嫌がらせ大作戦
人気のない場所、スラム街の奥深く。周囲に気配は全くなく、あるのは捨てられたゴミばかりだ。とはいえ、ゴミ捨て場、というわけでもないようだ。
それは、打ち捨てられた住宅地だ。かつて人が住んでいた。人としての最低限の暮らしを許されなかった人達が住んでいた場所。
そこに、穴がボコリ、と空いた。人間が簡単に通れるほどの大きな穴だ。
そこから、僕は頭だけ出して周囲を確認。誰もいないことを確認すると、穴から脱出した。着ている服は学生服ではなく、シャリアルナの貧民が着るというボロ布のような服だ。
僕は、事前に渡された魔導具に向かって話しかける。
「……あー、悠人だけど。聞こえてるかい、どうぞ」
『おう、バッチリだ。そっちは全員揃ったか? どうぞ』
応答したのは大輔だ。彼は、本人の希望によりアルカニリオスに残っている。本人曰く「俺まだ死にたくねーし」とのことらしい。ちなみに、「僕だって死にたくないんだけど…」と返事をしたところ、「うるせえ! お前の魔力じゃどんな魔法喰らっても大体大丈夫だよ!」と怒られてしまった。理不尽だと思う。
僕の背後で、旅原さんと葵、そしてエリオット君が穴から出てきた。
「うん。全員揃ったよ。どうぞ」
『じゃあ作戦開始だ。アリーシャに代わる。ナビゲーターを頼んであるから、魔導具の設定を変更して、周りの風景を見えるようにしてくれ』
「ええっと……」
その魔導具は、僕たちの世界でいう携帯電話のようなものだ。とは言っても、通話とビデオ通話の二種類の機能しか無いけれど。
形状は直方体で、例えるならば未開封のチューインガムだ。
「…………貸して」
「え? ああ、うん」
葵に魔導具を渡す。葵はそれに魔力を流し込む。
「…………これでいい」
「これで向こうからこっちが見えるようになったの?」
「…………正確には、これを持っている人間の視界が送信される」
「どういう原理なんだろう……」
やはり謎ばかりの不思議アイテムだ。
『……よし、確認した。じゃあアリーシャ、後は頼む。嫌がらせの要項はこの紙に全部書いてある』
『ちょ、ちょっと! 丸投げしないでくれる!? これじゃあ不足の事態に対応出来ないわよ!』
『じゃあその時になったら呼んでくれ。俺はこの国の文化について勉強するから』
『待ちなさい! さっきあの男だか女だかわかんない子と街に遊びに出かける約束してたのを知ってるわよ!』
……大輔が凄くやる気を失っている。まあ僕が強引に連れてきたから文句は言えないんだけど。というか康太くんと本当に仲がいいなあ……傍から見ればカップルだよ、あれ。
『はあ……なんなのあの男……。まあいいわ、案内する。そこは見ての通りのスラム街よ。馬鹿みたいに高い税金を払えない貧民が行き着く場所。私もその近くに住んでた』
僕は周辺を改めて見回す。土くれを固めて作ったような家らしきものはボロボロで、壁や天井に穴が空いている。
「人間に与えるような家じゃないね」
『どこもかしこもそんなもんよ。ちゃんとした家に住めるのは金持ちだけだもの』
「経済とかどうやって回ってるんだい……」
『その辺りは、そこにいる貴族の坊っちゃんの方が詳しいと思うわよ?』
エリオット君が、それを聞いたのか僕に近付いてきた。
「貴族の坊っちゃんとは酷いね。商売が成功しただけさ」
『シャリアルナじゃ、ロクな市場もないのよ』
エリオット君はやれやれ、と言うように肩をすくめる。
「ま、僕がどうこう言うことじゃないしね。じゃあこの国について言っておこうか。シャリアルナって国はね、貧富の差が本当に激しい国なんだ。政府やそこにコネクションのある人間だけが富裕層になれる。それ以外は高すぎる税金の餌食さ」
「ってことは、この世界じゃあ……」
「こういう選民主義なのはシャリアルナと……あと一つ、ラルレンシアって国が選民主義だね。二国とも貧富の差がとにかく激しいよ」
「トップにいるのは選民主義の政党さ。経済が回るのは、沿岸沿いにある主要都市だけ。内陸部はぜーんぶ貧民の街だよ」
「……となると、金持ちっていうのは……」
「市場が主要都市にしかないんだ。それに、金持ちはみーんな党員にコネを持ってる。腐った国だよ、本当に」
そう言ってエリオット君は苛立たしげに言った。
「……この国のこと嫌いなのかい?」
「敵のことが好きな人間なんか居やしないよ」
それもそうだ。
『ま、だいたいのことはわかったでしょう。この国は背伸びして大国ぶってる愚かな国なのよ。アルカニリオスはかなり文化も進んだ国だから、それに勝利することで自分の力を示そうとしてるのよ』
「じゃ、そんな馬鹿な国にはお灸をすえてやらないとね」
「だね」
そんなわけで、僕らは移動を始める。ちなみに、旅原さんと言えば。
「……つ、か、れ、ましたあ~……」
うだあ、とでも言うように倒れていた。む、胸が地面で潰れて……!
