夜の帳の中で 3
〜〜〜〜〜公崎悠人の場合〜〜〜〜〜
半魔の反応の方へ歩いていると、遠くにある魔物の魔力らしきものを感知した。
「大きさからして、そこまで強い敵ではないかも知れません。ちょっと見てきます」
「わかりました、気を付けてください。では、僕らはもう一体の方を探しましょう」
小走りで近付いている途中、突然魔物の魔力を感知した。
まさか襲われているのかと思い、急ぐことにした。
走って魔物の居場所に到着すると……そこには1人の男がいた。見覚えがある男だ。
奴は息も絶え絶えになりながら、周囲を見回していた。
「トーレスの……!」
僕が声を上げると、男は僕に気付いたらしい。
「ん? ……お前は遊園地で見た……」
「ここで何をしている!」
そう聞くと、男は面倒臭そうに答える。
「言うと思うのか? まったく……まあいいさ」
男は瞬時に腕を変異させ、僕の眼前まで迫っていた。
「死ね」
「くっ──!」
咄嗟に指を鳴らし、攻撃を防ぐ。見ると、両腕がチェーンソーになっている。半魔はそんなことまでできるのか……!
「来いッ!」
積帝と積乱を顕現させ、チェーンソーを迎え撃つ。
「む……!」
男は何度か腕による攻撃を試みるが、僕はそれを全て防いでみせた。
「面倒な……!」
「逃がすかッ!」
距離を離そうとする男を逃がさぬように、こちらから距離を詰める。
「ならばッ!」
男はチェーンソーを伸ばして僕を牽制する。
「ぐっ……」
それをあしらって再び距離を詰めようと男を見ると、妙な変化が起きていた。
髪が銀に変化し、目もまた変色している。
「手の内は明かしたくなかったのだがな!」
一瞬で、その変化は起きた。
男が甲冑に身を包んだのだ。それはまるで、魔鎧のような──。
「さて、簡単に死んでくれるなよ?」
男の背中から、更に4本の腕が生える。それらは全てチェーンソーに変貌した。
「くっ……」
流石に手数が違うか……! 無理に近接戦闘を仕掛けるのは難しいが……禁呪魔法を使うと街が吹き飛びかねないからなあ……。もっとコンパクトな魔法を調整しておくべきだった。
「ここへ来たことを後悔するんだな!」
ともかく、隙を見つけて接近さえすればどうにかなるんだ。相手を疲弊させるとか、色々試してみるか……!
〜〜〜〜〜鹿沼大輔の場合〜〜〜〜〜
うわあ、きっも。
腕6本になったぜおい。隠し腕どころの騒ぎじゃねえぞ。
俺は人間体に戻り、遠くのビルの屋上から悠人の戦いぶりを眺めているのだった。俺ほんと屋上好きだな。いや、簡単に登れる方にも非があると思う。
悠人がいるっつーことは生徒会の面々が来てるってことだろう。しかもピンポイントでこんな場所に来たってことは魔物の居場所を感知できるなにかを手に入れやがったな?
他のメンバーの姿は見えないが、デカい魔力でだいたいわかる。悠人の近くって低ランク魔力の気配が悠人の魔力で隠れたりするんだが、きっちり張り合ってるところがヤバいな。
というか、近付いてきてね?
……あ、そうか。ついさっき反転を解いたが、そうなると反応が消えた周辺探すわな。
反転しなけりゃ俺はランクDの雑魚だが、それでも仮に感知タイプがいると考えると動くことさえ厳しい。ここから逃げるには蒼空の力が必要だが、そんなことをして魔素を揺らがせると感知されるかもしれない。
感知タイプがいないことに賭けて逃げてもいいけどな、リスキーだわな。
特に、俺がここにいることがバレるのがよりまずい。
つまり、鹿沼大輔が何故か深夜に、半魔の反応が認められているエリア──それも学生はおよそ近寄らないような街──にいることが露見するのがまずいのだ。
こそこそ隠れていてもいいが……悠人の方の戦いが終わって合流されるともっと逃げにくくなる。アイツは魔力が多過ぎるもんだから、多分隠れてても俺を感知する。
どうすれば……。
そう頭を抱えている時、救いの手が伸ばされた。
「…………新しい気配?」
思わず口に出した。そう、俺のものでもジョルジュとやらのものでもない、新しい魔物の気配。
こいつは──使える!
俺は、思い付いた作戦を実行に移すことにした。
〜〜〜〜〜生徒会の場合〜〜〜〜〜
「! 新しい反応があります、会長!」
通知を受けて端末の画面を見た斑鳩が声を上げる。
「ンだとォ?」
「向こうに1つ……いえ、凄い速さで移動する反応がもう1つあります! これはさっき消えた反応……?」
「集まろうとしてやがんのか? いいから追うぞ! あといい加減自分で歩け紫音!」
「やーん、殺生なー」
生徒会の面々は、反応が集まっている方向へ駆け出した。
〜〜〜〜〜鹿沼大輔の場合〜〜〜〜〜
俺は、現れた半魔の元へ跳んできていた。
跳んでいる間に魔装を纏ったが、やはりまだ反転から着装までが遅い。何かいいイメージがあるといいんだが……いや、そんなことは後で考えればいい。
暗い街を歩く。金属音が響く。気配は、前方から感じる。
「……ァ、ァァァ、ァ?」
暗闇から現れたのは、魔装を纏った半魔だった。
歩き方もおぼつかず、千鳥足でふらふらと歩いている。
「こいつはまた……」
見た感じ、女性だ。チェストプレートは胸の膨らみを形作っているし、手足も細い。
「まあいいや、自我ないっぽいからな」
さっきのは自我があった分、こちらにも躊躇いが生まれた。
けれど、目の前のこいつは呻いてふらふら歩くだけだ。
まあ、幾らかマシだろう。
蒼天を構え、核を突く為に突進する。
直撃寸前まで、特に反応はない。これは貰っ──
「ィ、ァ、アアアアアアアアアア!」
た?
