聖騎士と王女
クラスメイト達が集まってくる。
「どういうことでござるか?」
時野は俺たちにそう聞く。心底不思議そうな表情だ。
「なに、悠人が天空旅団の魔鎧のうち、聖騎士を受け継いでたって話だよ」
「……!」
「それだけじゃない、幽ヶ峰が魔剣士の魔鎧まで持ってた。ウチのクラスだけで天空旅団の魔鎧が2つだぜ?」
あまりの出来事に固まるクラスメイトを前に俺は笑う。
「笑いが止まらんね! もう負けんぞうちのクラス! だーははははは!」
「う、うわあ…………」「こうはなりたくないでござるな」「正々堂々の意味とか知らなさそうだよな」「小物感がすげーよ」「夕緋ちゃん、夏休みで鹿沼くんに何かあったのかな?」「しっ! 見ちゃダメなのよね!」
いやん散々な言われようッ!
「……実は、事情があって魔鎧の所有者を探さないといけなくてね」
悠人が場を収めようと思ったのか、口を開く。
「それで、俺たちはここでド派手に聖騎士を見せびらかして、今魔鎧を持ってるやつらに『仲間がここにいるぞ』って示したかったんだよ。ここで聖騎士を見たヤツらは絶対に噂する。そこから伝播していきゃいい」
「まさか、すぐに1つ見付かるとは思わなかったけどな」
幸先がいいのやら。悪いってことはねーんだろうけど……。
「大輔、何か不安事でも?」
「ん、いや……」
少し気になるのはアルカニアのやつだ。…………いや、誰もが俺のように弱いわけではあるまい。むしろアイツならきっと……。
「…………! 向こうから誰か来る!」
俺の思考は悠人の叫びによって遮られた。
そういえば俺たちの行動以外での脱落報告を聞いてないな。他クラスは戦ってないのか?
「悠人、どうする?」
「僕としては、みんなは離れていてくれた方が嬉しいかも。巻き込んじゃうかもしれないからね」
フレンドリーファイアが普通にあるからな。
「では、拙者たちは高台に戻るでござる」
「何かあれば連絡するよ」
「御意!」
「よし、みんな行こう!」
松田がクラスのみんなを引っ張っていく。頼もしいやつだ。
「……来るよ」
見ると、それは2人だけだった。
アルカニアと旅原さんだ。
アルカニアは静かに悠人と幽ヶ峰の前に立つ。旅原さんはどこか慌てている様子だ。
俺は康太の腕を掴んで離れるよう促す。
「大輔?」
「離れるぞ、巻き込まれる」
康太は頷き、俺に従った。
声が聞こえるギリギリの所にいることにする。
「……それ、ずっと隠してたわけ?」
アルカニアが口を開いた。
「…………うん。無用な騒ぎを起こしたくなかったんだ。でも、事情が変わって……」
「……アンタも?」
鋭い視線を幽ヶ峰に向ける。しかし、幽ヶ峰はたじろぐこともなく答えた。
「…………魔剣士は、目覚めていなかった。…………だから、隠していたわけじゃない」
……? どういうことだ?
「そう。…………はあ、今までアタシは何やってたんだろ」
どこか諦めるようにアルカニアは話す。
「鹿沼! アンタの差し金ね、これ」
急に話を振られてビクッとした。
「……んまあ、そうだ」
ビクビクしながら答えると、しかしアルカニアは快活な笑顔を見せた。
「ありがと、これで踏ん切りがつくわ」
その笑顔には、嫌な予感がした。
「アタシだって……やるってとこ、見せないとね」
アルカニアは魔導武装である本を出し、召喚獣を呼び出す。
「トランス」
召喚獣がアルカニアを包み、弾ける。アルカニアの制服の上に、炎で出来た鎧が揺らめいていた。
「…………!」
「何回も練習したのよ、これ。ね?」
旅原さんは力強く頷く。俺も少しだけ頷く。
…………実は、折を見て訓練室へ行った時なんかに偶然アルカニアと旅原さんのペアに遭遇した時に「アンタ、逃げるの得意でしょ?」と言われ、訓練に付き合わされたことがある。要は素早いサンドバッグとしてこき使われたわけだ。
アルカニアは、悠人に追い付こうとしている。
「魔鎧程じゃないけど……ね」
「援護します〜」
旅原さんも巨大な戦斧を取り出す。
「全力で来なさい、悠人。手加減したら、本気で怒るんだから」
「……わかったよ、ミオ」
「葵ちゃん、私の相手をお願いできますか〜? 魔鎧がどんなものか、見てみたくて〜」
「…………構わない」
タイマン勝負が2つ。
この2人はこの魔鎧を相手にどこまでやれるのだろうか。純粋に気になるが……。
「風よ我が身を包め」
俺はそう唱え、空中で停止する。康太も魔導武装の能力でタレットを空中に設置し、そこに座り込んだ。
「大輔、どっちが勝つと思う?」
「悠人たちだ。けど……」
アルカニアに勝って欲しい、とは思っているけど、口には出せなかった。
こんなものは同情で、判官贔屓でしかないからだ。
