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歓迎戦7 新たな目的

 大きく穴の空いた天井から、大仏の顔がこちらを覗く。ビルの天井を見下ろすとは……相当なサイズらしい。


「奴のいる方とは反対の方から飛び降りろ!」


 俺は叫ぶ。その場にいたクラスメイト達が窓を割り、風属性の魔法を唱えてから飛び降りる。


「大輔!」


「お前は仏像の対応! なんでもいいから気を引け! 俺は逃げ遅れを探す!」


 悠人は頷いて、魔導武装『積帝(せきてい)』を顕現させて魔物に向かって飛んでいった。


「康太、手伝ってくれ」


 俺が康太に言うと、康太は敬礼して見せた。


「合点承知!」


 康太と二手に分かれて映画館の中を走る。天井が崩れた音に気付いたのか、数人が廊下に出てきていた。俺が逃げるように伝えると、数人に伝えたあと去っていった。


「今何人だ……? くそ、クラス人数が40人だから……いや現時点で何人逃げてるかもわからねえしなあ……」


 と考えていると、頭のなかに声が響いた。


『もうここには誰もいないみたいだよ』


「ああ、了解。俺達も逃げよう。悠人にも連絡しなきゃな」


 魔素会話のチャンネルを上方向に広げ、「脱出成功、退避せよ」とメッセージを送って、俺と康太は合流した。


「風魔法は俺が唱えるよ。些か魔力も回復したしな」


「ボク、基本魔法もあんまり使えないから助かるよ」


「おう。風よ(ウィール)我が(ミリアス)身を(バルドゥ)包め(ロミンサ)風よ(ウィール)隣人の(ユリアス)身を(バルドゥ)包め(ロミンサ)


 風が、俺と康太の身体を包む。康太へは魔力をかなり多く注いだので、飛び降りればパラシュートのような役割を果たす……といいなあ……。


「俺は悠人の離脱の援護をしてくる。空中は得意中の得意なんでな」


「ダメだよ、危険すぎる。あんな質量、当たっただけでひとたまりもないじゃないか」


「なんだよ、心配してくれてんのか?」


「見てわからない?」


 そう言って頬を膨らませた。下手な女より女らしいなあ……。


「じゃああっちは悠人に任せるか。時野と合流して作戦を練ろう」


「あら、じゃあアタシは大仏の相手をするわあん」


「あ、そう? ……ってうん?」


 妙にネットリ……いや、ドロっとしたような声が降り掛かる。


 二人で話し込んでいた俺と康太の背後に、先程までは無かった気配がある。他クラスの生徒か、と思い、振り返ると、そこには一面の肌色があった。


「ごめんなさいねえん、遅れちゃって……でもアタシが来たからにはもう大丈夫。あれはオネエさんに任せなさあいん」


 いやに野太い声だ。そう、まるで成人男性のそれのような……。


「って、誰だアンタ!?」


「あらやだ大声出しちゃってえん。んふふ、可愛いんだからあん」


 そう言って抱きとめられる。頭に、レンガで殴られたような衝撃。いや違う! これ筋肉だ!


「魔力が少ないのを知識や経験でカバーしているのかしらあん? なかなか面白い生徒ね、アナタ」


「い、いや、そもそも誰なんですかあなた。あと離して下さい! 筋肉が逞しすぎて痛いんですよ!」


「んふふ、ごめんなさいねえん」


 離されて、ようやく相手の全体像が見える。


 筋骨隆々の、ダンディなヒゲを生やしたパンツ一丁の男であった。


 黒い髪はオールバックにまとめられている。なんというか、ボディビルダーとはまた違う筋肉の付き方だ。刃牙とドラゴンボールぐらい違う。この人の筋肉は後者。


「アタシ、一組から五組までの体育を担当する教師なのよ。神帯(かみおび)よおん。よろしくねえん」


「あ、えっと、二組の鹿沼です」


「二組の広城です……」


 この学校には変な教員しかいないのだろうか……。


「それがねえん、転移魔法陣が使えなくなってたの。だから異変があったのかと思って来てみれば……牛久大仏よりも大きいわよねえん、あれ……」


「そうですね……ってちょっと待って下さい。今なんて言いましたか先生」


 康太が訝しげに尋ねた。何か気になることがあったのだろうか。


「牛久大仏よりも大きいわよねえん」


「違います! その一つ前です!」


 何が気になっているのだろう。


「異変があったのかと思って来てみれば……」


「どうやってここまで来たんですかッ!」


「? 走ってに決まってるじゃないのおん」


「……ほんとだ! おかしい! ここ本土じゃん! 沖ノ鳥島から飛行機使っても数時間かかるぞ!?」


 学園がある沖ノ鳥島から本土の山奥にあるとかいうこの訓練施設に来ようとして、果たしてどれほどの時間がかかるだろうか……。


「魔法で脚の筋力を大幅増加させて、海を走って来たのよん。浜辺でジャンプしてここに辿り着いたわん」


「おかしい! 物理法則とか全部無視してるよこの人!」


 康太が叫ぶ。ツッコミ体質なのだろうか。


「ま、細かいことを気にしちゃダメよん。あ、そうそう。アタシ、二人にお願いがあるのよん」


「お願い……ですか?」


 嫌な予感しかしないが相手は教師。逆らうわけにもいかない。


「そもそもここは結界内だから魔物が現れるはずないのよん。でも現に数匹いるわよねん? つまり、何らかの理由で結界が無くなっているってワケよん。管理室にある機械で再起動するだけだから、アナタでも出来るはずよおん」


