蘇生
僕たちは地下から出て、1階に辿り着いた。
4階の通路が1階からでも見える吹き抜けになっていて、天井は一部がガラス張りになっている。
一般客はおらず、先ほどから数人の魔導士が仲間の応援を待っているらしく、待機している。
「あの、状況を知りたいんですが」
僕は一人の魔導士に話しかける。
「ん? ダメじゃないか、一般人は避難しなきゃ……」
僕は学生証を見せる。
「魔導士候補生です。事件への協力が許可されているはずです」
「ああ、候補生の子かい。でも……まだこの事件、クラス決まってないんだよね……候補生の子が協力出来る魔導犯罪はランクBまでだからね」
「もう巻き込まれてますからいいじゃないですか。今更投げ出す方が問題ですよ」
「それもそうだな……。でも、教えられるようなこともないんだ。なにせ、敵の姿が見当たらないんだからね。僕らも下っ端のランクA部隊だとはいえ、プロの魔導士だ。それを一撃で殺した相手だからね……少人数で迂闊に動き回るわけにもいかなくって。敵の位置はわかってるんだ。四階にいるはずだよ。エスカレーターを昇っていっているのを見たからね」
わかったことは、プロの魔導士を一撃で倒すような相手だということ。それが四階にいるということ。
…………それの相手をしてるのか、大輔……。
「ダメじゃん! 早く助けなきゃ!」
「ええと、誰をだい? もしかして、まだ一般人が……」
「ランクDの魔導士候補生が一人で交戦状態にあるらしいんです!」
「いや、でも死んだって復活するし、大丈夫じゃないかな?」
いや、心配は尽きない。なにせ相手は人の魂を閉じ込めるとかいう厄介な魔導具を持っているのだから。
「……葵、ミオ。気付いてるよね?」
「…………上の階層から、物凄い魔力を感じる。…………でも、この子と同じ魔力。…………何故?」
「これだけ上質な魔力の持ち主はそうはいないでしょうね。上の階で誰か強力な魔導士が戦っているのかもしれないわ」
「とにかく、上に行くべきだと……」
そこまで言って、言葉が止まる。
右の頬に水滴が当たる。
「ん……雨漏り?」
僕は頬に手を当てる。ぬるり、と嫌な感触がした。
「悠人……それ」
「…………嫌な予感」
指を見た。赤色が、僕の指に線を引いていた。
紛うことなき、血。
「まさか……!」
僕は積帝と積乱を顕現させて、僕は4階まで跳躍する。
辿り着いた瞬間、それが見えた。
手すりの近くでピクリとも動かず、真っ赤な水たまりにうつ伏せで浮かぶ、見慣れたモノ。
傍らには、空の色をした槍が無造作に転がっていた。
「…………!」
僕は着地し、すぐさま脈を取る。あれば生きているし、無ければ転送されていなければおかしい。首筋に指を当てる。……脈はない。死んでいる。
身体を仰向けにさせた。服は真っ赤に染まり、胸元には大きな穴が空いている。体内が見えかねないので、慌てて目を逸らした。
目を逸らした先に、顔面が広がっていた。
「こんにちはァ次の方ァ」
「…………貴方が、大輔を?」
「おやァ? 驚かないンですかァ? こんな強面が目の前に現れたンですよォ?」
「気配でわかってたからね。それに……怒ってるから、さ!」
僕は積帝を思い切り振る。軽やかに男はかわした。
「ンン~~……だいぶこの体にも慣れてきましたねェ……」
そう言って、肩をぐるぐると回した。
その言葉が気になって、僕は男を注視する。そして、気付いた。
「体の中に魔力が……二つ?」
「あはァ! バァレちャいましたねェ!」
おかしい。あり得ない。
魔力は人によって違う。家族でも似はすれ同じにはならない。二重人格であったとしても、魔力は絶対に体内に一種類しか存在しないはずなのだ。
一人の人間の身体に、二つの魔力。そこから導き出される答えは一つだ。
「……もしかして、身体を乗っ取ってるのか!?」
「ヒャッヒャァ! ご名答ォ!」
精神操作魔法だろうか。体内に何かしらの魔法精製物質を入れられているのだろう。
「さァて、どうしますゥ? 私を殺しますかァ?」
