カフェでの一幕
某カフェチェーン。
俺たちは席を取り、何を頼むか考えていた。
「どうする?」
「ダイスケと同じのでいいよ」
「吾はエスプレッソ」
「あいよ」
俺は何にしようかな……まあカプチーノとかにしとくか。
サイズは一番小さいのでいいだろ。
「これが……そういえばその姿で一緒に出歩くの初めてじゃね?」
「おう、そういえばそうじゃな。外ではレリエスと呼ぶがいい。かつて吾の家名じゃった」
「わかった。これエスプレッソ」
「うむ」
「そんでカプチーノと」
リナリーもといリジ―にカプチーノを渡す。リジ―はそれを訝しげに見ていた。
「…………泥水?」
「あれ? 初見?」
エストは知ってるみたいだったけどなあ。
「吾は随分と前からこちらを知っておったのじゃが、リナリーはこちらへ来たのは最近じゃ。ほぼ何も知らんよ」
「なるほど」
最近……っていうと夏休みのトーレス騒動の夜に会った辺りかな。
「そーそー、だから街を案内してもらってたんだよ」
「マジの異文化交流だったわけか」
なら、もっと色んなところに連れて行った方がいいのかもしれない。しばらくこっちで活動するんだろうし。
俺たちはコーヒーを飲み始める。
「へえ……変わった味だね」
「まあ、好き嫌いはあるしな」
嫌いではなかったのか、ちびちび飲んでいる。
「この辺りに吾らの手が掛かった店を開いてもいいかもしれんの。そうすれば汝れも便利じゃろう?」
部屋からでも断罪者の宿へは行けるものの……康太がいるしなあ。自然に外出する形で行けるようになるのは確かに便利だ。
「うむ、物件探しでもしておくかのう」
「最近閉店したとこがあったはずだから、まあまた聞いてみたらいいんじゃねえか」
「ほう、間のいいことじゃ」
文房具屋だったんだが、店主の爺さんが隠居するわいっつって閉めたんだよな。今は実家でのんびりしているらしい。
「……で、今日はリナリーの商店街案内だけなのか?」
「うむ、主目的はそれじゃ。……そうそう、共有しておきたいことがあったんじゃ」
「? なんかあったのか?」
「まだ完全に確認は取れておれん故、噂程度じゃと思うて聞いておいて欲しいんじゃが」
エストが手招きをするので、俺たち3人はテーブルに顔を寄せ合って小声で話す。魔素通話じゃダメなんだろうか……。
「ユニオンの一派がこの島に入ってきたようなんじゃがな、そやつらの所持品に異様な魔力を放つトランクがあったんじゃ」
「……異様な魔力? 変な魔導具とかか」
「吾らの見立てでは魔鎧ではないか、と」
魔鎧……!
「ま、それが普通の魔鎧なのか旅団のそれなのかはまだわからんがのう」
「……そっか、普通に持ち運びできるんだな」
「杖と同じじゃよ」
杖……魔導武装は、未契約状態だと顕現したままの状態になる。いや、正確には契約することで魔素の状態で収納できるようになるのだが。
魔導武装を売っている店なんか行くと面白い。ゲームの武器屋の様相を呈しているからな。片手剣コーナーとか銃のコーナーとかがあり、色んなメーカーの魔導武装が並んでいるのは圧巻だ。
……まあ、俺の周りの人たちやたらオーダーメイド品みたいなの使ってるんだけどな。
「吾らはしばらく、奴らの動向を探るつもりじゃ。魔鎧じゃったらまた報告するからの」
「……で、それを俺に話す理由とかは」
俺が魔鎧探しのメンバーに加わっていることはまだ話してなかったはずだ。それでもわざわざ話すのはなにか理由があるのだろう。
「いや何、これを魔導士側への手土産にしようと思うてのう。仮に魔鎧じゃった場合、吾らはどうせ契約できんからの」
「そうなのか?」
「なにせ魔鎧は魔装を嫌うからのう。吾らが奴らの道具から感じたのはこちらへの敵意のような魔力じゃったが、そんな魔力を出す魔導具は魔鎧しかない」
「き、嫌う、か」
「魔鎧はねぇ、自我みたいなものがあるんだって」
そんな話は聞いたことがない。だが……俺よりも長く生きている人の言葉だし、信ぴょう性はあるだろう。
「装備者を選ぶのがまさにそうなんだけど、選考基準は魔鎧によるんだってさ」
俺たちはせいぜい選ばれれば装備できる、程度の知識しかない。
「とは言うても、どの魔鎧がどう選ぶか、までは知らんがの。旅団の連中に聞いた話に過ぎん」
「待て。……会ったのか?」
「魔鎧を着ておった故、顔は見とらんがのう」
「私は会ったことなーい」
エストは長く生きているからこそ、ってことか……。
「先んじて一応話しておくってことか? なんだってそんな」
「聞いた話じゃが、魔導士が魔鎧を探し始めた、とか聞いてのう。どうなんじゃ?」
「さすが耳が早いな……ああ、そうだよ、俺のダチが捜索の命を受けたらしくてな。俺も手伝わされてるんだが……まだ話してなかったな」
「汝れも一員じゃったか。ならば話は早い。魔鎧であることを確認した後、汝れらに情報を渡すからの。共同作戦で魔鎧の奪取といこうではないか……という算段よ」
「要は罪狩りのイメージアップだろ?」
「バレてしまってはしょうがないのう。そういうことじゃ」
やっぱりな。だがまあ、罪狩りが魔導士との協調路線に向かってくれているのは俺としてもありがたい。
俺が半魔だと、人間でないとバレた時のダメージが小さくなるからな。
「さて、えっと……ごちそうさま、だっけ」
リジーが飲み干したらしい。
「合ってるよ。じゃあそろそろ行くか?」
俺も残った分をグイと飲み干す。
「行く前にさ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
聞くと、リジ―は俺に何かを手渡した。見れば先程買ったネックレスだった。
「これ、着けてよ~」
「…………なんで?」
「着け方わかんないからさ」
俺が、異性に、ネックレスを……?
