教団脱出
その場にいた、全員が一斉に動き出した。
信者達は素人のような構えで魔導武装を俺に向け、俺に襲いかかってきた。
俺はシエルを左手で抱きかかえてジャンプする。信者の頭上を飛び越え、青空が一面に映し出された部屋から逃げる。廊下に出ると、転移魔法陣に向かう方向とは反対の方角から信者が数名、武器を持って向かってくる。全身黒い布づくめの人間が凶器持って襲い掛かってくるのがB級ホラー映画みたいだ。
背後から「逃すな!」と怒号が聞こえる。残念、逃げます。
案の定、信者達は戦闘に関しては初心者だ。だがそれが逆に怖い。戦いのセオリーを無視した動きをかましてくるからだ。要するに何をしでかすかわかったもんじゃないってこと。
俺は廊下を駆け抜ける。走りやすくするために、シエルを左肩に担ぐ形に持ち帰る。
「腹、苦しくないか?」
「だいじょぶ。たのしい」
シエルの頭が背中側に行ってしまった。これ喋りずらっ。
……しかし、転移魔法陣までは少し距離がある。後ろには信者。前を見れば真っ暗な、悪趣味な廊下。前から来られると少々厄介だが……来る気配はないな。
「だいすけ、てつだう?」
シエルが俺の左肩に担がれたまま、聞いてきた。
「ん? どうやるってんだ?」
「こう」
背後に掌を向けた。
「おぼれろー」
瞬間。激しく流れる水の音が背後で起こった。悲鳴が聞こえる。
「…………は?」
俺は立ち止まって後ろを見てみる。洪水が、狭い廊下を埋め尽くしていた。
「えええええええええええええええなんでええええええええええええ!?」
半端ではない魔力を感じる。あれは魔法だ。いや、問題はそこじゃない。いや問題。ええとだから……わっかんなくなってきた!
「お前アレ……いやアレ……詠唱無しでお前……」
「しこーえいしょー」
しこーえいしょー……? きゅーそくせんこー……じゃねえ、思考詠唱!?
思考詠唱。ランクSでも難しいとされる、魔法を極めたレベルの人間のみが扱えるというなんだかもう凄いテクニック。簡単に言うと、『脳内でイメージした物を魔力によって実現する』というもの。限度はあるらしいが。
「だばー、だばー、だばー」
「増え、増えてる! 水かさが増えてる! やめて! 死ぬ! 死んじゃう! 来てる! 海の藻屑になっちゃうううううううう!」
俺は悲鳴を上げながらスピードを更に上げる。息を切らしながら。水の勢いが思ったよりヤバイ。めっちゃ早い。
「とまれー」
その声と共に、水がどんどん消えていく。助かった……。
後ろを見てみると、なんかビッショビショの黒い塊が大量に積み重なっていた。ワカメの収穫すぐの光景のようである。
しかし……俺が担ぐこの幼女……。もしかすると、とんでもない子を拾ってしまったかもしれない。なにせ、シエル程の年齢の時点では、人間の魔力総量がまだわかっていないのだから。
人間の魔力保有量の全て、つまりその個人のランクが確定するのは人によって誤差こそあれど、早くて小学四年生、遅くて中学生の頃に最大値が確定する。シエルは見たところせいぜい10歳程度にしか見えない。これ、まだ成長の余地があるぜ……。
「なあ、シエル。普通の詠唱は出来ないのか?」
「まほうごわかんない」
「マジか……」
魔法の勉強をしていないから……思考詠唱を天性の才能でやっているのだ。恐ろしい子……!
「よし、もう後は逃げるだけだな。シエルを連れ出せばヤツらの計画は頓挫、更に無力化で……これは点数に期待出来るな……」
俺はニヤニヤしながら廊下を歩く。蒼空は魔素に還したし、もうあとはルンルン気分で向こうへ戻るだけ。楽勝だったぜ。
「シエル、どっか行きたいとこあるか? 連れてってやるよ」
「ほんと? そらとびたい!」
「ここから逃げられたらな。まあ、無理だろうが」
数人の信者が、廊下を塞ぐように立っている。それどころか魔導武装を構えている。やだ物騒……。
「はあ……はあ……もう許さんぞ貴様ら……」
後ろからビッショビショの黒い塊。水を吸って重そうだ。
「こりゃ……面倒だなあ……」
前後を囲まれ、通路は狭く、天井も先ほどの部屋ほど高くない。これは逃げの一手を打つには少々キツい。どうしたものか……。
「ばとるー」
戦えってか! この人数相手に! 槍一本と幼女担ぎってハンデを抱えて!
