空を飛ぶバカ達
入念に準備をした。
忘れ物は絶対に無いだろう。声出し確認もした。
だが。
「まさか……こんな朝早くからだとは……」
朝4時50分である。おはようございます。
「沖ノ鳥島から飛行機で大阪の伊丹空港まで行って、そこからはバスだね」
「悠人……なんでお前そんな爽やかなんだ……」
「だって昨日はいつもより早めに寝たからね」
今は沖ノ鳥国際空港に集合している。5時に学園が特別に用意した飛行機に乗るわけだ。
「僕、飛行機に乗るのは初めてでね!」
「ああ……それでテンション高かったのかお前……」
悠人がいつもより俊敏に動いているので何があったのかと思ったがそういうことか。意外に子供らしいところもあるのだなあ、とそんなことを思った。
「大輔は飛行機に乗ったことあるのかい?」
「ああ、田舎から沖ノ鳥島に来るときにな。お前はどうなんだよ?」
「僕は基本的にフェリーだったかな。海、好きなんだよね」
康太はどうなんだ、と聞こうとして、後ろを振り向いた。
すると、そこにあったのは自分のキャリーケースに身を預けて倒れるように座り込む姿。
「馬鹿な……死んで……?」
「いや寝てるだけだよねこれ! いやあ……広城く……いや、康太ってこういうことはキッチリしてるイメージあったんだけど」
悠人が康太を苗字で呼びそうになって、言い直した。これは前日、「煩わしいからもう呼び捨てでいいよね?」という康太の提案によるもの。距離の詰め方がすげえぜ。
「今回は戦闘訓練とかも無いらしいし、羽を伸ばせるね」
「伸ばすほど疲弊してねえだろ、俺らの羽。入学してから一週間経ってるか経ってないかぐらいだぞ」
「まあ……そうだよね」
なんだか結構長い時間経ったような気分だ。でも来年は過ごした時間が短かったと感じるようになるんだろうな。
「ん、そろそろ先生が来るね」
「ああ、起こしとくよ。点呼に応えといてくれ」
「りょーかい」
悠人はそう言って須崎先生の元へ向かっていった。
「さて……普通に起こしちゃつまらんよなぁ~?」
俺はなにか使えるものは無いかと自分のキャリーバッグを漁る。あった。キンキンに冷えたペットボトルだ!
「そい」
頬にペットボトルを引っ付けた。
「ちべたっ!?」
目を><にして跳ね起きた。ううむ、なんでいちいち可愛いんだこいつ。
「もう! もう! なんなのさいきなり! 怒るよ!」
「いや、そろそろ飛行機。というかなんでお前そんな眠そうなんだよ。俺より先にベッド入ってただろ」
「いや……その……」
康太は恥ずかしそうにして目を逸らす。顔が心なしか赤い。なんでそこで頬を赤らめるんだ。
「………………ったんだ」
「え? 聞こえないぞ。なんだって?」
「楽しみで眠れなかったのッ!」
…………理由まで可愛かった。
突然大声を上げたからか、周囲の人間に注目されてしまった。康太はもっと恥ずかしそうにして俯いた。耳まで真っ赤である。
「……まあ、気持ちはわかるけどよ」
「同情しないで……余計に惨めになるよう……」
「ははは、まあ楽しんでいこうぜ」
俺は康太に立つように促す。
「2組―、集まれー。……ふわあぁ……」
なんてこった。須崎先生のあくびだ。クールなグラマラス先生のあくびだ。この人はギャップ萌えを的確に突いてくるな。なんで結婚出来ないんだろう……。
「さて、これから飛行機に乗る。空港内には他の客もいるから迷惑を掛けないように。じゃないと学校の評価が下がる」
「なんて正直な……」
まあ、国際線もあるわけだから早朝でも深夜でも飛行機は飛ぶ。つまりいつでも客はいるわけだ。日本人だけじゃなく、外国人も。
「気性が荒い人間がいないわけではない。重々注意するように」
はーい、とやる気のない声が上がる。みんな眠いんだな……。
「さて、乗るぞ。移動する。公崎と鹿沼は広城を起こせ。寝てる」
「こんな短い時間で熟睡に至ってる!?」
「おら」
ペットボトルを頬にぴとり。
「ちべっと!?」
なんとか起きた。やれやれだぜ。
「さあ、飛行機に乗ろう!」
悠人は凄く元気そうだ。そういや……腕にいつも引っ付いているマスコットがいないな……。
ふと視線を女子達の方へ向けると、5人がかりで担がれていた。寝息を立てている。
……見るからに朝に弱そうだもんなあ……。
~~~~~~~~~~
飛行機内。一度乗ったことのある俺でも、「今からこれが空を飛ぶのか」と思うとやはり少しワクワクする。俺は空が好きなので。
「ねえ大輔、なんでイヤホンがあるのかな?」
「フライトが始まったら音楽が聞けるんだよ。正確にはラジオみたいなもんだけど」
「んー、大輔と話してる方がいいや!」
真夏の太陽に照らされるヒマワリのような笑顔で康太は言った。馬鹿な……俺の心臓の高鳴りが止まらないだと……?
