クラス内模擬戦、始まります。
時は午前七時。入学日の後日である。通学路を行き交う生徒達に紛れて、俺と悠人も並んで歩いていた。とにかく長い道のりを、だ。
「いやあ、昨日は楽しかったなあ」
「楽しかったけれども。大剣の打ち上げはマルチでは自重しろよマジで」
昨日、自己紹介を終えたあと、モ○ハンを二人でプレイして親睦を深めたのである。
俺は悠人の方を向いて談笑している視界のその奥で、赤い髪の少女がキョロキョロと見回しているのが見えた。
誰かを探している、というのはわかる。だがその顔は、友達や恋人を探す顔ではない。完全にターゲットを探す暗殺者の顔だ。端整な顔は怒りに満ちている。
やがてこちらの方角を見た。その瞬間、笑顔を見せる。かと思えば俺と悠人の方へ走り出していた。それと同時に、前を歩いていた人とぶつかってしまう。「すみません」と一言謝る為に前を向く。その瞬間、赤い髪の少女がいた方向から声が聞こえた。
「見つけたわよこの野郎! 炎の弾丸!」
突如、俺の鼻先を火の玉がかすめる。隣から「あっぶない!」という悠人の声が聞こえた。なんだ、どこにどんな伏線があったというのか。
火の玉の出所を見ると、赤く長い髪を風にたなびかせて少女が立っていた。先程見かけた少女だ。怒りからか元来のものなのか、そのつり目は攻撃的な性格である印象を抱かせた。
「あっ、君は! だから昨日のことは謝ったじゃないか! ……まあ謝って許されるようなことじゃないのはわかってるんだけどさ……」
「え、お前あの可愛い女の子に何かしたのか」
悠人があの少女を見るなりオロオロとし始めた。何か不味いことでもあるのだろうか。元カップルであるとか。
「そいつは覗き魔よ、女の敵だわ!」
少女は悠人を指差し言った。
「え、マジかお前。それは俺も引くわ」
少し悠人から距離を取る。悠人は傷付いたような表情になって叫んだ。
「あんなところで服脱いでる方も大概だろ!? っていうかあの時間帯は女子は学生寮にいるはずだろ!」
状況が全く掴めない。俺は額を押さえて溜め息をついた。
「なあ、どういうことか簡潔に説明しろ」
「僕が昨日、自室に帰ろうとした途中に、中庭があったんだ。池や木が綺麗な中庭がね。丁度暇だったしそこでくつろごうかなって思って中庭に出たら、池のほとりに下着姿の彼女がいたんだ」
「………なんつーお決まりなことを」
そんな展開によくもまあ巡り合えるもんである。
「で、なんでお前服脱いでたの。開放感に浸ってたの?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる!? ただ、遅刻して焦って、なら炎魔法で飛んでいけばいいかなと思ったら、火力を間違えてそのまま池に……。ランク測定も入学式もホームルームもサボっちゃったじゃない……」
どう考えても自業自得である。
「と、とにかく乙女の着替えを覗いた事に変わりはないんだから! いい? 次の歓迎戦では覚悟することね。敵は上級生だけじゃないんだから!」
それだけ言い残して彼女は走り去っていった。
「……まるでラノベだな。それも昔流行ったやつ」
と、俺は素直に感想を述べた。悠人はキョトンとしながら、
「えっと、どういう意味かな?」
と言う。皮肉でなく、本心から疑問に感じているようだ。
「え? ああ、お前ラノベとか読まないか」
「うん、あんまりそういうのはわかんないかな」
「まあ今度いくつか適当に貸してやるよ」
俺はそう言いながら足を校舎へ動かし始めた。
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「ねえ大輔。歓迎戦って明日だっけ」
教室に着いてから席に座り、後ろに座る悠人に話しかけられる。ホームルームまでは時間がありそうだ。座席は出席番号順…つまり五十音順で、俺の後ろが悠人だったのだ。
「そうだな、今日はその説明とクラス内模擬戦だぞ」
と俺が教えてやると、悠人の表情に喜びが見て取れた。なに? 戦闘狂なの?
「嬉しそうだな。そんなに実戦訓練したかったのか?」
「机に向かうより実際に戦う方が手っ取り早く強くなれるからね」
早く強くならなければならない理由でもあるのだろう。そういうことは俺が聞くべきではない。
「それに、大輔と戦ってみたかったんだ、僕」
「おっ、そうか。俺は座学だけでいいわ」
「やる気ないね……?」
戦いたくて魔導士を目指している訳ではない。ただ安定した収入とかそういうのに釣られているだけである。魔導士は国家公務員だからね!