せめて悠人がいたら……全部丸投げ出来るのに……!
何か動きがないと突入出来ないらしい。動きってなんだよ。魔法陣越しに何をしろってんだ。
「さあ……神子様をこちらへよこせ。今ならまだ許してやろうではないか」
「その手に持ってるビンからオチが見えてんだよ誰が渡すかバーカ!」
魔法陣に飛び込めさえすれば……。
この状況を打破するにはやはり加勢がなければならない。というか加勢が強すぎるので後は全部任せられる。
どうすれば。考えろ。とっておきの嫌がらせを。俺が出来ることはなんだ。
「……く、くくく。いや、終わりだな、こりゃ。ああ、思いつかねえわ」
「ふ、諦めたか。よし、全員でかか……」
「ああ、思いつかねえな……お前らが終わるエンディングしか思いつかねえな!!」
俺は前方の敵の方向に思い切り蒼空を投げる。
信者は首を少し動かすだけで蒼空をかわした。
「どうした? 苦し紛れの攻撃もそれだけか? お前の魔導武装は魔法陣の向こうだ! 還したとしても、魔導武装の魔力は転移魔法陣を通過出来ない! ここへ戻ってくるまでにお前は死ぬ! 終わりだよ、貴様は!」
嬉しそうに男が笑う。ああ、嫌がらせのやり甲斐があるな、こいつ。
「攻撃じゃねえよ、ありゃ合図だ」
俺は笑顔で言ってやる。
「反撃の狼煙って、合図に含まれるよな?」
それはその場にいる誰かに向けた言葉ではない。
今から来る人間に対する言葉だ。
「またそれは別なんじゃないかな? まあ、アレは合図で間違い無かったろうけどね!」
転移魔法陣から飛び出してきた一つの影。それは高速で動き、信者たちを次々に倒していく。勿論、殺してはいない。
「遅いぜ、悠人。危うく死ぬとこだった」
「仕方ないだろ、動けなかったんだから。……ところで、その女の子はどうしたんだい?」
「助けた」
「たすけられた」
「……まあ、詳しい話はあとで聞こうか。今は彼らを無力化しないとね」
悠人は両手に剣と盾を構え、信者たちに突っ込んでいく。それも物凄い速さで。
「……はい、終わり。これで全員かな?」
「わからん。が、どうせすぐ検挙出来るだろ。プロの魔導士サマが大量にいるんだから」
「そうだね。……しかし、なんで彼らは転移魔法陣を消さなかったんだろう? 逃げてきたんだったら、普通すぐに消すよね?」
「ああ。気になってたんだ。お陰で助かったんだが……」
ただのうっかりだったのだろうか。それとも、何か他の用途があるのだろうか……。
「気にしててもしょうがないね。僕はこの建物をもう少し見てくるよ。残っている敵もいるかも知れないからね」
「じゃあ俺は先に出とくぜ。シエルの処遇を魔導士の皆様方に聞かなきゃならんからな」
身元不明の記憶喪失幼女。施設に入れられないか不安だ……。
「あ、もし良かったら、葵とミオを呼んできてくれないかな? 一応、戦力が欲しいんだ」
「へいへい、ハーレム大集合だな?」
「やだな、そんなんじゃないよ。それだと僕のことを好きだってことになっちゃうでしょ。そういうのはお話の中だけさ」
あ、これ前途多難だわ。わかってたけど。余計に遠い道のりだわ。頑張れ乙女!
