夜の帳の中で 2
〜〜〜〜〜公崎悠人の場合〜〜〜〜〜
魔導車は高速で飛び続ける。
西部へはもう目と鼻の先だ。
「…………む」
須崎先生が小さく声を上げた。
「どうしたんですか?」
「こちらに近付いてくる反応がある。ここらで停めるぞ」
そう言うと、車はその場で停まった。そう、空中で。
「よし、降りろ。敵は人の形をしているかもしれんが魔物だ。くれぐれも注意しろ」
降りろと言われても、と思いながら視線を彷徨わせていると、バックドアが開いた。……ここから飛び降りろってことなのだろうか。
「行きますよ」
慣れたように佐村先輩が降り、潜堂先輩と会長が続いて降りた。
「公崎」
僕も降りようとしたところで、須崎先生が僕に声をかけた。
「なんです?」
「くれぐれも気を付けるように」
そう凛とした表情で言ったかと思うと。
「お前に何かあったら、鹿沼のやつに何を言われるかわかったものではないからな」
表情を崩し、困ったような笑顔で言った。
「……はい!」
僕は須崎先生に背を向けて、車を降りる。
着地すると、佐村先輩が携帯を見ていた。
「近くに反応が1つと、離れた場所にもう2つ反応がありますね」
「せやったら、近い方から潰していこか」
「んで、場所はわかってんのかヨ?」
僕も気になって携帯を見てみる。僕らがいる周囲の地図に赤い丸が表示されている。この範囲内のどこかにいるということなのだろう。
「もう少し近付かれれば、僕も感知できるんですけど」
「あン? テメェは感知タイプなのかヨ?」
「いえ、彼は魔力が異様に多いので、無理矢理感知しているのでしょう。本来は繊細な魔力コントロール能力やら発達した感受性が必要なんですが……多分彼は魔力の多さでゴリ押ししてるんでしょうね」
「バケモンかよ……」
ひ、酷い言われようだ……。
しかし、この街……深夜なのもあってか僕らの足音以外なんの音もしない。なんだか不気味だ。
「……!」
魔物特有の魔力を感じる……! 感知範囲に入ってきたみたいだ!
「います、4時の方向!」
「どう動いてます?」
「こちらの様子を伺っているのか、大きな動きは……いえ、こっちに来ました!」
魔力がどんどん近付いてくる! いや、これは……!
僕は咄嗟に指を鳴らした。
瞬間、僕ら一行を光の半球状の膜が包む。
「これは……!」
佐村先輩が声を上げた瞬間、眼前のビルに穴が空く。
閃光が僕らを襲う。
「ビームかなんかかァ!?」
「魔力を飛ばしてきてます!」
しかし、僕が事前に張った防御障壁によってこちらにダメージはない。
行動詠唱。僕が密かに鍛えていたものだ。
指を鳴らす、息を深く吐く、手を高く掲げる……自分の動作をトリガーにして、かつその動作の際に魔力を注ぎ込むことで、口頭の詠唱をせずに魔法を発動させる、というもの。
要は、パソコンのショートカットキーに動きを登録するようなもの。
僕は前提として禁呪を詠唱しなければ魔法が使えない。禁呪は自分の魔力だけで魔法を発動するのに必要な、言わばリミッター解除。
しかし、これではどうしても詠唱が長くなってしまう。咄嗟に魔法が使えないのは弱点だ。
どれだけ早口を練習しても舌を噛んで痛かっただけだし。
そこで、行動詠唱と思考詠唱を試してみることにした。
そもそも、口頭での魔法語詠唱は魔法発動への道筋を立てるためにある。周囲の魔力や空気中の魔素に、自分がどのように現実に影響を及ぼすかを示すためにある。
それを行わない分、消費魔力がとてつもなく大きいのだ。
