哀しき戦い、嫉妬のアンセル。
~~~~~鹿沼大輔の場合~~~~~
一人、少し離れたところのプールで泳いでいたら変なことになっているらしい。
周囲のカップルが目の前で反発作用を起こしたのである。何事。
『大輔!』
頭の中に声が響く。悠人のものだ。
『なんだよ魚雷カップル。お前ら何をどうしたらあんな事故起こせんだ』
少しイライラしているのを、そのままぶつけてしまった。とは言え……実際、少し何かを言ってやらないと気が済まなかった。
『ごめん、完全に僕が葵を止められなかったせいだ……』
『おかげでエリーが怪我しかけたんだぜ。ランクSサマは遊びに来るのも全力でよろしいこった』
『……返す言葉もないよ。でも、あとで葵にちゃんと謝らせる。だからお願いだ、協力してほしい』
どうしたもんか。正直、俺は未だ腹に据えかねている。だが……この怒りは幽ヶ峰にぶつけるべきで、悠人にぶつけるのはお門違いだろう。八つ当たりでしかない。
『……カップルが磁石みてーに吹っ飛んだ件だろ』
『ありがとう。ともかく、ウォータースライダー下のプールに来てほしい。僕らは男同士だから、反発はしないだろうからね』
そして声は聞こえなくなった。しっかし、行く先々で何かしらのアクシデントに襲われちまうのはなんなんだ? 悠人あたりが惹きつけてる可能性が高いな、あまりにも。
「きゃー!」「うわー!」
見た感じ、カップルでなくても反発してないか──うおっ?
俺の身体に浮遊感。蒼空を即座に顕現させて体勢を立て直し、そのまま真上へ跳ぶ。
見ると、女性が俺の方へ走って逃げようとしていたらしい。カップルが作用するわけではないらしい。
とすると……男と女が反発するようになってんだな、多分。
そのまま、俺はウォータースライダー下のプールまで一気に跳んだ。
「大輔!」
着地地点付近に康太がいた。
「あ、危な────」
少し離れたところに1人で立っていた悠人が声を上げる。
「うわひ」
俺は地面に着地すること叶わず、康太の真隣に着地しようとしていたのに弾き飛ばされていた。
跳躍回数を使い切っていた俺は体勢を整えることもできず、そのまま近くのプールに頭から落ちた。
慌てて水面に顔を出し、少し落ち着くことにする。
──なんで、男同士なのに弾き飛ばされたんだ?
男女がトリガーというわけじゃないのか……?
歩いて戻ると、悠人が微妙な顔をして立っていた。
「君ならと思ったけど、やっぱりダメか……」
「何が起きてんだよ?」
「魔導犯罪者の案件さ。さっき、嫉妬のアンセルってのが現れて、高笑いしながら移動したよ」
「これはそいつの魔法ってことか……しかし、反発する条件はなんだ?」
「わからない。同性でも反発したからね……」
『絶対に許さないからね』
うわ怖っわ! 急に康太の声が頭に響いた!
「ともかく、あのアンセルってやつを探し出して逮捕しないとね」
「ああ。どっちに逃げてった?」
悠人がある方向を指差し、互いに頷きあって魔導武装を顕現してそちらへ向かう。
『康太、お前は待っててくれ!』
『どうしてさ!』
『弾かれるから…………』
『うがーッ!』
敵の魔法にさえ女扱いされている……不憫だ……。
「幽ヶ峰たちは?」
「女の子だけで集まるように避難誘導して貰ってるよ」
「戦力としては、向こうの方を頼りにしたいんだが……」
「あとで合流するよ。……まあ、距離は離すけどね」
しかし変な魔法だな。恐らくだが、土属性の磁力系魔法だろうか。旅原さんの意見も聞きたいところなんだがな……。
「俺達が避難誘導した方が良かったんじゃねえか」
「小さい子が多かったからね。その対応は多分、女の子の方がいいかなと思って」
「……お前が魔導犯罪者を捕まえたかっただけだろ?」
「あ、バレたかい?」
ケロッと悠人は笑う。見りゃわかるとも。だってさっきから──こいつは笑顔だったのだ。虫取りに出かける前の少年のような、楽しそうな笑顔だったのだ。
魔導犯罪者が出てくるのを、待っていましたとでも言うように。
