夜の帳の中で 4
〜〜〜〜〜鹿沼大輔の場合〜〜〜〜〜
「……あっぶねーじゃねーか! 俺まで殺す気かッ!」
とりあえず文句を言う。本気で怒っているようではなく、茶化すような声音で、だ。フレンドリーさをアピールしろ。
「生きてたんですからいいでしょう。それよりも、貴方は一体なんなんです」
くっ、流された。しかし、やっと俺の思う通りの展開になってくれた。
「俺は半魔殺しの半魔だ。ああいう自我のないやつや、最近この辺で人間を無理矢理半魔にしてる連中を追ってる」
必要なのは、信じるに値するための情報だ。敵ではないと思わせられればそれでいい。
「……同族殺し、ですか?」
「同族っつったってただの魔物だろ」
「それはそうかもしれませんが……」
流石にすぐ信用されたりはしないか。もう数押ししておこう。
「俺の名前は凡百のカルダ。最近半魔になったんで、得た力を半魔狩りに使ってんだよ」
名と経歴、目的を明かす。誰だってよく知らん相手は警戒するからな。少しでも俺に詳しくなってもらうとしよう。
「佐村ァ、どうするヨ?」
「実際、こちらに敵意はないようですし……話を聞いてもいいと思います」
よし、話がわかる人がいて助かったぜ……。
「俺はアンタらに見逃してもらいたいんだよ、人も殺してねーのに殺されてたまるか」
「逃がして、オレたちに得るものは?」
「この島で何が起こっているのか、知ってる範囲で教えてやる」
つまり、天真のトーレスたちのことを話そうというのだ。もちろん、罪狩りに支障が出ない程度に、だが。
「つまり情報ということですか。ふむ……」
「俺は罪狩りとも関わりがある。全部が全部とは言わねーが……あんたらの調査に役立つ情報は得られると思うぜ?」
生かしておくとこんなにいいことが! と示すのは大事だ。継続的なプラスを示すと、点数にもならん俺の殺害を躊躇わせられる。
「会長、如何致します?」
「好きにしろ」
「はい。……では、早速話を聞かせてもらっても?」
よし! よし、よし! これで俺は大丈夫だ。
罪狩りから得た情報を、罪狩りの邪魔にならん程度に話して俺は助かる。うむ、完璧かもしれん。
「半魔について、アンタらはどこまで知ってる?」
「……悔しいですが、そこまで詳しいとは言えませんね」
「半分人間で半分魔物のバケモンやろ?」
め、面と向かってバケモンと言われると傷付くな……。
「俺の場合は結界の外で負の感情に呑まれた結果こうなっちまったんだよ。そん時の感情が内向きだったからこうやって自我を保ってられるんだが」
「……やはり元人間なのですね」
「そりゃあそうさ。……んで、もしもこれが他人に向けた殺意とかなら、人を殺すことしか考えられない半魔が生まれるっつーわけだ」
「……最近の事件はそれらの仕業、ということですか」
「うんにゃ、違うぜ。天真のトーレスが無理やり半魔にした連中だ。だから死体が残ってんだよ」
そう、天然モノの半魔は死体が消える。美術館の時のように。
「特殊な魔導具で人の負の感情を無理やり増幅させて、半魔にしちまう……って聞いた。その魔導具は結界内でもお構い無しっつーこったな」
「…………その話、信じても?」
「さあな、俺は知ってることを話しただけだ」
「信じるも信じないも自由、ということですか」
「この情報が間違ってたって時は、俺も間違ってたってことになるだけさ」
佐村先輩は黙り込んだ。
「…………いいでしょう、信じることにします。それと、もう一つ気になったことがあるのですが」
「うん?」
「その鎧はなんなんです?」
「ああ、これね……」
知識がなけりゃ魔鎧に見えるしな。
「これは半魔の……なんだろうな、簡易的な魔鎧だ。正体隠したりするっつー用途でもある」
「それ、今は脱げないのですか?」
なんつーことを。
「今ここで正体を明かせって? 流石に勘弁してくれ。俺は普段は普通に人間として生活してんだからよ」
