世界の秘密
「どういうことだよ?」
大輔は怪訝な面持ちで僕を見ている。
「一昨日のことなんだけどね」
僕は回想する。
〜〜〜〜〜公崎悠人・2日前〜〜〜〜〜
僕は魔導士協会の会長に呼ばれ、協会本部に顔を出していた。
「公崎悠人で間違いないな?」
「は、はい」
僕は緊張していた。何かやらかしたのではと思っていた。
「そう緊張しなくてもいい。今から君と話すのはそもそも私ではないからな」
「え?」
レイラ会長は虚空を指さす。すると、そこがぐにゃりと歪む。
「やあやあ、座標指定助かるよ」
「もう慣れました」
歪んだ空間から、男性が現れた。大学生くらいだろうか。
「君が公崎悠人だな? うん、凄まじい魔力だ」
「その……貴方は?」
男性はおどけたように「名乗ってなかった」と言ってから、僕に言う。
「俺の名は一沢陸弥。まあ……世界と世界を旅する旅人さ」
世界と世界? と言うと……レナウセムを?
「ああ、違う違う。次元、と言い換えた方がわかりやすいかな?」
「…………!?」
今……僕、口に出してたか?
「違う違う、心が読めるんだ俺は。ああ、気分を害したなら悪いね」
「…………読心魔法は禁呪の中でも第零位階……多大な犠牲を払わなければ使えない代物のはずでは」
「別の世界の魔法だと言ったら信じるかい?」
「す、少しは」
「ふむ、難しいものだな」
一沢さんは考え始める。そして少しした後、何かを閃いたようだった。
「なら、別次元をそのまま見せてやろうか」
「……正気ですか?」
レイラさんが声を上げる。
「そんなことをすれば、彼まで永劫に囚われますよ」
「なに、救世主の役割持ちなら大丈夫だろ」
彼らが何を言っているのかわからない。
しかし一沢さんは動けずにいる僕の手を取る。
「いいか、この手を離すなよ。別の次元に置いてけぼりは嫌だろ?」
僕は無言で首を縦に振る。
「それじゃあ出発だ」
言った瞬間、世界が歪んだ。
瞬きの内に、宇宙のような場所にたゆたっている。
「世界と世界……次元と次元の狭間は宇宙が広がっている。まあ、君らが知る宇宙とは少し違う有り様をしているがね」
「……こうして何事もなく話せることを含めて、ですか」
「そういうことだ。まあ、俺みたいな来訪者ぐらいしかここに来れないがね」
「他にも、いるんですか」
「数人には会ったことがある。おっと、着くぞ」
銀河が見えたかと思えば、凄まじい速さでその中に入ったかと思うと地球が見えてきていた。
プラネタリウムの映像のようなものを見せられている。
僕と一沢さんは、地球を遠くから見るような位置で静止した。
「ここは……別の地球さ。座標的には君の世界と変わらんが、ここは2220年まで進んでいる」
「未来、なんですね」
「人型ロボットに乗って人々が移動するような世界だ。男の子の……まあ半数以上は楽しいだろうな」
横を見ると、宇宙船のようなものが沢山飛んでいた。
「次だ」
そう言った瞬間、地球が遠ざかり銀河が遠ざかる。
「世界の有り様は、何も星と宇宙に限った話じゃない。世界がただ世界として在ることもある。レナウセムはその一部だがね」
「……どういうことです?」
その問いへの返事はなかった。
宇宙を動き続ける僕らの目の前に、突然扉が現れる。
そう、扉だけが。
「開いてみるといい」
片手は一沢さんの手を握りつつ、もう片方の手でドアノブを捻り、開く。
その先には草原が拡がっていた。
「な……」
「ここはローグアイナスと呼ばれる地域だ。君が知るレナウセムは、世界の果てに魔障と呼ばれる壁があるはずだね?」
「あ、はい」
地球と同程度の広さが確認されているレナウセムは、世界の果てが存在していた。
それが魔障。青いモヤのようなものが天まで昇っており、またそこへの侵入は不可能とされている。
「その魔障の向こう側の世界なのさ、ここは。魔障の向こう側にはこうして他の世界と呼ぶべきものが広がっている。蒸気機関が異常に発達した場所なんかもあったな」
……スケールが大き過ぎる。しかし、何故自分にこんな話をしているのだろう。
「一旦帰ろうか。君の存在が少し希薄になりつつあるからね」
一沢さんは指を鳴らす。すると、景色は協会本部の会長室へと戻っていた。
僕はその場に膝から崩れ落ちる。極度の疲労感が僕を襲った。
「だから言ったじゃないですか。いくら魔力が多いとはいえ……」
「少しゆっくりし過ぎたな。だがまあ、必要なことだったんだ」
そうか、この疲労感は魔力を大量に消費した時と同じものだ。
一沢さんは僕を会長室の来客用のソファに座らせてくれた。その後、対面側に座る。
「さて、本題に入ろう。君には2つの世界を見てもらったな?」
「はい」
「あれはこれから滅ぶ世界と、滅びを退けた世界だ」
「……!?」
「ローグアイナスは近々滅びを迎えるし、もう1つの地球は200年ほど前に滅びとして現れたモノを退け、歴史を紡いだわけだ」
嫌な予感がし始める。何故、こんな話をするのか、ということを考え始めている。
「君の予想の通りだ。滅びは平等に訪れる。この世界にもな」
「…………」
出来れば、聞いていなかったことにしたい。けれども、そういう訳にも──いかないんだろう。
「滅びとは……まあ、限界を迎えた世界の自浄作用だよ。避けられぬ運命であり、試練でもある」
「……どういう風に、現れるんですか?」
「世界によるとしか言えないね。例えば2224年の世界は、かつて封印されたグリゴリ……堕天使たちが復活して世界を滅ぼそうとしたんだ。その世界の天使たちと人間によって退けた結果、ああして未来を歩むことになったがね」
本当に……信じられない話だ。妄言であって欲しいとさえ思う。
「ローグアイナスは近い将来、大きい戦争が起きる。そこでこちらの第零位階レベルの魔法が飛び交い、滅ぶ。滅んだあとは無となって、新たな創世を待つだけになる」
「…………ここも、そうなると?」
「ああ。どういう形になるかはわからないけれどね」
それが逃れえぬ事実だとして……どうして、自分にそれを語るのだろう。
「君が聖騎士だからだ。滅びに対抗し得る力は、16の魔鎧しかない」
「天空旅団の……」
「かつての魔大陸は、不完全な形で現れた滅びだ。つまり、また現れる。本当の滅びはあんなものではないよ」
「な……」
魔導大戦では、とてつもない被害が出たと言われている。無尽蔵に魔物を生み出し続ける魔大陸は世界中を飛行して回り、滅んだ国さえあったと言う。
それが、完全では、ない────?
