東京決戦
「風よ我が身を強く守れッ!」
自分の周囲に暴風の膜を作り、同時に跳躍する。その俺をアグリアスが放つ弾丸を迎える。
弾丸は風で微妙に軌道を逸れる。逸れなかった弾丸はそれでも風の膜で減速するので、槍で弾く。魔導武装の身体能力強化に加えて半魔としての力もある今だからこそ出来る荒業だ。
「愚直ッ! だが────」
アグリアスは真上に跳び、上から俺を狙う。俺はもう一度空気を蹴り、それを追う。
俺には基本的に中〜遠距離の攻撃手段がない。いやまあ、風魔法を撃てなくは無いのだが、牽制程度にしかならない。決定打になり得ないのだ。アグリアスにはまず通じまい。
加えて、俺は開幕の詠唱でまあまあ魔力を消費している。こういう時、本当に嫌になる。
アグリアスからの弾丸は止まない。幸いにも直撃せず済んでいるが、ちょいちょい魔装にカスっている。
「真っ直ぐ進むだけならイノシシにも出来ますよ!」
「テメェイノシシ舐めてんじゃねえぞッ!」
田舎暮らしの俺に舐めた形容してくれんじゃねえかよ!
しかしまあ跳躍回数が限られているのに動き回られるとこっちも困る。なので……。
「おォッ!」
魔装は魔力によってある程度形を変えられる。まあ装飾を付けたりするような程度なのだが……腰の背面部に、戦闘機後方部分をイメージした装飾を2つ──つまり主翼より後ろの、尾翼とエンジンノズルの部分を──魔力で形作る。つまり、スラスターを作ったのだ。
その装飾のエンジンノズル部分から魔力を一瞬噴出する。僅かではあるが、軌道が横にズレる。
「ふむ……!?」
アグリアスは一瞬面食らったようだが、戦い慣れているのかすぐに射角を修正してきた。
「まだまだァ!」
しかし俺とて一発芸で終わらせるつもりでは無い。何度も細かな軌道修正を行う。それも、適当に。意識すると法則性を見出されるかもしれないからね!
「ならば……」
アグリアスの周囲に浮いている銃は全て俺を狙っていたのだが、それがアグリアスの目線と水平に向き直る。
つまり、面の制圧射撃。
だが、今の俺には暴風域の壁がある。大量に狙われている方がしんどいのだが──。
「雷よ矢となりて我が敵を追い掛け貫け!」
銃の全てが、その魔法を──追尾してくる雷のビームを放つ。
「う、おおおおッ!」
眼前が黄色に染まる。すぐさま真上に跳躍するも、雷は俺を追ってくる。
あれだけの量の魔法を一気に展開出来るのは予想外だった。消費量も激しいはずだが……。
逃げながらチラリとアグリアスの方を見やる。いやダメだピンピンしてそう!
ここは一旦離れるしかない。だが真後ろに飛ぶのではなく、上から回り込む形で跳ぶ。
瞬間、脇腹に鋭い痛みが刺す。
「ぐ、がッ……!」
アグリアスの銃は全て真上を向いていた。パラボラアンテナのように歪曲し、ただ一点を狙うかのように。
真上に跳ぶことを予想していたのだろう、面ではなく点で狙われれば、風の壁も役に立たない。
そして痛みで減速した俺に無数の雷が追い付く。
「――――!」
声にならない声。俺は今叫んでいるのか、それすらもわからない。落雷の音だけが俺の耳朶を打つ。
俺は、墜落する。
なんとか意識はある、あるが……身体が言うことを聞かない。
「君に敬意を。その魔力量で、それでなお挑んできた勇気――その正義感。君の生き様全てに」
畜生勝ち誇られてる。ムカつく。いや負けてるんだが……。
――だいすけ、かいふくする?
……いや、そうだ。今の俺にはシエルが付いてる。なら、負ける道理なんて無いはずだ。そうだろ?
頼むぜ、シエル。お前の力も貸してくれ。
――むろん。
あら〜もうまた難しい言葉覚えて〜! なんて偉いのかしらも〜!
とかなんとか思ってるうちに、傷が癒えていく。身体の痛みが消えていく。
まだやれる!
