模擬戦が終わり、そして。
~~~~~エリオット・レッセリアの場合~~~~~
僕は大輔くん達を尾行する。
彼らは図書館へ入っていったので、僕も後ろから入る。
なんとか気付かれずに彼らの向かい側の棚に陣取ることに成功した。
「んー……あった、これだな。『空と光の叙事詩 現代レナウセム語訳』だ」
大輔くんは僕らの世界の伝説を綴った本を棚から取り出してミオに渡した。
「アンタ、レナウセム文字が読めたの?」
「ちょっとだけな。勉強中なんだよ。アルファベットみたいなもんだし、文字自体はそこまで難しいって訳じゃないからな」
「……こっちの文字に比べたら、なんだって簡単じゃないかしらね」
僕は棚の向こうのミオの言葉に頷く。文字の時点で4種類あるの、おかしいよね、日本語。
「で、こっちの日本語訳は桃華ちゃんに。じゃあ先にフリスペ行っててくれ。俺も本借りてくる」
!?
い、今……旅原さんを名前で……?
「ええ、わかったわ」
「待ってますね~」
フリスペ、というのはこの図書館に用意されている憩いの空間のこと。フリースペースの略語だね。
防音加工されたガラス張りの空間で、思う存分声を出していい場所、ということになっている。
本について語らったり、ということを目的としているようだね。
「…………よし」
僕もフリスペに移動する。声が聞こえるくらいの範囲に座り、自分に弱い認識阻害の魔法を掛けた。これで10秒ほど顔を見つめられたりしない限りは僕のことを僕だと認識できない。
そう、きっと聞き間違いに決まっているんだ。
ミオは公崎くんのことが好きなはず。例えばそう、恋愛相談に付き合ってもらう、という話かもしれない。
けれど、なんだって急に叙事詩のことを……?
「待たせたな。つっても、ぶっちゃけもう解散しちまってもいいんだが」
そうこう考えているうちに、大輔くんが現れた。僕は少し身構えるけれど、僕に気付く素振りは見せていない。
「叙事詩について、ちょっとは説明してくれてもいいんじゃない?」
「読み方、みたいなものがあればいいんですけど~」
「はは、小説を読む感じでいいよ。ともかく今は勇者ソルディスと、その仲間の話を覚えておく段階だからな。第壱位階はそこがスタートって言ってもいい。これを覚えて、かつ単語を覚えりゃ、色んな魔法に禁呪を組み込めるだろうからな」
禁呪? 内容から察するに……大輔くんがミオ達に禁呪を教えている、ということなのだろうか。
「アタシ、本読むのって苦手なのよね。眠くなっちゃうっていうか」
「そりゃ文字のことしか考えてないからだ。書かれてる風景を頭ん中で思い浮かべて、映像にしながら読み進めるんだよ。俺はアニメにして考えてるけど……そうだな、勇者ソルディスの顔が悠人にそっくり、って感じでイメージすりゃいいんじゃないか? 登場人物のイメージが難しいんだったら、近い人間でイメージすんのもアリだぜ」
「……まさか本の読み方まで習うなんてね」
「…………ぐう」
旅原さんが寝ていた。
「……今日はこの辺りにしておきましょうか。そうだ、大輔」
ッ!
ミオが、大輔くんを名前で呼んでいる。敬称の類もなしに。
「なんだよ……あー、ミオ」
大輔くんも名前で呼んだ。
…………いや、僕はエリーって呼ばれているしね! 気に病むようなことじゃ……ない、うん。
僕も、大輔って呼べたら、もっと仲良くなった風に見られたりするのだろうか。
「アタシ、今度の連休でちょっと国に戻るわ。魔鎧について調べたくってね」
「そりゃいいことだが……なんで俺に言う?」
「もしアタシのことについて聞かれたら、適当な理由をでっち上げといて。お願い!」
ミオが手を合わせて軽く頭を下げて頼み込む。ミオが僕に見せる態度と同じだった。
立場上、ミオは殆ど友達らしい友達がいない。本人は友人を欲しがっているようなのだけれど……レナウセムでは、皆が彼女を敬遠していた。
嫌われているわけでは決してない。むしろ、王家の人間を嫌っている人のほうが少ないだろう。
みんな敬っている。だからこそ、避けてしまう。
その点、こちらの世界の人たちは……そんな彼女とも打ち解けてくれている。
唯一の友達って立場は失ってしまって久しいけれど……ミオにとって、いいことだと思う。
「へいへい。まあ何、家の事情とでも言ってりゃなんとかなるだろ。で、桃華ちゃんはどうする?」
「アタシが担いで帰るわ。今日は色々と……その、助かったわ」
「対価が用意されてるんだ、気にすんなよ」
ミオは旅原さんを背負う。魔導武装顕現による身体強化で、軽々とこなしてみせた。
「ま、頑張れよ。俺も俺で、何かしら召喚士のことがわかったら教えてやっから」
「……これじゃ、招待券だけじゃ足りなさそうね。じゃ、またね」
「おう、気を付けてな」
ミオと旅原さんは去っていった。
……よかった。別に恋愛関係というわけではなかったみたいだ。
僕も部屋に戻るとしよう。
~~~~~鹿沼大輔の場合~~~~~
「ただいま」
「おかえりーっ!」
部屋に戻るや否や、シエルがパタパタと走ってきて俺に抱きついた。は? 天使か?
「ちょっと遅くなっちまったけど……昼飯にするか!」
「うん!」
時刻は午後2時。朝っぱらから模擬戦がスタートして、殺されて、軽い特訓に付き合って、図書室行って……なんつー濃い一日だったんだよ。
とはいえ、俺は外で軽食を済ませている。と言ってもスイーツだけど。シエルの分だけでいいか。
「さて、なにを作るかなーっと」
なんか大事なことを忘れてる気がするが……まあいいか! シエルの昼飯に勝ることなんぞあるものか。
~~~~~公崎悠人の場合~~~~~
「……ふう」
僕ら2組を除く、全てのクラスが倒されたことを告げるアナウンス。そして僕らは、なにも映し出されていない訓練室に戻ってきていた。
「しかし、まさか公崎氏が騎士だとは思っておりませんでしたぞ!」「前から強いと思っていたけど、ここまでとはね!」「悠人くん、本当に凄いんだね……!」
合流するや否や、クラスメイトに取り囲まれてしまった。参ったな、こういうの、どう対応していいやら……。
「…………悪いけど、悠人は戦闘後で少し疲れている。魔鎧については、後日また説明する」
葵が横から出てきて、助け舟を出してくれた。
「そうそう、僕らはなんにもしてないけど……せめて今日のMVPを早く部屋に戻してあげるくらいはしなきゃね」
康太も助けてくれた。ありがたい。
「…………今日のことはまた聞いてほしい。……鹿沼に」
丸投げしたっ!
そして、撤収することとなった。今回の模擬戦は定期的に行われるものなので、特に勝ったから何があるというわけでもない。……正確には、実技の点数にほんのりと色が付くくらいかな?
「じゃ、僕は大輔が心配だから帰るよ。シエルも気になるしね」
そう言って康太は足早に帰っていった。
「…………悠人、私達も帰ろう」
「そうだね」
と、その時。
『あー、1年2組。公崎悠人と幽ヶ峰葵は至急生徒会室まで来るように。繰り返す、1年2組の公崎悠人と幽ヶ峰葵は生徒会室に……』
お呼び出しが掛かったのだった。




