進撃の双子
施設内にアナウンスが響く。
『あー、あー、テステス。諸君、慌てることはない。これは訓練だ』
「返せ! 緊迫感を返せ!」
俺は壁を突き破ってきた魔物を見る。何の変哲もない。強いて言うならキモい。カマキリのような風貌のそいつらは、施設内に入ってくると辺りを見回し始めた。
「来い、蒼空……ってダメか。魔法だけで魔物を殺せって訓練ってわけだな」
「アスレチックはこの空間に来るための口実みたいなものだったってわけだね」
いや、多分……。
『いやあ、神帯先生もいい事を思いついたものだな』
『丁度いい機会だし、魔物を魔力で擬似的に再現する技術の実験もしたかったのよおん。あれになら殺されても結界のチカラで死んだことにはならないし、訓練の幅が広がるわねえん』
「……マイク切り忘れてんぞ教師陣」
しかし、いいことを聞いた。相手が偽物の魔物なら何も怖いことは……。
『でも良かったのおん? アレの攻撃、痛みが本来の四倍に設定されているけどおん』
『死んでもいいと思われるよりはマシだろう。死への恐怖を忘れられるよりはマシだ』
前言撤回。アレの攻撃を受けたらダメだ。
『おっと、マイクを切っていなかったな、はっはっは』
それっきり、スピーカーから声は聞こえなくなった。わざと付けてたなあれ……。
「と、とにかく、施設を壊さない程度の魔法でどうにかするしかねえ。康太、お前、魔法は何が得意だ」
「…………どうしよう」
康太が真っ青な顔をしていた。一体どうしたと言うのだろう。
「……ボク、普通の詠唱あんまり覚えてない……」
……よく考えたら、魔法唱えてる時はだいたい魔導武装持ってたなこいつ……。
「じゃあ悠人に任せるとするか。おーい、悠人―?」
俺は少し遠くの方でアスレチックに並んでいたらしい悠人に声をかける。
「もうあれ全部消し飛ばせ」
「適当だね!? いや、出来ればそうしてるところなんだけど……」
「出来ないのか?」
「アスレチックが邪魔で……」
「ああ、そういうことか」
破壊しないように、とはまさかこのコトだったのだろうか。
「ふむ……」
俺は考える。どうすればアスレチックを破壊せずに魔物もどきを一掃出来るのか。
今眼前にあるのはプール、アスレチック、そして生徒と対峙している魔物だ。
「…………あ」
そう、プールがある。つまりアスレチックは、水に少しなりと耐性はあるはずだ。
「なあおい悠人。ちょっと耳貸せ」
俺は閃いたアイデアを耳打ちした。
「……うわあ。だいぶ外道だねそれ……いいの?」
「ああ。俺は康太を担いで魔法で少しでも浮いてる。空は飛べねえが、空中で静止することは出来るからな」
悠人は少し溜め息をついて、詠唱を開始した。と言っても、とても簡単な魔法。
「怨嗟の英雄の力をもって現れたまえ。膨大な水よ」
禁呪を含め、悠人は詠唱した。魔法陣から現れたのは、ただただ量が多いだけの、水。
「前の歓迎戦でわかったことは、魔物は魔力そのものに弱いってことだ。つまり、魔力を含んだ水をずっと当て続ければ多少ダメージは入る。そして……」
俺は「風よ我が身を包め」と詠唱し、空中で静止出来る状態になってから康太を抱きかかえてアスレチックを駆け抜けて、最も高いところでジャンプし、落下することもなく止まった。
「え? え? 何がどうなってるの?」
「ああ、あれは溺れさせてるだけだ。魔力を含んだ水だから、弱ることは弱る。それに、見ろあれ」
水は、壊れた施設の壁から外に流れ出ている。魔物と生徒を一緒くたにして。
「この中じゃ魔導武装が使えなくても、外なら使えるだろ。先生は魔法で戦って欲しかったみたいだが……まあ、俺達にはまだ荷が重いわな。なんせまだ魔法語を少ししか習ってねえんだからよ」
「大輔……君のそういうとこ、好きだな」
康太は頬を赤らめて言った。え、これ何フラグ?