身体に魔力が満ちてくる。使い魔契約をした当時と違って今は半魔。それに、なんかシエルと──詳細はよく分からないのだが――別の契約もしたので、魔力の受け渡しが可能になっているのだ。
だが当然容量には限りがある、小さすぎるリミットが。だが、ならば―― 放出し続ければいい。
魔人の里に行った時に魔物に魔力を喰わせるという行為を聞き、逆転の発想として考案してみたのだ。練習の機会もなかったし考案してみただけだったので、まさか本当に出来るとは思わなかったが。
俺は頭から落下する姿勢から回転し、空中で一度跳躍する。
「ぶっつけ本番だがな、本気でやらせてもらうぜ!」
――ほんきだぜー!
腰部スラスターを左右に向けて広げる。そこから、緑の魔力が勢いよく光を放つ。溢れんばかりの魔力が渡されるなら、溢れさせる。
溢れた魔力による、翼。
それを空中制御に全振りし、俺は今までのそれを凌駕するスピードでアグリアスに迫る。
「な……」
「勝ち誇ってんじゃねえぞッ!」
すれ違いざまに、上半身を適当に狙って槍を振るう。咄嗟のことだったはずだが、流石と言うべきか浮遊する銃によってそれを阻まれた。
「なんという隠し玉だ!」
一撃離脱をした俺に全ての銃口が向く。しかし、その頃には既に俺は最接近している。
「くっ……」
もう一度槍を振るい、それは右肩に当たった。斬り落としたりとまではいかなかったものの、俺が与えられるダメージとしては申し分ない。
──シエル、魔力は大丈夫か?
────よゆー!
頼もしい限りだ。とにかくこうして何度も一撃離脱を繰り返せば……いや、そう甘い話でもあるまい。
「雷よ矢となりて我が敵を追い掛け貫け!」
そら来た。
雷ってのが嫌らしいよな、属性の中で特に速いやつだぜ。とはいえ通常の雷とは異なり魔力で出来ている以上、雷そのものの伝達も空気中の魔素によって行われる。それ故に本物の雷よりも遥かに遅いのだ。さっきの俺も逃げるだけならギリ出来たしな。
だが今回は逃げねえ。
――シエル、いけるな!
――おー。
俺は空中で静止し、魔力供給を増やしてもらい、一気に噴出する。魔力の奔流は空気中の魔素を乱す。
雷たちは俺の真横をすり抜けて行った。濃すぎる魔力で俺を見失ったのだ。見失ってなお追いかけるという魔法語は組み込まれていないので、そのまま掻き消えた。
「なるほど……面白い!」
またも、面の制圧射撃。魔法が届かぬとなればすぐさま銃弾に変えてくるというのは厄介なものだ。
だが、俺はそれらを全て避けることなく進む。
最初に纏った風の膜が、この翼で増幅され、それは最早竜巻のようになっていた。砂などの塵を巻き起こしていないため、視認できない小さな竜巻。
「どうしたよ……弾切れか?」
「ふ……素晴らしい力です。しかしその力……君一人の力ではありませんね?」
バレてる。そりゃそうだが。半魔同士ならある程度の魔力の総量なんかがわかる。魔物と同じ力なわけだが、つまり俺の魔力が少ないことぐらい見ればわかるということだ。
「使い魔に魔力を送ってもらってんだよ、それなら文句ねえだろ?」
「……嘘はついていないようですねぇ。今どき珍しい契約をしたものです」
まあ連れて来てはいるんだけどね! 別に一人で来いとは言われてないしな!
