日常への回帰
とある、真っ暗な部屋。
窓は真っ黒なカーテンで遮られ、パソコンから出ている光が唯一の光源だ。
そこに訪問者が訪れる。微笑を浮かべた、糸目の男性だ。男性は部屋の主に話しかける。
「よう、負けも負け、大敗北だな? 蠱惑のフィザンさんよ?」
声を掛けられた男は、リクライニングチェアに寝転びながら、首だけ動かして訪問者を見る。
「あァ……どうもォ、疑心のサードさン。ワタクシのプライベートルームに何か用ですかァ? 入室料取ッてやろォかこの野郎」
「そうカッカしなさんなよ? 俺はただクエスト取ってきてやっただけだぜ?」
余計なお世話ですよォ、とフィザンは呟いた。その表情からは苛つきが見て取れる。
「ったくよ? お前はたった一人のガキ捕まえるのにどんだけ掛けたんだ? しかもカルト集団でっちあげてよ?」
「三ヶ月ですよォ。ワタクシ、こう見えても堅実に物事を運ぶ主義でしてねェ」
「そうは見えねえな? 明らかに楽しんでただろ? ネタばらしまでしやがって? 完全に全部ぶっ壊しにかかってたじゃねえか?」
「あのカヌマとかいう低いランクのガキを相手にしてる頃は楽しかッたンですがねェ」
「外国人ロールプレイな? お前、TRPGとか好きらしいしな?」
「別にイイでしョうよ。……で、クエスト取ッてきてくれたンでしョう?」
「お前からすりゃやることは変わんねえよ? ほれ? 見てみろ?」
サードは、フィザンに情報端末を投げた。フィザンはそれを受け取り、端末を見る。
「……『空の神子捕獲クエスト』ォ? ワタクシが受けたクエストと同じ……ッて人数制限が四人に増えてますねェ」
「今回の件で、一人じゃ荷が思いってことでな? 人数が増えたんだってよ?」
「あンだけの魔力を持ッてる子供、初めて見ましたよォ。確かに一人じゃ荷は重いですねェ。でもなンだッて四人なンです? もっと多いほうが楽でしョう」
「悪党の矜持を捨てちゃ面白くねえだろう?」
「まァ、それもそうですねェ。しかしィ……空の神子、だなンて名前、誰がつけたンで?」
「リーダーらしいぜ? そういや、お前、ロールプレイに組み込んでたな?」
「使いやすかッたですよォ。むしろォ、あれありきの宗教設定でしたしィ」
フィザンの前のパソコンでは、『設定』と書かれたドキュメントが開かれている。
「なんだ? 設定書いてたのかよ?」
「GMの基本ですよォ」
そう言って、フィザンはケタケタと笑う。
「で、本題その2なんだがよ? 実はまだもう二人のメンバーが決まってないわけだ? そこで、他の暇な悪党どもを勧誘しようと思うんだが? 手伝っちゃくれねえか?」
「イイですよォ。ああでも、それなりに面白そォな人しか集めませンからねェ」
「それには俺も大賛成だぜ? あと、期日は5月末までだからな? 後がつっかえてて仕方ねえんだわ? なにせ今までで一番ポイントが高いからな?」
「まァ、魔導士協会に突っ込めッてンですからねェ。ほぼ自首みたいなモンですよォ」
「ただ? このポイントがあれば? 一生遊んで暮らせるだろうな?」
「働かずにずッとゲームして遊べばイイなンて最高ですねェ」
男二人は、密かに笑いあった。
「さァて、行きましョうかァ。全ては大いなる理想のために……ッてねェ」
悪党は、歩き出す。抱いた夢は、悪夢か、正夢か。
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「……え? 今なんと?」
「あ、あはは……だからね、この子、どうにかして君が引き取れないかな、鹿沼大輔くん」
魔導士協会本部。シエルの保護を申請して、返って来た答えは「無理」であった。
「い、いや、どうにもユニオンに狙われてるらしくてですね……」
「いや、まあ、僕ももちろん保護してあげたいのは山々なんだけれどもね。多分、その子、君にしか懐いてないんだよね。思考詠唱が出来るんでしょう? もし君と引き離して、なにか良からぬことでも考えられたらヤバイよ。……いや、マジでね」
どうしよう。シエルを安全なところに居させてやりたかったのだが……。
「……だいすけ」
捨てられた子猫のような目で俺を見るシエル。いかん。良心が致命的な痛みを。
「それに、大丈夫だと思うよ? エルゼラシュルドのセキュリティってかなり固いんだからね」
そう言われるとそうか……。ううむ。
「その子の魔力の量は尋常じゃない。人間の身体で耐えられているのが不思議なくらいだ。そんな子が、孤独な中、君だけを頼りにしてる。ほら、断る理由、あるかい?」
「ないっすね……」
ただ、俺にシエルを守ってやれるだけの力が無いだけなのだ。
「まあ、仮に攫われちゃったとしても、僕ら魔導士が絶対になんとかするから大丈夫だよ。人を助けるための僕らだからね」
た、頼もしい……! 少なくとも俺の百倍くらい頼もしい! ……あ、ゼロって何を掛けてもゼロだったわ。
「だいすけはすごいよ?」
幼女に心中読まれた上にフォローされた! つらい!