「……前にも話したかもしれないけど、僕は魔導犯罪者を捕まえるために魔導士を目指しているからね。こういう案件は嬉しい限りさ」
「生徒会メンバーだから、1年生でも犯罪者絡みの案件で独断で動ける。だろ?」
「はは、その通り。……まあ、今回は迷惑防止条例とかそっち方面だろうし、犯罪者って言えるかどうかは微妙だけどね……」
「魔法による怪我人が出りゃ、ギリギリ犯罪者だろうよ」
……しっかし、こいつが何を考えているのかイマイチわからん。
確かに、点数も稼げるし魔導犯罪者を捕まえるための立場にもある。
だが……そう、目的の誰かを捕まえるのでなく、まるで犯罪者なら誰でもいいみたいだ。
「どうしたんだい、大輔?」
「……いや、なんでもねえ」
「ならいいんだ。……ほら、あそこで浮かんでるのが嫉妬のアンセルだよ」
……しっかし、名前からしてだいぶしょうもないやつだな……。やってることもみみっちいし……。
見た目としては、割と普通の顔立ちをしている。俺と同じで個性がない感じだ。
「む! ファッキンモテ男とモブ!」
「クソッ……否定できねぇ……ッ!」
「大輔!?」
開幕罵倒された。悠人がファッキンモテ男なのも俺がモブなのも否定できねえ。
「貴様だ! 貴様がいけないのだ!」
そんなことを言い出した。
「何が」
なんかこいつに悪いことしただろうか、俺ら。
「あ、いや、モブはまだいいよ。許せる」
「え、あ、うん」
何故か許されてしまった。釈然としねえ。
「そこの優男ォ!」
「? あ、僕?」
「女の子の胸を、揉んだな……?」
は? 何そのイベント。
「い、いやアレは事故で……!」
「事故なら許されると思っているのか?」
こいつ、ついにラッキースケベまで起こすようになったのか……! いや、入学初日にアルカニアの裸とか見てんだっけ。ほんとなんなんだこいつ。俺だったら多分訴えられてるぞ。
「罪深い貴様に罰を与えてやる……!」
「じゃあ他のカップルにかけてる魔法を解除してやれよ。こいつだけぶっ飛ばせばいいだろ」
「大輔!?」
まさか俺に売られるとは思っていなかったのか、隣で驚愕の声を上げる。うるせーぞイケメンセクハラマシーン(合法)。
「私怨だ!」
「私怨か」
そう言われるともうどうしようもねえな。
「大輔! とにかくこの事態を収拾つけないと!」
「俺に交戦権はねーけど」
「生徒会メンバーが一緒にいるから大丈夫!」
なんだよ戦わずに済むと思ったのに!
「畜生! お前マジで明日とかにやってろよな! それなら俺は何も言いませんでしたーっ!」
「大輔、行くよ、合わせて!」
「わーったよ畜生!」
ともかく拒否権もなさそうなので蒼空を構える。
悠人が積帝と積乱を構え、俺の前に立つ。
積乱を持つ左手の指で3を示す。向こうからは盾で数字が見えないだろう。
指でのカウントダウン。0になった瞬間、悠人は直線的にアンセルに飛び掛かり、俺は大きく離れた方向へ飛ぶ。
「甘いわ! 反発せよ!」
アンセルが詠唱したのち掌の先を悠人と俺に向けると、俺たちの勢いは急に消え、真逆の方向へ吹っ飛ばされる。
「う、わぁっ!」
「くっそ! 近付けねえ!」
「ぶわははははは! 抵抗するだけ無駄だ!」
「こんなアホに手玉に取られるとは……!」
「おい聞こえてんぞモブ!」
地獄耳かよ。
「ふはははは! 小中高大と影でコソコソ言われてたからな! 陰口には敏感なのだ!」
…………ちょっとわかるのが腹立つな。
「悠人、逮捕詠唱忘れてんぞ」
「えっ……あっ! そうだった! 悪しき者を捕らえよ!」
うっかりしてるな……しかしまあ、これで奴を殺した時には拘置所の中だ。
「大輔、どうする?」
「……奴の魔法、反発するの魔法語は土属性だ。旅原さんに協力を頼みたいが……」
「わかった。僕が相手しておくから、旅原さんを呼んできてくれないかい?」
「お安い御用だ。ま、跳ね飛ばされんようにな」
「お互いにね」
俺は踵を返して跳ぶ。