シエルちゃんは平然と思考詠唱をするから、とんでもない魔力保有量なんだと思うけど、僕だって魔力は多い。なら、もしかしたら僕にも出来るかもしれないと思ったのだ。
思考詠唱のコツをシエルちゃんに聞いてみたけど、やってみたら出来ただけだと言われてしまったので、自分で模索し始めた。
結果、思考詠唱はできなかったけれど……行動詠唱として、指を鳴らす行為に禁呪を落とし込むことに成功した。ただし、比較的詠唱の短い防御魔法だけだけどね。
「来るで!」
大きな風穴の空いたビルから、何かがゆっくりと近付いてくる。魔力でわかる。魔物……いや、半魔だ。
「おい公崎、テメェは見てろ」
「え、……と言いますと?」
「お前にあたしらの手の内を明かしてやろうって思ってナァ。お前の戦い方は映像とか見て分かってっケド、お前はあたしらがどうやって戦ってるか知らねーだろ」
「確かに、そうですね」
そうこう話している内に、半魔がその姿を現した。
人の面影を残した、巨大な、四足の獣。
ブリッジをしている人のような、化け物。
手足は細長く、よく見れば人の物であるとわかる。
胴体は肥大化して、細い手足で支えられているのが不思議なくらいだ。
そして頭は逆向きであるはずなのに、顔のパーツは上下逆になっている。つまり、ブリッジをしている体勢なので頭が下、顎が上に来ているはずなのに顎の方に目、頭の方に口があるのだ。
目は虚ろで、左右別々の動きをしている。
口は縦に開いていて、何かをずっと呟いているようだ。
「まさか結界の中であんなもんを見ることになるたぁナ!」
「ええ、まったくです」
「なんで平気なん? え? めっちゃキモない? 無理なんやけど……?」
潜堂先輩が本気で引いている……。
「ちょっとウチ無理やさかい、2人でどうにかしたって……」
「し、紫音!?」
「ゴキブリとかと同じ反応してやがんナ……」
「いやー! 名前も聞きたない! 言わんとって!」
……き、緊張感ないなあ……。
「まあなんとかしますか。会長が戦うの、久々では?」
「いつもはお前らがなんとかしちまうしナァ。ま、手の内見せるっつったし丁度いいだろ」
会長はそう言いながら、魔導武装を顕現させた。
「んじゃ……行くぜ、星雲」
それは、1本のナイフだ。装飾も何も無い。
「それではオレも。……雲影」
こちらは鞘に収まっている日本刀だ。
「────────────────!」
半魔は声を上げた。
「さて……行くぞ佐村ァ!」
「はい、会長!」
2人は半魔との距離を縮めてゆく。
「──────!」
半魔の口に魔力が溜まっていく。さっきと同じ攻撃をしようってことか……!
「やらせっかヨ!」
会長はその場で立ち止まる。
そして、詠唱を始めた。
「煌めき蠢け」
詠唱が始まった瞬間、会長の足元には魔法陣が、そして周囲には輝く何かが現れ始めた。それらは大きさも色も異なり、銀河のような形状のもの、星雲のようなものまで見えた。まるで、なんかじゃない。宇宙そのものだ。
そして、会長を中心にして12の大きな惑星が現れた。
あれらは魔力が形作る幻影。僕らが魔法を詠唱する時に現れる魔法陣のようなもの。あの宇宙もまた、魔法陣の一部なんだ。
「蟲星ッ!」
会長の周りを回っていた惑星のうちの1つが、輝いて砕けたかと思うと、無数の小さな蟲に変貌した。
「いやー! いやー! ほんま無理! なんでそんなことすんの!?」
潜堂先輩がガチめの悲鳴を上げる!