あの高貴な少女に、俺を重ねてはいけない。
俺と違って諦めないでいたのだから。
「…………!」
先に動いたのはアルカニアだった。
炎で形作られた片手剣で襲い掛かるも、悠人はそれを盾でいなし、弾き上げる。
勢いで上半身が反らされたアルカニアはそのままバク転して距離を取る。咄嗟にあの動きができるのは凄いセンスだ。だが……。
回転している所に悠人が詰め寄り、積帝を振るう。
「くっ!」
アルカニアはそれをなんとか弾き、バックステップで更に距離を取る。
……あいつ、手加減してるな。
そんで、アルカニアの奴もそれに気付いてる。
「…………本気で、やんなさいよ」
「僕は……」
「……お願い、やって」
「…………っ」
悠人は優しい。けれど、その優しさは……時に、残酷だ。
「わかった」
少し頷いて、悠人は姿勢を落とし、構えを取る。
聖騎士の姿が消えたかと思うと、少し離れた場所に現れた。剣を振り切った姿勢で。
「かっ……は……」
アルカニアの身体が宙に舞っていた。少し吹き飛んで、地面に叩き付けられる。
「……ほんと、バッカみたい……」
魔力を全損し、アルカニアの姿が消える。
「ミオちゃん!」
旅原さんが叫ぶ。そこへ、魔剣士が迫る。
「…………よそ見!」
「きゃあっ!」
戦斧で大剣による斬撃を防ぐが、勢いを殺しきれずに、後ずさる。
「…………一気に終わらせる。……闇纏」
幽ヶ峰が大剣を大きく振りかぶる。その刃に影が集まり、黒い光を放っている。
「くっ! これなら〜!」
旅原さんは戦斧で地面を叩くと、地面はいとも容易く砕け、隆起する。
「…………もう遅い」
幽ヶ峰は大剣を振り下ろす。切っ先が地面に触れると、纏われていた影が地面を走る。隆起した地面などお構いなしに、一直線に旅原さんの元へ。
「…………影槍」
影から、大量の槍が飛び出す。
「きゃああああああっ!」
槍は旅原さんを貫いた。ただ外傷は見えないため、魔力への攻撃なのだろう。
「くっ……流石、魔鎧……です〜……」
そう言って旅原さんも消えてしまった。
『3組、脱落です』
なんと、最後の2人だったのか。……いや、この2人だけこちらへ来て、残りは他のランクSに潰されたと考える方が妥当か?
ともかく俺たちは地上へ降り立ち、悠人達に合流する。
「よう、お疲れさん」
「大輔……」
「お前なあ、手加減すんなって言われてんのに、なんでするかなあ」
「…………僕は、あまりこの力を振るいたくないんだ」
「へえ? なんでさ」
「魔鎧の力であって、僕の力じゃ……」
イラッ☆ 温厚な俺でも流石にイラッ☆
「じゃあそれ、俺が魔鎧の核を装備したとして、顕現できるか?」
「……いや、厳しいと思うけれど……」
「顕現できるだけで取り扱えるレベルには強いって話だろ。そういう謙遜、嫌味じゃなくて本気で言ってるなら改めた方がいいぞ」
「……………………ごめん」
「俺に謝るな、他にいるだろ」
模擬戦が終わったらしこたま謝らせてやる。マジで。
「それも含めてお前の力だよ。後天的に与えられたものだって……」
そう、俺の魔物の力だって。
「変わんねえよ、使えるなら使え。そういうもんを恥ずかしげもなく使うやつらだっているんだ」
俺はシャリアルナ事件での量産型魔鎧を思い出す。いやあ、量産型でも手も足も出ないんだもんな、ウケるぜ。
俺も量産型魔鎧、どうにかして手に入れてえなあ……。アレなら俺でも使える……と思うんだけどなあ。
幾ら魔物の力を手に入れたとはいえ……それを足してもお世辞にも強くなったとは言えない。せめて悠人たちの足を引っ張らない程度の力は手に入れておきたいのだが……。
「…………鹿沼」
「あん?」
「…………頼みたいことがある」
「……なんだよ?」
幽ヶ峰は俺にだけ聞こえるように言う。
「…………ミオのこと」
「俺がか?」
分不相応にも程があるだろう、それは。
同タイミングで脱落した旅原さんの方が適任ではないだろうか。
「…………鹿沼が、いいと思う」
「どうしてそう思う?」
「…………前の向き方を、知っているから」
参ったな。俺はムーンウォークで歩いてるような男なんだが。
「期待には添えそうにないな」
「…………でも、悠人や旅原よりはマシ」
「消去法かよ……そもそも、アイツがそんなに悩んでるとは思えな」
「…………そういう訳だから、よろしく」
魔力を込めた拳を腹部に打ち込まれた。体内から魔力が急激に消えていくのを感じる。とてつもない倦怠感だ。
「お、おま…………」
「…………首を突っ込んでいるのだから、相応の働きをしてもらう」
問答無用かよ。しかもこいつ、追い込んだら俺がやると思ってやがる……嫌な信頼感だ……。
俺の意識は、そこで途絶えた。




