歓迎戦6 避難
悠人と幽ヶ峰さんの姿を確認し、俺と康太はエレベーターを降りた。
俺の身体の痛みは……何故かほぼ感じなくなっていた。もしかして俺は死ぬのではないだろうか。最後に受けた攻撃は……いや、死因が「魔物による攻撃」でなければ保健室で目覚められるはずだ。
「大輔、大丈夫かい、それ……」
「もう感覚ない。クラスの皆は?」
「奥にいるよ。二年生と戦ってたら突然魔物が出てね。逃げろってさ」
二年生は魔導士の免許を持っている。魔物を狩る心得は当然あるだろう。
「いや、良かった、まだ大輔が生きててくれて本当に良かったよ」
「それは暗に『どうせもう死んでるだろ』と思ってたのか?」
「そうは言ってないけど……」
悠人は落ち込んだような表情を見せた。どうやら本当に喜んでくれていたらしい。心が荒んでいるんだなあ、俺。
「で、その怪我どうする? 僕が治してもいいけど……回復魔法、禁呪向けにチューニングしてないんだよね」
「いいよ、白鳥さんに治してもらう手筈だから。むしろ禁呪付きの回復魔法とか怖い」
完全に治癒はするだろうが、何かしらの余計なオプションが付属してきそうで嫌だ。全身の毛が異様に伸びるとか。
「僕はその怪我で平然と立って喋ってるのが不思議でならないんだけど……」
「昔クマに襲われた時よりマシ」
爺ちゃんの『世界に羽ばたけ☆すごい爺ちゃんの特別訓練プログラム』の第九十八番の訓練が「クマを素手で倒す」だったのである。
……我ながらよく生き残ったと思う。
さて。俺は周囲を見回す。しかしクラスメイトの姿はチラホラとしか見受けられず、白鳥さんはいないようだった。
「あ、あれ?」
改めて見ると、ここは小奇麗な映画館で、今まさに公開されている映画のポスターがそこかしこに貼られている。現実でも放映されているものだ……というよりは、日常の一幕を切り取って時間を止めたような世界にいる気分だ。
「白鳥さんならどこかのシアターの映写室にいると思うよ」
そう俺に言ったのは、にこやかな表情の松田だった。その身体は傷こそないが服はところどころ破れている。
「他のクラスと戦ってる時にちょっとね。まあ結界から出れば全部元通りだからさ」
なんて便利な代物なんだろう、結界。我が家にも一つ欲しいところだ。
「白鳥さん、呼んでこようか?」
「ああ、頼めるか。感覚が無くなってきたというかもう冷たくなってる気がする」
骨折で冷たくなるかどうかは知らないけど。
「じゃあここで待ってて」
と言い残して松田は駆けて行った。俺はその場にあったソファに腰掛ける。そして少し待つと、離れて時野と会話していた康太がこちらにとてとてと言うような擬音が付くような歩き方で近づいてきた。
「大輔ーだいじょぶー?」
改めて女みたいな声だなあ……と思うと同時に、同じ感想を抱いた人間がいたのを思い出した。
「あの偉そうな臆病者生きてるかねえ」
「えっと……誰それ?」
「人を散々罵った挙句魔物見て逃げ出したやつ」
「ええ……」
まあ大半の人間は魔物を見たことがないだろうから怯えるのも仕方ないといえば仕方ないのだが……。
「そいつもなんか女みたいだったなあ……」
「へえ……で大輔、『も』って何さ。『は』じゃないの?」
「いや、男なのに女みたいなやつをもう一人知ってるからさ」
「…………それボクのことじゃないだろうね?」
「ハハハ」
「…………大輔?」
「ハハハ」
安心するなあ、この感じ。
「まあいいや。今はその怪我治さないとだもんね」
「……強くなったな」
お兄ちゃんは悲しいよ。同い年だけど。
「おうい、連れてきたよー」
「すみません、遅れまし……ってなんですかその怪我!?」
「斧で殴られたり蹴られまくったらこうなった」
「逆になんで生きてるんですか……?」
皆は俺の生命力を舐めすぎだと思う。もっと信頼してくれてもいい。20mぐらいの滝から落ちても死ななかったんだからね俺。滝壺が深かったからだけど。
