直上の嫉妬
〜〜〜〜〜???〜〜〜〜〜
「く、くくくく……」
おきのとり健康ランドを見下ろせる、離れた場所のビルの屋上。
そこに、1人の男が立っていた。不気味な笑みを浮かべ、おきのとり健康ランドを見下ろしている。
「見ていろ、盛りに盛った色ボケ共め……!」
そう呟いたのち、彼はそこから飛び降りた。
──男の名は、嫉妬のアンセル。ユニオンの1人である。
〜〜〜〜〜ミオ・アルカニアの場合〜〜〜〜〜
「アンタはなにを抜け駆けしてるのかしら?」
「…………痛い。背中をつままないでほしい」
ミオと葵は、小さく言い争っている。いや、争う、という程に白熱している訳では無いが。
状況はと言えば、ビーチ椅子にうつ伏せになっている葵の背中に、ミオが日焼け止めを塗っているのである。
「つまめる肉がある方が悪いのよ。太ったんじゃない?」
「…………失敬な。……男性は実は少しぷにっとしている方が好き。……ミオは細過ぎる」
「あら、胸があるだけアンタよりはマシじゃない?」
「…………お尻は私の方が大きい」
静かな闘志を周囲にばら撒きながら、そんなことを言い合っている。
「なんの話ですか〜?」
右手にクレープ、左手に焼きそばを持った桃華が戻ってきた。
「ああ、今どっちの方が胸が大きいかって話、を……」
「…………かてない」
歩くと揺れるギガサイズの胸、程よくむっちりとしたお尻。
「……ねえ桃華、アンタ痩せようとかって思ったことないの?」
「ないです〜」
「…………即答」
桃華は身長が149cmほどしかない。しかしそんな身長に似つかわしくないほどの胸がある。
「そのまま痩せたら、アンタ多分とんでもなくモテるわよ」
「ならこのままでいいです〜」
「…………決意は固い」
桃華は色恋沙汰に興味がなかった。というか、そんな暇があればより多くの食事をしたいのである。
「それはそうと、このクレープ、すっごく美味しいですよ〜」
「あら、ホント? 朝から何も食べてないし、クレープ1つくらいなら食べても問題ないかしら」
「…………泳ぐ前の糖質摂取は危険」
「へーきよへーき。アタシ、滅多に食事でお腹壊さないんだから。……あ、だいたい塗り終わったから、前だけは自分でやっときなさい。じゃ、また後でね 」
そう言いながら、ミオと桃華は売店へ行ってしまった。
「…………どうなっても知らない」
呟いてから、葵は手の届く範囲に日焼け止めを塗り始めた。
〜〜〜〜〜公崎悠人の場合〜〜〜〜〜
白鷺さん、黒鳥さんとプールに流されながらちょっとした談笑していると、真横に水しぶきが起きた。見ると、透明な貝殻の形状をしているフロートが着水していた。
「…………遅くなった」
「お、来たね。……あれ、ミオたちは?」
「…………カロリーを買いに行った」
売店へ行ったってことかな。
「いやあ、プールも中学生ぶりだなあ。とは言え、夏休みが明けたら授業も始まるんだけど」
「…………授業は浮き輪が使えない。ぐすん」
「泳げないんだっけ?」
「…………泳げる。……面倒なだけ」
か、変わった理由だなあ……。
葵は主に水属性の魔法を使う。髪色もそれを示すように青い。
「そういえば……葵は髪、染めたりはしないのかい?」
体内で生成される魔力は、本人の得意な属性に影響を受けてしまう。聞いた話によると、属性変色を嫌って黒に染め直している人もいるのだという。
「…………悠人はどう思う?」
「ん? いや、綺麗だとは思うけど……葵って目立つの嫌いそうだからさ」
「…………確かに、属性変色は高ランク者だけ。……ほとんどの女の子に比べて、私は目立つ」
けれど、と言って葵は続ける。
「…………今、悠人が綺麗だと言ってくれた。……それだけで、染め直す理由はなくなった」
そう、微笑みながら言った。綺麗な、綺麗な笑み。
「……う、うん」
僕は、そう返すことしかできなかった。あまりにも綺麗だったから、見蕩れてしまっていたのだ。
「……公崎くん」
「え?」
「えいっ」
バシャッ。……顔面に水を思い切り掛けられてしまった。
「……えっと?」
「じゃ、私たちはちょっと身体動かしてくるから! 行こ、夕緋ちゃん」
「はいはい。……公崎、アンタいつか刺されるよね」
「え、なんで?」
「……自分で考えるべきよね」
それだけ言って、二人とも言ってしまった。
「な、なんなんだろう……」
「…………気にしなくていい。……じゃれているだけ」
「うーん……」
なんだか、腑に落ちないなあ……。
〜〜〜〜〜嫉妬のアンセルの場合〜〜〜〜〜
おきのとり健康ランドのプールは、屋根の代わりにガラスが張られている。
その、上で。
「う、がが、ぎがぐごぎぎぎぐごごごご」
音も拾える特殊な双眼鏡を覗きながら、素っ頓狂な声を上げている男がいた。