「待てこらモブ! 引き寄せろ」
「おわァ!」
今の会話内容聞いてよく引き戻そうと思ったなコイツ。
「戦力をわざわざ増やさせるわけないだろうが!」
ごもっともすぎる。
「というか、お前なんでこんなしょうもないことしてんだ!」
「しょうもないとはなんだ! 俺が解除するまで一生カップルは離れ離れなのだフハハざまーみろ!」
「い、一生ォ?」
「一度付与すれば俺が解除するか死ぬまでずっとだ! この為だけにこの日まで魔力を貯めてきたのだからな!」
そう言って、彼は1つの空き瓶を俺達に見せた。それは、人間の魂を入れるためにユニオンが使っていたものだ。死んだ人間の魂を身体に返さないことによって、擬似的な死を与えるもの。
「なら、貴方を殺して逮捕するしかないわけだ」
「近付くことも出来ない奴が何を言う!」
「……なー、嫉妬のアンセルって言ったよな」
俺は、話し掛けることにした。いやなに。
死刑宣告みたいなもんさ。
「お前、マジで明日にするべきだったな」
「なに?」
「だってよぅ。今日はさ────」
俺は親指でクイ、と悠人を指す。
「──こいつがいたんだぜ。残念ながら、な」
悠人は口を開く。
「怨嗟の英雄の力をもって現れたまえ……」
悠人が攻撃を行う時によく使う禁呪だ。
「輝けし百の矢よ!」
な……? 今こいつ……光属性の魔法を……?
悠人の掌に現れた白い魔法陣から、詠唱通り恐らく100本の光の矢が飛び、アンセルに飛ぶ。
「なんだと!? 反発せよ!」
しかし、光の矢はそのまま直進する。磁力系の魔法は対象が物質でなければならないからだ。
「しまっ……!」
無数の矢がアンセルを貫く。しかし胴体に風穴が空いたりはしない。だが、火傷のような跡が無数に現れている。
「ちく……しょう……」
それだけ言って、アンセルはその場から消えてしまった。拘置所に転送されたのだ。
「……お前、またクソ珍しい属性まで使えるんだな」
「五大属性だと周辺に被害が出そうだったからね。できる限り抑えるためには光か闇しかなかったんだ」
「闇まで使えんのかよ……」
魔法は炎・水・土・風・雷の五大属性と光・闇の希少属性がある。
こいつは恐らく……その全てを使えるのだろう。
基本誰しも得意な属性が1つで、それ以外は不得手となりがちなのだが……。
こいつに得手不得手は恐らくない。完全に万能なタイプだ。
「…………悠人」
「うわっ!」「のわっ!?」
突然、幽ヶ峰が現れた。ほんとに気配を感じなかったんだが。
「…………弾かれない。……さすが悠人」
「はは、いやそんな。ともかく、これで遊べるね」
「…………うん。……それは、そうと」
幽ヶ峰が俺の方を見る。
「…………さっきは、申し訳なかった」
そう言って、深々と俺に頭を下げた。
「やー、俺じゃねえだろ? 後でエリーに謝っとけ」
「…………そうさせてもらう。……私は少しどうかしていた」
「はしゃぎたい気持ちもわかるけどよ。お前らはランクSなんだから──」
そこまで言って、思い出す。
『お前なんか絶対ランク低いんだから、魔導士なんかやめとけ』
『どうせランクDとかそこらの雑魚なんだから、普通の高校行きゃいーのに』
ランクがどうだから、なんだ?
やっちゃいけないことに、ランクは関係あるのか?
「──ま、なんだ。こういう場所ではあんまり魔法は使わないようにしようぜ?」
「…………気を付ける。……私はエリオットを探してくるから、またあとで」
「おう、走って転ぶなよ。さっきはトイレに行くっつってたぜ」
「うん、急がないようにね」
幽ヶ峰は、エリーを探しにトイレの方面へ歩いていった。
「大輔、さっき何か言いかけなかった?」
そこを聞いてくるのかコイツ。デリカシーの欠片もねえな。まあ言いかけた俺も悪いんだがよ。
「いや……なんでもねえよ」
「そうかい。ならいいんだ」
じゃ、行こう──そう言って、悠人はウォータースライダーの方を指さした。
俺は頷いて、それに続く。
まだ今日は遊べそうだ。




