ピザと膝枕
というわけで。
俺は今、康太に膝枕してもらっている。
なんでこうなったの。
「悠人にいじめられたんでしょ?」
「いや、まあ、うん、そうっちゃそうなんだけど……なにこの状況は」
「小さい頃、ボクが落ち込んでる時にお母さんがよくこうしてくれたんだー♪」
別に落ち込んでないんだけど……、と言おうと思ったがやめた。可愛いから……。
それにしても、なんだか機嫌が良さそうだ。母親のことを思い出しているのかもしれない。
しかし、なんだ、その、この膝枕、ほんとに男の膝ですか? あったかくてやわっこいよ?
現時刻は午後7時、俺と康太は自室にいる。部屋にはテレビがあり、その前にはテーブルと三人がけのソファがあるのだが……そのソファの上で康太が正座をし、俺はソファに寝転ぶ形で、康太の膝に頭を置いている。ちょっとしたクッションより気持ちがいいんだけど……。
「でも、なんだって悠人と模擬戦なんかやったの?」
「魔導武装の能力教えてって言ったら模擬戦してくれたら教えるって言われた感じ」
「いや、魔導武装の能力ってそんな簡単に教えていいものじゃないと思うんだけど……」
「あ、そうだ、康太の魔導武装について教えてくれよ」
「話聞いてた!?」
「どうせずーっと俺がなんか指揮官ポジションなんだろ、わかってんだ……わかってんだよ……」
ああもう……膝枕柔らけえなあ……。
「つまり、指揮官やるんだったら全員の能力を把握しときたい、ってこと?」
「あと個人戦での俺へのハンデ」
ランクDだからどうあっても勝てないんだけどね!
「その一言は余計じゃないかな……まあいいけどさ」
康太が俺を膝枕したまま、両手に魔導武装を顕現させた。
二丁の火縄銃だ。魔力の弾を発射するから火を付けたりしないけど。
「右手が晴天、左手が嵐天。魔力の弾だから、フルオートにもバーストにも出来るよ。能力は……ねえこれ本当に言わなきゃダメ?」
「イヤなら強要はしねえけど……」
「……ま、大輔だからいいよ。ボクの魔導武装は、デコイを一つ精製出来るんだ。形は頭で想像したものを作れる。大きさに限度はあるけどね」
デコイ精製……なかなか面白い能力だ。足場にも、盾にも出来る。
「支援魔法を詠唱してからデコイを作ると、デコイの周囲に魔法の効果を拡散することも出来るんだ。まだ実戦で使ったことは無いけどね」
「遠距離系で支援が出来るのはいいな。……そういえば、どうやって入手したんだ、それ。市販品じゃないよな」
「うーん……お父さんがくれたんだよね。『これはお爺ちゃんが昔使ってた武器なんだよ』って」
俺と大体同じ流れであった。まあ、市販品ではないと大体こんな感じなのかもしれない。
しかし、まあ、かなりイイことを聞いた。イイ……。すごくイイ……。
俺がふう、と一息つくと、康太はなにか思いついたように言った。
「……あ、そうだ。耳かきしてあげようか?」
「なんでそんなサービス精神に溢れてんの!? いいよ男同士で耳かきは!」
「いや、お母さんがよくやってくれたからさ…………イヤ?」
康太が、自分の膝に乗る俺の顔を見つめて聞いた。こんなの断れるわけないだろ!
「じゃあ……まあ……頼むわ」
とはいえ、俺はこまめに耳掃除をするタイプの人間なのだ。風呂あがりに耳掃除するのがすっごい好きなのだ。つい昨日の夜に掃除したばかりだから多分綺麗。
でも康太に汚い物を触らせたくはないし、丁度イイといえば丁度イイ。
「……あ、綿棒取ってくるからちょっと頭上げて」
「ほい」
康太はソファから立ち上がり、俺の愛用している、細い綿棒を取ってきた。
「じゃあもっかい膝に頭乗せてー」
「ん」
なんだかすごい照れくさいな……。
「じゃあいくよー」
「おう……」
耳に綿棒が入ってきた。傷付けないようにという心遣いなのか、ゆっくりと侵入してくる。
その時。
「やあやあやあ! 遊びに来たよ大輔くん! 晩御飯がまだだったらピザを一緒に食べ……あァ────ッ耳かきしてるゥ──────ッ!!」
……騒がしいのが来た。エリーである。宅配ピザらしき箱を2つ持っている。夕飯はまだなので有り難くはある。
「……あらやだ、男同士で膝枕に耳かき……お兄さま、負けてられませんわね?」
……妹まで来た。
「なんだい君ら、ノックも無しに。今ボクはアレだよ、幼き頃のお母さんの気持ちを味わってるんだ」
「母親プレイだって!? しかも男同士で!? ど、どこまで進んでるんだい君たち……」
ドン引きされてしまった。ほぼ誤解じゃないのが始末に負えない。
「大輔がランクSにフルボッコにされたから慰めてるだけだよ。まあ、ルームメイトだから当然かな」
「慰め方が斜め上過ぎるよ!?」
俺はうんうん頷く。