蟲たちは半魔の口に入ったかと思うと……それぞれの身体とは見合わない規模の大きな爆発を起こした。
「────────!」
魔力を溜めていた器官が破損し、行き場のなくなった魔力が体内で暴発し、半魔はよろめく。
「佐村ァ!」
「わかってます! …………そこッ!」
佐村先輩は納刀したままの刀を構え……一閃した。
半魔はその場に倒れ、その身体を覆っていた魔物の魔力が空気中に霧散していく。残ったのは、仰向けになって倒れている男の死体だけだった。
「まあ、こんな感じだ。あたしのは煌星魔法っつってな。異世界の星がモデルになってるんだとヨ」
「オレは身体強化魔法をよく使います。簡単な魔法しか使いませんから、詠唱は省いてます」
会長はだいぶ特殊な魔法を使っているのに対し、佐村先輩は1年生で習う魔法を使っているらしい。
「これで連携が取れるナ!」
「無茶では?」
「残りの11の星を見せてへんやん」
「うぐ……まあそれはおいおいな、おいおい」
11種類の魔法、か……。
「あ、ちなみにやけど」
潜堂先輩が扇子を顕現させた。そんな魔導武装まであるのか……。
「ウチはこういうことできます。せやなあ……会長、ナイフ投げて」
「ほらヨ」
会長が空中へ向けてナイフを投げる。
「時よ止まれ」
ナイフが止まった。
「時よ加速せよ」
ナイフはゆっくりと進み始める。
「時よ減速せよ」
最後に、ナイフは凄まじい速度で飛んで行った。
加速の詠唱で減速して、減速の詠唱で加速したのは一体……?
「ウチが操ってんのは物体やのうて、物体の周りの時間そのものなんよ。時間そのものが早なったらそん中のモンは時間に比べて遅なるし、時間そのものが遅なったらそん中のモンは早なるんや」
時間操作の魔法……。煌星魔法よりレアなのでは……。
「ああせや、忘れるとこやった。時よ戻れ」
ナイフが、逆再生されたように会長の手元に戻ってきた。
「あーしんど。魔力使いすぎたわぁ。斑鳩ー、おんぶ」
「え、いっつも数十発は撃って……はぁ、わかりましたよ。ほら」
「やったー」
え……? この状況で……?
「あの、向こうにまだ2体の半魔が残ってるんですけど……?」
「気にすんナ、あいつら年がら年中あんなん」
呆れたように会長は言った。
……僕らは、緊張感ゼロで半魔の元へ歩き始めた。
〜〜〜〜〜鹿沼大輔の場合〜〜〜〜〜
「……!」
なんかすげえ魔力が4つ、こっちに近付いて来てやがる……!
「余所見している余裕があるのかッ!」
「うわーッ! あっぶねェーッ!」
目の前をチェーンソーが掠めた。ほんとデタラメな射程距離だ!
「さあて……どうすっかなー……」
このままここでこいつと戦ってても埒が明かない。こっちは近寄れねえし向こうはあの場から動きやしねえ。遠距離攻撃はねえしなあ……。
そもそも、近付いてきてるあの4つの魔力がわかんねえんだよな。いや……わかるわ。1個だけとんでもなくでけえ。あれ悠人だな。
となると……生徒会とかってことか? でも生徒会どころか普通の人間は半魔の居場所がわからんはずだしなあ……。
ただ、感じる気配から魔物のそれは感じない。完全に人間たちだ。生徒会かプロの魔導士か……そんで悠人がいるから生徒会、ってとこか。
…………もしそうだとしたら、俺、ヤバくね?
もしも生徒会が半魔の位置を把握できる何かしらを手に入れていたとしたら、俺の反応とかもバレてんじゃねえの?
いやー……考えたくねえけど……リスクはむしろ率先して考えとかないと後で困るんだよなー……。
こんなこと考えてる間も俺は迫り来るチェーンソー回避してるし……どうすっかなー。
…………………………逃げるか!
というかさっきから気になるのが、アイツは一切近づいてくる魔力に反応を示していないところだ。わかった上で俺と戦ってんのか、俺と同じように投げる魂胆なのか……。
「よし、埒が明かんから俺は帰る! じゃーな!」
俺は眼前に迫ったチェーンソーを蒼空で弾いて、そう叫んでから跳躍した。
「なに!? 逃がすかこのっ……!」
まあそら驚くわな。だがその隙が欲しかったんだぜ!
「捕らえよ!」
奴が攻撃の手を止めたところに、魔力で生成されたロープが飛ぶ。
「んなッ……き、貴様ァ!」
芋虫のようになった敵を他所目に、俺は脱兎のごとく逃げ出した。
あとは任せた、悠人と愉快な仲間たち。




