歓迎戦終幕 そして、彼は
俺と康太は魔導武装を手に持ったまま、建物の屋上から建物の屋上へと移動を続ける。道を走るよりも、障害物の少ないこちらの方が格段に速い。
しかし、空中を高速で移動出来る蒼空を持っている俺は康太に合わせてスピードを落とさねばならない。これでは非効率だ。何とかしなければ。
「ねえ大輔……いつになったら着くのかな……」
と康太の声が頭のなかに響いた。
「わからん。なにせ2平方キロあるからな。しかしどうしたもんか……」
スピードだけ求めるならば俺が一人で行けば良かったのだが、戦力だけ考えれば康太は必要不可欠だ。二人が一つだったなら……別れの日など来ないだろう……。と、そこで閃いた。俺はちょうど着地したオフィスビルの屋上で立ち止まる。
「わわっ! ちょっと! 急に止まらないでよ! ぶつかるかと思ったじゃん!」
康太が俺の背中にぶつかりそうになるが、すんでのところで止まった。
「よし、俺がお前をおんぶしよう」
「いきなり何言ってんの───────!?」
康太が顔を真っ赤にして後ずさった。え、俺変なこと言った?
「こ、この歳でおんぶだなんて……」
「おかしくねえよ!? 少年漫画じゃよくあるだろうが!」
「う、うーん……」
どうにも釈然としていないらしい。
「いやほら、俺の蒼空は空中を高速で移動出来る能力がある。だから康太を背負っていけば速いだろ。お前は俺の上で銃持って魔物を撃退してくれればいいし。ちみっこくて背負いやすそうだ」
「し、身長のことを言うなあ! ほんっとデリカシーないね、大輔は!」
男同士でデリカシーと言われても……と思ったが、コンプレックスを突いてしまったようなので、すまんと一言謝っておいた。
「でも合理的だろ? それに今は一刻を争う事態だしな。俺が康太を背負えば今の五倍は速いぜ」
「まあ言われてみればそうだけどさ……はあ、仕方ないそれで行こうか」
「逆になんでそんなに嫌なんだよ?」
「高速移動でおんぶされてるのなんて他の生徒に見られたら何言われるかわかったもんじゃないからだよ! また女の子扱いされるじゃないか!」
……意外と切実だった。
「まあ無理強いはしないけどよ……じゃあ地道に行くか」
「…………いいよ」
「あ? なんだって?」
「おんぶしてもいいよって言ってるんだよ。ソッチのほうが速いみたいだし、ボクもう疲れたし」
疲れたってお前……確かに、もう十分は飛び続けていただろうが。体感時間ではもっと経っているように感じる。
「よし、じゃあ掴まれ」
「う、うん……」
やめろ、頬を赤らめるな。変な気分になるだろ。
しずしずと俺の背中に引っ付く康太。だからなんでいちいち女子っぽい動きをするんだお前は。口に出すと殴られそうだから言わないけど。
「わあ……背中おっきいねえ」
だからその女子っぽい言動もやめろ。くそ、なんでこいつこんな身体あったかくて柔らけえんだよ、男だぞこいつは。
背負って、いざ立ち上がってみると思ったよりも軽かった。背中に感じる温もり。康太は実は偽名で本当は女の子なのでは無かろうか。今度一緒にお風呂に入って確かめるしかないかもしれない。……女の子だったらラッキーだよね!
