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弱者の苛つき

 エリーの手元には、魔導武装である鞭。いや、見た目としては長いステッキのようだ。

 要は、架空の武器である蛇腹剣と同じ要領なのだろう。上空に飛んでいた俺を捕まえるほどの長さはまずあり得ない。能力は『伸縮自在』というところだろうか。

 中距離戦闘タイプと見た。ある程度の距離を保って戦われると、こっちから手が出せないのが面倒だ。

 まあいい、適当にあしらって死んで全部悠人に任せよう。もうあいつ一人でいいんじゃないかな。



 そう思っていたのだが、なんとエリーが迫ってくる。俺は咄嗟に後方に跳び、距離を取る。

「甘いよ!」

 エリーは魔導武装を振るう。鞭は回避が難しいが、縦に振られれば横に、横に振られれば上下に回避すれば避けられないわけではない。

 だけどまあ、そんな簡単に行くのであれば苦労はしない。

 しかし、鞭そのものに攻撃力がそれほどあるとは思えない。巻きつけて引き寄せるなり、叩いてダメージを与えるなり……。大怪我をさせるイメージはないな。



「このままじゃダメだね……。性質変換(コンバート)! 剣となりて(ワムドシアム)切り裂け(ザラーム)!」

「はあ!? なんで異世界人のお前が固有魔法(パーソナルスペル)使ってんの!?」

 エリーの魔導武装は鞭から蛇腹剣に変わっていた。ステッキから短剣のような風貌になっている。そんなに変わるのか魔導武装って……。

「向こうでは使えないからと言って、別に向こうの人間が使えないわけじゃないんだよねッ!」

 俺に向けて魔導武装は振るわれる。今までと回避のしづらさは変わらないが、何よりもあたってしまった場合に受けるダメージが段違いである。



「僕の天涯(てんがい)を舐めないで欲しいな!」

 エリーはさらに鞭を振るう。俺は後方に跳び、射程範囲外に出ようとするが、天涯は俺に迫る。

「ああくそ! やっぱり伸縮自在系の能力か!」

 蒼空で思い切り弾き飛ばす。が、一瞬止まるもやはり俺に迫る。

「ああ!? ンだそれ!」

「天涯の能力は『魔力(エナ)を自動追跡する』。距離に限界はあるけれどね」

「まーた強い能力出てきたじゃねえか! 俺に対するあてつけかこの野郎!」

 俺は迫り来る天涯の刃を捌きながら叫ぶ。しなる武器はとても捌きにくい。ぶっちゃけもう諦めたい。



 しかしタチが悪い。何が悪いって、防いでも完全に弾き飛んでくれないので、頬や足、手などに刃が地味に当たるのだ。全身に切り傷が出来てしまう。

「いてえんだよチクチクチクチク! お前の性格出てんじゃねえのかその魔導武装!」

「なっ……! 失礼なやつだな君は! 僕の性格が悪いとでも言いたいのかい!」

「間違ってねえだろ! こんな雑魚とっ捕まえてネチネチ虐めやがって! ランクDだぞ俺は!」

「だから君は自分を過小評価し過ぎだと言っているんだ! 君だって全力を出せば……!」



 俺はその言葉を聞いて、少し、ほんの少しだけ、えも言われぬ感情に襲われた。だが、きっと思い過ごしで錯覚だ。だから、無視することにした。またいつも通り馬鹿なことを言ってはぐらかそう。

「いや、ないない。マジでない。それで前に悠人にボッコボコにされたから。同じこと言われて仕方なく本気でやったけどすげえ呆気無く負けたから。うん」

 勝てないってわかってて本気出して結局ボコボコにされるのだ。カッコ悪いったらありゃしない。というか、あれ? 俺、入学してから個人としての勝負で勝ったこと無くない?