「いや、頼む相手が間違ってませんか」


 そういうことはランクSか二年生に頼むべきではなかろうか。


「視覚や聴覚、嗅覚のない魔物は魔力を感知して人間を見つけるのん。でも今、ここは魔力が渦巻いている。ランクS程の魔力保有者は見つかってしまうでしょうけど、魔力の低いアナタは充満した魔素に紛れて移動することが出来るはずだわあん」


「隠密行動ですか……」


 どんなタイプの魔物がいるのかも、どれほどの数がいるのかもわかっていない現状で移動するのは余りにも危険だ。しかし、結界を再起動させられれば、結界内のランクA以下の魔物を一掃出来るだろう。


「大輔、大丈夫だよ、ランクSの誰かがやってくれるって。……そうだ、先生じゃダメなんですか?」


「ううん、ごめんなさい、アタシはあの大仏にお仕置きしてあげないといけないからあん」


「でも大輔がやる必要なんかないじゃないか。魔物に殺されたら、本当にそこで終わりなんだよ?」

 俺は考える。今の状況で、すぐにでも動ける人員は俺か康太だけ。動かないで被害の拡大を待つのか、今すぐ動いて状況を打破するか、だ。


「…………やってみます」


 ランクが低いのを言い訳にして、自分だけ何もしないなんて、そんなのは嫌だ。それは俺の夢見た魔導士ではない。

「魔力が低くても充分に戦えるって証明しないとな。そうじゃないと俺の肩身が狭くてたまらん」

 そう俺は冗談めかして言った。しかし笑えるような事態ではない。実際、周囲の俺を見る目は憐れみであることが多いように感じられる。



 自意識過剰だと笑われるだろうが、今までそうやって育ったのだ。少しは自意識も大きくなるというもの。とはいえ、悲劇のヒーローぶるつもりはない。自らの不幸をひけらかすようになってはそれこそ終わりだ。



「……やるの? 他にもやれる人はいるんだよ?」


「バカお前、戦闘で勝てない俺の成績の稼ぎどころだろ。外回りに行きたい訳じゃねえが……進級とかも考えなきゃだからな」


 康太に心配されると、なんだか心がむず痒い。あまり他人に心配されるというのに慣れていないからだろうか。こんなのは小学生以来である。


「ん、じゃあ行くか」


「……うん、行こうか」


「あ? 来るの?」


 てっきり、ついて来ないものだと思っていたのだが。


「なんで行かないと思ったのさ。行くよ、僕は。置いていかれて寂しい思いをしろって言うのかい?」


「あー……。先生、ランクAってこの魔素濃度でも大丈夫ですかね?」


 筋骨隆々のダンディズム溢れるオネエ先生は頷いた。


「ええ。Sでもない限りは大丈夫じゃないかしらあん」


「そうですか。じゃあ俺達は行きます……ってどこに管理室なんてあるんですかね」


 神帯先生は、太陽の方角を指さした。


「向こうの辺りに、風景が投影されずにいる大きな扉があるはずよん。ここは無駄に広いから……迷わないようにねん。扉が無くても、壁に辿り着いたらそこから壁に沿って移動すればいいわあん。じゃあ、お願いねん。ちゃあんと成績に色は付けてあげるから、死ぬんじゃないわよおん」


「勿論です。まだ青春を謳歌してませんのでね」


 それにまだ入学してから数日しか経ってないからね!


「じゃ、アタシは大仏と遊んでくるわあん。健闘を祈るわよん」


 そう言って、神帯先生は跳躍した。天井を突き破り、アルカイックスマイルを浮かべる大仏の顔へと突撃していった。


「おう、じゃあまずはここから飛び降りよう。さっき掛けた魔法はまだ効果が続いてるはずだ」


「うん。背中は任せて!」


 命を賭けることに康太を巻き込むことは些か気が引けたのだが、実際、俺だけではとてもじゃないが任務を達成することが出来ないとも思う。ランクAで、固有魔法(パーソナルスペル)……康太の魔弾装填(カートリッジ)は絶対に必要となるだろう。汎用性が高く、使用用途も多岐にわたる魔法だ。


「悪いな、強引に巻き込むみたいなことして」


「いいんだよ。頼られないのちょっと悔しかったし……それに」


 俺は少し気恥ずかしかったので、視線だけで言葉の続きを促す。


「格好いい大輔の隣で戦ってたら、ボクも男らしくなれるかなって……変、かなあ」


 そう頬を赤らめて言った。いや、もうこの時点でその辺の女の子より可愛いんですけど……、とは口が裂けても言わない。


「じゃあ、背中は任せたぜ」


「うん。任せて…………今更だけど、まだ出会って一日しか経ってないんだよねえ……なんだかもっと長い時間一緒にいたみたいだよ……」


 それは俺も少し感じていた。死線をくぐると仲良くなりやすいのだろうか……。


「ま、付き合いはまだ長くなるだろうしな。さっさとやることやって点数貰おうぜ」


「うんっ」


 そう頷きあって、俺と康太はビルから飛び降りる。


 目指すは、広大な偽物の街の端だ。

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