「……ンだと?」
反応したのは生徒会長らしい人だった。
「それはテメーだけか?」
「いや、半魔はみんなこんなもんだろう。俺達は好きなタイミングで人であることと魔物であることを切り替えられるのさ。……あー、ここで実践はしないけどな?」
「……つまり、なんだ? 人間社会にテメーらみたいなのが紛れてるってのかヨ!」
「そういうことになるな。つっても、こっちは結界がとにかく多いから……数はいねえだろう。向こうの世界では半魔は割と多いらしいけどな」
罪狩り達も今でこそこちらに馴染んでいる人達が多いらしいが、こちら出身の半魔には未だ出会えていない。
「アンタら、半魔を感知できるなんかを持ってんだろ? それでさっき俺の反応が消えなかったか?」
「……確かに、消えたり現れたりしましたね」
「そんな感じだ、要は。アンタらがさっきぶっ潰した半魔も突然気配がしたのは、人から反転して魔物になったっつーことだ」
「そ、それなら……隣にいる誰かが半魔かもしれない、と……?」
「半魔は別にそこまで浸透してねーけど、今の件を放置すりゃそうなるかもしれねえな」
今どれだけこの島に半魔がいるかは俺にもわからんからな。
それよりも……さっきから気になっていることが1つある。
どうにも悠人が未だに苦戦しているらしい。いや、どうせ「街を破壊しかねないから近接戦闘しかできない」とかそんな理由だろうけどさ。
「っつーか、こんなに俺に構ってていいのかよ? アンタらの仲間、向こうでまだ戦ってんだろ」
「はっ……! そうでした、公崎くんの援護が!」
「でもこいつはどうするヨ?」
会長の言葉に、佐村先輩は俺をまじまじと見る。
「…………大丈夫でしょう。人は殺さないんでしょう?」
「俺の獲物をアンタらが横取りするもんだから、あとは家に帰って枕を涙で濡らすとするさ。それに、アンタらが半魔を感知できるもんを持ってると知った上で悪さなんてするかよ。俺なんか一瞬で殺されるわ」
「…………だそうです、会長」
「ちっ……おい、また会ったらそん時ゃ新しい情報でも仕入れとけヨ!」
「ほなねえ」
言って、3人は悠人のもとへ向かった。
…………はー……あっぶねー…………。
首の皮一枚繋がった気分だぜ、まったく……しかしこれで、当面は生徒会に見付かってもなんとかなるだろう。それに、半魔を感知できるようになったっつー情報は罪狩りたちにも共有しておいた方が良さそうだな。
んで、あとやるべきことは、だ。
「おうい、よく生きてたな、お前」
残された、半ば魔素に戻りつつある巨岩に声を掛ける。いや、向こうは言葉が通じないんだったか。
俺は蒼天を構え、岩の残骸まで歩いていく。
「寸前でギリギリ防いだ挙句、人間に戻って死んだフリとは、俺も見習いたいぜ」
岩をどけてやると、息も絶え絶えな女の上半身が現れた。反転体のままで銀髪に黒い目をしている。更に言えば魔装はもう消えているし、下半身は完全に潰されているらしい。
しかし、半魔なら核が破壊されていなければなんとかなる範囲だ。ここで気付かず放置していれば、後に再生されて逃げられていただろう。
「再生するのだって魔物の力だ。せめて、俺が帰ってからにするべきだったな」
この女の顔には見覚えがある。
そう、遊園地で会ったトーレスの母親だ。
「………………」
何も言わず、蒼天の穂先を心臓の位置に構える。
半魔の核は、心臓の内部に現れるらしいからだ。
「……………………悪い」
女の目は、最後に俺の顔を見て。
笑ったように、見えた。
刺した感触はわからなかった。理解したくなかっただけだが……それでも、考える。ぐさり、だろうか。ぐにゅり、だろうか。筆舌に尽くしがたい、しかしなにか大切なものを潰す感覚。
核を潰した瞬間、俺の眼前に光が広がった。物理的に光っているのではない、これは……な、ん……?
そこで、俺の精神は光に呑まれた。




