孤独な戦い
「…………ッッッだらああああ!」
走りながら、蒼空で思い切り車を殴る。車はガゴンッ! と音を立てて、教祖へ飛んでいった。
「ンン~~……最近の鬼ごッこは激しィですねェ……爆発せよ」
背後で爆発音が響き、爆風が俺の背中を押す。俺の身体は吹き飛ぶが、そのままの勢いでもう一段、二段とジャンプ、更に距離を広める。
「おやァ? ……イイ能力ですねェ! ゆッくり追いかけてあげますからァ……せいぜい楽しませて下さいねェ!」
教祖は高笑いをしながら、ゆっくりと歩いて迫ってくる。スピードこそ遅いが、まるで真後ろにいるようなプレッシャーを感じる。左肩に抱きかかえているシエルは、未だに震えている。頭が前を向くように抱えているので、教祖は見えないはずだ。しかしこの担ぎ方ではシエルが疲れてしまう。どこかに隠れておんぶする形に変えたほうがいいだろう。
「……だいすけ、おいていっていいよ」
「バカ言え! まだ青空の一つも見てねえだろうが!」
「……いいよ、もう。どうせどこに逃げてもすぐみつかっちゃうよ」
「俺が算段なしに逃げてるわけねえだろうが! くそ、慣れねえことはするもんじゃねえが……」
地下駐車場の隅まで移動し、階段をジャンプして地上に出る。更にそのまま4階まで昇る。
フードコートまで移動して、シエルを下ろす。
「はぁ……はぁ……きっつ……。…………ふう」
息を整え、シエルの肩を掴む。
「シエル。お前に頼みがある」
「……わかった」
俺は、逃げている間に思いついた嫌がらせをシエルに伝えた。
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教祖は立ち止まり、エスカレーターに乗って4階に移動する。
「はァ~~……。折角生贄が集まッたから今日にでも神を降ろそゥと思ッていたンですがねェ。一緒にいた男の子はどう見ても低ランクのカス……いエいエ、ダイジなダイジな救うべき子羊ですねェ」
溜め息混じりに歩く、白人の男。常に微笑を湛え、常にキョロキョロと辺りを見回している。まるで観光でも楽しんでいるかのように。
「ンン……魔力はこッちからですねェ……大きィ大きィ魔力がァ……プンプンしますねェ!」
そして、フードコードに入る。……ところで、教祖の足が止まった。
そこには、無数の神子の姿。走り、立ち止まり、座り、歩き。笑い、嘆き、慄き、表情を失っている。
「ンン~~……薄気味悪いですねェ。しかしィ……この近くにいるのは確かァ! さァ、怖くないですよォ! さッさと出ておいでェ!」
教祖は辺りを見回し、無表情のシエルの腕を掴む。
「ふむゥ……幻覚かと思えば触れるンですねェ。となると、これが本物ですねェ!」
だが、そう叫んだ瞬間、シエルの姿が消えた。
「あァ? 消えたァ? どォンな魔法を使ッたンですかねェ!」
楽しそうに教祖は笑う。
「しかしィ……さッきから見えてるアレはなンなンですかねェ?」
教祖が一つのテーブルに近付く。そこには、ビンが置いてあった。それは、教団が使っていた、魂を封じ込める為に使っていたモノ。
「……中に魂が入っていますねェ! しかもこの莫大な量ォ! これだけで数百人分ン! ヒヒャ! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャァ!」
笑う。笑う。笑う。狂ったように。正常に。いつものように。壊れたように。
その姿を窺う影が、遥か遠くに二つ。
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「大丈夫か、シエル。魔力のほとんどをあのビンの中に詰めて、さらに幻覚魔法まで……」
「……ちょっとつかれたぐらい。はしったりはできるよ」
「なんつー魔力の量だ……まあ、疲れてないならいいんだ。この後もう一仕事して貰わないといけないからな……。いけるか?」
「だいじょうぶ。ひとをよんでくるぐらいできる」
「場所はわかるな?」
「ん」
よし、と俺は頷いて、シエルを地下駐車場へ向かわせた。
教祖は、気付かない。
「後は……っと」
俺は教祖の方を見る。ビンを持って心底嬉しそうにしている。奴はあの中に人の魂が入っていると思っているんだろうか。
ならば、次にシエルを探そうとするはずだ。大きい魔力は感知されやすい。が、シエルの場合は魔力が大きすぎて、大体の位置しかわからないのだ。漏れだす魔力が多いからなのだが。
だがシエルの魔力はビンの中だ。どこを探してもシエルは出てきやしない。
簡単に言うと、ビンにシエルの魔力を詰めてデコイにしたわけだ。
ビンの中は真空状態にしてある。……魔力は魔素の結合体で、魔素は粒子状なのだが、実はこれらは、酸素や二酸化炭素といった空気とは少し違う存在なのだ。つまり、真空状態でも魔素は存在できる。いや、魔素があっても真空を保つことが出来る、と言うべきか。
さて。ではビンをどうするのか。簡単だ。破裂させる。
