急襲
俺と康太は城下町に繰り出した。服装は学生服のままだ。異世界では少し目立つが、王女と同じ制服なので警戒こそされない。
「一番驚いたのがさ……日本語が通じるってことなんだよね……」
「異世界ってなんなんだろう……」
二人で哲学的な話をしながら街を歩く。文字こそ読めないが会話が通じるのは不思議だ。日本語って漢字ありきだと思うのだが……同音異義語とかどうしてんだよ。文章から判断するのか?
「考えられるのは、日本語が単純に通じているだけなのか、それとも俺達が喋っている言語が向こうの言葉に聞こえるのか……」
「どういうこと?」
「例えるなら、俺がアメリカ人に対して日本語で喋っているのに、アメリカ人はそれを日本語だと認識せずに英語として認識するというか……」
「うーん……難しいな」
「翻訳が出来る、例のコンニャク食ったみたいな」
「なるほど!」
しかしどれだけ考察を重ねても事実は変わらないし、俺達は肝心のそれを知らない。深く考えるのはやめにしよう。
「いつか詳しい話を聞きたいもんだな」
「うう……大輔のせいで気になって仕方なくなったよ……」
「ははは、言語ってのは面白いもんだな」
その内学校の先生辺りにでも聞いてみよう。いや、エリーやエミリアが知っているかも知れない。聞いてみてもいいだろう。
「どこへ行こうか」
「そうだな……腹は空いてないし……観光って言ってもカメラが無いしな」
「……見て楽しむ分にはカメラが無くてもいいんじゃないかな?」
「それもそうか。ファンタジー世界ってのを見せてもらおうか。スラム街とかあったら近付かないようにしないとな」
なんか……治安が悪そうな気がするのだ。これは多分日本人だからだろう。警戒心は常に持っておかねば。
「しかし……金も無いし道もわからん。これはどうしたもんかな」
「そうだね。地図でもあればいいんだけど」
「そこで僕の出番さ!」
突然、俺と康太の間にエリーが割り込んで来た。一度はまともな登場の仕方をしろ。
「いやなに、君たちが街に繰り出したと聞いてね。案内が必要かと思っただけさ」
「お前……歓迎戦の時からえらい丸くなったなあ……」
あんなに雑魚雑魚言ってたのに。
「ぐっ……あの頃のことは忘れて……いや、そんな虫のいい話はないか。あの時は……それが日本で人気者になれるものだと聞いていたし……僕自身、低ランクな君を……その、心から侮蔑してしまったのは事実だ」
「はあ……まあいいよ慣れてるから。とりあえず適当に案内してくんない」
「ああ、汚名は返上しなければね」
エリーは凄く機嫌が良いようだ。いいことである。あの妙に怖い妹はいないようだ。
「呼ばれて飛び出てエミリアちゃんですわ」
「ひいいいいいいいいっ!」
突然真後ろから声が聞こえた。馬鹿な……気配を感じなかった……。
「うふふふ、私達は小さい頃はお転婆でしたのよ? それに、この国の治安を案じていらっしゃったようですが、ここは資本主義の国ですのよ」
「……ええと、つまり?」
「稼げないほうが悪いのですわ」
「酷い言い草だな!?」
金持ち特有の余裕発言か!?