「殺して、精神操作が解けるのならね」
「体内にあるデバイスは死ンでも消えませンよォ。残念でしたねェ」
何故答えを教える? ここでわざと殺されていれば復活を利用して逃げられただろうに。
男はニコニコしている。楽しそうに。
「ああ……そうか」
この男は……この男の中にいる誰かは、この状況を楽しんでいるのだ。
「目的はなんだ? 何をするためにお前は今ここにいる!」
「神にィ、生贄を捧げてェ、世界中の人間の魔力の量を統一するために神を降ろすゥ! …………というロールプレイですねェ」
「じゃあ……少女を軟禁してた、っていうのは?」
「あ、聞いちャいますゥ? それェ」
男はケタケタと笑う。
「かァわいい幼女は見ているだけで幸せですからねェ……あァ、いやいや、嘘ですよォ。首筋に剣を当てるのは辞めてくださいよォ」
「真面目な話をしているんだ」
「はァ……ポイント稼ぎですよォ。あの女の子を無傷で持っていけば、相当なポイントになりますからねェ。でもワタクシ、非力でか弱い悪党ですしィ。仕方なァくオッサンの身体借りてるンですよォ。どうせならカワイイ女の子の身体でも操りたかッたですけどォ」
「ポイント……悪党……。お前、『ユニオン』の人間か!」
「ピンポンピンポンピンポォン!! だァいせェいかァィ! どうも初めましてェ、ワタクシ、デイビッド=レリーフ改め、『蠱惑のフィザン』と申しまァす!」
ユニオン。魔導犯罪者が、独自のルールを以って集まった犯罪集団。その居場所は特定出来ず、体制もわからず、ただ存在のみが知られている。
「この身体の人間はクリスチャンですよォ。先天性属性障害を持ってるだけの、つッまんねェ善人! 今でも身体の奥底で叫ンでますよォ! 身体を返せ、ッてねェ!」
「……はあ。全く、こんなの相手にしてたのかい、大輔は。疲れるよね、それに──」
僕は片手盾、積乱を構える。
「最高にムカつく!」
一瞬で距離を詰め、思い切り盾で殴った。
「ごッ……!? な、あ? 魔力が……ッ! 消え…………!」
「僕の積乱はね、魔法、人体問わず、魔力を直接殴れるんだよ。人体を殴った場合、魔力が一瞬だけ吹き飛ぶ。すぐに戻ってくるけれど、それまでは身体は動かないよ」
ゲームでいうところの『スタン』という状態だろう。これ、反則みたいだからあんまり使いたくないんだよなあ……。
「さて、これで一件落着、かな?」
「ま……まァだですよォ……!」
「うん? まだ消えてなかったのかい、君。やっぱり魔法で作った物を体内に入れてるのか……」
「残ッた魔力の全てで、せめて一矢は報いますよォ! やられッ放しは性に合わないンでねェ!」
男は、フラフラとした動きで本型魔導武装に手を触れる。
「使徒よォ! 最後のお仕事ですよォ!」
頭のない、やせ細った天使を模したような化け物が僕に迫る。
だけど、それは僕には届かない。身体の表面に亀裂が走り、風が体内から吹き出した。
「な…………?」
「大輔の魔力だ……。アレの体内に爆弾を置いておいたんだな……魔力を注ぎ込まれたら起爆する爆弾を」
「く、消えるッ……! ゲームオーバーですかァ……! また遊びましョうねェ、魔導師候補生さン……!」
男から、一つの魔力が消えた。男はうずくまって咳き込んでいる。すると、口から一匹の虫の死骸が飛び出した。それはムカデだ。恐らく、アレを使って人の身体を乗っ取っていたのだろう。
「くっ……はぁ、はぁ……ああ、くそ、私としたことが、あんなことをするとは……」
「大丈夫ですか?」
「ああ……身体の方はね。だが……少々参ってしまったよ。それに……しばらくは獄中生活になりそうだ。もう私には聖書を持つ資格はないな……」
「ちょっと! 一人で先に行かないで……って、ちょっと! 大丈夫なの、これ!」
「…………大惨事」
「だ、だいすけ!」
ミオ、葵、そしてシエルちゃんが階段を昇って追い付いてきた。大輔の身体を見て驚いている。