「なあ……ええと、レリエス」
「吾も知らーん」
行ってそっぽを向いた。あっ畜生こいつ絶対わかってて……!
「ぐっ……わ、わかったよ」
なんだって俺がこんな嬉し恥ずかし青春イベントをやらなきゃなんないんだッ。
「ん」
リジ―は目を閉じて、顔をこちらへ寄せてきた。なまじ美人なので、緊張する。何故って俺は童貞だから。
「………………」
俺はゆっくりと、なるべく肌に触れまいとしながらネックレスを着けるために首に手を回していく。ぐああああいい匂いする!
「……」
チラッと、リジ―が目を開いた。俺と目が合う。
「へへ、どう?」
にへらと笑って見せた。俺を殺す気か? っていうかなんだって俺はこんな公共の場で美人にネックレスを……やめだ、考えないようにしよう。
慎重にやっている中、首筋に指が触れてしまった。
「あっ……」
艶っぽい声まで出された。童貞相手にそういうのをやめろっつってんだろうが! ……いや、声には出してないんだが。
もういい、さっさとやる。それしかない。俺の集中力はこういう時に発揮されるべきなのだ。決してバトロワゲーで残り2部隊になった時では……いや、そっちの集中力は削られると困るな。勉強への集中力を……こっちに割くイメージだッ……!
「着けたぞ……」
ただネックレスを着けるだけ、留め具に引っ掛けるだけなのに異様に疲れた……もうやりたくねえ……。
「へへ、似合う?」
「おう、似合う似合う……」
もう俺は疲労困憊であるからして、マトモに応答する元気もない。
「買ったんだから責任持ちなー?」
「やめろッ、胸元近付けんなッ」
「ちぇー、守りが硬いなー」
「……もういい加減……からかわないで頂けると……」
「はは、ごめんごめん。なんかこう……弟みたいでさー」
「弟?」
「うん、昔いたんだよ。もう死んじゃったけどね」
……半魔となったが故の寿命なのか、村が襲われた日のことだったのかは聞かないのが礼儀だろう。恐らく後者、だろうし。
「気にしないで、だいぶ昔の話だし……さて、次はどこに行こっか?」
「適当にその辺りを歩くとするかのう」
「そうするか」
俺たちは店を後にした。
しかし……放課後だし、知り合いの誰かに見られてないかだけが心配だな、マジで。
~~~~~エミリア・レッセリアの場合~~~~~
「……………………」
「大変、エリオットが動かなくなったわ」
「お兄さまーッ!」
カフェに入るのを追って、遠くの席から観察していたのですが……なんですの、なんですのアレ?
ネックレスを手ずから着けたと思えば、胸を顔に近付けられて……アレで恋愛関係じゃなかったらもう爛れとかそういう次元じゃないですわよ。距離感バグってますわね。
「今日のところは撤退しますわよ!」
「…………まだ決定的な瞬間を確認できていない」
「できたらもう……終わりですわよ!」
主にお姉さまの精神が。
「取り敢えずさっきの動画はクラスの男子に送ったから、綺麗な女の人とイチャついてた分はチャラにさせられると思うけど」
「何故拡散を……?」
「裏切り者には死を、が僕らの合言葉だからね」
なんて恐ろしいクラスなんですの……!?
「ともかく、今日は撤退ですわ!」
自分は全然手を出さない癖に、いざ想い人の周りに女性の影が見えたらショックを受けるわたくしの姉……すっごい面倒くさいですわ!
しかしながら見ていて非常に面白いのも事実。ですけどこれ以上は恋愛ド素人のお姉さまには刺激が強すぎます。
「せっかく面白くなりそうだったのに……ま、いっか」
「…………もしも彼女だったら、モテる秘訣を周りに説き始める。……そういう生き物」
「酷い言い草だ……」
そういうわけで、帰ることになりました。
大輔さんが付き合っていようが付き合っていなかろうが……まあ、面白いのでどっちでもいいですわね。
さっさと女だって明かして告白でもなんでもすればいいですのに、ヘタレなんですから……。
引きずって部屋に戻ることにします。