シエルと話してわかったことだが、シエルは魔力が多い上に回復がとにかく早いらしい。今、シエルを地下駐車場に向かわせ、悠人達を呼んできて貰う算段なのだが、その途中で魔力が回復してしまう恐れがある。
だから、俺がここに残ったのだ。あのビンを有効活用するために。
「この距離でも……無理だな。ちと近付くか……」
俺はビンに夢中になっている教祖に気付かれること無く、フードコートの近くに移動することが出来た。しかし……まだフードコート内に大量のシエルの幻覚があるのが凄く不気味だなあ……。
「あァ? だァれでェすかァ? ……なンだ、さッきの雑魚ですかァ」
「ご挨拶だなこの野郎。手ェ怪我しろ。空気の渦よ……解除」
ビンは、中身が真空でも気圧で割れることはない。空き缶やペットボトルとはわけが違うのだ。
だが、気圧変動が激しくなればどうか。
ガラスの薄いビンだからこそ出来る芸当だ。
真空状態のビンの中の魔力をごく少量拝借して、風の渦を作り出す。そして酸素を擬似的に発生させた後、魔法を消す。
するとどうなるか。発生した酸素が急に消えたことにより内気圧が下がり、ビンの外側に掛かる外気圧に負けたビンは気圧変動に耐え切れなくなり割れる。
教祖が手に持っていたビンが割れた。割りとショボい感じに。だが、破片はやはり鋭く、教祖の手を傷つけた。
「アハハァ! いッたァいですねェ! なァンで割れたンでしょお?」
「後でググれ。……まあ刑務所でネット使えるかはわからんがな」
「そォしましョうかねェ。神子ちゃンを見付けて神を降ろして、新世界を作ッた後に存分にねェ!」
「無理だって諦めろって。そもそもお前は神子を見付けることも出来ねえんだからよ。感じるか? 神子の魔力を」
今、このフードコードには、割れたビンから溢れ出したシエルの魔力で充満している。外の魔力を感知するには、ここから出るしか無い。それをされても困らないための次の一手を打つ必要がある。
「引ッ込ンで下さいよォ。鬱陶しィですねェ!」
「まあそうカッカすんなよ。……ああ、そこ、危ないぜ。暴風警報だ。風よ切り裂け」
そう唱えて、俺はすぐさま、近くにあった柱の陰に隠れる。
瞬間、竜巻のような鎌鼬が、莫大な規模で発生した。俺では考えられない規模の魔法だ。
風はとんでもない勢いで吹き抜けて、ショッピングモール全体に風が吹く。
シエルの幻覚は、俺の魔法の影響で次々に消えていく。
勿論、俺の実力でこれをやったわけではない。これは、割れたビンから溢れ出し、フードコートに充満していたシエルの魔力を少しだけ拝借したのだ。
割れたビンから漏れ出た魔力は、その場に充満する。何の属性も帯びていない魔力はいわばガソリンだ。そこに引火しただけである。まあさほど凄いことではない。ただ、ガソリンと違うところは、使いたい量を使えるということだな。
「アアアアアアアアヒャギャギャギャギャギャギャギャヤギャギャ!!」
奇妙な叫び声を上げながら、教祖は竜巻に包まれる。アレで倒れるほどヤワな奴ではないだろう。だが俺の役目は時間稼ぎとデコイだ。問題はない……いや、大アリだな。
しばらく待つと、竜巻が止んだ。
「はァ……目が回りましたァ……。服もボロボロですねェ……。ってアレェ? 神子ちゃンはここォ? そこォ? あそこォ? どこォ?」
「感じるか、魔力を。それもそこら中に。そうか、そいつぁ大成功だ」
俺は、シエルの魔力を、このショッピングモール内にありったけばら撒いたのだ。魔素の結合体である魔力は、魔法の影響を受ける。炎属性の影響を受けた魔力には燃え移るし、氷属性の影響を受けた魔力は結晶化し……といった感じだ。
風属性ならどういう影響が出るのか。
答えは簡単。魔力も魔素も吹き飛びます。
魔力には質量や体積が存在しない。狭かれ広かれ、空間さえあれば、どんな量でも入っちゃうのだ。だが魔法そのものの影響は受けてしまう。なので俺は風魔法で、出来る限り広範囲に魔力と魔素を広げた。これで教祖はシエルの探知が困難になったはずだ。なにせ、どこもかしこもシエルの魔力まみれなのだから。
「はァ……面倒なことをしてくれましたねェ……!」
「さあどうする? 俺はお前がどうしようとも、シエルを探しには行かせないぜ? お前らの大願は成就されちゃ困るんでな」
「そゥですか……ならば仕方ありませンね。そこを動かないと言うのなら、殺して道を開けるのみィ! 初めてお目にかけましョう! おいでなさい、偉大なる神の教え!」
教祖は顕現させる。自らの魔導武装を。
それは、本だ。ハードカバーで覆われた、分厚い、聖書のような本だ。
「低いランクでここまで歯向かッてくるアナタのサムライソウルに敬意を表して名乗らせていただきましョう。私の名はデイビッド=レリーフ。今から私に負けるアナタの名前を聞かせて貰えますかねェ?」
「大輔。鹿沼大輔だ。お前をイライラさせる奴の名前さ。それに……俺は死なんし、負けねえよ。勝つのは俺ではないがな!」
デイビッドは笑う。心底楽しそうに。
「ダイスケ=カヌマ……精々、私を愉しませて下さいねェ!」
デイビッドから、魔力が溢れ出す。
悠人の登場を待つ俺の、時間稼ぎの戦いが、始まる。