「行くぞ、魔物が来たらそん時ゃ頼む」
「うん! ……うわあ、視線が高いや」
俺の身長は175程度。対して康太は160あるかないか、というところだろう。10cmは結構大きいものだ。でもそういうことを耳元で呟かれると変な気分になるからやめてほしい……。
「じゃあしっかり掴まってろよ!」
「うん」
きゅっ。
俺の首元に回される腕に少し力が入った。全ての体重を俺に預けてくる。頬を俺の背中にひっつけているような感触もする。もう男でもいいかもしれない。
「蒼空、行くぞ!」
思い切り地面を蹴った。人を一人背負ながら長槍を持つのは少し腕がしんどいがここは我慢だ。
「あははは! すごい、速い速い! 行けー!」
康太は首元に回していた手を解いて上半身を起こしていた。どうやら康太もご満悦らしい。
俺は、全力で空気を蹴った。
~~~~~~~~~~
「あだー!」
少し疲れてスピードを落としてから数分後、見えない壁にぶつかった。勢いを失い、落下を始める。俺は急いで着地の体勢を整えて着地に備える。
「だ、大輔! 右! 右!」
「え?」
右を見ると、狼のような姿をした魔物が三匹、こちらに向けて走ってきていた。
「おわ──────!!」
空中を蹴って、一戸建ての家の屋根に着地する。康太を急いで下ろす。「あう……」と名残惜しそうな顔をした。そんなにこのアトラクションが楽しかったのか。
康太は魔導武装、火縄銃『晴天・嵐天』を顕現させ、弾を何発も撃った。
「おい、詠唱もしてねえのに!」
「仕方ないでしょ! 魔力の塊でも牽制にはなる!」
康太が魔力をそのまま弾にして撃つ。そんなのが効く訳がないと、そう思っていた。
しかし。
「ゴアアアアアアアアア!」
魔物に当たり、魔物に傷を付けていく。しかし、魔物の傷が治らない。
「……なんでだ?」
魔法か、或いは魔導武装で心臓を潰さない限りは、それ以外のダメージを全て回復する、と。俺は爺ちゃんにそう習ったはずなのだが。
「……いや、待てよ」
そういえば、もう一つ殺し方があった気がする。心臓を壊すよりは長引くが、しかし心臓を探す苦労がない殺し方が。
「……魔法ではない、魔導武装そのものの攻撃でもない……」
俺がまだ試してないことは。
魔導武装を魔法、もしくは魔力で包んで攻撃すればどうなるか、ということ。
「試してみる価値はあるな」
俺は蒼空に魔力を注ぎ込む。すると、少し輝きが増したような気がした。
「俺は接近して攻撃する! 康太は俺を援護してくれ!」
「え? あ、わ、わかった!」
一気に距離を詰め、魔力を注ぎ込んだ槍で魔物の首を切り落とす。
すると、狼を模したような首は落ち、動かなくなり、やがて魔物の身体が黒い粒子になった。
「魔法の傷は治るはずだが……まさか、威力も関係してるのか?」
ランクの高い魔法を打ち込んだ場合、傷が治るのかもどうかもまだこの目では見ていない。
「康太! フルオートじゃなくて、威力を一発に集中して撃て!」
俺は背後の康太に声を掛ける。
「わかった!」
そして、俺の真横をかすめるように一発の弾が通り抜けていった。魔物の顔面に直撃し、魔物は息絶える。
「わかってきたぞ……回復出来る量にも限度があるわけだ」
俺の魔法、そして魔力で威力を上げていない魔導武装は威力が低かったのだ。同じく、康太はフルオートで魔弾を撃っていたので、威力が分散していたのだろう。
「だけどこりゃ……魔力の消費が半端じゃねえな……」
絶えず魔導武装に魔力を注ぎ続けなけれなならない。これはかなりしんどいぞ。
「あと一匹! 気を抜かないで!」
「オーライ! ぶっ殺すぜ!」
俺は蒼空の切っ先を狼型魔物の腹部に突き刺し、思い切り上空に放り投げた。
「弾丸!!」
康太の放った魔弾は魔物の身体に風穴を空けた。
「よし、大きい扉があるはずだ、それを探そう」
「……アレじゃないかなあ」
康太が指さした先に、大きな、金属製の扉があった。恐らく魔法を受けても壊れないように強固なものになっているのだろうか。しかし、周囲には普通に街が広がっているというのに、扉がまるでどこでもドアのように存在しているのだから違和感が凄い。
「よし、魔物が逃げ出さないようにさっさと通っちまおう」
「そうだね」
