少女の名
俺の目の前には、座っている女の子。
美しい金色の髪と、真っ白な肌、真夏の青空のような、透き通る眼。明らかに外国の子。
……とりあえず、女の子にコンタクトを取ってみる。日本語通じるかなあ……。
「あー……言葉わかる?」
「ん」
頷いた。わかるらしい。とりあえず子供を相手にする時は……相手の呼称をはっきりさせておいた方がいいかもしれん。
「俺はあれだ。大輔ってんだ」
「だいすけ?」
「そうそう、大輔大輔」
小首を傾げる少女。ロリコンに目覚める云々というよりは、なんか娘みたいだ。父性に目覚めそう。
「お前はなんて言うんだ?」
「みこ」
それ名前なのか……?
「みんな、そうよぶの」
「本当の名前は?」
「……」
首を横に振った。誘拐された子じゃないのか……?
「どこに住んでた?」
「ここ」
「……えーと、親は?」
「わかんない」
これ……記憶喪失か。
あとで教団員に聞いてみるか。
「この部屋、なんでこんな……綺麗なんだ?」
「わかんない」
わからないことだらけだ。これ以上は聞いても無駄かもしれないな。
今はどう動くべきか……。部屋から出て信者どもに話を聞くのもいいが……そうやすやすと教えてくれるものだろうか。
「そういや……この壁どうなってんだ?」
俺は身近な壁に触れてみる。空の景色に反応こそないが、手触りは普通の壁だ。要するに、プロジェクションマッピングのようなものだろう。微かに魔力を感じる。誰かしらの魔法であることは間違いないだろう。
「じゃあ、俺は行くよ」
信者に話を聞くために、部屋を出ようとしたその時、俺に声が掛けられる。
「いっちゃうの?」
見ると、心なしか寂しそうな少女。表情の変化はほぼ無に等しい。
「すぐ戻るから安心しろって」
「…………ん」
俺は、青空の部屋を後にした。
~~~~~~~~~~
「神子様について知りたい、と?」
「見たところただの子供だからよ。何がそんなに特別なのか気になってな……。いや、見た目は大層綺麗だったが……」
信者の一人は話し始める。
「あれは数ヶ月前のことだ。我々が神に捧げるための供物を集めている時、神子様は突然我々の前に現れた。空から降臨なさったのだ」
……もしかすると、ゲートが上空で開いたのだろうか? 有り得なくもないが、そうなると向こうの世界でも同じ高度でなくてはならない。こちらと異世界の地形はかなり違うので、可能性はある。
「我々は、神の器となる存在を欲していた。そんな時に神子様が現れた。これは神の思し召しなのだ。神子様に神を降ろし、この世界を変えろ、と。神は我々に仰っているのだ」
とんだサイコ野郎だ。だが……胡散臭い新興宗教なんかだいたいこんなもんか。
「……そういや、教祖様とかいるのか? 宗教ってことは開祖した人間もいるはずだろ」
「ああ。もちろんいらっしゃる。今は他の支部に出向いておられるが」
……要するにそいつを捕まえればいいのだろうか。いや、こういうサイコな宗教って教祖を捕まえてもゴキブリよりしぶとかったりするからなあ……。
「神子様についてわかってることってあるのか?」
「なんだ、貴様。随分詮索するようだが……もしや、魔導士……」
「おう、なら俺のランク査定証見せてやるよ」
俺はポケットに入れていた財布を取り出し、中に入っている、自らのランクを表すものだ。ぶっちゃけ持ち歩かなくてもいいのだが、何があるかわからないので一応持ち歩いている。まさか役に立つ時が来るとは……。
「このランクで魔導士育成学校に入ろうって思うか?」
「ん……む……そう、だな。すまない」
やめろ謝るんじゃねえ切なくなるだろうが。
「俺は人殺しとか出来ねえし、神降ろしには役に立ちそうにねえ。だから、神子サマのメンタルケアでもしようと思うんだが、どうだ? 子供の扱いには多少なりと覚えがあるぜ。地元がクソガキばっかだったんでなー」
「ふむ……まあ、良かろう。新参だからこそ、神子様を崇拝するという立場とは違う方向から接することが出来るのかもしれぬ。神降ろしの前に壊れられては困るからな」
……こいつ。
「おいおい、そんな道具みてえに言うもんじゃねえぜ」
「む? 貴様こそ何を言うか。アレは神子様。『神の器』だろう?」
道具扱いしてやがる。ほんとサイコ野郎だな。
「……まあ、子供の扱いは任せとけって」
「ふむ、まあ任せよう。……そうだ、これを持っておけ」
そう言って、信者は俺に、ビー玉を渡してきた。
「これは発信機だと思え。逃げられても困るのでな」
「逃げねえったら」
逃げる算段が付き次第逃げるけど。
「もう一つ聞きたいんだけどよ、この教団っていつからあるんだ?」
「まだ一年も経ってはおらん。ほとんどの教団員は元々別の愚かな神を信仰していたのだが……ある日、教祖様が我々を目覚めさせてくださったのだ」
「それで、今まで細々と魂を集めてたのか」
「そうだ」
「じゃあなんであんな派手なことやらかしたんだよ」