「その、極限まで自分の負担を減らすために他人をこき使うところ!」
……それただの悪口。
「リスクマネージメントって言うんだよね!」
微妙に違う気もするが……。
「で、これ何時までボクはお姫様抱っこされてればいいのかな?」
「水が消えるまでだな。男同士なんだし気にしなくてもいいんじゃねえの」
「女子がこっちを食い入るように見てるんだけど……。もしかしてあれって」
「う、浮いてる俺達が羨ましいんだろうな! そうだ! そうに違いねえ!」
むしろそれじゃなかったら精神に異常をきたしそうだ。
そろそろ全ての魔物が流れ出た頃合いだろうか。
「悠人! もういいぞ! ……っていねえ!」
そう。考えておくべきだったのだ。悠人の逃げ道を。
「ま、まさかあいつも流されたのか……?」
「え? 気付いてなかったの……? さっき『図ったな大輔―――!』って叫びながら外に……」
まあむしろ好都合だろう。皆を流した張本人が目の前にいて、魔物を薙ぎ倒してくれれば完璧だ。作戦だったと本人が言えば納得するだろうし、彼の積帝ならば魔物もどきなど屁でもなかろう。
「全て俺の作戦通りだ」
「終わりよければ全て良しの間違いじゃないの?」
言い返せなかった。
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結局、アスレチック場は壊れてしまった……と思ったのだが、どうやら崩れた壁があった地点は本来は出入口の一つで、そこに簡単に壊れる偽物の壁を立てていたらしい。
しかし学校側としてはもっと粘って欲しかったのだろうが、すごくあっけなく終わってしまった。というわけで未だにアスレチック場にいる。まあ、まだ一度も挑戦出来てなかったのでラッキーだ。
「さて、じゃあ難易度BASICからやっていこうぜ」
俺と康太、悠人の三人で列に並ぶ。訓練用アスレチックは、一度に8人で挑戦するらしい。何そのレイドダンジョンみたいな仕様。
「ふっふっふ……来たな鹿沼大輔!」
「うへえこの女みたいな声は……」
俺は声の方を見る。やはりエリーがいた。相変わらずの女顔だ。これで男なんだからもう全ての女子が実は男子でしたと言われても信じるかもしれない。
「ボクと勝負だ鹿沼大輔! これで僕が勝ったら……僕と……その……友達に……」
「勝負? いいぞ、負けねえけどな」
「え? ま、負けない? そうなると友達に……」
「おら、俺達の番だぞ早くしろよ」
エリーが泣きそうな顔になって「負けなきゃいいんだ……負けなきゃ……」と呟いていた。
今回の8人は俺、悠人、康太、エリー、エリーに酷似した女生徒、旅原さん、幽ヶ峰さん、ミオとかいう赤髪の女子だ……お前らどこから湧いた。そういえば、俺とエリーが会話しているときに、悠人と会話していた気がする。
そして一番気になるのはエリーに凄く似ている女生徒である。お前誰。
そんな俺の視線に気付いたのか、その女子は俺に向かって恭しく頭を下げた。
「これはどうも、私はエミリア=レッセリアと申します。兄様がいつもお世話になっております。……ふふ」
「え、あ、どうも」
なんて路線変更! これはもう絶対にいいとこのお嬢様だ!
「あー……僕の妹のエミリアだ。一卵性双生児の双子の妹でね。気配を消すというか……人に忍び寄るのが好きらしいんだ」
「嫌ですわ兄様。影が薄いだけですもの。そのように仰られると、まるでジャパニーズニンジャのようで……格好はよろしくても女性としての品位には欠けますわ」
「昔の日本では、女は黙って男の後を付いて行けばいいなんて言ったらしいけどね」
悠人がいらんことを言った。今の日本では、女は黙って男を尻に敷けばいいと言うが。
「うふふふ、まあよろしいではありませんの。さて、では参りましょうか。列が詰まってしまいますわ」
そういえば俺達の順番だったのを忘れていた。
「兄様が執着する殿方……とても興味がありますわ。……うふふふ」
そうエミリアが笑った瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。……なんなんだ一体。
悠人に顔を向けると、赤髪の女子と幽ヶ峰さんに囲まれていた。このハーレム野郎め……。
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BASICのアスレチックはやはり簡単で、浮島や緩い傾斜の坂などがあるだけのモノであった。しかし水で濡れているせいか足場が悪く、簡単な筈なのに少し手こずってしまう。
「うふふふふ、水で滑る大輔様、いいですわあ……」
真後ろから気配が!
「さあ……もっと! 水でぐっちょぐちょにおなりになって!」
怖い! 何この娘!
「康太! 康太……っていな……ああーッ! 落ちてるーッ!」
「がぼごぼぼばばーっ!」
溺れていた。まさか泳げないのだろうか……。
「た、助け……ごぼぼぼぼ」
「こ、康太ァーッ!」
俺は勝負など気にしないでプールへ飛び込んだ。
「康太! 掴まれ!」
「う、うん!」
康太は顔だけ出して俺にしがみついた。や、柔らかいよう!
人命救助の感動すべきシーンに心打たれた他生徒が俺達に惜しみない拍手を贈ってくる。ありがとう、そして、ありがとう……。でも腐女子の拍手だけ妙に腐ってない? 大丈夫? 視線が怖いよ?
「はーっはっはっは! やった、僕は勝ったぞ! 鹿沼大輔に勝ったんだ! ……ってあれ? なんで拍手? ははは照れるだろやめ……ち、違う! 誰も僕を見てない! せ、せっかく勝ったのにまた蚊帳の外……う、ううううううーッ! ち、ちくしょーっ!」
そう叫んで走り去ってしまった。妹のエミリアが「お待ち下さい兄様―!」と追いかけていった。
レッセリア家には変なやつしかいねえのか……。
ちなみに、一位ゴールは悠人、二位がエリーだった。幽ヶ峰さんと赤髪の少女はお互いに蹴落としあったらしい。
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「……悠人、その女は危険。……即刻凍らせるべき」
「なによ、やる気? あたし、アンタには負けないと思うけど?」
「ま、まあまあ二人共、抑えて抑えて」
悠人が何やら困っている。友人として助け舟を出すのは当然だろう。べ、別に羨ましいから邪魔してやろうってわけじゃないんだからね!
「おいお前ら、あんまり騒ぐんじゃねえ。注目の的になるだろ」
しかし少女達は黙らない。
「いいじゃない、注目されても。あたしと悠人の関係を周囲に知らしめないといけないわ」
「……それ以上、悠人の恋人ぶると凍らせる……!」
ダメだ、火に油注いだ。黙っとこ。
「はあ……なんだか釈然としないなあ……」
エリーがぼやいていた。勝ったのに扱いが雑だからだろう。
「じゃあ次はADVANCEDだな。まあゆるく行こうぜ」
そうして俺達は次のアスレチックに挑むのであった。
「うふ、うふふふふふ……大輔さん……うふふふふ……」
……正統派美少女と出会いたいなあ……。