「じゃあ、よろしく頼んだよ。ああ、それと、今回の事件解決の分の点数は電子生徒手帳の方に記録されてるからね」
「あ、これそんな機能あったんすね……」
思ったより多機能だった。
「ええと、向こうの彼は事件解決、魔導犯罪者の撃退、魔導犯罪者集団の施設の破壊、数百人の人命救助だから……すごいよ、もう二年生でもおかしくない点数だ」
目の前にいる魔導士さんが見ている先には悠人の姿がある。他の魔導士さんと会話している。照れてる、めっちゃ照れてる。あれ褒められまくってんな多分。
「……俺はどんな感じですかね」
「人命救助一名」
「ですよね!」
知ってました。
「……重要人物ではあるんだけどさ。権力者とか要人ってわけじゃないからね……」
「まあ、ただの幼女ですもんねえ」
魔力は尋常じゃないけど。
「じゃ、ここまでかな。気を付けて帰りなよ? いつユニオンが来るかわからないからね。護衛を付けたいけど、権力とかあって、ね……」
「仕方ないっすよ。俺も監督官志望なんでよく苦労はわかってるつもりです」
「お互い、苦労するね……」
「全くです」
俺と魔導士の男性はハハハと乾いた笑いを交わす。世知辛い……。
「じゃあ、そろそろ帰ります。お世話になりました」
「出所するみたいな言い方だなあ……うん、頑張ってね」
俺は受付から離れる。悠人もほぼ同じタイミングで終わったらしく、俺のところへ駆け寄ってきた。
「どうだった?」
「人命救助一名」
「……もっと貰っててもおかしくないと思うんだけど」
「え? だって俺、今回ほとんど何もやってねーもん。潜入したって、俺が魔法陣の場所を教えたわけでもなし、俺が合図出さなくても突入はされただろうし、後は死んでただけだな」
「……大輔、結構執着心無いよね……?」
「やってもねえことで不当な評価を受けんのが嫌なだけだよ」
ズルいじゃんなんか。あとで申し訳無くなってうわあああって悶絶しそうじゃん。
「はあ……思ったより大物だよね」
「褒めんな照れる」
照れてる素振りを全く見せずにあっけらかんと言うと、悠人は溜め息をついた。
「じゃあ、帰るか。幽ヶ峰とアルカニアもとっくに帰ってんだろ?」
「だね。どっか寄り道するのもいいかなと思ったけど……シエルちゃんを連れ歩くのも危険かな?」
「お前がいるんだからほぼ大丈夫じゃね。時間も時間だし、ラーメン食ってから帰ろうぜ」
「いいね。シエルちゃんは大丈夫かな?」
「らーめんたべたい」
シエルは俺の服の裾を握って、ついてきている。
「うし、駅前にいい店がある。そこ行こうぜ」
「醤油ラーメンの気分になってきたよ」
そういうことになった。
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中華料理店、壱番館。
テレビや雑誌で取り上げられはしないものの、その味は確かだ。奇をてらったラーメンでもなく、昔ながらの味を持つ素朴な店だ。
「いいね、凝ってるわけでもなく、手を抜いてるわけでもない。何度食べても飽きない味だ」
「オシャレな店って、一回行っただけで満足しちまうことも多いからよ。こういう何度でも食べられる味が一番だわな」
「おいしい」
シエルも気に入ってくれたようだ。
「でも、どうしてここを知ってたんだい? 大輔って高校からでしょ、こっち来たの」
「先輩がここ好きでなあ」
「その先輩って、どんな人なの?」
「あー……変な人だ。今二年生で……生徒会役員をやってると聞いた。それで忙しくてなかなか会えてないんだがよ」
メールではよくやりとりしているのだが。
「……ふう、ごっそさん。いやあ、初めて食ったけどうめえわ。たまに来よ」
「だねえ。他にも色々メニューあるみたいだし、何度も来たいね」
「ごちそうさまー」
俺達は会計を済ませて店を出た。
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そして俺は自室に帰り、とあることを部屋に入った瞬間に思い出した。
……康太になんも言ってなかったなあ、と。




