第一次腐女子大戦
虚しかった昼食も終わり、またもやバスで移動する。忙しないことこの上ない。
十分ほどで、生い茂った木々に囲まれた駐車場で止まった。
「なんか……拍子抜けするぐらい普通のイベントばっかりだな……」
「もっとこう……魔導士に必要なスキルを育むみたいな感じはないのかな……」
俺と康太はげんなりしながらバスを降りる。今度こそ普通じゃないイベントがあるといいのだが。
須崎先生がバスから降りてきて、口を開いた。
「今から訓練用アスレチック場に移動する。大阪にある魔導士育成学校の施設を借りるから、壊したりしないように」
「大阪にもあるんだ、同じような施設」
康太が呟いた。魔導士育成学校、『エルゼラシュルド』は、大阪、東京、北海道、福岡、そして沖ノ鳥島に存在している。俺達の通う沖ノ鳥島校が最も規模の大きい校舎だ。
「少しだけ歩くぞ。ついてこい」
須崎先生……カッコいいけど教師の態度っぽくはないよなあ……。
そうして森の中を歩くこと数分、まるでレジャー施設のような建物が現れた。……森の中に。
「ミスマッチ!!」
「なんか楽しそうな場所だな」
中にプールがありそうな風貌だ。どこからどう見てもレジャー施設だな……。
「ここが大阪の誇る訓練施設だ。目的は『魔導武装を装備していない状況下での三次元移動を円滑にする』ことらしい。端的に言えばパルクールだな」
「パルクール。そんなのもあるのか」
俺は、『スポーツは嫌いだが身体を動かすのは好き』というタイプの人間だ。ルールに縛られず、自由に動きたいのである。パルクールは割りと自由に動けるので好きだ。というかまあ、正式なルールを知らないだけなのだが。
「入ったら、男子と女子はそれぞれ更衣室に入って、専用の服に着替えろ。その先には幾つかの難易度のアスレチックがある。まあ、行ってみればわかるだろう」
そう言って、須崎先生は俺達を中へ促した。
「なんか今日須崎先生の機嫌、悪くない?」
康太はそう言う。ああ、あれは……。
「ありゃ二日酔いだろ」
「ええ? 二日酔い? ……あれがあ?」
「ああ、親父もあんな感じだった。機嫌悪いんじゃなくて、大声出したら頭痛くなるだけなんじゃねえの」
「そういうもんなのかな……」
康太が怪訝な面持ちでそう言う。俺の推測が正しければ、あれは二日酔いだ。何故なら先ほどからしきりにこめかみを抑えているからな。
「先生、飲み過ぎはいけませんよ」
俺は須崎先生を諭す。すると先生は機嫌が悪そうに言った。
「……頭に響くから声量を下げろ鹿沼……。いいだろう、たまには多めに飲んでも……」
「合コンに敗れたからって……」
「な、なんで知ってるんだ貴様!?」
「いや、適当に言っただけですけど……まさか合ってるとは」
「弱き氷の束縛よ」
「ひいいいいいいいいっ!!」
氷の縄が俺を絡めとる。ああ! 冷える! 冷える!
