日常は過ぎ、彼らは滋賀県に思いを馳せる。
学校の昼休み。配布されていた教科書の確認と、担当教師の顔見せだけで本日のほとんどの時間を費やす。数学、現代文、英語……魔法のことを除けば、魔導士候補生も普通の高校生となんら変わりはないのだ。
そして一つ。気になることがある。
康太の機嫌が悪いのだ。理由は……恐らく、俺達のやったことが誰にも認められなかったことだろう。
しかし、今回のことはほぼ奇跡のようなものだ。基本的に魔法関係の世界では、魔力が多い人間が強く有能だ。魔力の少ない人間が求められることは本当に少ない。
今回、控えめに言っても俺と康太は活躍した。誰の記憶にも残らない、ほんの数人しか知らない活躍だ。だが、俺はそれで良かった。目立つのなんてごめんだ。
だが、康太はどうにもそれが気に入らないらしい。
「やっぱりさ。本当のことを誰かに言わない?」
「いいって言ってるだろ。俺は学校の点数は貰ったんだ。それ以上に何が必要だってんだよ?」
「でも……!」
「気持ちは嬉しいよ。でもな、世の中には『舞台に上がってイイ人間』と『裏方をしなければならない人間』ってのがいる。悠人は前者、俺は後者だ。わかるだろ?」
「やったことが報われないって……」
「報われることが名声だけじゃないだろ? いいから落ち着けよ。それに、俺はもっと気になる話がある」
学校にいて、小耳に挟んだ話だ。それを確認するべく、俺は悠人を探した。
数秒ほど首を回して探すと、視界に捉える。
どうやら野次馬を幽ヶ峰さんがあらかた追い払ったようで、もう朝程の騒ぎはない。
「おう、悠人。大活躍だったみたいだな?」
と、俺は近づきながら軽い口調で話しかける。すると悠人は俺の方を見て少し嬉しそうに笑った。
「やあ、大輔。ああ、大変だったよ。僕があの魔物を倒したわけじゃないってのに」
「ふうん? まあ察するに神帯先生がやったのか? ……ああ、あの筋肉先生な」
魔物を悠人が倒したわけではない、か……。まあ、そんなことはもうどうだっていい。
「俺はお前に聞きたいことがあってな」
「うん? なんだい?」
「お前、魔導武装が片手剣だけじゃないらしいな?」
俺が二時間目の休み時間、ミーハーな女子が話していた言葉を聞き逃しはしなかった。
「公崎くんの盾もカッコ良かったよね~! 騎士サマって感じ!」
そう、剣と、盾。
「その魔導武装……俺が知ってる限りじゃあな、一人しか使ってねえような、それはそれは珍しいもんなんだわ。同じ性質のモノならば一対になる。だが、攻撃と防御、相反する魔導武装は所有こそ出来ても魔素同士が拒否しあって同時には顕現させられないはずなんだよ。過去、たった一人を除いては、な」
俺は、それを聞かざるを得なかった。自分の過去を「凄い」とだけ語っていた爺ちゃんが、たった一度だけ放った愚痴のような言葉を、俺は忘れない。
「『天空旅団』の……聖騎士について何か知っているんじゃないか?」
俺は、そう聞いた。
「…………。そうかい、君は……知っているのかい。彼らについて、普通よりも」
「ああ。まあな。今じゃ知らねえ奴なんかいねえだろ?」
天空旅団。魔導大戦……人魔大戦とも呼ばれるその戦争で日本を、ないし人類を勝利に導いた16人の魔導士だ。
今では絵本やら小説やらで伝説扱いになっているような。伝説の存在。
「どうして君がそれを知りたいのか。それを聞いていいかい」
「いや、別にどうこうしようとか恨み事があるってわけじゃねえよ。ただウチの爺ちゃんがその内のリーダー、聖騎士サマと仲が良かったらしくてな。連絡一本よこさねえって嘆いてただけさ」
魔法のことや戦い方、そして、蒼空を与えてくれた爺ちゃんが一度だけ見せた寂しそうな表情。それをどうにかしてやりたいと。そう思っただけなのだ。
