戦う者達
「……あー」
目を覚ます。視界いっぱいに広がるのは、見たこともない天井。どことなく気品が漂っているので、自分がどこに今いるのかの予想が簡単についた。
「ああ、目が覚めたかい。良かった」
俺は無言で身体を起こす。城の客室だろうか、結構な広さの部屋にあるベッドで俺は寝かされていたらしい。枕元にはエリーが座っていて、心配そうに俺の顔を覗きこんでいた。
「……俺、どんぐらい気絶してた?」
「いいや、一時間程度さ」
「そんだけ手加減されたってことか……しかし、なんで殺さなかったんだ?」
「人質を取っていること、人質を無事で返す条件として、アジトへの襲撃をやめることを伝えるメッセンジャーとして使えると思ったんじゃないかな」
エリーはそう言って苦々しい表情を浮かべた。
「……ちっ、舐められてるな。俺はともかく、エリーまで相手にしなかったのか……?」
「いや、僕は大輔を連れて逃げただけさ。あのまま戦っても不利なだけだからね。しかし……どうしたものかな……」
「今後についてか? ……とりあえず、悠人と王女サマに合流した方がいいな」
状況の説明と、作戦会議が必要だろう。
「先に軽く説明はしておいたよ。今、会議室にいるはずだ」
「ああ。じゃあ……あの、案内してくんない?」
そして城の中を歩くこと数分、大きな扉をくぐると、大きな円卓と数多くの椅子が並ぶ広い部屋に着いた。奥に悠人とミオがいる。
「ああ、起きたのかい。作戦会議だ。起き抜けで悪いけど、君の意見も聞かせてくれるかな」
「おい待て、話を一から聞かせろ。わかんねえよ」
「あ、ごめん……ダメだね、ちょっと焦ってるみたいだ」
「そうやって自己確認出来てる間はまだ冷静だよ。じゃ、聞かせてくれ」
俺は説明を促した。すると悠人は頷いた。
「まずは僕とミオで正面から陽動をしつつ攻撃。その間に、エリオットくんと大輔が別ルートから康太くんとエミリアちゃんを救い出す。いいかな?」
「おい、俺は留守番するぞ。足手まといになる」
「いや、来て欲しいな。相手に感知タイプがいる可能性もあるからね。その時にエリオットくんが大輔の傍にいると、大輔が感知されなくなる」
「大きなモンに隠れてろってことか。なるほどな。でも俺が敵に出くわしたら終わりじゃないか?」
いいや、と言って、悠人は机上の一枚の紙を指さした。
「これが敵のアジトの見取り図だよ。どうやら、かなり大きい酒場をアジトとして使ってるみたいだね」
「へえ。で、これが一体俺とどう関係があるんだ?」
「ほら、狭い通路が多いんだ。大輔の魔導武装は槍だから、かなり有利になるね」
「魔法喰らったら死ぬぜ、おい」
魔力が少ないと魔法に対する防御も下がる。ランクSでも、魔法を使い続けて魔力が枯渇してくると、ランクDほどの防御力になってしまうのだ。可哀想に。
「その点に関しても折込済みさ。ほら、これを」
そう言って、悠人は俺に、円盤状の機械のようなものを手渡してきた。
「この世界にある魔導具さ。これはこの国の兵士が常に着けている装備でね。一定以下の魔力量の魔法の威力を半減してくれるんだよ」
「防弾チョッキをバリアにしたみたいな感じか」
「そうだね。でも、魔導武装は防げないから、注意して」
俺は防御魔導具を受け取った。これ、どうやって着けるんだろう……。そう悩んでいると、エリーが俺の背中に着けてくれた。なんでひっついてるんだこれ。魔法ってすごい。
「さ、じゃあ行こうか。向こうも人質に迂闊に手は出せないはずだ」
「しかし……手を出さないとわかっている人質を取ったってな……」
「そりゃあそうよ、相手は素人ですもの。人質を取って交渉するのはセオリーだけれど、捕まえたあとどうするかはわからないみたい。恐らく、適当にどこかの部屋に放り込んでいるんじゃないかしらね」
「そうだったらいいが……」
俺達は城を出て、敵の本拠地を目指す。
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「見た感じは……マンガにあるような酒場だな。問題は……これ、デカ過ぎやしないか……?」
「まあ、建前は酒場でも、中には武器や魔導具が沢山あるはずだよ。前哨基地みたいなもんだからね」
大きな木造の酒場だ。西部劇に出てきそうな雰囲気が漂っている。中にギルドとかあっても違和感ない。