 …………ないわ。

「……もう降参していい……?」

「な、なんで急に挫けているんだね! くっ……こ、攻撃しにくい!」

「なーもーよくなーい? もうかえろーよー」

「一気にやる気を無くすのはやめたまえ!」



「はー。わたくしもこれは如何なものかと思いますわー」

「え、エミリア! 君だって賛成していたじゃないか!」

 いつの間にか天涯による攻撃が止んでいた。妹のほうを見ている。

「だってお兄さま、仲良くなりたいのでしょう? もしかして、殴りあった後に二人共が仰向けに倒れてお互いを認め合う……みたいな都市伝説を信じていらっしゃるのですか?」

「都市伝説!?」



 ああ、兄妹漫才始まっちゃった。どうしよう。流石に奇襲掛けても角度的にバレるな。

 さっきから魔素(マナ)通話を試みているが、どうにも通じない。向こうもそれに気付いてくれればいいのだが。

 俺の動きに気付いたらしいエリーが俺に言う。

「ああ、悪いけど、魔素(マナ)通話は封じさせて貰っているよ。公崎くんを呼ばれても困るのでね」

「勝ち目ないじゃん。降参(サレンダー)するわ」

「あ、諦めないでくれたまえ!」



 ええー……。

「いいじゃん、これで俺が降参したらお前の勝ちだよやったね」

「う、うぐう」

「弱い者いじめするような奴と友達になるのもなー嫌だけどなーでも仕方ないなー勝負だもんなー嫌々ながら友達になるしかないよなー」

 俺は思いつく限り文句を言う。本心ではない。……ないよ?

「よし、かかってこい!」

「もうやめてくれえええええええええええええ」



 泣いてしまった。

「う、うう、僕は……僕はただ……」

「あーあ、泣かせちゃいましたわね。いーけないんですわーいーけないんですわー」

「まさか泣くとは思わねえよ! ……あーもう! まるで俺が虐めてるみたいじゃねえか!」

「『まるで』ではなく『まさに』ですわ」

 小学生の頃に女子と口論になって、女子に勝ってしまったあの瞬間を思い出す。

「畜生! どうすればいいんだこの状況!」

「とりあえず後で『鹿沼大輔がお兄さまを虐めて泣かせた。え? どうやって泣かせたって? 無粋なことを聞くんじゃない』ということを言いふらしておきますわね」



「それもう取り返しがつかなくなるじゃねえか!」

「もう大概ですわよ? モブ受けモブ攻めが流行っているのは大輔さんのせいですのよ」

「もういい聞きたくない! ……ってかエリー! 涙目でこっち見るんじゃねえ!」

 女みてえな顔してるからドキッとするんだよ!

「だって……うう」

「泣き虫男子×モブ男子……と」

「メモるんじゃねえよこの野郎!」

 もうやだこいつら。真面目に戦わないでいいのはラッキーだけど。



「そもそも俺ってばバトルキャラじゃねえんだよな。ゲームならサポート枠。格ゲーならシステムボイスだから。ストーリーには出るけど弱すぎてプレイアブルにならないタイプだから」

「誇らしげに言うことではありませんわよね」

「で、どうすんだよ、この勝負。俺もう降参したいんだけど。いや、どうすんだもすったもんだもねえな。俺は降りるぜ、おい。いいだろ? お前は勝つ。俺は負けた。それだけだ。なあ」

「…………」

 エリーは眼をこすっていた。鼻をすすり、そして俺の方を見る。決意に満ちた顔だった。



「やろうか、勝負。僕はやっぱり君の本気を見たいんだ。いつもふざけている君が隠している、眼を背けている何かを見たいんだ」



「…………あ?」

 聞き間違いだろうか。俺はもうやめたいと言ったのだが。まあ、うん。仕方ないな。泣いてたんだ、聞こえてなかったのも仕方ない。ならばもう一度言うだけ。簡単な帰結だ。そう。それでいい。

「なあ、俺はいつも全力だったし、いつも本気で戦ってきたんだぜ? まあ確かにお前と直接一対一で戦ったことはねえけどよ。でも、なあ、わかるだろ? そんなことには意味なんかねえって、わかって言ってんだろう? いい加減にキレるぜ、おい。俺だって堪忍袋ってのがちゃんとあって、それは今にも切れそうになってんだ。そろそろわかれよ」