嫉妬のアンセルである。
今にも血管が切れ、血液を小さな噴水のように吹き出してもおかしくないほどの怒りを浮かべている。
「何故、何故あんなにもベタな展開のラブコメをやってやがるんだアイツはぁぁぁぁ……ッ!」
嫉妬のアンセル。あまりに自分がモテないが故に、自らの研鑽した魔法をカップルへの嫌がらせに使い続ける軽犯罪者である。
「やってやる、やってやろうじゃねえか! ……いや、しかし……まだだ、まだ足りねえ。なんなら、放っておいても1人には愛想は尽かされるんじゃねえか?」
アンセルはまたも不気味な笑みを浮かべる。
「女を侍らす男は須らく滅ぶべきなんだ……グッド・バイってな」
そして、また観察を始めた。
〜〜〜〜〜鹿沼大輔の場合〜〜〜〜〜
「おー、飲み込みがはえーことはえーこと」
俺はシエルの泳ぎの練習を見ていた。
しかしまあ、水の中で目を開けることに恐怖心もなければすぐに浮いても見せた。今はそのままバタ足で子供用プールをゆっくり進んでいる。
「運動神経もだいぶ高いものだね」
「ええ、何より水に対する恐怖心がありませんもの」
エリーとエミリアも感心していた。
「ぷは」
シエルが壁に手をついて立ち上がる。壁まで泳ぎ切ったのだ。
「シエル、えらい?」
「偉いぞシエルー! うりゃりゃ」
水で濡れた髪をわしゃわしゃと撫でる。
「うひゃー!」
「あ、ボクもやるー。うりゃ」
「ひゃー!」
康太と俺でシエルを撫で散らかす。
「こらこら、御二方。シエルちゃんの髪がボサボサになってしまいますわよ」
「ぼさぼさー!」
俺たちは手を止める。シエルの髪は、まるで実験に失敗した科学者の漫画表現みたいになっていた。
「もう……髪が長いのですから、もっと泳ぐのでしたら纏めておいた方がよろしいですわ。シエルちゃん、こっちへいらっしゃい」
「はーい!」
シエルは元気にエミリアの所へ行き、2人してプールから上がった。
「いやあ、元気なもんだぜ」
「ほんとほんと。まさかこの歳で子育てすることになるとは思わなかったけど」
「親戚の子を預かってるようなもんさ。……ほんと、親にこれどう説明しよう……」
よく考えたら、俺の家族は誰一人としてシエルのことを知らない。
息子が10歳くらいの女の子を家に連れ込んでいるなんて知れたらどうなるだろう。
親のこれまでの行動から逆算して考えてみるか。
『あら、可愛い女の子ねえ! で、誰に産ませたの?』
『行きずりの女じゃないか? 父さんに似ずにヤリまくりだな!』
『まあ、ダイちゃんったらヤリまくりパーリナイなの?』
……絶対に黙っていなければ……!
「どうしたんだい、大輔くん? 悲壮な決意を固めた顔をしているけれど」
「逆にいま俺どんな顔してたの……?」
エリーの表現はたまに大袈裟だなあ。
「はい、これでいいですわよ」
「わーい!」
シエルが戻ってきた。その髪は、後頭部の下部に三つ編みがまとめられ、ぶら下げられるような形になっている。エミリアは「こちらではギブゾンタックと呼ばれているらしいですわ」と教えてくれた。おお……なんかお嬢様っぽいぞ。戦車の中で紅茶とか飲んでそう。
「よし、じゃあ戻って驚かせてやるか!」
『おー!』
そういうことになった。
〜〜〜〜〜嫉妬のアンセルの場合〜〜〜〜〜
「家族かッ!」
言わざるを、得なかった。
なんだあのハートフル空間は。子育てしてるぞ、高校生ぐらいの子供らが。
自分は、子供に微笑みかけても「クソ怖い」と逃げられるというのに。
「…………しかし、性別がわかりにくいな……設定がしづらいったらない」
アンセルが使う魔法は少し特殊だ。属性は土なのだが、実際に働く力は磁力、それも斥力である。
何度もアンセルは、キスをしようとする男女を反発させ合い弾き飛ばしてきた。しかし何度やってもカップルはキリがなく、ゴキブリのように増え続けるものだから我慢の限界だった。
だから、プールなのだ。頭の中がピンクな発情期の猿共を弾き飛ばしまくり、非モテの正義を見せるのである。
しかし、そんな魔法にも欠点はある。誰にS極を、誰にN極を付与させるかは目視で確認しながら決めなければならないのである。
要は男女を弾くのではなく、目視で男と女に反発させ合う磁力をくっ付けてから効果を発動するのである。
「あのラッシュガードを着てるやつは男だろ、そんで隣の似てるのが女、小さい子は女、胸隠してる子も女、モブが男……クソッ、なんであんなのが女の子とイチャついてんだ!」
アンセルは1人、ちまちまと磁力を付与し続ける。
「くくく……流れるプールにいた腐れイケメンがいい雰囲気になった瞬間にトリガーを引いてやる……!」
その背中は、ただただ寂しかった。




