再会と別離と忘却と
『本当の いばしょに 行きます シエル』
そんな書き置きが、部屋に置かれていた。
学生寮内で起きていたてんやわんやに参加していた康太が自室に戻り、最初に目にしたのがそれだった。
とある事件から匿われ、一人部屋だからと学園の要請により部屋に住まわせることになった少女が。
「た、たたた大変だッ!」
すぐさま康太は悠人に電話をかける。2コールほどで応答があった。
「も、もしもし! 康太だけど! シエルちゃんが! シエルちゃんが出てっちゃった!」
『なんだって!? ……なにか、手がかりは……』
「本当の居場所に行くって書き置きが……ま、まさか記憶を取り戻したのかな!?」
記憶を失っていた少女。悠人に懐いてついてきた……確か、そんな経緯だった……と思う。
『僕が探しに行ってくる! あの魔力なら感知タイプじゃない僕でも見付けられるかも……!』
「うん、ボクも探してみるよ! 攫われたりしてなきゃいいけど……!」
電話を切り、康太はすぐさま寮を飛び出した。とにかく聞き込みをするしかない。
〜〜〜〜〜エリオットの場合〜〜〜〜〜
「はあ……」
屋上で大輔と会った後、部屋に戻ってからエミリアに「食べるものありませんので、なにか買いに行きません?」と言われ、2人で外に出ていた。
「なにを溜め息ばっかりついてますのよ。幸運が逃げる、という迷信がこちらにはあるようですわよ?」
「いやなに……魔導士の人とどうやって接点を作ればいいのかとね……」
「あの冴えないの、まだ狙ってますの? そもそもお兄様、許嫁がいましたわよね?」
「アレは趣味じゃない。というか、ただの口約束だろ?」
「ま、そうなんですが……貴族同士の口約束ですからねえ」
お互いに小さい頃、仲が良かった両親同士が酒の場で言っただけのことだった。律儀にそれを守るつもりはないし、何より獣族の子孫である自分は自由恋愛が認められている。というか、祖繁紋の関係上、エリオットは本当に好きになった相手としか子を成せないどころか肉体関係にすら及べないのだ。
「だからって祖繁紋を出してはいけませんわよ。せめてこう……もうちょっと、ねえ?」
「凄く良い人かもしれないだろ! エミリアこそ、浮ついた話の一つや二つ無いのかい」
「ありませんわよ。許嫁もいませんしねえ」
「羨ましいよ、まったく……」
2人並んでそんなことを言い合いながら、彼女らは近場のスーパーマーケットに向かう。
そんな折であった。
「あら? エリオットさんとエミリアさん」
2人にそんな声が降りかかった。
見ると、2人にとって見覚えのある女性がいた。
「ええと……そうだ、八ヶ代さん」
「以前、お肉をご馳走になった方ですわね。その節はお世話になりました」
エミリアが軽く頭を下げると、伊乃は恥ずかしそうにそれを静止した。
「いいのよ、楽しかったし……そういえば、大輔くんは元気? 何故か連絡先が消えてて心配なの」
「えっ」「はい?」
エリオットとエミリアは、揃って声を上げた。
何故、この人とあの魔導士の彼に接点があるのか。そして、さも当然のように自分たちと親交があるものとして話しているのか。
それがわからなかったからだ。
さて、ここで八ヶ代伊乃の話をしよう。
彼女は非常に曖昧な存在になっていた。
無魔力者でありながら、大輔の魔物としての魔力によって身体形状を補われた結果、半魔に限りなく近い存在になっていた。
しかしながら彼女は無魔力者である。つまり、魔力を体内生成し保有する器官を有していない。よって、魔物としての性質を帯びることも出来ない。彼女は魔力を感知することがまず出来ないのだから。
言ってしまえば、彼女は魔物の義肢を身に付けている状態である。外付けの肉体に、人間の魂が入っている状態。それは半魔や魔人にも近いが、しかし魔力を有さない性質によって魔物のそれとは異なる存在。
とどのつまり、ミオが召喚するような、魔法生物に似た存在になっているのだ。
アイフリッテンのような魔法生物は疑似人格を有するが、それとは異なり人間としての魂という核を持っている。差異としてはそんなところだろう。加えて、肉体の全てが魔力で出来ているという訳でもない。
故に、彼女は大輔を忘れなかった。忘れなかったが、しかし世界の方が彼を忘れてしまった。だから彼女が持つ携帯端末から彼の痕跡たる電話番号などが搔き消えたのである。
しかし、そんなことを露ほども知らないエリオットとエミリアにとって、この状態は理解できないものだった。
自分たちが知る人物が語る、共通の思い出の中に、なんか知らんやつがいるからだ。
それも、エリオットが一目惚れしているっぽい男が。
だがそんな疑問を口に出しても、より混乱するだけなのは目に見えていた。そう、レッセリア姉弟は貴族の出である。空気を読む、ということに関しては長けている。…………まあ、少なくともエミリアの方は。
「それが、我々も同じ状況で」
「あら、やっぱり? SNSならわかるけど、電話番号の登録そのものが勝手に消えるなんておかしいわよねえ。また会ったら伝えておいてね」
そう言って、伊乃は去って行った。
彼女は、レッセリア姉弟が鹿沼大輔という男に気軽に会える存在である、と確信して話しているのだということをエミリアは察した。そして、より状況を進めるべく、去りゆく伊乃に対して心を読む力を行使する。
しかし、何も聞こえては来ない。
読心術が使えない相手の条件は、家族ほどに親しいか、あるいは……人間ではないか。
エミリアにとって伊乃はそこまで親しい間柄ではない。一度焼肉に招待されて連絡先を交換した程度のことだ。で、あるならば。
――これは、随分ときな臭いですわね……。
ならば鹿沼大輔という男は一体誰なのか?