「罪滅ぼしというわけではないが、カヌマ君の傷を癒やしましょう。完全に治れば、魂を解放しても転送はされません。傷ありきの死ですからね。死因もなく、魂もあればそのまま息を吹き返すのですよ」
白人男性は、大輔の死体の方を見た。
「記憶、あるんですか?」
「私の身体ですからね。見えているのに止められないというのは、辛いものですよ……」
「しかし……変貌ぶりが凄くて、ちょっとついてけないな……」
「そもそも私達は状況がわかってないのだけど。どうなってるの?」
「…………グロテスク」
「……そもそもなんで君たちそんなに驚いてないのかな。女子だし、もうちょっとこう、キャーとか言うもんじゃないの?」
「魔導士同士の戦いなんかいつもこんなもんでしょう。ただ……普通はこうなった瞬間消えるのだけど」
「早く治してしまいますよ」
男は大輔の死体に近付く。手には魂の入ったビンがある。
その前に、影が翻った。
シエルちゃんだ。大輔を庇うように立っている。その目には涙が浮かんでいるが、強い決意がうかがえる。
「もう何もしませんよ。カヌマ君を生き返らせた後は素直にお縄に付きましょう。やったことは消えませんからね……すみませんが、そこを通してくれはしませんか。なに、傷を治すだけですから」
「……ほんと?」
「ええ。本来、私は殺生に魔法を使うのは得意ではありませんしね」
シエルは少し逡巡した後、渋々そこを退いた。
「……なおしてね、ちゃんと」
「ええ、勿論。……回復せよ」
単語詠唱……。しかも、それだけで傷がみるみるうちに塞がっている。プロの魔導士レベルだ……!
「私は先天性属性障害。属性語を詠唱出来ない身体なのですよ。ですが、回復魔法は無属性ですからね。これの練習しかしてきませんでしたから……」
この人は絶対に善人だ。断言していい。
「……さて、治癒は終わりました。魂を解放しましょう。たった一人で立ち向かってきた勇敢な少年の魂をね」
男はビンの蓋を開ける。ふわりと、透明な炎が現れて、大輔の身体に吸い込まれていった。
~~~~~~~~~~
「死ぬかと思ったァァァ──────────ッ!!」
「いや死んでたんだよ!?」
俺は復活する。すごい。死ぬってあんな感じなんだね! ……まあ、ほんと眠っているような感じで、今起きました、みたいなものだが。
「っておわあ! 敵襲か!?」
「ああ……大丈夫だよ。もう」
「あん? 何が大丈夫だってんだ?」
「その人、ユニオンの人間に操られてただけだから」
「え? そういうオチ? 途中に長々と会話したんだけどアレなに」
デイビッドは凄く申し訳無さそうな顔をしている。劇的ビフォーアフター。
「どうやらあの魔法は、記憶をも盗めるようでして……私の過去を随分と見られてしまいました。ロールプレイ、と言っていましたし……」
「人の身体で遊んでたってわけかね。それに、ユニオンか、ふむ……」
となると、ユニオンの人間がシエルを狙っていたということになる。
「今はとにかく、プロに状況を伝えるのが一番だろうね。この人の処罰も決まるだろうし」
「そうだな。……話しかけるのと、学生証提示はアルカニアか幽ヶ峰がやってくれ。俺は言わずもがなだが、悠人は書類上はランクDだ。SとDじゃ、発言力が違い過ぎる」
「…………承諾」
「仕方ないわね……でも、状況を聞かないとどうしようもないわよ」
「俺達も同伴するさ。というか、ほとんど俺と悠人で話す。シエルの処遇も考えなきゃなあ……」
やはり魔導士協会に引き取られるのだろうか。
「それは話してみないことにはわからないさ」
「私は自首しましょう。罪は償わねばなりませんから」
「操られてる場合の魔導犯罪ってどういう扱いなんだっけなあ……」
まだ犯罪の取り扱いを全部覚えてないのだ。無能!
「はあ……折角のデートが台無し……」
「…………ちょっと楽しかった」
「何がっ!?」
俺達は、階下に向かう。全ての清算をするために。
「……だいすけ、はなればなれ?」
「どうだろうなー……一緒にいられれば、いいな」
俺の服の袖を摘むシエル。こいつだけは、なんとかしてやりたいと、そう思った。