「凍傷に! 凍傷になるううううう!」
「はあ……お前はどうして独身女性の傷を抉るのが好きなんだ……」
「先生、顔は綺麗なんだから男が言い寄ってきてもおかしくないと思うんですけど……」
「お前は口は上手いなあ……解除せよ」
「事実だと思いますけど……」
凛とした美しさには一片の曇りがない。芸術品だと言われても納得する。
「いや……その……なんだ、男を前にすると緊張してしまってな……」
「またギャップ発掘したよこの人……」
モテないんじゃなくて言い寄られても対応に困って引いちゃうだけなんじゃねえの。
「ああ、それはそうと。鹿沼、お前の祖父、もしや鹿沼龍三と言うのではないか?」
「え? 良くご存知ですね。そんなに有名人なんですか、ウチの凄すぎる爺ちゃんは」
「……やはりな。お前のその蒼空も祖父から譲り受けたものだろう」
「はい、そうですそうです。もしや鹿沼家のファンですか?」
「滅多なことを言うな。……もう少し話を聞かせて貰うが、いいか?」
そんなに俺の祖父が気になるのだろうか。確かにダンディズムと男気に満ち満ちたイケメンお爺ちゃんだが。須崎先生のストライクゾーンが広いだけの話なのかもしれない。
「なんだか失礼なことを考えているだろうが、違うぞ。天空旅団のメンバーの動向を知っている可能性があるから話を聞きたいだけだ」
「ああ、なるほど。多分何も知らないと思いますよ。爺ちゃん自慢話百選にもありませんでしたし」
「なんだその胡乱なセレクションは……」
爺ちゃん自慢話百選とは、名の通り、爺ちゃんの若かりし頃、つまりブイブイ言わせていた頃の自慢話もとい武勇伝である。
『儂は凄かった』で締めくくられるのがパターンであった。
「そうか……では、魔鎧という言葉に聞き覚えは?」
「ああ、一応あります。天空旅団の装備なんでしたっけ。実物を見たことはありませんけど」
「ない? ……そうか。時間を取らせてすまなかったな。励んでこい」
「うす」
俺は須崎先生に背を向けて、康太達の待つ、あの妙なデザインの施設へ走っていった。
「……彼は竜騎士では無かったか……」
そんな声が、聞こえた気がした。
~~~~~~~~~~
「もう、遅いよ大輔」
「悪い悪い、先生と話をしててな」
更衣室に入ると、康太が頬を膨らませて、腰に手を当てて待っていた。可愛い。
「ははは、またからかったのかい?」
悠人がひょっこり物陰から出てきた。手を拭いているから、恐らくトイレに行っていたのだろう。
「いや、魔鎧って知ってるかって話さ」
「え、何それ?」
「ああ、アレか……。君は知っているのかい」
「知ってるよ。爺ちゃんに聞かされたことがある」
「もう、ボクにも教えてよぅ」
康太がまたぷっくりと頬を膨らませていた。怒った時の癖なのだろうか。いや、むしろクセになるなこれは……。
「魔鎧ってのは、要はパワードスーツみたいなもんだ。いや、魔導武装の防具版だと思ってもらえればいい」
「へえ……そんなのあるんだ?」
「歴史的に見ても、使ってたのは天空旅団だけだったけどね」
俺は爺ちゃんの話で聞いただけだが、悠人はもっと多くのことを知っていそうな、そんな気がした。
「ま、気にしてても仕方ねえか。アスレチック行こうぜ」
「うん!」
「運動神経の見せ所だね」
俺はさっさと着替えて、三人で更衣室を出た。
ガラス張りの天井、眼前にはプール。そしてそこに浮かぶ浮島のようなアスレチック……。
「どうやら、難易度によって場所が分かれてるらしいね」
「案内看板があるな。なになに?」
EASY、BASIC、ADVANCED、EXPERT、MASTER、SASUKE……。
「SASUKE!?」
ムキムキの生徒しか参加出来ないじゃないか……。
「あれ、普通の高校生が出来る難易度じゃないと思うんだけど……」
「……手堅くBASIC辺りからやろうか……」
俺達は、移動を始めた。
BASIC前は列が出来ていて、何人もの生徒が、友達と話すなりイメージトレーニングをするなりして時間を潰していた。
そして最後尾が光り輝いていた。まさかあれは……。
「あ、公崎くん、鹿沼くん、広城くん。遅かったですね」
我らが天使、白鷺飛鳥さんである。
「いや、まあ、色々あって」
「色々!? まさか更衣室で三人の男がくんずほぐれつ……」
「ねーよ」
これさえ無ければ……これさえ無ければなあ……。まさか彼女が腐女子だったなんて今日まで知らなかったのだが。むしろ知りたくなんて無かった。
「なあ、聞きたいことあるんだけどいい?」
俺は折角なので聞きたかった事を聞いてみることにした。
「なんでブラックスワンはあんなに俺を殴ってくんの?」
黒鳥夕緋。白鷺飛鳥という女神に心酔するクレイジーサイコレズである。
「ああ……それは……多分、私のせい、だと思います」
「なんですと!?」
「実は……以前、夕緋ちゃんが近くにいると知らずに『公崎くんと鹿沼くんのカップリングが好き』って言ったんですけどね」
なんてことを……。
「後から他の女の子に聞いたんですが、夕緋ちゃんが『鹿沼なんか絶対に認めない』って言ってたらしいんですよ。多分、『鹿沼くん』って単語と、『好き』って単語だけ聞こえたんじゃないでしょうか」
「ええ……何そのハタ迷惑な聞き間違い……」
そのせいで俺のライフはもうゼロになりかけである。
「てめえええええええええええ!!」
この声は……鬼の……いや、修羅の声だ! 俺は咄嗟に腹部に防御の構えを取る。
「アタシの飛鳥に近づくんじゃねえええええええええ!!」
「ひいいいいいいいいい!!」
腹部に大きな衝撃。そしてそれを和らげようとする俺の両腕。ゴキリと嫌な音がした。
「お前みたいな雑魚が飛鳥の意中の相手な訳ねーだろうが! 勘違いして喋りかけてるんじゃねえ!」
勘違いしてるのはお前のほうだ……と口に出そうと思ったが更に殴られそうなのでやめておいた。視線で白鷺さんに助けを求める。ニッコリとしながら頷いてくれた。
「夕緋ちゃん、私は別に鹿沼くんの事なんてこれっぽっちも! 全然! 好きじゃないよ!」
「げふっ」
殴られるよりダメージが大きい……。
「彼自身にはほとんど価値なんか無いの! でもね、彼は公崎くんとカップリングを組んだ時、真価を発揮するのよ!」
酷い言われようである。もう泣きそう。
「聞き捨てならないです~!」
聞き覚えのない声がした。誰だ?