例えば……催眠の類の魔法を使っていて、八ヶ代伊乃に使用している……とか。しかし人間の意思や記憶を操るような魔法は第零位階にしか存在しない。それらを扱えるほどの魔力を保有しているようには見えないのだ。
ならば、何が違う? エミリアは唸る。
――――まさか、自分たちの方がなんらかの干渉を受けている?
「エミリア」
「……はっ、な、なんですの、兄様」
「分からないことは多いが……ひとまずは買い物をして帰ろう。少なくともここで状況が動くことはないだろうからね」
「……そう、ですわね」
姉弟は、スーパーの雑踏に紛れていった。
〜〜〜〜〜悠人の場合〜〜〜〜〜
悠人は夕方まで学園の周りを走り回り、生徒会の権限で周辺の監視カメラも確認させてもらったが、しかしシエルの姿は無かった。
自分が事件の最中に保護し、そして世話を任せていた少女。
――やはり自分の部屋で匿っておくべきだった……!
しかし、だ。やはり腑に落ちない。
あの字は間違いなくシエルの字だった。それは確信できる。ならば「本当のいばしょ」とはなんなのか?
遺された手紙から魔力の痕跡を追えないかとも思って試したが、しかし感知能力が低い悠人には難しかった。
学園敷地内のベンチで休んでいると、声がかかった。
「やあ、お疲れ様です、悠人くん」
「先輩……」
悠人を手伝ってシエルを捜索していた佐村が、缶コーヒーを持って歩いてきていた。
「記憶を取り戻し、やんごとなき事情で帰った……そういうこともあるのかもしれませんよ?」
「そう、かもしれませんが……」
誘拐の線が拭えない。思考詠唱を平然とこなし、恐らくは自分と同じかそれ以上の可能性がある魔力を保有する不思議な雰囲気の少女。
出会いに関してははっきり言って思い出せない部分が多いが、そういうことがあったのだ、という事実だけは理解できる。
これまでに過ごしてきた日々も、何故かあやふやだが……そう、それこそ撹乱するような魔法の類かもしれない。第弐位階までは聞いたことがないが……。
「ともあれ、経過を見るしかないでしょう。監視カメラなどの確認も行っていきましょう、いいですね?」
「……はい」
忘れてはいけないことを忘れている。そんな気がする。
きっと、あの少女に関することだろう。
……そうだ、そういえば。
消えてしまった自分の存在を戻す時に手伝ってくれた同い年ぐらいの彼に…………お礼を言いそびれてしまったな、と。
悠人はそんなことをぼんやり思った。
〜〜〜〜〜次の日〜〜〜〜〜
「シエル、忘れ物は? 教科書は全部あるか?」
「うん!」
「よし、じゃあ行ってらっしゃい。なんかあったらすぐに俺のとこに飛んでこいよ」
「わかったー!」
俺はシエルを小学校最寄りの紋章文書を設置している店に送り出し、俺は俺で罪狩りとしての仕事に勤しむことにした。ぶっちゃけた話、魔導士になるよりも罪狩りとして生きた方が生涯年収は高いんだろうな。
なお、探偵業的な扱いとして登録されているらしく、確定申告まで罪狩りの経理部などが持ってくれているらしい。どこまで手厚いんだよ。
なんてことを思っていると、エストとリジーがやってきた。パッと見は美女が2人だ。まあ、片方男なんだが……。
「む、通帳か?」
「ああ、税金そんなに引かれてないなと思って」
「レナウセム側の企業として登録しておるしのう。ほれ、そっちの漫画にあるじゃろ、冒険者ギルド……とかいうやつ。そういうのだと思え。税金は基本的にアルカニリオスなどの支部が置かれておる国に収めておるよ。日本にも法人税とか払っとるしのう」
「半魔限定のギルドか……。いいね、俺そういうの好きだぜ。ていうか法人税とかファンタジーであんま聞きたくねえ単語だなオイ」
実際にファンタジー世界に行ける世の中ではあるが、それでも創作ファンタジーは世界から消えなかった。各々が好きな異世界の話を創作しているわけだ。
いざ実際に行けるとなっても、簡単に行けてしまうが故に感覚としては海外ぐらいの物なのだ。めっちゃ近い治安の良い海外の国、ぐらいの。
言ってしまえば俺は外資系企業勤めということになる。うーん、悪くない響きだ。
…………まあ、咲月との約束はなんとしても果たさなくてはならないので、元に戻るのは急務なんだがな。
「ねえカルダ。今日の仕事はこれなんてどう?」
リジーが1枚の紙を見せてきた。
そこにはよく見る絵が描いてあった。
そう、四足歩行し巨大な翼、長い尾を備えた巨大な爬虫類然とした生き物。
ドラゴンだ!
「先祖返りしてしもうた鱗族を正気に戻す、という仕事じゃ」
……捕獲クエスト?