~~~~~~~~~~
指示通りに歩いて2時間。時刻は既に8時になり、夜の帳が空を覆い尽くしていた。
「電灯が目に痛い……」
「アレも全部魔力で動く電灯だね」
辿り着いた街は、どこもかしこも光に包まれていた。美しいとはお世辞にも言いがたい。ただただ目が痛いのだ。
『おーう、元気にテロやってっかー? ってうわまぶしっ』
『ある種の閃光弾か何かよね、この光』
「で、政府の建物ってのはどれかな」
『ごめんなさい、この街には詳しくないのよ。でも政府の建物は非常に豪華な意匠だから、見ればわかると思うわ』
「それを吹き飛ばせばいいわけだね」
やることがわかれば後は簡単だ。
「とにかく、建物を探そう」
「はあ……しかし、まさかテロに加担することになるとはね。彼に出会ってから、毎日楽しい気がするよ」
エリオット君がなにやら物騒なことを言っていた。テロも楽しいのだろうか……。彼っていうのは、大輔のことだろう。とんでもないことを平然と思いつくから、一緒にいて楽しいのは確かだけど。
「…………考えることが悪役のそれ」
「テロしようぜって言うなんて~、ちょっと引きますよね~」
『待て、俺のいねえ場所で俺の悪口を言うんじゃねえ。せめて聞こえねえとこでやれ。傷ついちゃうだろうが』
「いないところならいいんだ……」
『そらそうだ。知らぬが仏ってやつだよ。陰口叩かれるのなんざ慣れてるしな』
「このタイミングで悲しいカミングアウトするのやめてくれない? っていうか康太くんとデートじゃないのかい」
『デートって言うんじゃねえよ康太が女の子にしか見えなくなるだろうが。いやなに、康太がメイドさんに可愛い可愛いっつって大人気でな。拗ねて部屋から出てこなくなっちまった。今から慰めに行くとこ』
なんやかんやでまたイチャついているようだ。というか作戦に使う魔法陣に描くための魔法語を一切伝えられていないのだけれど、大丈夫なのだろうか。
「むう、大輔くんに慰めてもらえるのか……僕も拗ねようかな」
「エリオット君、大丈夫かい? 地面を潜ってる時に土でも食べた?」
「……はっ、僕は今何を」
なんてこった、無自覚だ。
僕らはいい加減に目も慣れてきたところで、街を歩き始める。
街に活気なんてあったものではない。あるのは醜い笑い声だけだ。
道を歩く男は貧民をいちいち蔑んでは笑い、またある男は、女の奴隷に多くの荷物を運ばせて、苦しむ様を見てほくそ笑んでいた。
「…………胸糞の悪い国」
「……嫌いです~」
僕達は繁華街を歩く。汚れた人で埋め尽くされた街を。
「しかし……明らかに異邦人だろうに、なんで警察機関とかに止められたりしないんだろう」
そんな疑問に、魔導具越しにアリーシャが答えてくれる。
『シャリアルナの警察ってのは、いわば政府のボディガードよ。市民を守る気なんてありゃしないわ。テロやらを防ぐので精一杯。まあそれも……国内の人間の、に限るのでしょうけどね』
「なら国外から……いや、別の世界から来た僕らなんか管轄外ってわけだ」
『その通り』
やがて、開けた場所に出た。奥には、宮殿とも形容すべきか、金を積むだけ積んで建てたような、宮殿のような建物がある。周辺には警備の人間らしき人影がたくさんあった。気付かれないように、人気のない路地裏に皆で隠れる。
『ああ、アレね。あれを吹っ飛ばせば、彼の企む嫌がらせが成功するわ』
「じゃあえーと、何するんだったかな。大輔は何やってるのかな」
『彼なら男だか女だかわかんない子にかかりっきりよ。ヤることヤってんじゃないのかしら』
「妙にリアルな冗談だね。信じちゃいそうだ」
『てめえら勝手なこと言ってんじゃねえよ!? ……ったく、まあいい、説明してやろう、光栄に思え』
本当に大輔のテンションはわからない。高いんだか低いんだか。
『酷使しちまって悪いとは思うが、旅原さんに魔法陣を地中で描いて貰う。魔法陣ってのは性質上、平面に描かれてさえいれば発動するんだ。つまり、立体はどうなっちまっても関係ねえのさ』
「つまり、魔法陣を描くときに、一筆じゃあどうにもならない部分を、高度をいちいち変えて、無理矢理一筆で描くんだね。上から見て破綻が無ければ、魔法陣が完成するんだ」
「なんとなく理屈はわかりましたけど~、それ全部、私がやるんですか~?」