「この国は、働けない環境の人間には高額の支給がありますし、国が主導する仕事も多数ありますの。働けば儲かる、そんな簡単な方程式のある国なのですわ」
「そんなのありえるのか?」
「仕事が……終わらせても終わらせても無くならないのですのよ……」
なんだかエミリアが遠い目をしていた。もしかしたらこいつも苦労しているのかもしれない。
「父様が病的なまでに仕事好きで……まあ、そのお陰で貴族になれたのですけれど……」
「そんな理由で貴族に!?」
「というか、この国の貴族はだいたい仕事によく励む人間だね……。この国じゃ仕事に困ることはまずないから……」
「羨ましいな、おい」
日本なんか数年前からずっと就職氷河期だ。
「ま、そういうことはいいじゃないか。僕達の国の素晴らしい景観を楽しんで貰おうかな!」
「ノリノリだなおい……まあいいけどよ」
「あはは、楽しみだなあ」
「大輔さま、娼館……などもあるのですよ?」
「何故それを俺に言う……」
四人で連れたって歩き始めた。
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「ここが大聖堂さ! こっちの世界の神々を崇める場所だよ」
「俺達の世界で教会って言うと……まあキリスト教とかか」
「宗教がない世界なんか無いさ。人は何かに縋らなければ精神の安定を保てないことが多いからね。無神論者の多い日本に初めて行った時は驚いたよ」
エリーが指差すその建物はなんというか……スケールがおかしかった。サイズとしては都会のビル……というか、東京スカイツリー程あるかもしれない。
デザインとしては、ゲームやアニメで見るような教会……ではなく、歪な形をしている。
エリーの話によると、それぞれ用途や設備の違う5つの塔で構成されているらしい。中心の塔と、東西南北に1つずつある塔だ。それぞれは少し離れて建てられているものの、塔の頂上部が交じり合うような螺旋になって、大きく尖って天を貫いている。天元突破しそう。
「外観だけじゃなく、中も凄いよ。ちょっとした観光地だね。他国からも人が観に来るよ。それに、この建物は国営の公共施設だから、入るのもタダなのさ」
「へえ。こんなデカイ建物、よく建ったな」
「魔法があるからね。こういうところは、科学よりも魔法の方が色々と都合がいいのさ」
「ビルとか建てられないのか?」
「ガラスやセメントは厳しいね。自然のモノではないから操れないよ。魔法は自然の力を借りるモノだからね」
エリーが親切に説明してくれる。異世界の……それも魔法をこちらに伝えた世界の人間だから、俺よりもずっと魔法に詳しいだろう。
「さて、ここの中心塔を見学してから次に行こうか。次は王国中央図書館に行こうと思うんだ」
「兄様……確かにあの光景は圧巻ですが、日本人である彼らにこちらの文字は読めませんわよ」
「日本語の書籍だってあるだろ?」
「日本から直接伝わってきたマンガを日本人に見せるおつもりですか?」
「あ、そ、そうか……。じゃあ風車街に行こうかな」
「ええ、名案ですわ、兄様」
二人が次に案内してくれる場所を話し合っている。そうだ。言語の問題をどうしているのかを折角だから聞いてみよう。
「なあ、なんでこっちで俺達の言葉が通じるのか知ってるか?」
「ああ、やはり疑問に思いましたか。ま、当然ですわよね」
「音声言語が偶然同じ……みたいな?」
「そんな都合のいい話があるわけありませんでしょ。日本語は優秀な言語ではありますけれど、人類全てがそこに行き着く訳ではありませんもの」
ごもっともである。異世界で日本語が通じるなんて幻想……じゃねえわ、今通じてるわ。
「じゃあなんで通じるんだ? この制服、あの王女様と同じだからか結構話しかけられるけど、みんな日本語で喋ってるぞ」
「いえ、そう聞こえるだけですわよ。ここから先は兄様の方が詳しいのではないかしら。ねえ、兄様」
「ああ、僕は大輔くん達の世界の伝承やら神話が好きでね! いや、アレはこちらの世界よりも良く出来ているね!」
神話オタクらしい。俺からすれば、異世界の神話も気になるのだが……、隣の芝生は青く見えるというやつか。
「まあまずは大聖堂の中を見学して、そこから風車街に行く途中に説明しようか。はは、誰かに自分の好きな分野を話すのはイイ気分だね!」
オタクって異世界でも似たような感じなんだな……。
俺達は大聖堂の中に入る。
広く、天頂部まで吹き抜けになっているようだ。窓は全てステンドグラスになっている。そのせいか差し込んでくる光がカラフルで仕方ない。赤やら緑やらが目に飛び込んできて、目に良いのか悪いのかわかったものではない。
「さて、少し自由行動にして……10分も見たら次に行こうか」
「おい、短いだろそれ」
「……案内板や書物も全部こちらの文字だからね……全部翻訳は出来ないから……あと、ほぼここ出オチみたいなところがあるから……」
異世界の観光地はがっかりスポットだった。いや、俺は好きだが。