「……すまない。僕は幼い頃、確かに積帝と、対の盾を聖騎士から受け取った。だけどね、僕が知っているのはそこまで。それ以上は知らないんだ。申し訳ないけど……」
「……いや、それならいいんだ。変なこと聞いて悪かったな」
そう言って俺は悠人に軽く「じゃあまた後でな」と言って離れる。
「ねえ、大輔、あのさ、何の話してたの? 天空旅団とかなんとか……」
「いやなに、童話の話さ」
「ふうん、ならいいけど」
康太は別段興味が無いらしい。というかまだ機嫌悪いのか。
「天空旅団……懐かしいな、ボクもよく絵本読んだよ」
「ああ、俺もだ」
とにかく楽しい話題にシフトしなければなるまい。
「魔導大戦……魔法がこの世界に伝わってきてしばらくしてからの出来事だよね。魔物と全人類が戦った、数万人の死者を出した悲惨な戦争。それを終結させたのが天空旅団なんだよね」
「ああ、そうだ。俺の爺ちゃん、旅団の知り合いだったらしいんだ」
「それは本当に凄いね!? 誰が旅団員だったかさえわかっていないのに!」
そう、それはそれは凄いことなのだ。
「……で、他には?」
「え?」
「具体的な凄いエピソード」
「…………ない」
「ないの!?」
「それがどうしたウチの爺ちゃんは凄いんだぞえっへん」
「えええ……」
そこで予鈴が鳴った。
「次の授業ってなんだっけ?」
「あ、次? ああ、日本史」
「用意だけしとかなきゃね。教科書と資料集と……」
「まあ実際に授業受けるのは明日からだけどな」
そんなこんなで、俺達はつつがなく日常を送る。
~~~~~~~~~~
後日、体育の授業。
「ねー大輔ー」
「んー? なんだー?」
「宿泊オリエンテーションっていつだっけー」
「明後日ー」
俺と康太はペアになって体操しながら、妙に間延びした会話を繰り広げる。
と、そこに悠人がやってきた。
「やあ、大輔、広城くん」
「よう人気者。どうした? 引っ張りだこじゃねえのか?」
「よしてくれよ。僕の名誉じゃないさ。神帯先生から全部聞いたよ。ついさっきね」
「ああ、そうかい。でもその話はあんまりしないでくれ。じゃないと俺が点数貰ってんのバレるだろ」
「……はあ。君がそれでいいならそれでいいけどね。ああ、そうそう、本題なんだけど、オリエンテーションで同じ班になろうかなと思ってさ」
宿泊オリエンテーション。まあ一泊二日の遠足のようなものだ。生徒の親睦を深めるのが目的らしい。魔導士はチームワークが大事だから、合理的だな。
「班決めの時に誘おうと思ってたんだがな。まあ何事も早い方がいいよな。いいぜ、組もうか」
俺がそう言うと、康太は少しむっとして、
「むっ、ボクには何も言ってくれなかったじゃないか」
と言った。
「いや……お前は何も言わなくても一緒かなって思ってたんだが」
「大輔……!」
「……なんで二人は男同士でそんなカップルみたいな会話が出来るかなあ……」
悠人が少し引いていた。いや、カップル云々については俺も同意見だけどさ。
「さて、今日の体育は軽めにドッジボールらしいから、まあ適当に行こうぜ」
「ええ? 手を抜くのかい? 僕は結構気合入ってるんだけど」
「公崎くん……いやもう面倒臭いな名前でいいかなもう。悠人くんはいいかも知れないけど、多分大輔は本気でやんないと思うよ?」
悠人が不思議そうに小首を傾げた。やれやれ、先生の話を聞いてなかったのか。
「今日のドッジボール、魔法アリだろ」
「あっ……」
察してもらえたようで何よりだ。
「ま、宿泊オリエンテーションの時に筋肉痛になるのも嫌だし、程々にな」
「どこ行くんだっけ?」
「滋賀県」
「そこは普通なんだ……」
そして俺と康太、悠人は三人で連れたって、白線のラインで作られたコートに踏み出していった。