その扉は、縦がおおよそ2m、横の幅は人が三人は通れそうな程。重いのかと思ったが、案外軽く開いた。一体どんな材質なのだろうか。
扉を開けてみると、街並みからは一転して、何かしらの研究施設のような光景が広がっていた。
「管理室があるんだよね……どこだろう」
「わかんねえ……とにかく歩くしかねえだろ」
俺と康太は連れたって施設内を歩く。音は全く無く、ただ歩く音だけが響いている。
数分歩くと、一つのドアを発見した。ドアの上には『管理室』と書かれている。
「ここだな。とりあえず入ってみよう」
「早く済ませて帰りたいよぅ……」
いかん。康太のやる気がマイナスに入りかけている。さっさと済ませなければ。
管理室に入る。そこは、立方体型の部屋だった。奥には窓と、様々な機械があった。機械に魔法陣が刻まれている。
窓からは、先ほどまでいた街並みが見える。遥か遠くにはあべのハルカスが見える。
「どれが結界を貼る魔法陣かな……」
「魔法文字を読めばいいだろ。どれどれ……」
俺は、魔法陣に刻まれている、この世界のどれにも当てはまらない文字、魔法文字を読み始める。結界を貼る魔法語、『結界』の文字が見当たれば、それが結界作動の魔法陣だろう。
少し探して、俺はその文字が刻まれた、色を失った魔法陣を見つけた。掌を魔法陣の中心に合わせて、魔力を注ぎ込む。しかし、俺だけでは少し足りないらしい。
「康太、俺の手に手を重ねてくれ」
「え? なんで?」
「魔力を流すのを手伝ってくれると助かる」
「なるほどね、オッケー」
康太は素直に俺と手を重ねてくれた。流れてくる魔力を感じる。俺はそれを魔法陣へ直接流し込んだ。
「……よし、起動したな」
魔法陣が緑色に光る。窓から見える風景が一瞬強く水色に光り、そしてすぐに光は消えた。
「うし、帰ろうか」
「あの距離をまた……?」
「動くの俺だろうが!」
またおんぶでジャンプするのかしら。
そして戻ろうとして歩いてまた数分。
「おい、迷ったぞこれ」
「うん、迷ったねこれ」
代わり映えしない景色のせいか、完全に迷ってしまった。これはマズイ。もうみんな帰ってしまっていたりして。
更に数分歩いたところで、出入口らしきところに着いた。
「自動ドア……なるほど、転移魔法陣以外だとここから入るのか」
「みたいだね。…………って、誰かこっちに来てない?」
「お、本当だな」
ガラス越しに見える景色は、コンクリートで舗装された道、そして森。山奥にあるという話は本当だったらしい。
そして、そこを悠々と歩いている人間がいる。心なしか疲れきっているようだ。しかし、遠いからか、誰であるかというところまではわからなかった。いや、見覚えあるぞあれ。
「あの凛としたスーツ……そしてダイナマイトおっぱいはまさか……ッ!」
「ねえ、人間の判断基準おかしいよね? ねえ?」
「あれ須崎先生だな。なんで魔法陣じゃなくてこっちから来てるんだ。ってそうか、魔法陣使えなくなってたんだっけか」
俺は自動ドアから施設外へ出て、須崎先生に近づいていく。
「先生、なんでこんなところに」
「鹿沼か……お前こそなんでこんなところにいるんだ……」
「俺は筋肉モリモリマッチョマンの先生に頼まれて、結界の再起動に来たんですよ。成績貰えるって言うんで」
「お前はいい性格をしているなあ……。まあ、助かるよ。さあ、速いところ再起動しようか」
「ああ、もうしました」
「なんだと!? わ、私のここまでの苦労が……」
……なんだか見ていて切なくなってきた。
「訓練室への道がわからなくなってたんで彷徨ってたんですよ。よければ案内して頂けると助かるんですが」
「ああ、戦闘に戻るのかね?」
「ええ、まあ」
「心配は無用だ。魔物騒ぎもあったし、今日の歓迎戦は終わりだ」
「えっ」
俺の脳内で、学食一ヶ月半額チケットが音を立てて崩れていった。
「そ、そんなに戦いたかったのか?」
「いいえ、違います!」
俺は否定した。戦いたいのではない。その先にあるものが欲しいのだ。そのためには……。
「他人を蹴落とし、如何なる手段を用いてでも勝利し、懐事情を温めたかったんです!」
「……嫌なモチベーションだなあ……」
須崎先生が微妙な顔をしていた。康太は俺の隣で「あ、あははー」と笑っている。俺、何か変なこと言った?
