落ちていた腕も消え、しかしそんなことには構わず、エリオットはその場に崩れ落ちて泣いていた。ルールを破って魔法で勝利したことによる自責の念。それだけでなく、目の前で大輔の左手が真っ二つになっていたことへの衝撃や、自らの腕を斬っているというのに、まるで表情らしい表情を見せなかった大輔への驚き。それら全てが、一気に、涙という形で溢れ出ていた。

「はあ……大輔さん、これ以上ウチの兄を泣かせるのはやめて欲しいのですけれどね……。後できっちり言っておかないといけませんわね」

「う、うう……」

「ほらお兄さま! 立ってくださいまし! まだ学内戦は終わってはいませんのよ!」



「なんで……なんでエミリアはそんなに平然と、してられるんだい……」

「大輔さんが自分の左手を掴んだ瞬間に、何をやろうとしているのか大体察してしまいまして。ずっと眼を瞑っていたのですわ。スプラッタなんてごめんですので」

「ははは……エミリアは強いな……」

 エリオットは何時になく落ち込んでいた。高校デビューが失敗した時よりも、ずっと深く。

 見えていた。そう、見えていたのだ。魔力(エナ)の量ではなく、その器を見ることの出来るエリオットには、大輔の奥底に見える、何か(丶丶)が。

 それの正体が知りたかった。いや、違う。それを引きずり出したかった。

 きっと、それが目覚めれば。彼の悲しそうな、自分にさえ期待していないような。気がつけばふと浮かべていて、まばたきの内に笑顔で塗り固められてしまう、悲しげな表情が。

 自身に溢れた笑顔に変わってくれると、そう思ったのだ。



      ~~~~~~~~~~



 彼はいつも笑顔だった。はっちゃけていた、と言ってもいい。ふざけて、笑って、驚いて、怒ったような素振りでツッコミを入れている。本当に、騒がしく生きていた。

 ランクDでありながら、相手のランクがSだろうが構わず対等に話していた。笑っていた。

 そんな人間は初めてだった。向こうの世界にはいなかった。

 貴族で、ランクS。そんなエリオットに対等に出来たのは、同じ貴族の身分で、なおかつランクSの人間だけだったから。

 初めて会った時。あの時、思ってしまったのだ。

 なんだ、たかがランクDか、と。



 こちらの世界に来て、自分に親しく出来るのはランクSだけだと思い込んでいた。向こうの世界と同じ。こちらでも自分は魔力(エナ)の多い人間としか交友関係を作らないものだと。

 その上で、大輔を初めて見た時。エリオットは何故だか、少しキレた。

 ランクSを探していたのに、いたのはランクD。しかも彼は、アルカニリオスにいたどんなランクDとも違っていた。

 自分がランクSだと言っても、彼は自分に敬語を使ったり、恭しい態度を取ることは無かった。それどころか、エリオットに対して悪態をついたのだった。

 高校デビューとか言って、エリオットは気が大きくなっていた。調子に乗っていた、と言ってもいい。

 そして、酷いことをした。今でも、思い出すだけで死にたくなる。冗談抜きで、自分を嫌悪していた。



 それでも。そんなエリオットを、大輔は魔物(ガルナ)から救ったのだった。それどころか、自分は逃げないで、エリオットだけ逃したのだ。その時、初めてエリオットは正気に戻った。命の危機に際して、初めて過ちに気付いた。

 今でも、つい先程のことのように思い出せる。攻撃されていた時の大輔の表情を。

 まるで、そんな不当な扱いを受けることはまるで当然だとでも言うような。諦めを含んだ表情。

 彼の言葉は忘れない。「慣れてる」と。そう言った。



 そして宿泊オリエンテーションの時、エリオットは彼に謝る決心をした。

 クズだとか、人として最低だとか、そんな糾弾を受けるつもりで会いに行った。

 だけれど、普通に声を掛けられるほどエリオットに勇気は無かった。

 だから不遜な奴として声を掛けた。

 しかし、返って来たのは呆れたような笑顔だった。

 彼はエリオットを責めないどころか、ただただからかっただけだった。



 そこでエリオットは、なんとしてでも、大輔に許しを請うて、願わくば、許されるなら友になりたいと思った。

 でも、やっぱりエリオットは素直じゃなかった。恥ずかしくて、素直になれなかった。

 だから遠回りばかりした。



 エリオットは大輔とただ仲良くなりたかったのだ。大輔のことを思ったよりも気に入っていたのだ。ただ、それだけのことだった。



      ~~~~~~~~~~



「……降参しようか、こっちの人数じゃ、2組には勝ち目がない。それに、僕はもう戦えない。……いや、戦いたくない、かな」

「はあ……まあ、相手はほとんど無傷、こちらはほぼ壊滅状態。仕方ありませんわね。降参申請、しておきますわ」

「……うん」

 エリオットの魔法で貫かれ、死の間際の大輔は、それでも、いつものように笑っていた(丶丶丶丶丶)

 その笑顔からは喜びなんてものは感じなかった。

 諦めて、諦めて、その先に辿り着いて初めて浮かべられるような笑顔だった。

 エリオットの胸が、またチクリと傷んだ。



「過程はどうあれ、お兄さまの勝ち、ですわね。早いところ戻って、大輔さんに会いにゆきましょう。……納得がいっていない様子ですわね」

「当然さ! 僕は……魔法を使って、勝った。それも、大輔くんに対して……。こんな僕が、彼の友達になる資格なんてない……」

「はあ……大輔さんがそんなことを気にする御方なら、そこまでご執心なされないでしょうに。さあ、行きますわよ」

「ダメだ! 僕は……僕は……ッ!」

「いい加減になさいな。仮にも貴方は勝利者なのですわよ。情けを掛けるというのは、敗北者への侮辱に他なりませんわ」



「どうして、そんな……」

 エミリアは強いのかと、そう聞く前にエミリアは言った。

「……彼に必要なのは、同情でも理解でもないのですわよ、お兄さま。だってランクSのわたくし達が、どうしてランクDの心なんて理解出来るのです?」

「…………」

「そういうことなのです。それが全てなのです。それを一番わかっているのが大輔さんなのですよ。どうしようもないと、一番わかっているのです。……まあ、お兄さまの気持ちもわかりますけれど……でも、お節介が過ぎましたわね。下手な希望は、より大きな失望を産みますわよ」

「エミリア……僕は……」



 エリオットは、憔悴しきったまま言った。

「余計なお世話を……したのかな……」

 エミリアは、少し考えて、言った。

「ええ。それはもう。とっても。ですから、会いに行くのですよ。お兄さまだって、悪意でやったわけではないのですし……怒られるかどうかは、神のみぞ知る、といったところでしょうけど」

「そうか……はあ、そうか……」

 終わった。そう思った。

 絶対に嫌われた。そうに違いない。

 陰鬱な気分のまま、トボトボ歩く。

 やがて訓練室に機械の声が響く。



 ──2組の勝利です。学内戦を、終了します。

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