「あ、忘れてた。これ持っときなさい。死んでも近くからやり直しが効くわ……あと、皆に合流したら渡しておいて」
そう言って、ミオが俺に御札のようなものを三枚、渡してきた。
「それはまあ復活場所を指定出来る物よ。ゲームで言うリスポーンの場所を指定出来るものね」
「便利だなホント……その内死ぬことが怖く無くなりそうだぜ……」
「魔物に殺されりゃ死ぬんだから変わんないでしょ」
ごもっともである。今回は魔物は関係無さそうだから、そこは一安心ではあるが。
「じゃあ僕達は正面から喧嘩を売るから、大輔達はその隙に裏をよろしく」
「ああ、ヘマはしねえよ。こっちにはエリーがいるからな。まあこいつがなんとかするだろ」
「全幅の信頼は素直に嬉しいけれど、それキミ、サボる気満々じゃないかな!?」
「はは、じゃあ行こうか。……ああ、そうそう、アジト内で葵を見つけたら叱っといてくれない?」
「……ええー……」
なんか姿見えないなと思ったら捕まっていたのだろうか。知らない間に何があったというのだ。
「さ、じゃあ突入開始だ。そっちは少し時間を空けてから突入してくれ。じゃ!」
悠人はそう言って、ミオを連れて堂々と酒場に入っていった。
「僕達も行こうか。とりあえず、この見取り図の通りに裏口を探さなきゃね」
「ああ、そうだな。どこに捕まってるかがわかりゃ楽なんだがなあ……」
さっさと帰りたい感がMAXである。役立たずになる未来しか見えない。
「まあ、安心したまえよ。僕が君を守ってみせるからね!」
エリーは俺に眩いばかりの笑顔を向けてきた。イケメンである。中性的なイケメンである。
「……性別が性別なら惚れてたぞお前……」
「ほ、惚れッ!? ……いや、まあそれはそれで……」
なんで俺の周りにはマトモな男が悠人ぐらいしかいないんだよ。俺の青春がホモホモし過ぎるだろ。
「ま、行こうぜ。遅れても悪い。逆に人質付近の警備が固められるかもしれん。俺ならそーする」
「なんで悪人思考するんだい君……まあそういうのも大事だと思うけれどね」
「ほれほれ急がんと面倒になるぞお。突っ込め突っ込めー」
「……え、偉そうだな君。まあ行くけども」
エリーは俺の前を歩く。守られるって楽でいいなあ……。
入り口付近から大きな音と、幾つかの怒声が響いた。始まったようだ。
それとほぼ同時に裏口に到着する。厨房付近に繋がっている扉らしく、余った食材や食べカスなどが捨てられているゴミ箱があった。
「……人の気配も、魔力も感じないね。大丈夫そうだ」
エリーは出来るだけ音を立てないように扉を開ける。俺もこっそりと中に入る。
「潜入成功だ大佐ァ……」
「なんだいその胡乱なモノマネは……」
無性にダンボール箱に隠れたくなってきた。その衝動を抑えて周囲を見渡す。人がほんの少し前までいたようで、煮こまれたままのスープや切っていた途中であろう野菜等がそのまま残されていた。
「さて、見取り図によると……1階は主に酒場で、2階は個室スペースと物置があるみたいだね」
「なら物置だな、間違いねえ。まあ個室のどこかって可能性もあるが……物置が一番可能性が高いだろ」
「どうしてそう言い切れるんだい?」
「ついさっきまで酒場としてやってたんだ。客が使う場所より、あまり人が入らない場所を使うだろ。客にバレる訳にもいかん」
「貸し切りってことにして部屋を確保している可能性もあるよ?」
「そうなったら一部屋一部屋探して行けばいいだろ……さっさと仕事に取り掛かろうぜ。気付かれるとクソ面倒」
俺はそう言って厨房から廊下に出る。やはり人の気配はない。遠くから戦闘音が聞こえる。悠人とミオがドンパチやっているのだろう。悲鳴の方が大きいのは何故。
「やる気があるのか無いのか……ま、いいさ。言ってることは間違ってないしね。じゃあ物置に……」
2階に通じる階段を登り、廊下を隠れるようにして見る。一つの扉の前に、見張りらしき男が二人立っている。あそこに康太たちがいると見てまず間違いないだろう。
「……ランクは? わかるんだろ?」
「ああ。一応ね。……CとBだね。まあ苦労することはないだろうさ」
「俺より上だけどな……」
エリーは少し考え込んで、俺にこんな提案をした。
「僕が彼らを引きつけるから、その隙に中に入ってエミリアたちを助けてやってくれ。その後は全員で大暴れさ」
「いい案だなそりゃ。俺は後ろで応援しててやるよ」
