ブリーフィング
今はもう荒れ果てた、つい先程まで酒場だった場所で、俺達は話し合っていた。作戦会議のようなものだ。立ったままでいるわけにもいかないので、壊れていない椅子を持ってきて座っている。人数分は揃えられなかったので、俺は奇跡的に無傷だった机に座っている。
俺と悠人、アリーシャ、そしてミオが固まって座る。康太やエミリア、幽ヶ峰は少し離れた場所で雑談している。いつのまに仲良くなったのだろうか。
「…………さて、じゃあどうするかな」
悠人が楽しげな笑顔を浮かべている。
「とりあえず現状確認からかな。アリーシャさん、だっけ。君たちの立場を教えてくれるかな?」
そうアリーシャに向けて言った。
「私達はこの国に潜入している集団の中の囮役に過ぎないの。わざとここの情報を流して、こちらに意識を向けさせている間に他の連中が城に攻め入る算段だったのよ」
「言っちゃって大丈夫かい?」
「あのクソみたいな国に一泡吹かせてくれるんでしょう?」
「そんな国ならさっさと移住すればよかったんじゃないか?」
と、そんなことを聞いてみた。
「出国禁止なのよ。旅行もダメ。なんでも『自国の情報漏洩を防ぐ』とかなんとか言って。大した情報も無いのにね」
「でも今はここにいるじゃねえか」
「捕まったら舌を噛み切って死ねって、ありがたーいお達しがあるのよ」
「ああ……そういうタイプの国か」
まあ今、思いっきり話してしまってるわけだが。
「おい、アルカニア。アレだ、シャリアルナの立場を教えてくれ」
それによって今後の動き方が変わるだろうから。
「この世界の嫌われ者」
「ああ……まあ……うん……だろうな……」
予想はしてた。こんなことする国は絶対に好かれない。俺達の世界でも、十年前にはそういう国があったし。
「よし、じゃあ大輔、作戦立案よろしく」
「は!? いや、お、おま、これお前のせい! この状況お前がやりてえっつったの! 言ったよね、俺は観客だって言ったよね!?」
「じゃあ脚本よろしく」
「大抜擢! チキショウ、せっかく楽できると思ったのに! お城ではっぴー☆お客人タイムを過ごせると思ってたのに!」
「だってさっきは僕が作戦立てたでしょ。次は大輔ね」
「理不尽!」
これ、多分ずっと作戦とか練らされるんだろうか……。出来れば下っ端がいいんだがなあ……。
「あー……あんま期待すんなよ。俺、そんな頭いい方じゃねえからな」
「シミュレーションゲームだと思いなよ。僕ら、駒になるからさ」
「チートツール使用済みくせえな?」
ランクSだけで四人いるんですけど。これ負ける手が見えねえな。
「あー……シャリアルナの地図とか……ねえよなあ。まあ嫌われ者だってんなら丁度いいけど」
「もう思いついたのかい?」
「作戦ってよりは嫌がらせだけどな」
「……詳しく聞かせなよ、それ」
「もちろん」
俺と悠人は意地の悪そうな笑顔を浮かべて笑う。
「…………あんたら、ほんと仲いいわね……」
ミオが呆れ顔でそんなことを言っていた。悪巧みする時、男は仲良くなれるのだ。
「ね、ねえ。一体何を考えてるの」
不安げにアリーシャが俺に聞く。
「何って、嫌がらせだよ。それも……」
俺はニヤニヤと嫌な笑顔で返してやる。
「最高にド派手な嫌がらせだ」
口が張り裂けんばかりの笑顔をしてやった。傍から見ればもうこれ悪役。
「じゃあ準備しようか。大輔、作戦……いや、嫌がらせの説明を頼めるかい」
「ああ。……だが、その前に聞きたい。おい、アルカニア。今日、ゲートは開くか?」
「夕方にならないと開かないわよ。まあ、そういう魔法があるなら話は別だけれど」
「あ、そういう魔法使えるヤツいるわ」
俺は少し離れた場所で談笑してる幽ヶ峰の方を見る。
「でも、一体なんだってゲートが必要なのさ?」
「旅原さん……って言ってわかるか。土属性のランクSなんだがな。ちょっと力を借りたいんだよ」
「へえ……で、どうしようねえ」
「どうしようなあ」