「……ひゃっ! もう! 頭動かさないでよ! ビックリするじゃん!」
「あ、すまん……」
「お、男同士でイチャイチャと……不潔だし不埒だよ!」
「仕方ないでしょー、ここ男子寮なんだからー。というかなんでエミリアちゃんがここにいるの? 夜は異性はお互いの寮に立ち入り禁止でしょー」
「まあ……そうなんですけれども、どうしてもとお兄さまが……」
「エミリア!?」
エリーがビックリしたように言う。そういえば、俺はエリーについて知らないことが多いな。この際だし、色々聞いてみようか。
「そういやエリーってどこの部屋に住んでんの? ルームメイトは?」
「うぐっ……! そ、そんなこと君に教えられるわけないだろ!」
その言葉に、俺はちょっとムッとした。ならば少し意地の悪いことを言ってやろう。
「まあそうだな。友達じゃない相手に教えられることじゃないよな」
「と、友達じゃない……? う、うぐううううううううううううううううう!」
「はあ……隠し事も楽ではありませんわね。いい加減、全部白状したらどうです?」
エミリアがなんか意味深なことを言っていた。
「そ、それはもう少し経ってからだ……」
「どうせすぐにバレますのに……学生証見られたら一発ですわよ、本当。クラスが違って良かったですわね」
「そ、それはエミリアもだろ!」
「大輔さんは男色ですもの」
「待って? 一応俺女の子大好きだからね?」
急に男色扱いされていた。俺は戦国武将ではない。
「というかなんの話だよ。話が見えてこないぞ」
「その内に話しますわ。具体的には、お兄さまの覚悟が決まり次第、ですわね」
「ふうん……ま、楽しみにしとくわ」
「いや君はいい加減に膝から頭を上げたまえ!」
だって気持ちがいいんだもん……。
「あ、じゃあ真面目な話していいか?」
「膝から頭を上げたらね」
仕方ねえな、と俺は渋々頭を上げる。そして、ソファに座ってエリーの方を見た。
「なあ、お前らの魔導武装について教えてくれねえか?」
「……本気で言ってるのかい?」
「……いつもの軽口……ではありませんわよね」
やはりエリーとエミリアは真剣な表情になる。そう、これが普通の反応。
これからの学生生活で、クラスの違う俺達は少なくともこの一年間は敵同士だ。
「僕はね。大輔くん、君が一番怖いんだよ。公崎悠人くんよりもね」
「あ? おいおいおい、どうしたよ急にトチ狂って」
「君は自分を過小評価し過ぎだな……相手の指揮官が君なら、僕は真っ先に君を倒すべく動くだろうね。いや、そうしなければならない。そうしないと負けるのだから」
なんだ急に。すっげえ褒められてるんだけど心当たりが皆無。
「なんだ、今日エイプリルフールだったっけ」
「茶化さないでくれたまえ。先日、シャリアルナの件だけれどね。僕は内心、君に恐怖を覚えていたんだよ」
「え、何が?」
「……自覚ないのかい? 本当に危なかったんだ。君がシャリアルナの牢屋に入れられる危険性だってあったしね。少なくとも、痛みは尋常では無かったはずだ」
……なんの話してるんだろう、こいつ。
「とぼけたって無駄さ。あんなに簡単に自分の身体を張れるなんて、絶対におかしいよ。それに、あんなの……公崎くんを信用してないと不可能だ」
「えーと……ええー?」
何言ってるのかわからないけど、なんとなく悠人が絡んだ話なんだなということはわかった。
だから俺は言ってみる。俺にとってごく普通のことを。
「悠人に限って失敗するなんかありえないだろ」
「……はあ、君が本気でそれを言ってるのか、それともふざけているだけなのか……。食えないね、君ってヤツは」
まさか、こんなところで警戒されてしまうとは……。
「来週にある、5月の模擬戦はクラス別だ。僕は勿論、一番に君を落とすよ」
「ええー……」
勘違いって怖いね!
「じゃあ、僕たちは戻るよ。邪魔したね」
「待てこら」
「……?」
俺はエリーの手を指差す。厳密には、その手に乗せられている、箱。
「ずーっとピザの箱持って話してたんだぞお前。緊張感もあったもんじゃねえぞ」
「────────ッ!」
エリーは顔を赤くした。カッコつけてた自覚はあるんだ……。
「じゃあ、まあ、晩飯もまだだし、ご相伴に預かろうかね。ほら、こっちこい兄妹。飯食うぞ」
「……君のそういうとこ、ほんと凄いと思うなあ……」
「色々考えてるのか考えていないのかわかりませんわね……」
「ずっとこんな感じだからねえ……」
と、いうわけで。
俺の日常は、ランクSにボコられようがランクSに買い被られようが変わらない。
なんでもかんでもに巻き込まれて戦い続けるのは主人公だけで充分だ。
脇役の俺は、何も起きずにピザを食んでいればいいのだ。
なんとなく嫌な予感は、しているけれど。




