夜の帳の中で 5
気が付くと、元の場所だった。
目の前には消えゆくララの身体がある。胸部に砕けた核を認め、手を伸ばしてみると核はひとりでに動き始めたかと思うと俺の掌に握られた。
それを言われた通りに自分の核に近付けると、砕けた核は俺の身体の中に吸い込まれるようにして消えていった。
直後、身体の奥底から温かい気配を感じる。全身を包み込まれるような、そんな何か。
俺の身体が魔素を空気中から吸収し始めた。核を取り込んだことで、魔力保有量の上限値が少し増えた……ということだろうか?
「…………これで、いいんだよな」
言われたことはやった。誰ともなしに呟いたが、ララの姿は既に消え失せ、応えるものは誰もいなかった。
〜〜〜〜〜公崎悠人の場合〜〜〜〜〜
「はっ……はっ……はっ……」
僕は、肩で息をしていた。なんとか周囲に一切の被害を出さずに半魔を倒すことが出来たことに安堵する。
「お、おお……ララ……今、君の元へ………………」
それだけ言って、半魔は消え去った。
……妙だ。この半魔は身体が残らない。これまでは魔物の魔力を失ったまま、人として死んでいたのに。
「公崎くん!」
少ししたところで、先輩方が戻ってきた。
「お疲れ様です。向こうはどうでした?」
「ええ、半魔を1体討伐してきたところです」
作戦は順調に遂行できたようだ。確認のためにアプリを開く。
反応が1つある。
「先輩、反応が……」
「ああ、カルダさんのものですね。気にしなくてもいいですよ」
カルダさん? それは一体……と聞いてみる。
「情報屋……のようなものです。話の通じる半魔と言って差し支えないでしょう」
「半魔の言うことを信じたんですか!?」
「……まあ、そうなりますよねえ」
そうこう言っているうちに、反応は消えてしまった。
「くっ……今からでも……」
「まあまあ落ち着きぃや。あの半魔は色々情報くれたんやし」
「ナァ、疲れたし今日はこの辺にしとこうゼ? 詳しい話は明日してやるヨ」
「…………わかりました」
ここで反発してもいいことはないだろう。
半魔を逃がすことに納得するに足る理由があるんだ、間違いなく。
考えているところに、魔導車が来た。
「お前らー、乗れー。さっさと帰るぞー」
「……つーわけだ。ま、ちゃんと明日納得させてやんよ。佐村が」
「オレですか。まあ、最初からそのつもりですけどね」
腑に落ちないまま、僕らは帰路についた。
〜〜〜〜〜鹿沼大輔の場合〜〜〜〜〜
「……行ったか」
大きな魔力たちが遠ざかっていく。まったく便利なものだ。
「俺も帰るかな……」
そう思って立ち上がる。
「おおっとぉ! そこな少年!」
……静かな街に、聞き覚えのない女性の声が響く。なんだぁ?
「よっ」
その声の主は俺の目の前に降り立った。高いところにいたらしい。
それは褐色肌の女性だ。髪は金髪で目は碧、身長は俺と同じぐらいの女性だ。半袖のTシャツにジーンズというラフな出で立ちだが、胸は標準サイズなので目立たないといえば目立たない。須崎先生がこんな服装したらエラいことになりそうだな……。
「君が協力者ってことでいいのかな?」
「…………あー、アンタは?」
一応相手のことを把握しておかねば。
「あ、私? 君と同じで半魔」
口ぶりからして、俺の正体についてはもうわかっているんだろう。どこかから見てたと考えていい。
そして協力者ってことも聞いてるらしいから、つまり……。
「罪狩りの関係者ってわけか」
「話が早くて助かるわー。いやーしかし、なるほど君がねえ……」
まじまじと見られる。なんだか小っ恥ずかしい。
「で、なんか用があって来たんだろ?」
「うんにゃ? 見に来ただけー。……あーいや、ほんとは助けたげよっかなーって思ったんだけど、そうこうしてるうちに終わっちった」
「…………な、なるほど」
ノリが軽いおねーさんだ。姉貴を思い出すぜ……あっちは口が悪鬼羅刹のごとく悪いけど。
「私は悔恨のリジット。リジーって呼ばれてるよ」
「あー……俺は凡百のカルダだ。つい最近半魔になった」
「へえ、最近。それも……顔付きからしてこっちの世界の現地人でしょ?」
「ああ、そうだ。……やっぱ珍しいもんか?」
「少なくとも、この国出身の半魔は見たことないわねー。他の国なら数人ほど見かけたことがあるけど……それでも珍しいもんよ。そもそも空気中の魔素が少ないから、変異を起こす可能性が低いし」
そうか、日本はそもそもほとんどが結界に覆われてるしな。アメリカや中国とかは人の住んでない地域なんかはまだ結界の穴が多いし……。
「あ、今日は挨拶だけしにきたのよ。多分、これからちょくちょく会うことになるだろうし」
「そうなのか?」
「ま、困ってそうだったら助けてやれってエストの奴に言われたのよねえ。私も珍しい半魔を殺したくないし、ちゃあんと助けてあげる」
「それはありがたいぜ」
俺一人の戦闘力なんぞたかが知れてるからな。協力できる仲間は大いに越したことはないだろう。
「じゃ、今日のとこは帰ろっかな。またね、カルダ」
「あ、ああ……」
なんか、伝えるべきことだけ伝えてさっさと帰っていったぞ……嵐のような人だった……。
「俺も帰るか……」
1人残された俺も帰ってしまうことにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
事前に開けておいた窓から自室に潜入する。なるべく音を立てないように。
『おかえり』
シエルの声が頭に響いた。
──起きてたのか? ただいま。
『うん、まってた……それより、だいすけの中にもう1人いる。なにかあったんだね』
──! そんなことまでわかっちまうのか。
『魔力がふえてるみたい。ほんのちょっと、だけど……』
──核を取り込んだからだな。なあシエル。俺の中にいるもう1人が今どうなってるかとか……わかるか?
『………………。ねてる、かな。たましいはそこにあるんだけど……』
──いや、それがわかれば充分だ。ありがとな。
そうか、あの人は……ララさんは完全に死んだ訳じゃないんだな。
なにか状況が変わった訳じゃないが……なんとなく、なんとなくだが気が楽になった。
それに、魔力容量が少しながら増えているというのは……これはとんでもないことだ。
魔力容量は才能だ。こればっかりはどうしようもなかったはずなのだ。
どれだけ鍛えても、科学の力をもってしても人間の器は変わらなかったのに。
核を取り込んだ結果増えたのなら、増えているのは魔物としての魔力だけと考えた方が良さそうだが……。
……いや、今日はもう寝よう。この件についてはまたエスト辺りに聞いた方が良さそうだ。
──おやすみ、シエル。
『おやすみ、だいすけ』
ひとまずは、休息を得ることにした。