ああ、クソ、前にもこんなのあったな。
俺は、気付けば星空を仰いでいた。しかも視界の端のビル群は動いている。仰向けになって吹っ飛ばされているのだ。
体勢を立て直そうと空気を蹴るが、動かない。そのまま俺はコンクリートに着地した。
「ってて……あ?」
右腕がもげていた。
「またかよ! クッソ……」
それを理解した瞬間、痛みが走る。しかし、同時に無くなった瞬間から再生が行われているようで、人間だった頃に切り落とされた時よりはだいぶマシな痛みだ。
女を見ると、全身から刃を出して俺を切り刻もうとしたらしい。なるほど、咄嗟に回転してかわそうとした結果がこれか。
落ちている右腕は蒼空を握ったままだ。戻ってこいと念じると蒼空は消え、俺の左手に現れる。
右腕も魔素に戻ってゆくし、俺の右腕は肩先数センチまで再生している。俺の身体に起きていることを言語化すると、紫色の肉塊が綺麗に切断された断面をまず塞ぎ、次に蠢きながら空気中の魔素と俺の体内の魔力によって膨らみ、ゆっくりと伸びていっている感じだ。今これ見られるの裸見られるより恥ずかしいと思う。
「なんでこいつらはこんなに近付かれんの嫌がんのかね……」
核さえ破壊されなければなんとかなる半魔としては、むしろあの戦い方が一番理にかなっている気がするが。
再生を待ちたいが……!
「ァァァァァァァァァ!」
女は金切り声で叫び、全身に生えている刃を伸ばしてくる。ゲームでよく見るウニ系のキャラの攻撃チックだ。
「こ、ンのッ!」
左手のみで槍を持つのはまだ慣れていない。右手のメイン槍があってこそのサブ槍なのだ。蒼空を魔素に戻し、左腕を巨大な刀身に変質させる。
迫り来る刃を薙ぎ払うと、金属音と共に刃が壊れた。見ると、カッターナイフのような見た目をしていた。そら壊れるわ。
迫るカッターを破壊しまくるが、壊しても壊してもひっきりなしに襲い掛かってくる。そろそろ右腕の再生が完了しそうだし、こうして戦いが膠着状態になっていることはありがたい。
しかし。
「紫音、頼みましたよ」
「はいはい。時よ止まれ」
瞬間、全てが止まる。
身体が動かない。敵もまた同じらしいが……。
「半魔同士が戦っている、ということなんでしょうか……」
「知るかヨ、どっちも殺しゃいいだろ」
生徒会──! 来るのまでは目論見通りだったけれども、こんな魔法使うとか想定してねえよクソ!
「ん……やるんやったら、はよ、してぇな……! 手前の右腕キモいのは別にええけど、奥におるウニみたいなん止めんのしんどいわぁ……!」
動きを止める魔法なんて聞いたことないモン使ってまで俺を貶さないでもらっていいですかね。
……いや、マジでどうするこの状況! このままだと殺される! 口は……動く! なら!
「お、おい待て! 殺るなら向こうだけ殺ってくんねーかな!」
念の為、声は変えてある。
「あァ? 何言ってんだこいつ……?」
「半魔が、喋った……?」
ん? 聞き覚えのある声……まさか。………………いやまさかとは思ったけど身体が動かねーから確認できねえ!
「俺はここに出た半魔を殺しに来た半魔だッ! 人間は殺さん!」
「……とか言ってるゼ?」
「根拠がありません。危険なことに変わりはありませんね」
くっ……疑り深い! そりゃそうだけどさ!
「もー! もう動くで奥のヤツ! 知らんで!」
「会長!」
「しゃーねーナ! 煌めき轟け岩星ッ!」
何が起きているのかはわからないが、巨大な魔力が近付いてきていることと、俺が命の危機に瀕していることはわかる。
「やめ……お、わ、ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
瞬間、俺に掛けられた静止の魔法が解かれる。下からとてつもない魔力が迫っている。俺は悲鳴を上げながらその場から離れる。
女の足元と頭上に黒い魔法陣が現れると、そこから巨大な岩が現れる。そして、それらは半魔を挟むようにして潰してしまった。俺がそのままあの場にいたら巻き込まれていただろう。
「よし、こんなもんダロ」
なんか見た事のある女生徒が、やりきった顔をしている。
「会長、街を壊すおつもりですか!」
ああ、やっぱり佐村先輩じゃん……生徒会忙しいって言ってたけど、ここに来てるとは……。
「ほんまもう、疲れたわぁ……斑鳩、おんぶ」
……!? なんだこの綺麗な人は……!? え? ていうか佐村先輩と距離近くない? これ彼女じゃない? モテないモテないって嘆いてた仲間だったはずなのに……裏切られた……。
いや、言ってる場合じゃねえよ。
俺がやるべきことはこれからなんだから。