これからどうすればいいのかと先生に問おうとしたときに、先生が耳に手を当てた。どうやら魔素通話がかかってきたらしい。
「…………ああ……ああ、わかった。魔物は全て消えたんだな? よし、ならば生徒を校舎に戻してくれ。……ああ、今日のMVPは私が送るよ。担任だしな。じゃあ、また後で連絡する」
「筋肉先生ですか?」
「神帯先生だ。彼女は向こうの生徒を校舎に連れ帰るようだ。転移魔法陣も復旧したらしいからな」
「彼女……女?」
どう見ても女ではない。いやしかし精神的には女性なのか。
「いや、彼女はああ見えて私よりも女らしくてね……」
「……ほんと先生苦労してますね」
もう給料を二倍にしてあげて欲しいまである。
「さて、私達も戻るとしよう。広城も疲れきっているようだしな」
「そうなのか?」
俺が隣に向かって問うと、遠慮がちに康太は言った。
「いやー……ちょっと魔力を使いすぎたかなあ……全身が怠いや」
「結界魔法陣を起動するのにはかなりの魔力が必要だからな。ランクAの広城でも流石に堪えたか」
「ま、待ってください、俺もちゃんと注いだはずです」
そう、俺とてかなり注ぎ込んだはずなのだ。
「……あまり言いたくはないのだが……君の魔力保有量では結界魔法陣はうんともすんとも言わないはずだ」
「……。……え?」
「だから……広城がほとんどの魔力を負担したんだろう。お前が注ぎ込まなくても良いように、お前の分まで、な」
「ほ……本当か、康太」
「……まあ、ね」
「なんで言ってくれなかったんだよ……」
気を遣わせてしまったのだろうか、俺は。
「気にしないでいいよ。大輔の魔力は貴重さ。あのあと、ボクはまた君におぶさって帰る算段だったんだから。これは言わばボクの自分勝手さ」
「……ああ、そうか」
魔力が少ない時の倦怠感たるや、それはもうとてつもないモノだ。言わば、100m走を連続で5セット行って、更に無理に夜更かしをして寝不足の翌日のような。
身体の全身に重りを取り付けられたような、と言った方が良いか。
俺のように、最初から魔力が少ない人間は倦怠感が少ない。しかし、元々魔力保有量が多い人間が魔力を失いつつある時、その怠さは俺のような低ランクな魔導士見習いではとても計り知れない。
「広城を休ませる必要があるな。早く戻るとしよう。我らの身体を運べ」
周囲に光が満ちた。簡易の転移魔法だ。俺達のような魔導士候補生ならば行き先まで指定しなければならないが、魔素の流れを完全に把握している場合、頭のなかで思い描いた場所へ転移することが出来る。
「よし、着いたぞ。今日はもう解散だそうだ。部屋で休むといい。魔物発生の原因や結界の件は学園側が詳しく調査するから安心したまえ」
光が消えると、そこは学園の中庭であった。周囲に人気はない。
「……はい」
「? なんだ、元気が無いな。死者も負傷者も奇跡的にいなかったそうだ。この結果を作ったのは君だぞ?」
「……俺じゃないですよ、こいつです。俺はただ飛んだだけですから」
「そうやさぐれる物じゃないよ。君はあそこを飛んだんだ。飛んで、皆を救った。動いたのは君だ。皆が知らないとしても、君がやったことは私と広城、神帯がちゃんと知っているよ」
「…………ええ、そうですね」
少し皮肉ってしまったが、違う。俺が落ち込んでいるのは、そこではない。
「さ、行きたまえ。私はこれから追加の仕事さ。広城に肩を貸してやるといい。ランクAの倦怠感も凄まじいからな。ではな」
そう言って須崎先生は、先ほどと同じ魔法を唱え、光の中に消えていった。
「康太。おんぶしてやるよ。立ってるのも結構キツいだろ」
「……うん、ありがと」
疲れからか、素直に俺におぶさった。
「……やっぱり大輔は頼りになるね」
「そんなことねえさ。お前に助けられっぱなしだよ」
「ううん、ボクが魔物と戦えたのも、あそこまで辿り着いたのも、全部大輔のおかげだよ。それに、ボクは最初、君を引き止めてたんだ」
「危険なことだからな。心配してくれてたのも、ついてきてくれたのも嬉しかったぜ」
「はは、嬉しい、な……」
そう言ってから、康太は喋らなくなった。すぅすぅと寝息を立て始めた。魔力の大量消費に慣れていなかったのだろう。
「……さて、王子様をさっさとベッドに運んでやりますかね」
有り余る魔力を脚に込め、俺は学生寮へ飛んだ。背中の温もりと共に。
この日、久しく忘れていた、強くなりたいという願いが心から湧き上がった。