「じゃあええと、始めますね?」
「頼む」
白鳥さんは目を瞑る。そして俺の折れた腕を両手で包み込むように握った。
「慈愛の治癒を」
触られている場所が光りだした。
ゴキリ、ゴキリと音がする。そして鋭い痛みが─────。
「ぎゃああああああああああ!? 原始的に戻ってる! 骨が! 不思議な力じゃないこれ! いてええええええええええええ!!」
「あ、回復魔法じゃ痛みは回復しないからねー」
「折れた骨は治ってるけど回復魔法で余計にダメージ受けてぐああああああああああああああああ!?」
そして激痛もそこそこに、俺の腕は治った。
「あの、回復魔法と言っても万能ではないんです……。切り傷なら痛みなく治せるのですが……」
「麻酔魔法使わなかったのは何故……?」
俺の知識が正しければ、相手の感覚を無くす麻酔の魔法があったはずだ。
「その……まだ詠唱を覚えてなくて……」
「是非とも覚えていただきたい……」
こっちの痛みの方が大きい気がしてならない。
白鳥さんはその整った顔を申し訳無さそうに歪めて俺に「ごめんなさいごめんなさい」と謝った。何度も頭を下げて。よく見れば涙目であった。これで許せない男がいるならばそいつは恐らく人間ではないだろう。
「大丈夫、麻酔魔法も簡単な詠唱だから。歓迎戦が終わったら俺の持ってる魔法語参考書貸すからさ」
「あ、ありがとうございます! 優しいんですね!」
「お安いご用さ……」
俺はキザったらしく言って、笑った。歯がキラリと輝いていることだろう。
「ええと、次は肋骨ですか。砕けてますね……これは痛みがないかと思います」
「それは良かった……」
もう一度あの痛みがあると思うと全力で逃げ出していたかもしれないから。
「では失礼して……慈愛の治癒を」
白鳥さんは俺の脇腹に優しく触れて、詠唱を開始、そして俺の脇腹は治っていった。
「終わりましたよ、鹿沼くん」
「助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、お安いご用、ですから」
そう言って悪戯っぽく笑った。籍を入れたい。
「大輔、鼻の下伸びてるよ」
「このまま地面に付いてもいいや……」
「みっともないからやめろって言ってるんだよ……」
白鳥さんは満面の笑みで「じゃあ私は映画館を探検しますから!」といって去っていった。なんとも可愛らしい……。
「さて、治ったわけだけど、大輔、これからどうする?」
「魔物が外をうろついている以上、迂闊には動けないな。学校から連絡がないのが気になるところだが……もしかして、学校側が用意したダミーなのか、あれは?」
まず現在いる場所を再確認してみる。ここは日本の本土のどこかにある大きな建造物だ。街だろうがジャングルだろうが荒野だろうが、実在する場所ならどんな場所でも再現出来る……と入学ガイドに書いてあった気がする。
しかしここは結界が張られている。魔物は結界に触れないので、外から中に入ってくるのは不可能だろう。つまり、中で発生したと考えられないか。
魔物は人間や動物の悪意の結晶体だ。空気中に存在する魔素が生物の悪意に反応し実体化するのだ。つまり、歓迎戦という特異な状況で相手に殺意を抱いた奴が多数いる、と考えるべきか。
そしてもう一つの予想。それは、「先ほどの魔物は学校側が用意したダミーである」というもの。こちらの方が可能性としては高いかもしれない。
「とにかく、今はここから動かない方が良いかもしれん。映画は……見れないか」
「見ようにも映写機の使い方わかんないよ」
「だよなあ」
クラスの生き残った面々はそれぞれ思い思いの行動を取っていた。俺と康太、悠人はカウンターに入ってジュースを勝手に飲み、他の生徒は本来入れないような場所に入ったりして探索していた。
「なんか罪悪感あるなあ、これ」
「どうせ誰もいやしないから大丈夫だ。世界が滅んだとでも思うといいさ」
「そういうもんかなあ……」