そうこう話しているとチャイムが鳴った。西暦2023年でも昔ながらのチャイム音である。授業中に鳴れば蜘蛛の糸に、休み時間に鳴れば地獄へのご案内である。いっそ「授業が終わるよっ!」と「授業が始まるよっ!」の二種類の萌えボイスをチャイム代わりにしてはどうか。多分一部の生徒のモチベーションがうなぎ登りになること間違いなしである。
待っていると須崎先生が哀愁を漂わせながら教室に入ってきて、教壇に黒い表紙の冊子を置いた。あれ、なんと言う名称なのだろうか。
「あー、今日は明日の説明とクラス内模擬戦の日だ。もう色々面倒だからさっさと行くぞー」
須崎先生のモチベーションが凄く低い。何かあったのだろうか。
「もしかして昨日婚活パーティーにでも行って大爆死したとか」
つい口に出してしまった。マズい、魔法が飛んでくる。そう思っていたが、むしろ先生の表情は怒りではなく驚きに満ちていた。
「なんで昨日の私の行動がわかるのだ貴様!?」
ドンピシャだった。というかそんなとこ行くんですね先生……。
「しかし昨日はイイ男もいなかったしな! 機会はまだある!」
どうやらポジティブ路線で生きることにしたらしい。いいことである。
先生は立ち直ると掌を俺へと向けた。
「弱き炎の束縛よ」
唱え始めると共に魔法陣が掌と水平の位置に現れ、唱え終わると同時に魔法陣は強い光を放って、燃え盛る小さなロープのようなものが射出される。……俺に向かって。
「せ、先生? 謝りますから束縛魔法は……ってあっちぃぃぃぃ! ま、待って、教師の魔力だったら弱体化付与しても十分熱いですからぁぁぁぁぁぁ!」
炎のロープは俺の胴体に巻きつき、ひたすら俺を苦しめる。
「まったく……いい加減懲りたらどうだ貴様……解除せよ」
ロープは霧散した。俺は涙目で「限りなく弱く冷やせ……」と魔法を唱えて氷嚢を呼び出し、ロープが巻きついていた患部を冷やしていた。火傷をした訳ではないが熱いもんは熱いのだ。
須崎先生が後頭部を掻きながらぶっきら棒に言う。
「あー、凄く予想外で誠に不服な形での紹介ではあるが、さっきのが魔法詠唱、つまり魔法語という言語だ。覚えるのは大変だが、覚えてしまえば楽だ。基礎だけは義務教育に組み込まれているから、魔法を全く使えないものはいないはずだ」
魔法語。つまり魔法を詠唱する際に使用する特有の言語だ。発祥はファンタジーな異世界で、大昔にその世界とこちらが繋がってからのことだ。なお、現在でもこちらと向こうの交流は続いている。文字を伴うのだが、音声として発する分には文字を知らなくとも問題はない。しかし魔法を使うトラップを仕掛ける際には魔法文字の勉強も必要となる。魔法陣には魔法文字を書かなければならないから。
「座学では国語や数学などの勉強に加え、魔法語の授業などがある。心してかかるように」
そう。別に魔導士育成機関とはいえ、ずっと魔法に触れているわけではない。大学進学の選択肢に幅を持たせるためだ。
「しかし、限りないの詠唱を使う人間なんて滅多にいないよ? 専門職では多用されるようだけど…よくそんなの知ってたね」
後ろの席から悠人が少し驚いたように話しかけてきた。
「まあ、俺の爺ちゃんに色々な……」
下級魔法、具体的に言えばランクD以下の詠唱しか出来ないので俺からすると結構多用する魔法語なのだ。ちなみに、俺のようなランクDがランクB相当の魔法を詠唱しても何も起こらない。無理矢理やろうとすると気絶したりするが。
「なあ、いい加減明日の説明していいか?」
呆れたように須崎先生が言うので、俺は無言で頷く。また魔法を唱えられては身がもたない。
「明日は知っての通り『歓迎戦』だ。新入生に先輩の威厳を示すとか力の差を実感させるとかなんかそういう意図がある」
「なんでそこ適当なんですか」
「ぶっちゃけ運営側もよくわかってない」
適当な学校らしかった。確かに文化祭とかも「で、なんでやってるの? そこに意味はあるの?」と問われれば言葉に詰まるだろうけれども。
「はい、説明終わり。で、次にクラス内模擬戦の説明だが、まああれだ。フリーフォーオール、個人対個人をこのクラス40人の規模でやるだけだ。うむ、簡潔で非常にわかりやすいな」
「え? 教室内でですか」
悠人が驚いたように言う。この教室は40人いてもまだまだ余裕がある程に広い。だが、戦闘となると明らかに手狭だ。
「安心しろ、移動するさ。学園内には訓練室があってね。クラス毎に割り振られているんだ」
一学年に17クラス。それが三学年となると訓練室は51ある、ということだろうか。ちなみに一年生は全員で678人。全校生徒で2028人とかなりのマンモス校である。
「訓練室には円形200ヘクタールの広大なものもあるぞ。魔導ビジュアライザで街や砂漠、草原や丘、ありとあらゆる戦況や状況を映し出せる」
「2平方キロメートル……広すぎやしませんかね」
「全校生徒で2000人以上いるんだ。それが空を飛んだり巨大ロボットを作ったりして戦うんだ。狭く感じるときもある」
「特殊なケースじゃないですかそれは……」
しかし、そんなに広いのでは敵に遭遇しないで終わってしまう試合もありそうである。まあ、今回はあくまでクラス内の模擬戦なのでもっと小さい場所でやるのだろう。
「というわけで次の一目時限目までに移動しておけよ。私は先に移動しておくからな。我が身を移せ」
須崎先生が詠唱を始めると足元に魔法陣が現れ、詠唱を終えると共に光を発し、先生の体が光に包まれて消えた。空間移動魔法である。
「……僕、訓練室の場所知らないんだけど」
「……俺もだ」
俺がクラスメイトに視線をやると、全員が首を横に振った。
「どうしよう…………」
その後、周囲の地図を出現させる魔法を使えばいいじゃないかと思い至るまでに数分掛かり。
到着した頃に、配布されていた携帯端末に内蔵されているマップ機能の存在を思い出したのであった。