「しかしあれだね、二人は本当に仲がいいね」
前の席に座る悠人が俺の方を向いて言った。
席順は、俺が窓際、康太がその隣の通路側、俺の前に座るのが悠人で、その隣は時野だ。今はぐっすり眠っている。俺の真後ろには出番の少ない松田。その隣に田村、という感じで、見事に面識のある人間ばかりだ。
「お前の彼女に追い出されてから知り合って……結局一緒に住んでるからな。というかむしろお前らの同棲はお咎めナシなわけ?」
「学校側としては貴重なランクSの機嫌を損ねたくないのか、何も言ってこないね……言ってきてくれたら僕も楽なんだけどなあ……」
どうやらこいつも苦労しているらしい。
「どれだけ部屋に戻れって言っても聞く耳を持たないし……須崎先生に言っても『ほう……あいつがそんなに気にいる人間がいるとはな……すまんが、良くしてやってくれ』って言うだけだし! いい加減……いい加減……」
最後の方に勢いが失われていく。そして小さな声でボソリと、
「……糖尿病になる……」
と呟いた。これはかなり深刻な悩みだ。
「お前、料理は?」
「うん? ああ、まあ簡単なモノなら作れるよ。炒めものとかならね」
「たまにおすそ分けしてやるよ……塩分多めで……」
「過剰摂取した糖分を塩分で中和出来ると考えるのは太ってる人だけだからね!?」
「冗談だよ。多めに作った時は分けてやる。それを口実に糖分摂取を回避しろ」
「心の友よ……!」
「映画版ジャ○アンかお前は」
しかし少し前に聞いた限りでは、想像するだけで気分が悪くなるぐらいのレシピであった。今日日クックパ○ドでもあんな面白レシピはないだろう。
「俺は魔力こそ少ないが、それ以外はわりと優秀だと自負してる」
「自分で言うんだ……」
「むにゃ……でも大輔の料理美味しかったれふ……」
ああもうこいつはまた寝そうになってやがる。
「そろそろ離陸するぞ。見たいって言ってただろ。ほれ、起きろ~」
むにむに。むにむに。頬を伸ばしたり縮めたりする。何この柔らか物質。量産して紛争地域に配布したら戦争終わるんじゃないの。
「ひゃへへ~……にょびゃしゃにゃいで~……」
「……フヒヒッ」
「大輔、変な笑い声出てる。犯罪者みたいな顔になってるから」
「こんな可愛い生き物を前にして和むなって方が無理だろ……」
犬とか猫に分類されるような可愛さだ。そういえば彼らは愛玩動物って呼ばれているけど、俺の心が汚いからかなんだかエロい言葉に聞こえるんだよね。なんでだろうね。不思議だね。今なら俺、不思議過ぎてはっぱカッターとかつるのムチを撃てるかもしれん。
「みょう! 離してったら!」
手を振り払われてしまった。ああ……ストレス抗生物質が……。
「可愛いって言うの禁止! いい!?」
身長差による上目遣い、そして膨らまされたほっぺ。俺が掴んでいたせいで少し紅潮している。
「お、おう……」
そう言うお前がもうすでに可愛いんですが……。
そう口に出せない俺はやっぱりヘタレなんだなあって思いました。まる。
機長の挨拶が終わり、飛行機が動き出す。貸し切りだからか、他の客などに気兼ねすることなく会話が出来る。わいわいと姦しい話し声がそこかしこから上がっていた。
イヤホンを付けて音楽を聴いている者もいれば、恋バナに花を咲かせる女子、どの男子がいいか語り合うホモ、飛行機内に乗っている旅行雑誌を読み漁る者など、とにかく皆が思い思いの行動を取っていた。
俺達はと言えば。
「大輔っ! 大輔っ! 飛んでる! 飛んでるよぅ!」
「そりゃ飛行機なんだから飛ぶだろ」
「ふわぁあ……」
恍惚とした表情で窓に広がる、早朝の海と昇りつつある太陽を見ていた。
俺が窓際なので、隣の席の康太は俺に密着して窓を眺めている。
ああっ! やわっこい! 触れている康太の身体がやわっこいよう!