「あ、貴女は! 1組の旅原桃華さん!」
ああ、あの歓迎戦の時に対峙した、土属性魔法を使うほんわかぽわぽわぽっちゃり女子か……。
「鹿沼くんは広城くんとくっついてこそ輝くんです~!」
もう学校辞めたくなってきた。
「いや! 鹿沼くんはやっぱりモブだから公崎くんのイケメンが更に際立ち見栄えもアップするし普段は仲良しで結構オラオラ系っぽいというか雑っぽい感じの鹿沼くんが草食系男子な公崎くんに攻められて対応に困るけど最後には受け入れちゃうその優しさがもうたまらないんです!」
白鷺さんは顔をにやけさせながら熱く語った。白鷺さんはもう帰らぬ人となってしまったんだね……。
「違います~! 男同士だけど相手は女っぽいしでも男でときめいてしまう心を抑えつけて同じ部屋で暮らしているけどそろそろ我慢の限界だって時に広城くんがしおらしく鹿沼くんを誘って鹿沼くんは理性を失い二人は獣のように男同士で過ちを犯すんです~!」
遠くから様子を伺っていた康太が愕然としていた。気持ちはわかる。でもBL以外には無価値だと言われた俺の気持ちはわかんないでしょ?
「こうなったらイケメン×モブ派とモブ×男の娘派で戦争をするしかないようですね……!」
「受けて立ちます~! 『ダイコウ会』の皆さん、集まって下さい~!」
「負けてられません! 『イケモブ連盟』の皆、チカラを貸してください!」
白鷺さんと旅原さんは向かい合う。
「「どっちがより熟成した腐か、勝負です!」」
……もう好きにして下さい。
腐った戦争が始まっているアスレチック場から離れ、精神の安定を保とうとすると、黒鳥とすれ違った。その際、こんな言葉を掛けられた。
「…………ごめん」
なんだか、余計惨めになった。
~~~~~~~~~~
「大輔……その……なんて言ったらいいか……」
「いっそ笑ってくれ……」
「笑えないよ……」
もう訓練をするようなメンタルではないので、遠くから腐った女たちの腐った争いを死んだ魚のような目で眺めていた。ああ、あんな足場が不安定なところで……。
「なんでみんなは魔導武装を出さないの?」
「ああ、ここじゃ出せないようになってるんだ。魔導武装は普段、魔素になって俺達の周りに浮かんでいるわけだが、魔導武装の粒子には『概念魔素』と『構成魔素』の二種類がある。概念魔素は『どういった武器で、どんな能力があるか』を司る魔素だ。これは何があっても失われない。で、構成魔素はまあ肉付けする分だな。魂と肉体みたいなもんだ」
「へえ……じゃあ、もしここに魔物なり犯罪者なりが来たら対応出来ないのか」
「おい、馬鹿、そういうことを言うとだな……」
突然、施設の壁が吹き飛んだ。砂煙に映る、異形の影。
「ほら……言わんこっちゃない……」
魔物が、攻めこんできた。魔導武装が使えない、このタイミングで。




