大輔、真相を知る。
俺の脳はフル回転を始める。
ここから立ち去るべきか? いや服は? ベッドの傍に散乱している。しかし下着類はともかく、制服がパッと見ではわからないぞ……どっちも男物だ!
そうだ、上着もシャツも識別のために裏側に学生番号と名前が記されていたはず! ……暗い! かと言って部屋全体の明かりを付けると目を覚ます恐れがある……そうだ、携帯! 携帯はどこに……!
とベッドの上でワタワタしていると。
「おはようございます、お二方」
その声と共に、明かりが付いた。
「ん……」
その眩さに、エリオットが目を覚ます。
マズい、逃げ……!
「……あれ? 大輔くん……?」
終わった。
「なんでこんな……えっ!?」
エリオットは自分の身体と俺の身体を……つまり、全裸の俺たちを見てフリーズする。
「──ッ! う、うわぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
右手で胸を、左手で股間を隠すエリオット。なんだ、マジでなんだってんだ!?
完全に女の身体だ。顔は……いつもと変わらないのに。女々しいイケメンのままなのに!
というか……なんだ? 下腹部辺りに……ピンクに光る妙なタトゥーがあったような……。
「かッ、かかかかか隠してくれたまえッ!」
「え? うォわッ!」
そう、俺も今まさに全裸だったのである。つまり、エリオットの目の前には俺の……!
即座に股間を両手で隠しつつ、ベッドから降りてエリオットから下半身が見えないようにする。
「どういう状況なんだッ!」
「あ、あわわわわわわわわ……」
俺は錯乱し、エリオットはあわあわ言いながらフリーズしている。
「はぁ……高校生にもなって純情ですわね」
エミリアがため息を吐きながら俺たちの方へ歩いてくる。
ベッドの下に散乱した男子用学生服を拾っては名前を確認し、俺たちにポイポイと服を投げてくれた。
「こうなったら、全て話すべきではありませんこと? ねえ、お姉様?」
「………………そうだね」
何か、隠していたことを話してくれるらしい。……まあ内容は想像がつくというかもう見てるんだが。
「……その、向こうを向いていてくれるかい?」
「わ、悪い」
その前に、服を着ることにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
服を着るなどしました。
「──で」
俺はレッセリア兄妹……いや、姉妹に対面する形でソファに座っている。
「一体全体、どういうことだよ。1から説明してもらうぞ」
「……ああ、わかった」
重々しく、エリオットが頷く。
「あ、わたくしも補足説明致しますわよー」
打って変わってエミリアはやたらと嬉しそうである。なんだってんだ。
「まず……順を追って説明しようか。僕らは獣族という種族と人族の両人なんだ」
「こちらで言うところの混血ですわね」
混血だったのか。しかし、エルナーってのはなんなんだろうか。というか異種族同士で子供って産まれるんだ……。
「獣族というのは……そうですわね、こちらでは犬とか猫と呼ばれている生き物がいますが、それらが高い知能を持っていて、かつ身体も大きい……という種族ですわ」
「喋るデカい動物?」
「まあ、そうなるね」
雑な認識な気もするが……まあ、いいだろう。
「異種族同士の混血ってどうなるんだよ?」
「基本的に、どちらかの種族になるか、特徴が混ざるかですわね。とはいえ、種族特徴の混ざった人が子を成すと、必ず祖母の……純血が産まれる『先祖還り』を起こすのですけれど」
ええと、つまり? と小首を傾げていると。
「例えばですけど、人族の大輔さんと獣族の混血のお姉様が子を成した場合、子供は純血の獣族か人族かになるのですわ」
クォーターが生まれないんだな。それが先祖還りか。
「……そして、この獣族としての血は厄介な物を抱えていてね」
「高揚期と呼ばれる状態があるのですわ。大輔さんを襲ったのはこれによるものです」
またも首を傾げていると、エリオットは「えっと……その……」と何かを言い淀んでいる様子だった。
「ぶっちゃけ発情期ですわねー」
「えっ、エミリアッ!」
エリオットは顔を真っ赤にしていた。
「……え、それで俺が襲われたの?」
「ええ、それは大輔さんを──むぐ」
「い、一番親密な相手を襲うようになってるんだッ! 誰も彼も襲うわけじゃなくてねッ!」
エリオットが素早い動きでエミリアの口を塞ぎ、そうまくし立てるように言った。
「あの二足歩行のドスケベボディドッグはそういうことだったのか」
「ドッ……まあ、申し訳ないと思ってるよ、本当に」
「で、肝心なお前が実は女って話を知りたいんだけど……?」
「……ああ、話すつもりだとも」
あんな胸、どうやって隠してたんだよ……やっぱり魔法だろうけど。
「レナウセムでは名前こそが最も重要なんだ。神が僕らを認識するための物だからね」
「戸籍上面倒とかじゃなくてか」
「うん。名前が無いと魔法が使えないからね」
な、なんつー世界だ。
「わたくし達の世界では男性名と女性名、中性名の3種類がございます。ですが、不幸なことにお姉様に男性名が付けられてしまったのです」
「……それで逆の振る舞いを?」
創作では男が欲しかったからそう名付けて男として育てた、なんてあるけれど……。
「命名は神聖かつ重要な儀式、そんな大事なものを失敗しただなんて世間に知られれば我が家は間抜けの烙印を押されるでしょう。加えて、男性名を付けられた者は男性らしく振る舞わねばならないのですわ。性別と名前が合わないと神祖が戸惑って、魔法の成功率が下がる……なんて噂もありますもの」
「え、そもそも神って何かしらの宗教的な教えみたいなことじゃないのか?」
まあ、魔法相手にこんなことを言うのもなんだが……神が人を認識できないから魔法自体が発動しない、なんてことは有り得るのか?