「だが、全ての滅びは必ず討滅できるようになっている。滅びは大抵の場合、世界が存続するべきか否かを決めるものだからね。だから君は、ともかく急いで残り15の魔鎧と、装備者たる騎士を探さねばならない」
「………………」
僕に、出来るだろうか。そんなことが。
「君の持つ聖騎士は天空旅団の指導者たる魔鎧だ。残り15の魔鎧については、知っているかい?」
「……いえ、そんなには」
今では天空旅団を知る人は少ない。僕は父から、大輔は祖父から聞いたので辛うじて知っているけれども、世間一般では『特別な魔鎧で魔大陸を倒した者達』という認識でしかないはずだ。
「聖騎士、魔剣士、狂戦士、煌星導士、妖精導士、神秘導士、武導士、竜騎士、潜間士、浪武士、時空導士、銃機士、風水士、召喚士、吟遊士、呪術導士…………この16種だ。魔鎧というものの完成系と呼ぶべきものたちだな」
「どうやって、探せばいいでしょう」
「ああ、その点についてだな。恐らくだが、魔鎧の保有者──騎士には2種類いる。騎士であることを自覚し、しかし隠している者と、魔鎧を持っていることさえ知らない者だ。探すなら、既に騎士として在る人達だろう。……まあ、やり方については君に任せるよ。友人たちの力を借りてもいいしな」
「……」
大輔や康太に相談してみるべき、だろう。これは自分には荷が重い案件だ。
「だが、世界が滅ぶことや世界が他にも存在していることは伏せておいてくれ。君にこの話を信じさせるために見せたが……他の人達が触れすぎると、あまり良くないからね。君は『魔導士協会の会長に魔鎧を探すよう頼まれた』とでも言えば、まあ通じるだろう」
「それって、つまり」
「当の会長が既に君が聖騎士であることを知っていなければこの話は成立しない。この話に説得力を持たせたいのなら、君は友人にも打ち明けるべきだな」
聖騎士の保有者であることを、大輔たちに打ち明けるしかない、か。
「…………おっと、そろそろ俺も揺らぎ始めたな。悪いね、1つの世界に長居は出来ないんだ」
見ると、確かに一沢さんの身体は蜃気楼のように揺らいでいた。
「次元跳躍をしなければ、あと数週間は居られたはずですが?」
会長が睨み付けながら言う。
「悪かったって! また時間取るよ、レイラ」
「……約束ですからね、兄さん」
「人前でそう呼ぶなよ……」
そう言いながら、一沢さんは消えてしまった。
残されたのは、僕と会長。
「ごほん。良いか、公崎悠人」
「は、はい!」
「私はお前に『天空旅団の魔鎧を探すこと』を命じた。協力者にもそう伝えろ。いいな?」
「…………!」
頷く。
「なにか質問は?」
「…………えっと、あの、その」
兄妹なんですか? と、聞いていいものか。会見の日や、今目の前にいる会長と一沢さんに向ける目は完全に別人レベルのものだったし。
「……陸弥兄さんは私の命の恩人でね。育てて貰ったのさ。……これで満足か?」
「……はい!」
この人まで心を読めるのか?
「顔に出ていただけだ、いかにも気になりますとな。さて、私からの話は終わりだ。戻るといい」
こうして、僕は逃げるように自宅に戻った。
生きた心地はしなかったね。
〜〜〜〜〜回想終わり〜〜〜〜〜
そういう訳なので、僕は打ち明けることにした。
「僕は……聖騎士の魔鎧を持つ騎士でね。それを知っていた会長が、他の旅団の魔鎧を探すように、って」
「ふーん」
「やっぱりねえ」
……あれ? 想像していた反応じゃない。
驚かれたかった訳では無いけれど、むしろ隠していたことを糾弾されることさえ覚悟していたのに。
「で、他になんて言われたんだ?」
ジトっとした目で大輔は僕に聞く。
「え、えっと……魔鎧を持ってるって気付いてる人と気付いてない人がいて、探すなら気付いてる人からだろうって」
「ああ、なら明日の対抗戦で聖騎士出しゃいいんだよ。他に保有者がいて、隠れて生きてるんならお前にはコンタクト取ってくるかもしれないだろ?」
「確かに…………いやそれよりも! ぼ、僕が聖騎士の騎士だって……知ってたの、かい?」
「俺はね」
「ボクはまあ、なんとなくそんな感じなんだろうなあって」
「………………そ、そうだったのかあ、はは、ははははは……」
厄介な力だからあまり人に気取られないようにしていたつもりだったのに。
存外、隠し事というのは呆気ないものだったらしい。