「ま、エリー先生の言語講座も楽しみだしな。妥当か」
「ぼ、僕を女みたいな名前で呼ぶんじゃない! ……まあ、好きに見てくるといい。僕もまあ久しぶりに観光するかな」
そして、俺は適当に探検した。……10分は短いと思った。
「さて、皆集まったね。次は僕達の食糧の一角を担う風車街に行こうか」
「ええと……発電でもしてるの?」
と康太が聞いた。
「いや、穀物やらを脱穀したりしているのさ。製粉って言うのかな。ここは君たちの世界よりも穀物の種類がとにかく多いからね。同じような見た目でも味が違ったりするのさ」
「へええ。それは面白いね」
今日は晴天。雲も煌めくイイ日。さぞ風車も映えることだろう。俺は空の風景が好きなので、かなり楽しみである。そして、また歩き出した。
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「言語に関しても、実はそんなに難しい話じゃないんだよね。君の世界の伝承に関係しているのだけれど」
風車街とやらに向かう道中、エリーが嬉々として語り出した。
「俺の世界のか? ……ピンとこねえな」
「バベルの塔さ。アレがあるから君たちの世界では言語が数多存在している。でもこちらの世界には似た伝承もない。だから僕達の世界じゃ、言語はどこでも共通なのさ」
「でもそれじゃ、日本語がこっちで通じるわけにはならないんじゃない?」
「あの世界がバベルの塔の影響下にあるから人類同士は言葉が通じない。でもこちらにその影響はない。だから別の言語を使おうとも通じるわけさ。で、折角だからってことで言語を統一しているのさ。お陰で国交もスムーズに進むしね」
「なるほど……」
異世界凄い。超すごい。だって英語の授業とかも受ける必要ないんだぜ。というか異国語無いのか。羨ましい。
「さて、そろそろ風車街だ。風車が無いところには家があって、とても密集した生活地域だよ」
「数分前から風車は見えてたけどな」
これまたかなり大きい風車群だ。遠くから見る限りでも数十はある。そして、風車の根本の部分に露天が幾つもあり、日本では見たこともないような野菜や穀物が売られている。
風車同士は羽根が触れ合わない程度に離れていて、地方都市の申し訳程度のビル群のような様相を呈していた。
「青空が映えるな」
「だろう? 僕もここ好きなんだ」
だが……あんまりやることがない……。
「……まあ、レジャー施設があるわけでもないからね……」
俺達は風車街を適当に歩く。風車はレンガで出来ているようだ。
「……そうだ、なんか金でも借りて買おうぜ康太……って、あれ?」
後ろをついてきていたはずの康太とエミリアがいない。
「はぐれたのか?」
「そんな迷うような場所では無いはずだけど……」
「とりあえず、少し探してみようぜ。俺はあっちを探すから、お前は向こうな。みんな制服だし、すぐわかるだろ」
俺と康太は急に連れて来られたので服はないし、エリーとエミリアも、動きやすいから、の理由で制服を着用してきていた。
「じゃ、10分後に……見えるかい、あの噴水広場で落ち合おう」
エリーが指さした先に開けた場所があり、そこに大きな噴水があった。
「オッケー。じゃあさっさと見つけようぜ」
俺はエリーと別れ、人混みを掻き分けて歩き始めた。
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「こっちはハズレだ。そっちは?」
「ダメだった。うーん……まさか迷ってスラム街に……?」
「スラム街?」
「……ああ、近くに、スラム街があるんだ。そこに迷い込んだか……そうなるとマズイぞ」
そういえば、康太達を探している途中に、なんだか寂れた道があった。街の中心近くにだ。
「なんというか……あそこは、まあなんというか……生活に無頓着な人間が多く住む街さ。とは言っても、治安が悪いワケじゃないけどね。彼らはむしろ『働いたら負けだと思っている』とか言って株式市場にばかり手を出すんだ……たまにあそこから貴族が出るからね」
「ただのニートタウンじゃねえか……で、何がマズイんだ?」
「あそこには、テロリストのアジトがあるんだ……」
それはマズイ。誤ってテロリストに見つかりでもしたら大変だ。
「とにかく、行ってみよう。聞き込みとかやってみないとな」
俺達は、寂れた一角に入っていった。しかし歩いて行くと、何故か道は舗装され、どんどん活気づいていった。
そこは、俺の住む世界のスラム街のようなものではない。至る所にこちらの世界のアニメやマンガの美少女のポスターが貼られ、まるで……。
「アキバみてえだな……」
そう、建物が近代的じゃないアキバ。アキバinファンタジーワールド。
「……ここがスラム街さ。いや、その……こちらではオタクに該当する言葉が無いから、暫定的にそう呼ばれているだけなんだけどね……」
店のガラス越しに大量のフィギュアが見える。しかも魔改造エロフィギュア。いい趣味してやがるぜ……!