……さて、いい加減終わらせちまおうじゃねえか。こんな虐殺を何度もやられちゃかなわんからな。
滞空しながら、俺は槍を構える。核は狙わず、再生に時間がかかる傷を負わせりゃしばらくは動けなくなるはずだ。
「残念だよ。お前らが殺しさえしなけりゃな」
「必要なことです。社会は変わったでしょう? イジメも、汚職も、騒音も、全て減ったではないですか」
「……ああ、そうだな」
それらが本当に無くなったのか、よりアングラ化したのかはわからない。
だが。
確かに、社会は綺麗になったとは思う。
今回の件もそうだ。多分、会議は正常化するだろう。野次を飛ばし否定するだけして対案の一つも出さない。そういうのが文字通り一掃されたのだから。
こいつには確かに、正義心はある……いや、それしかないのだろう。ヒーローとして祀り上げられるのもわかる。文字通り社会を変えてくれる奴らだからだ。
悪人が逮捕されるにしたって、いずれは生きて刑務所から出てくる。結界内で殺人がほとんど起きなくなった昨今、誰もスッキリしなくなったのだろう。
死刑が執行されました、と。それをきっと、みんな聞きたがっているのだ。
悪いことをしたやつが死にました、と。
ここで俺がこいつを止めたとして、果たして俺はネットになんと書かれるだろうか。
正義のヒーローを止めてしまった悪党、だろうか。
「まあ、関係ねえか。お前は結界内殺人をした。お前から見りゃ獣に過ぎん連中でもな、基本的人権ってのはあるんだ、残念だったな」
「ふ、そうでなければ君は来なかっただろうからねぇ」
「そういうこった」
俺は瞬時に加速し、そして。
アグリアスを貫き──はしなかった。
直撃するその直前、景色が変わった。これは……転移魔法!
俺は急ブレーキをかけて振り向く。
「悪いけどさあ、ここでアグリアスさんを失うわけにはいかなくてなあ?」
アグリアスの真隣に現れたのは、電車で会った男……だろうと思う。魔装を纏っているので定かではないにせよ、おそらくそうだ。
「間に合って良かったですよ、ここでアンタが殺されたら他のみんなも」
「……誰が、手を出していいと?」
「え」
アグリアスは転移魔法使いの頭を鷲掴みにする。
「彼は私を殺す気は無かったですよ、私もそれを受ける気でいました。彼の正義を……受け止めるつもりでね」
「が、あ……す、すみませ……」
力を強めているらしく、男の身体は浮き上がる。本気で怒っているらしく、浮いている銃たちは全て男の方を向いていた。
「……まあ、いいでしょう。結果は同じようなもの。君は図書館に戻るように」
「は、はい……」
男の姿は掻き消えた。図書館、というのは奴らのアジトか、あるいは何かの暗喩か?
「さて、私は君に敗北しました。傷を負った……ということで、しばらくは獣を殺さないでいましょう」
「……いいのか?」
「ええ、情報収集と告発だけに留めましょう。それで社会が変わるなら、ね」
変わらないならまた殺す、ってことかい。
「人間とは、何だと思いますか?」
「そう生まれりゃ、そうだ。遺伝子がそうならな」
「私はね、法を……人が定めた人らしさを守っている者だけが人間なのだと、そう思っています。獣討ちの誰もが、ね」
それから外れたら獣だと、そういうことか。
「半魔になったとしても、人の道理の中にいればそれは人だと思いますよ、我々は……いえ、私はね」
……ひょっとして。
俺に向けて言ってんのか?
「では、これにて失礼します。また会いましょう、凡百のカルダくん?」
アグリアスの姿が消えた。国会議事堂の屋上には、俺だけが残された。
「……さて、どうすっかな~」
今気付いたんだが、遠くにヘリが飛んでますね。あれね、報道ヘリですね。
撮られてますね、今これね。
――シエル、飛んで逃げるぞ。
――そろそろだいすけのからだがもたないかも。
え、ヤバいじゃん。いやまあこんな魔力受け取って放出しまくってりゃパイプ部分も壊れるってもんか。
とりあえず解除してもらっていい?
――うん。
魔力の供給が止まる。その瞬間、俺は倒れ伏した。
身体に一切の力が入らない。それどころか、筋肉痛に似た痛みが俺を支配している。頭以外全部痛い。
やっべえ、こんなとこに魔導士が来たら――。
そんな無様な俺の傍に、誰かが来た。着地音だけ聞こえたのだ。ああ、終わった。
「迎えに来たよ、カルダ!」
その声は、リジー!?
「テレビ見てからすぐ飛んできたの! じゃ、抱えるからね!」
「ああ……マジで助かる……」
リジーにお姫様だっこされる。やだ恥ずかしいわアテクシ。
「じゃ、飛ぶよ!」
リジーの腰部スラスターが高い音を上げ、急上昇する。自力で飛べるの、羨ましいなあ……。
それでも、抱えられたまま見た東京の空は、綺麗だった。