「いや、実在するよ」
「え?」
「僕は来年16歳……古代では成人だった年齢になるからね。獣枝の1の葉……ええと、来年の元日に、僕はようやく祖エールレーンへの拝謁が許されるんだ」
「神様に……会うのか?」
「ああ。そこでやっと僕が男性名の女であることを話して、女としての人生を歩めるようになるんだ」
異文化だ異世界だと思っていたが……まさか神様に会えるとは。
「だから……」
「つまり、今年中は女だってことを隠したいわけか」
「そうなんだ。その……黙っていてくれると、嬉しいんだけど……」
「流石にわざわざ言いふらしたりしねえよ」
これで言いふらしたら人としてダメだろ。
「てか学校は今までどうしてたんだ?」
「その辺りは学園側が理解を示してくれていますわ。お姉様は戸籍上では女性ですけど、学園内では男子として扱って頂いていますの」
「た、体育の着替えとかは?」
「レナウセム人用の個室があるんだ」
色々あるんだなあ。
「しかし……大輔くん、あまり驚かないんだね。もしかして薄々気付いていたりしたのかい?」
「いや? 異種族だし性別も違うしで……ぶっちゃけどう受け止めたら良いのかがわかんねぇ!」
この話は、既に俺のキャパを超えていたのだ。メモリ使用率100%。
「で? なんだ、あー。高揚期とやらは大丈夫なのかよ?」
「うん、お陰様でね……」
言いながら、顔を赤くしている。まあ、あんな事があればな……。
「どうですの、大人になった感想は」
ニマニマしながらエミリアが俺に近付いてくるので、俺はそれを押し退ける。
「なってねえ! 服脱がされはしたけどな、それらしい痕跡は無かったぞ……無かったよな?」
「あら、どうでしょうね?」
俺はゾッとする。高校生だぞ……高校1年生だぞ!?
俺が冷や汗を滝のように流していると、エミリアは楽しそうに笑い始めた。
「冗談ですわよ。獣の姿になるのはわたくし達にとっても非常に疲れることですから、服を脱がせたところで気を失っていましたわ」
「ほ、本当か!」
「本気で嬉しそうにしますわね」
「だってそりゃお前高校生でそういうことは……ダメだろ!」
もしこれで行くところまで行ってたら……最悪の場合学園を辞める羽目に……!
「……って、もうこんな時間じゃねえか。康太とシエル、飯どうしたかなァ……」
既に20時を回っている。目的の買い物も出来なかったし、ツイてねぇや。
「ま、誰にも言いやしねえよ。明日からは元通りだ。な?」
「う、うん……わかった」
「じゃあ、またな」
俺はレッセリア姉弟の部屋を出る。腹空かせてるだろうなあ。
〜〜〜〜〜エミリア・レッセリアの場合〜〜〜〜〜
「ほんっっっっっっと〜〜〜〜〜…………にヘタレですわね!」
「い、意識がなかったんだからしょうがないじゃないかあ!」
大輔さんが部屋へ戻った後、わたくしはお姉様をイジることにしました。
「ええ、大輔さんには疲れて寝たのだと言いましたけれどね。見てましたわよ、わたくし」
「な、なにを」
「気を失っている大輔さんの胸元に顔を埋めて、思いッきり匂いを嗅いでいたのを、ですわ」
「────ッ!」
あ、真っ赤になりましたわね、ものの一瞬で。
「更に頭を胸板にグリグリと……」
「や、やめてくれッ!」
「そのまま満足して寝ましたわね。正気を失っていてもヘタレですのね、お姉様は」
「お、襲うよりはマシだろう!?」
大輔さんを連れて帰ってきた時、わたくしは「これしっぽりイきますわね!」と確信し浴室に隠れていたのですが……。
チラッと見たところ、匂いを嗅いで顔を押し付けて……寝たのですわ。
その後潜むこと数時間……大輔さんが目覚めるのを待つ虚無な時間!
「まあともかく、これで同じ舞台には立てましたわね♡」
「な、なんの?」
「ええっと、リナリーさんでしたわね。彼女に、ですわ」
非常に親密そうでしたし、彼女は年上……大輔さんは1人で無理をする性格ですから、包容力のある彼女相手では分が悪いでしょう。
まあ、胸の大きさだけなら大幅に勝ってますけど。
「秘密の共有、全裸同衾、胸へお触り……一気に駒を進められたはずですわ」
「えっ」
あら、またお姉様が一気に真っ赤に。
「胸へのお触り……って……?」
「起き上がる時にふにっと、ええ、それはもう吸い寄せられるように……」
「……………………きゅう」
あっ気絶しましたわ。
前途多難ですわねー。