「一人一人回収していては何年かかるかわかったものではないからな。それに、どうせ見付けられん」
何人か逃げてたし、その人達が通報したと思うんですけど……。
こいつらアホなんだろうか。
「最悪、簡易転送術式を組み込んだ魔導具でアジトの近くまで逃げる。これは痕跡を辿られてしまうが……まあ、どうせここはわかるまい」
なんて自信だ。アホなんだろうか。
「まあ、だいたいあんたらへの疑問は晴れた。じゃあ神子サマの機嫌でも取っとくよ」
「ああ。そうしてくれ。食事は時間になったら運ぶ。いいな?」
「オーライ」
情報収集終わり。あまり聞き過ぎても不審がられる。
しかし……悠人にどうやって連絡したものか。俺の魔力じゃ、そう遠くまで魔素を飛ばせないぞ。
とりあえず、神子のいる部屋に入る前にやることがある。それから片付けてしまおう……。
~~~~~~~~~~
…………よし、大体この建物を把握した。ここはどうやらビルの2階層を貸しきっているようだ。給餌室やら休憩室やらがある辺り、オフィスビルだろう。
そして、扉がやけに豪華だった部屋があった。あそこが教祖の部屋だろう。
さて。今は神子の相手をしよう。待機して悠人の連絡を待つとする。
「よう。待ったか?」
「……だいすけ」
神子は、俺が部屋に入るなり立ち上がって、俺の方に近付いてきた。なんだ可愛いな畜生。
「あー……神子って呼ぶのもなんだかな……。じゃあ暫定的に名前決めとこうか。希望ある?」
「……なんでもいいよ」
「一番困るな……」
どうしよう。ネーミングセンスに自信ないんだけど。どう見ても日本人じゃねえし、カタカナの名前を付けたほうがいいな。
「んー…………、シエル、とかでいいか。どうだ?」
「……うん。シエル……ふふ」
気に入ってくれたようだ。せめて俺だけはシエルと呼んでやろう。まあ今日中にはこの子を神子だとか呼ぶ奴ら全員検挙するけど。全ては成績という大義のために。
『……すけ』
「お?」
この声はまさか!
『大輔! ……よし、魔素が繋がった! 聞こえてるかい!?』
聞こえてるぜー。
『……ダメだ。声が聞こえない。どれだけ遠いところに……。で、本題だけど。地下に転移魔法陣を見付けたんだ。今、その前で葵とミオとで待機してる』
はよ突っ込んでこいや。……って待て。アルカニアのこと呼び捨てにしやがったぞこいつ。頑張ったんだなアルカニア……その努力に俺、涙出そう。
『相手の戦力がわからない以上、迂闊に動けなくてね……。十分経ったら魔導士の人達と合流するから、それまでに何か動きが見られない限り、突入は出来ない……魔導士の人達に、待機しろって言われたからね』
俺の方でもそれまで動けないが……って待てオイ。それ俺の成績になんなくない? 全部悠人の点数になるんじゃない?
なんのために俺が命賭けてここまでやったと思ってんだ! ふざけるミ!
こうなったら俺もなんかやんなきゃならねえ。……何しよう。
…………ダメだ! なんにも思いつかねえ!
……そうだ、誘拐された少女の保護!
…………身元不明じゃねえか!
だが、まあ。俺が潜入したからこそこの子を助けられるのだと思えば安いもんだ。
「なあシエル。外にいた記憶とか、そういうのはないのか?」
「…………ない。あおぞらをみて、ねて、ここにいた」
本当に記憶喪失のようだ。加えて、ここから出たこともないらしい。
「よし、ならやることは一つだな。まあ、初めてこの部屋に入った時から決めてたんだが……」
シンプルなことだ。そして、とても悠人が好きそうなことで。俺らしくないことだ。
「いや……これも嫌がらせ……だな。うし、俺はお前をここから出してやるよ。本物の青空、見てみたいだろ?」
「……! うん!」
初めてシエルが笑った。
「じゃ、早いとことんずらしねえとな。行こうぜ」
「そうは行かんのだよな。それは大事な大事な神の器なのだから」
部屋の入り口に、数十人と信者達が集まっていた。全員集合!
俺は咄嗟にシエルを左手で、俺の後ろへ隠れるように促す。
「おーおー……皆さんお揃いでどうなすったんで?」
「いいやなに。全ての会話が聞こえていたものでな」
全ての会話が聞こえていた? …………ああ、あれか。
俺はポケットからビー玉を取り出す。発信機だと言われて渡されたもの。位置を特定される物だから、捨てればすぐにバレると思って律儀に持ち歩いていたのだが……。
「これが盗聴器だったっつーことだな。まんまと騙されちまったってわけだ」
「そういうことだ。だが心配するな。お前も神への生贄にしてやる。新時代の礎になるのだ。光栄に思うがいい」
そう言って、凶器を一斉に取り出した。いや、顕現させた。市販品の魔導武装だ。
「いや、まあ、確かに全人類の魔力が一緒ってのは夢みてーだけどよ。でもそれじゃあ……」
俺は蒼空を顕現させる。真っ青な、この部屋のような青をたたえた槍を。
「監督官になった時に、ランクSやらAやらをこき使えねえからな!」
そう言って、意地の悪い笑顔を浮かべた。