俺は転移魔法陣をくぐり抜け、地下駐車場に出る。
幽ヶ峰にアルカニア、そして魔導士の制服を着ている大人が十数名いる。
シエルを降ろし、幽ヶ峰とアルカニアに話しかける。
「おい、悠人が援護くれだってよ。行ってやれ」
「…………合点承知」
幽ヶ峰が目にも留まらぬスピードで魔法陣の中に消えていった。愛が凄い。
「はあ……折角のデートが台無しよ、もう……」
「次からメンバーをちゃんと確認するこったな」
「そうするわ……」
アルカニアも魔法陣へ消えていく。とぼとぼと。哀愁が凄い。
「さて……次はお前をどうにかしてやんなきゃな、シエル」
「ん」
俺は魔導士に近付く。
「あー……エルゼラシュルド在籍、1年2組所属魔導士候補生、鹿沼大輔です。事件解決後の加点はどこに申請すればいいですかね?」
「うん? ああ、今回の事件の協力者か。犯人捕縛かい、それとも諜報? 被害者の保護かな?」
「諜報と被害者の保護です。結界内で人を殺すことの出来るとかいう道具を入手しました。あと、軟禁されていた身元不明記憶喪失の少女を保護しました」
「ほごー」
俺はこっそり盗んでおいたビンとシエルを魔導士に見せる。
「ふむ……その子の扱いも考えなければならないね……。とにかく、事件を全て解決した後に、物品とその子を連れて魔導協会本部へ来てくれれば点数が出るから、学生証を忘れないようにね」
「ありがとうございます」
俺は礼をして、その場を後にしようとする。
その時、少し遠くで爆発が起きた。悲鳴が聞こえる。魔導士の物だろうか。
「攻撃か!? くっ……少年、隠れているんだ、いいね?」
「う、うす! シエル、ついてこい」
「わかった」
地下駐車場にある車の陰に隠れる。ガラス越しに様子を伺う。
確かに戦闘が起きているようだ。だが、敵の姿が見えない。数もわからない。ただ、プロで、しかもランクAやランクSばかりの機動官を薙ぎ倒している。
「どうしたもんかな……どこから逃げるか……迂闊に動くわけにもいかんし……」
戦闘音が止む。俺は目を凝らして見てみる。
死んでしまったのか、魔導士の姿はない。そこに立っているのは、ただ一人。
絵に描いた神父のような服を着ている一人の男だ。
見た目は30代ほどの白人男性。金髪な髪に強面である。
「はァ~~~~……私のカワイイカワイイ神子ちゃんはどォこに行ッちゃッたンですかねェ……。気配がしたから急いで飛ンで来たのはイイもののォ……魔力が大きすぎてわかりませんねェ……近くにはいるんでしょうけどォ」
そう甲高い大声で言って、コミカルな動きで辺りをキョロキョロと見回している。
見た目と声のギャップが凄い……。
シエルの方を見ると、青ざめた顔をしてカタカタと震えている。……恐れているのだ、あの男を。
「ンン~~~~……こッちかなァ? それともォ~~……」
もしやアレが教祖とやらか。見た目的にはそれっぽいが……。
「そこのォ、弱ッちい魔力しかない男の後ろでガァタガタ震えてるのかなァ?」
「………………ッ!」
俺は咄嗟にシエルを抱き寄せ、蒼空を顕現した。大丈夫、こっちを見ては居ない。距離もある。車にも隠れている。そう簡単には見つからないはずだ。
そう思いつつも警戒していると、男は俺に背を向けた。よし、そのまま向こうへ行ってしまえ……。
突如、グリン、と。上半身だけこちらに向けた。確実に眼が合った。俺はすぐにしゃがむ。窓ガラス越しにこちらが見えたかもしれない。とにかく移動しなければ。距離はある。全力で走って外に出れば……!
「こォンにちはァ。イ~イ天気ですねェ。まァ、地下なんですけどォ!」
「……! いつの間に……!」
立って、エレベーターまで走ろうとした瞬間、俺が隠れていた車の上に、男が立っていた。
「ダメですよォ~~……ダメダァメェ。その子は私のですからァ。返して貰わないとォ……殺さなきャダメですねェ!」
男は俺に手を向ける。
「爆発せよ」
動詞詠唱! マズい!
「揺れるぞ、シエル! 掴まれ!」
俺はシエルを抱きしめ、思い切りジャンプして回避する。車を巻き込んで大爆発が発生し、駐車場が揺れる。
「ジャパニーズ鬼ごッこですかァ……? イイですねェ! 子供との触れ合いは大人の務めですからねェ!」
「ああもう! 厄日だぜ今日はよ! 寿命何年縮めなきゃなんねえんだクソッタレ!」
俺の逃走劇が、始まる。