「いいや、君の言葉は信じないさ。信じられないさ。僕は言ったろう。器を見るのだと。僕は感知することが出来るのだと。だからわかるのさ。君に秘められた何かを。僕だけが知る何かをさ。それを見付けたのだから、見たいと願うのも不自然では無いだろう? 君が自覚していないとしても、だ。だって現にそこにあるのだから。僕の審美眼は僕に誓って確かであると自負しているからこそ、僕は君の力を信じているのさ。君が自らを無力だと言うのなら、君に潜在する力を認識していないのならば、僕がそれを引き出すべきだ。せっかく見付けたものを放棄するなんてあるまじきことだ。だって僕は君の友になろうとしているのだから。僕はもう迷わないさ。例えこれが壮大なお節介だったとしてもね」



 またか。

 また悪夢が訪れるのか。自分の無力さを痛感させられるあの悪夢が。いや、夢なんてものではない。紛うことなき現実なのだ。覆すことの出来ない現実なのだ。

 まあ、そんな俺の心境をこいつらが理解することは無いのだろう。俺だってこいつらの心持ちなんぞ知らないし知りたいとも思わない。それと同じだ。

 弱者と強者は違うのだ。生まれた時から。

「はあ…………嫌だって言ってんだぜ? それでもやんのか? そうなると、お前の審美眼も、全部否定しちまうことになるんだが、それでもいいんだな?」

 俺の胸中にモヤモヤとした物が現れる。

 それは苛つきだった。形容しがたいイライラだった。自分でもわからない。どうして俺がこんな気分になっているのか。



 さっきまでは完全に気を抜いていた。目の前で起こる兄妹漫才に心を暖かくさえさせていた。これで終わるものだと思った。エリーは、俺の降参という形をもって勝利を収め、これからも適当に適度に付き合っていくのだろうと思った。

 だけれども。今だけは認識を改めなければならないのかもしれない。目の前の彼は明らかに敵である。

 俺が信じてきた『弱者である自分』を否定しようとしているのだから。



「……仕方ねえな、付き合ってやるよ。現実を見せてやる。いいな?」



 俺が向かい合ってきた現実を。

「ああ……君の本当の力を見る。絶対にだ」

 俺が覆そうとしていた現実を。

「だから本気出したって変わんねえって言ってんのに……人の話は聞くもんだぜ、まったく」

 魔導武装を構える。俺としては、さっきのほのぼのとした空気の中で終わらせたかったのだが。仕方あるまい。強者に真実を教えて死ぬ。まさに脇役雑魚。いいじゃないか、最高に俺らしいではないか。



 俺は蒼空を構える。祖父に習ったことを改めて脳内で反芻する。自分の持っている全てを自身の身体に染み込ませてゆく。

「…………悠人よりかは真面目に戦ってやるよ」

 本気とは少し違う。これは俺の全てだ。全力ではない。積み上げてきた俺の時間だ。

 今までの本気とはまるで違う。この勝負の敗北は、俺という存在の否定とも言えるような、そんな物だ。

 だがエリーよ。お前は俺にまだ可能性があると信じて疑わない。

 だから俺は示そう。

 お前の疑念を晴らそう。



 俺は何時になくイライラしている。

 理由は相も変わらずわからない。

 降参しているというのに勝負を挑んできたエリーへの怒りだろう、と俺は考えた。或いは、こんな俺に期待しているからでもあろう。だけれども、原因がわかったはずなのに、やはりイライラは収まらなかった。ただただ俺の腹部を痛ませるような怒りが滞っていた。

「お前らみたいな奴が俺に期待するから……だからいつも間違えてきたんだ。わかってくれよ、なあ。それともやっぱりこうすることでしかわからねえのかよ、おい。……いや、八つ当たりか。そうか」



 やめておこう。いや、やめるべきだ。俺は怒るべきではない。それはとても俺らしくない。鹿沼大輔は怒らない(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)。いつだって、そう。どんな理不尽にもヘラヘラ笑って楽観視して、それだけでいいのだ。いつだって弱者なのだ。それでいい。そうでなくてはならない。

「行くぜ、エリー。悠人(しゅやく)よりは優遇してやるんだ。瞬殺してくれよ?」

 俺は跳ぶ。蒼空を構えて。まさかこんな嫌な気分になるとは思わなかった。まさかこいつが俺をここまで評価していたとは思わなかった。

「僕は────君を、知りたい!」

 結果の見えている戦いが、始まる。全ては俺の望まぬ形で、だ。

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