「働く気ゼロかい!? 君の力も借りたいのだけれどもね!」
「お前らはいい加減に俺の過大評価を止めろ……」
猫の手にもなれやしないと言うに。
「じゃ、行くよ。エミリアによろしく!」
エリーは勢い良く飛び出ていった。驚く見張りの男の片方に走って近づくや否や、しゃがんで、回転するように足払いし、一人の体勢を崩す。そして足払いの勢いをそのままに、もう片方の男の鳩尾に思い切り蹴りを入れた。
男が倒れ、ドタッ、と大きな音が鳴る。すると、少し遠くから不審な音を訝しむような声が聞こえた。恐らく近くにいた彼らの仲間であろう。
エリーがそれに気付き、声の方へ走って行く。
「僕はいいから行って。頼んだよ」
それだけ言って、走っていった。
カッコいいじゃねえか、畜生。
「俺もさっさとやることやるかね」
隠れるのをやめて、扉に近付く。すると、足払いされた男が起き上がった。
「つつ……なんだいきなり……ってああ!?」
俺に気付く。目と目が合う、瞬間敵だと気付いた。
「てめえかオラァ!」
「ひい濡れ衣ッ!」
蒼空を顕現させる。相手の男もレイピアのような魔導武装を出した。
「死ね!」
だが狭いこの廊下ではリーチが長い方が勝つ。俺はすかさず蒼空を振り上げ、レイピアを弾き上げる。隙を生じさせ、思い切り蒼空を前に突き出した。
「ぐ……くそ……ここまでか……」
言って、男の身体は消えた。結界内で死んだので、設定されている場所で生き返るはずだ。
俺は鳩尾を蹴られて気絶している男が目を覚まさない内に中に入ることにした。
俺は扉を開ける。暗い室内に、2つの影があった。
「お、康たぺっ」
声を掛けようとした瞬間、首が絞まる。
「…………鹿沼、何してるの、こんなところで」
幽ヶ峰の声だ。真後ろから聞こえる。俺の首を絞めているのはコイツか。
首に絡まる腕をタップすると、すんなりと解いてくれた。死ぬかと思った。
「康太、助けに来たぞ」
「大輔……!」
そう言って頬を赤らめた。なんでだよ。
「縛られてるのか。待ってろ……って蒼空が消えてるな……この部屋、どうなってる?」
「この空間だけ魔素が無いのですわ。ですから、部屋から出ればよろしいのですわ」
「よし、出るぞ」
三人を連れて、俺は部屋から出る。男を踏んでしまったが幸い目を覚ますことはなかった。
蒼空を出して、手を縛る縄を斬った。危ないので蒼空はしまっておく。
「ふう。血が止まるかと思ったよ」
「レディにこんな仕打ちとは許せませんわね……」
「…………悠人に合流しなきゃ」
三人は闘志を燃やす。この分なら戦いに支障は出ないだろう。
「音が聞こえる方で悠人達が戦ってるはずだ。そっちに合流して暴れ回ってくれ」
「うん、わかったよ。……大輔は?」
「足手まといはここでお役御免だよ。本格的に戦いとなっちゃ何も出来ん。まあ一足先に城に戻ってメイドさんに甲斐甲斐しく世話でもしてもらおうかね」
俺は笑顔を浮かべてそう言った。本物のメイドさんにこう……料理とか作ってもらっちゃうぜぐへへ。
「笑顔がクズだよう……。まあそういうことならわかったよ。気を付けて戻っててね」
「ああ、お前らもな。……ああ、そうそう。これを渡しとく。リスポーン地点を指定できるありがたーい御札だ」
俺はそれを康太とエミリアに渡す。
「…………私のは?」
「ない」
「…………くすん。……まあ死なないからいいけど」
これが強者の余裕ってヤツか。
「じゃあ頑張れよ。メイドさんに肩でも揉んでもらいながら健闘を祈ってるわ」
「その言葉が本当だったら殴り飛ばすからね。じゃあ」
康太とエミリアと幽ヶ峰は、恐らく戦闘しているであろう場所へ向かって行った。
「さて逃げましょ……いつ死んでもおかしくないしな!」
「あーあ、人質逃しちゃったの。じゃあ補充しないといけないわね」
「…………うわあ」
俺が視線を背後に向けると、あの踊り子衣装の女が立っていた。
「ごめんなさいね、私達が甘かったかしら。やっぱり女の子を傷付けるなんて出来ないもの。でも……」
踊り子は、笑って言った。
「男なら、いくら痛めつけても大丈夫よね?」
「大丈夫じゃねえよバーカ……」
女はムチ型の魔導武装を構える。
俺は改めて蒼空を顕現させた。
「私はアリーシャ=ウェズウェル。祖国の為に死ぬ者よ」
そして、結果が見えている俺の戦いが始まった。