地面をこう……モグラのように掘り進める能力があれば理想的なのだ。そして、旅原さんは恐らくそれが出来る。
「……簡単な話」
「うおっ!? びっくりした!? 急に真後ろから話しかけるのやめない?」
「……そもそも、こちらの世界とあちらの世界は、別時空同座標。……星としての面積が同じ」
「へえ。じゃあこっちの世界で沖ノ鳥島に当たる場所に行って、そこでゲートを開けばいいわけか」
「……そういうこと。……そして、それはここ」
「都合いいなあ……」
「むしろ、ここと沖ノ鳥島の座標が同じだからこそ、沖ノ鳥島はそちらの世界で最も魔術的に発展したのよ?」
沖ノ鳥島。俺達が生活する島で、日本最南端のポートアイランドだ。諸外国にすごく難癖を付けられたにも関わらず、全部無視して作り上げたらしい。今では、世界で最も大きい魔導士育成学園がそびえ立っている。
「ターミナルを使う許可をあげるから、ゲートを開けちゃいなさい。そうすれば……まあ校庭辺りにでも出るんじゃないかしら」
「場所は正確に決められないのか?」
「ちゃんとしたゲートならともかく、魔法で無理矢理こじ開けられたゲートは半径5km程の誤差が生まれるのよ。微々たるものだけど……下手すれば、ゲートを通ったら崖に真っ逆さま、ってね」
そんな面倒な魔法だったのか。しかし現時点では問題ないだろう。なにせエルゼラシュルドに崖はない。
「じゃあ頼んでいいか?」
「……任せて。……鹿沼には借りがある。……開け回廊」
幽ヶ峰がそう唱えると、成人男性ほどの大きさの、白色のモヤが現れた。それはまるで雲のようだ。アレがゲートなのだろう。
「……帰ってきたら、悠人を自由にする」
「おう、好きにしろ」
「待って! 僕の預かり知らないところで僕の純情を取引しないで!」
「……あいるびーばっく」
そう言ってサムズアップし、、幽ヶ峰はモヤの中へ消えていった。
「はあ……で、どうする? 待ってる間に説明を続けるかい?」
「いや、旅原さんが来てからもう一度説明するのは二度手間で面倒だ。来るのを待つ」
「そう言うと思ったよ」
悠人は俺のことをどれほど理解しているのだろうか……ちょっと怖い。
「でも、なんであんなに早く嫌がらせが思いついたのさ?」
「それは俺の性格が悪いからだ。コツはな、どうやったら勝つか、どうやったら負けるかじゃなくて、どうやったら敵が嫌な気分になるかを考えることだぜ」
「……いや、それにしたって早すぎない?」
いや、まあ、そうなんだが。実際のところは「多分、悠人はアリーシャを助けたいとか言うだろうから今のうちになんか考えとくか」って考えてたのである。でもそういうこと言うと俺がいよいよ軍師みたいなポジションになってしまいそうだから黙っておこう。
「……ま、嫌がらせの趣旨だけ話しておくか。この嫌がらせは、シャリアルナが世界の嫌われ者だから出来ることだな」
「へえ。楽しみにしておこうかな」
「ね、ねえ、ちょっと」
アリーシャが声を上げる。
「ま、まさか戦争とかそういうんじゃないわよね?」
「ねーよ。嫌がらせで戦争してたまるか。やんのはテロだよ」
「テロ起こすの!? ちょっと不安になってきたんだけど……」
悠人が引きつった笑顔でそう言った。
「首脳陣を全員ぶっ飛ばすテロな。この嫌がらせに必要なのは旅原さんと悠人だな。少人数で移動した方がいいし、ほとんどは待機してもらうことになる」
「わ、私も連れて行ってくれないかしら」
アリーシャがそう言った。確固たる決意を持った眼をして。
「いや、それも考えたんだけどな。お前の知り合いに会う可能性が怖い。徴兵されたみたいなもんだろ。それも帰ってこないことが前提のな。だから……道案内はナシだな」
「でも、そうなると大変よ? シャリアルナって、人の心は狭いけれど、国土と人口だけはトップクラスなのよ。だから目的地にたどり着けるかどうか……」
「中央政府の場所さえ教えてくれればいい。一日で行ける距離ならいいんだが……」
移動に数日掛かったら諦める所存だ。だって学校休みたくないからね!