「と、とにかく、探してみよう。……ってこら、店に入るな! 店主に話しかけるんじゃな……仲良くなってる!? 今はそんな場合じゃないだろ!」
俺達は聞き込みを始めた。「この服を着ていた男女を見ませんでしたか」と聞いて回ったのだが、目撃情報は無かった。というかコスプレと勘違いされる始末であった。
もう少し聞き込みを続けていると、踊り子のような、露出の高い格好をしている女性がいた。胸のサイズは少々残念だが……。聞き込みをしてみよう。
「あの、こんな服を着ていた男女を見ませんでしたか」
「小さい子二人かしら? それならウチで預かってるわよ」
「あ、そうですか。迷子になってしまってて……じゃああの、連れて帰りますんで、二人に会わせてくれませんか」
俺は丁寧に頼んだ。すると、女性の口角が吊り上がった。
「嫌よ。せっかく捕まえた人質ですもの」
「……人質? アンタ何言って……」
「あら、あなた達、自分たちの敵も知らないのかしら。まあいいわ、可愛い女の子を二人、預からせてもらったわ。女の子に手を上げるつもりは無いから、そこは安心しなさい。交渉材料に手を上げるほど愚かではないもの」
「……まさか、テロリスト!? おい、あの二人を誘拐してどうするつもりだ!」
俺が女に掴みかかろうとすると、エリーが「危険だ!」と叫んで俺を引っ張った。
「うふふ、理性的なのね。実力もわからない相手に迫るのは危険だわ?」
「くっ……この野郎……」
「目的をあなたは聞いたけど、人質に人質以外の価値があると思って? まあ、革命が終わったら返してあげるわよ」
「…………要求はなんだよ」
人質を取るということは、交渉する気でいるということ。それならば、まだ救出出来る可能性は高い。
「襲撃、今日にでもしてくるつもりなんでしょう? それを止めろと言いに来たのよ。革命の邪魔はいけないわ」
「テロリストが革命などと……!」
エリーが怒っている。当然だ。妹がさらわれたのだから。
「あら、怒らないでよ。今日にでも貴族も王も平民にしてやるのだし。この国の新しい門出よ? もっと喜んで頂戴」
「革命を口実にしてただ暴れたいだけの癖に……!」
「あら、崇高な理念の下で戦ってるのよ、私達。王や防国魔導団も邪魔なのだし……どうにかして消したいのよ。わかる?」
「ああ、そうかわかったぞ……お前ら、シャリアルナから来た集団だな!!」
シャリアルナ……? 会話から察するに、敵対している国家……というところだろうか。
中から制度を崩して、混乱に乗じて攻め入ろうとしているのかもしれない。
「あら、ご名答。よくわかったわね。この国、防御だけはヤケに硬いから、中から壊すしかないのよ。……それに、平等な社会もいいものよ?」
「良く言うぜ。うまく行ってないからこうして攻め入ってんだろうが」
俺が言うと、女はピクリと眉を動かした。少し怒っただろうか……。冷静さを欠いてくれれば突破口はあるかもしれないのだが。
「まだ何も知らない坊やが偉そうに言わないでくれるかしら。私達の苦しみも哀しみも知らないでしょうに」
「知らねえよ、異世界のことなんざ。ってかお前、まさか自分たちが状況を打破出来ないから人様に迷惑掛けようとしてんのか? 革命ごっこなら自分の国でやれよな。お陰で俺の琵琶湖旅行計画がパーだぜ、パー。どうしてくれんだよ、おい」
「…………いいわ、そこまで言うなら少しだけ……、革命ごっこで遊びましょうか!」
「くそ、理性的じゃねえのはどっちだよ! おい、来るぞ! 構えろエリー!」
俺は背後のエリーに声を掛け、迫ってくる女に意識を集中させる。
「私は私の幸せのために! 雷の弾丸!」
女が詠唱し、雷が迸る。俺は即座に蒼空を出してこれを回避、接近して攻撃を試みる。
「ダメだ! この世界じゃ物理攻撃では魔法には敵わない!」
「俺にゃこれしかねえんだよ!」
「雷の爆発を」
あと少しで槍が届くというところで、黄色い閃光が走った。放射状に雷が飛び、俺の身体を捉える。
「………………!」
いつも受けるような魔法とは威力が違いすぎる。たった二単語の簡単な詠唱のはずなのに。
身体が痺れて声も出ない。しかし飛んだ勢いは死なず、女を通りすぎて地面に落ちた。視界の端で、エリーが俺に駆け寄ってくる。
「私達の力……思い知らせてあげるわ」
俺の意識はそこで途絶えた。