『スイーツ食べ放題、アルカニリオスの国費で』
「任せて下さい~!」
「大輔くんがどんどん人心掌握に長けていく……これ最終的に悪役になっちゃうんじゃなかろうか」
エリオット君がボソリと呟いた。いやに納得出来るから困る。
『魔法陣に魔法語は書かなくていい。魔法語の描かれない魔法陣ってのは、魔力を流し込まれると誤作動を起こして爆発するからな。その流し込む係を悠人とエリオットに頼みたい。気を失わない程度にやれよ。帰ってこれる分はな、残しとけ』
「りょーかい。じゃあ旅原さん。地下まで行ってくれるかな」
「わかりました~」
『図面は事前に渡していた紙に書いてある。その紙には魔力を込めてないから安心してくれ。まあ俺の魔力じゃ、せいぜい可愛い風が吹く程度だよ』
僕はポケットに入っていたメモ用紙を取り出す。そこには、魔法陣の基礎となる円のみが描かれていた。
「じゃあ~、行ってきます~」
そう言って、旅原さんは斧の形状をした魔導武装を取り出して、地面に向けた。斧を地面に当てた瞬間、人間が通れるほどの穴が、小さな音を立てて空いた。
「すぐに書いてきますね~」
旅原さんが地面の中へ消えていった。
一息つこうとした瞬間、声が近付いてくる。声の数からして男の二人組だ。
「おい、この辺か、見かけない連中がいたってのは」
「ありゃ貧民の服だ。どっかの奴隷が逃げ出したのかもな」
「へえ。どんなヤツらだった?」
「男が一人と、女が三人だ。女は上玉だぜ。捕まえたら一発ぐらいいいかもな!」
僕は苛立ちを抑えこむ。今動いたら計画がパーになってしまう。
「もちろん男は俺のだからな!」
最近こういう人多いな。
「なら、俺が女をいただくぜ」
『……モッテモテだな……悠人……ブッフォッ』
帰ったら大輔をボコボコにしてやらなければならない気がする。
男たちは遠ざかっていった。こちらには気付かなかったようだ。
「終わりましたよ~、円を描くだけなので案外楽でした~」
『お、終わったか。じゃあその穴にエリオットと悠人で魔力を流し込め。全体に行き渡ったら爆発して地盤沈下やらなんやら起きる』
「適当だね……まあやるけど……さ!」
僕は穴に魔力をありったけ流す。エリオット君も僕の隣で、地面に空いた穴に手を近付けている。
「なんでここまでやってるのにこっちの動きがバレないの……?」
『傍から見ればアナタたちは、逃げ出した奴隷が路地裏に身を寄せ合ってるようにしか見えないからかしらね。近づきたがる人間は……まあいるとは思うけど、そもそも見えないだろうし、あんまり居ないんじゃないかしら』
「国内に敵がいるなんて思いもしていない、のだろうね。入国管理にはとても厳しい国ではあるからさ」
「そういうものかなあ」
数十秒ほど、魔力を流し込む。すると、穴から光が漏れだした。慌てて手で塞ぐ。
それと同時に、耳をつんざく爆発音がした。
光が消えたので、急いで路地裏から出て宮殿を見ると、砂煙でほぼ何も見えなかった。地面は大きな穴が空き、地盤沈下が起きている。
「…………騒ぎが大きくなる前に帰るべき」
「そうだね。今日中に戻らないと学校に間に合わない」
僕たちは、急いで帰ることにした。
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葵の魔法で海を渡り、アルカニリオスに戻ってくる頃にはもう10時を回っていた。
「おーう、お疲れさん。季節外れだが、ド派手な花火だったろ?」
「きたねえ花火だったよ」
「まあ砂と土が飛んでるだけだしな」
城に入ると、大輔が出迎えてくれた。傍らには康太くんもいる。
「アルカニアの奴なら仕事だぜ。俺らへの報酬と、旅原さんへのスイーツ代を捻出するための書類をでっち上げてる」
「大変だなあ……」
旅原さんと葵が、なんだかぐったりとしていた。
「しばらく地面を掘りたくないです~……」
「…………水コワイ」
エリオット君もなぜだかぐったりしている。
「え、魔力を流しすぎた……」
大輔はそんな僕らを見て笑う。
「ま、ひとまずは一件落着だ。帰ろうぜ。嫌がらせの結果はすぐには出ねえだろうしな」
「だね。お腹空いたし帰ろう」
そんなわけで、異世界での事件はこれでひとまずは終わりを告げたのであった。