「海の近くよ。今からじゃ流石に夜になるかしら」
「隠密行動にはうってつけだけどな……問題は、明日までに帰れるかってことだ。向こうでゲート開いたらどこに出る?」
「中国」
「しっかり海外じゃねえか……」
俺達の世界で海を渡ろうものなら犯罪者である。
俺がうんうんと唸りながら悩んでいると、白色のモヤが目の前に現れた。
「……デリバリー」
「ひいいいい~! なんなんですかああ~~!!」
モヤから飛び出してきた幽ヶ峰が、何者かの手を振り回すようにしてこちらに投げてきた。そして出てきたものは。
肉。
圧倒的な質量。擬音を付けるなら“どたぷーん”。それが、俺を、押しつぶす。
世界がスローモーションになる。ゆっくりと。俺の顔には胸。身体には豊満な身体が押し付けられる。天国かここは。
そして後頭部が硬い地面にぶつかる。でも前はやわっこい……至福……至福……。
「は、はわっ!? すみませんすみません重くて太くてすみません~!!」
「マシュマロ……ジャスティス……ぐふっ」
「か、鹿沼くん~!!」
最早思い残すこともあるまい……俺はきっとこの胸とお腹に包み込まれて死ぬために生まれてきたのだ……。
「だ、誰か~! 鹿沼くんの鼻血が止まりません~!」
ああ……目の前が真っ暗に……。
「さっさと起きろバカ!」
思いっきり康太に蹴られてしまう。
「おれは しょうきに もどった!」
「もう一発いっとく?」
「すみません許してくださいなんでもしますから」
「ん? 今なんでもするって」
俺は全世界土下座選手権で優勝も狙えそうな土下座を康太に向けて行った。
「さて、じゃあ嫌がらせの概要を説明する」
「土下座やめてから喋りなよ」
立ち上がって、机に座る。
「あー、じゃあもう簡単に説明するわ。シャリアルナ行くだろ? 旅原さんが政府施設の地中に魔法陣を描くだろ? 悠人が禁呪を込めた魔力を流し込むだろ? そんでドン。とっても綺麗な花火ではいおしまい。あとは向こうに帰るだけ」
「そ、そんなの出来ると思うかい!?」
悠人が少し焦ったように俺に言ってきた。
「あー、できるできる。お前らならできるってうん。だってランクSだもんなー憧れちゃうなー」
「……ねえ、もしかして怒ってない?」
康太が心配そうに俺の顔を覗きこんできた。
「オコッテナイー、オコッテナイヨー。いい加減正気に戻って、『よく考えたら俺って巻き込まれただけだよね?』って思ってなんかナイヨー」
「い、今更!! やめよう、ね? やめよ? ボクまで『これもう帰って良くない?』って思っちゃうからああああああ!!」
「あなた達、情緒不安定ね……」
「とにかくだ!」
俺はバン、と机を叩く。
「さっさと終わらせて帰るぞ! もう俺はお腹が空きました!」
「自暴自棄になってるよ大輔……」
「うるせえ! さっきまで結構カッコつけモードだったけどおっぱいからのキックのコンボで正気に戻ったんだよ!」
「最後まで締まらないわね……」
「やかましー!」
と、そんなわけで。
シャリアルナへの嫌がらせだ。