「大輔、大輔」
悠人がちょいちょいと俺の身体をつついた。
「どうした、悠人」
「いや……その……なんと言ったらいいのか……」
「いいから言えって。気になるだろ?」
「腐女子の皆が……大輔×康太本を書いているらしくて……その……」
「なあ、それどこ行ったら貰えんの?」
「大輔!?」
……はっ! いかん、あまりの康太の可愛さに我を失っていた。いやもう生産性のない恋でもイイ気がしてきたよ俺ァ。
「一応言っておくが俺はホモではない。ホモじゃないからとりあえずケツを手で隠すの止めろテメエ」
「ははは、いつもからかわれてるからね。冗談だよ」
「俺×康太の薄い本も冗談だよな?」
「………………」
目を反らしやがった!?
「世の中には……知らないほうがイイことが沢山……あるんだ……」
「おい、待て。なんだその言い方は。まるで事実みたいな……」
「…………ごめん、僕にはどうすることも……出来なかった」
「悠人ォーッ!?」
「……いくら禁呪が使えても……不可能は多いんだ……」
「待て……せめてお前の知ってることを教えろ……」
「すまない……すまない……僕は何も知らない……知らないんだ……」
なんだか段々不安になってきた。
「や、やめろよ。な? 冗談だよな? な?」
「小耳に挟んだ程度だけど……受けが大輔で……攻めが康太だった……」
「ひえええええええ!?」
お、俺のケツが……ケツが……。
「む? 皆様、何の話をしておるのです?」
そこで時野が会話に参加してきた。
「そういえば、腐女子の間ではダイユウが流行っておるらしいですな。本人としては複雑な気分でしょうが」
「は? ダイユウってなに」
「時野くん……それ以上は止めたほうが……」
「それは勿論、大輔×悠人本に決まっておるでしょうが。いやあ、公崎氏はかなりの美形ですが、モブ、或いはエキストラ、正に『どこにでもいるような顔』である鹿沼氏をカップリングするとはなかなかレベルが高いですな」
「…………なあ、窓これ割っていいかな」
「なんで!?」
「今から脱出して俺は人里離れた場所に住む…………ッ!」
「待て、早まるな! 僕だってなんとか堪えてるんだから! 女子の反感買ったら怖いから黙ってるんだから!」
「離せ! 俺はノンケなんだあ! 俺は……俺は──────ッ!」
「うるっさい!!!」
康太が大声を上げた。俺と悠人だけでなく、雑談をしていた生徒までがビクッとして静かになる。
「いま景色見てるの! 邪魔しないでくれる!?」
「「すいませんでした」」
俺と悠人は伏して謝罪する。他の生徒達はくすくすと笑ってから元の行動に戻っていった。
ふと窓の外を見ると、飛行機は空の上を飛んでおり、太陽が雲を明るく照らしていた。空は真っ青に光り、遥か下方に見える海は宝石のような輝きを湛えていた。
それを見て、さらに康太が表情を綻ばせる。
雲の上でも康太が可愛い。