言いながらも悠人はジュースを喉奥に流しこむように飲んだ。相当喉が乾いていたらしい。
「葵、飲まないの?」
「…………喉の中にある魔素を水に変換出来る。水分補給も自分で出来る」
「美味しいよ、ほら」
そう言って悠人は持っていたコップを手渡した。幽ヶ峰さんはそれを数秒見つめて、音もなく飲み始めた。
「…………美味しい」
「でしょう? ジンジャーエールお気に入りなんだよね」
「…………悠人がくれたから」
二人の間に和やかな雰囲気が漂い始める。俺と康太はそれを見てアイコンタクトを取る。
『殺ろう』
そういうことになった。
「なァんで名前で呼び合ってんだテメェェ────ッ!」
「リア充殺すべし!」
俺と康太はキシャー! と奇声を発しながら悠人に襲い掛かる。
「…………私の悠人に触れないで」
幽ヶ峰さんが悠人の前に庇うように躍り出て、俺の腕を掴んで、動いていたスピードを活かして投げた。
「アバーッ!?」
俺は投げられる。すると康太も同じように捌かれていた。
「グワーッ!」
康太が俺の上に、掛け布団のように積み重なる。
「……く、くそ、どんだけ仲が発展してんだあいつら!」
「あれ、絶対ヤることヤってるよね……」
康太が俺の上からどいて立ってくれたので俺も立ち上がる。
「俺達童貞では考えもつかないレベルのところに行ってしまったんだな……」
「ボク、彼と仲良くなれると思ってたけど……とんだ見込み違いだったようだね」
「俺もだよ……モテない俺たちは悲しくつるんでようぜ」
「いや、ボクもモテないワケじゃないけどね」
「…………は?」
「なんかたまに手紙貰うんだよね」
「リア充殺すべし! イヤーッ!」
「『可愛い』って…………。妹に欲しいって……」
俺は着地し、俯いて康太の肩に優しく手を置いた。
「敵は……悠人だけだ」
「そうだね……」
「ま、待って! 別に付き合ってないから! ルームメイトだから苗字じゃ息が詰まるかなってだけだから!」
「お前のルームメイトって本来俺なんだけど……」
「あっ」
悠人は固まった。本気で忘れてたなコイツ。
「男と女が同じ部屋に住んでるのが許されるわけねえだろ」
「ギルティ! ギルティ!」
「いや、ほら、その、弱みを握られてる的なその……」
「もういいんだ、もう……」
俺は悠人に向かって弱々しい笑顔を向け、そして隣にいる康太に声を掛ける。
「行こうぜ、あいつらの邪魔しちゃマズイだろ」
「お似合いカップルだもんね」
「待って! 誤解だ!」
その瞬間、映画館の壁が吹きとんだ。
「…………は?」
そこに立っていたのは、赤い髪の少女。そう、ランクSの彼女だ。
「公崎悠人ッ!」
「げっ」
今悠人が心底嫌そうな声を上げた!
「私に……その……あんなことをしたんだから、責任取りなさいよね!」
少女は顔を赤らめて言った。それと同時に、遅れてきたのか旅原さんが「ミオちゃん待ってー」と言いながら空いた壁から入ってくる。彼女達は普通の入り口を何故使わないのか。
俺は悠人以外のクラスの男子に通信をする。
『伝令、伝令、公崎悠人が他クラスのランクS少女にふしだらな行為』
『なんだと? それは許されないな』と荒谷。
『モテる男に鉄槌を』と山葉。
『リア充に苦痛を』と五十鈴。
『なんだノンケかよ……』と珠所。
やれ、の一言でどこからともなく男共が湧いて出た。
「Wassyoi!」
と叫んで荒谷が襲い掛かるも幽ヶ峰さんに投げ飛ばされる。
「キエーッ!」
と叫んだ山葉も投げ飛ばされた。
「な、なんなのよこいつら!?」
ミオとかいう女子が困惑している。無理もない。男の哀しみを女がわかろうはずもないのだから。コワイ!
「ゴートゥー・アノヨ! ──バカナー!」
おお、ゴウランガ! 飛びかかった五十鈴=サンが投げ飛ばされた!
「お前のことが好きだったんだよ!」
珠所が突っ込んでいった! ……何故か上着を脱いで! そして悲鳴を上げたミオとやらの炎属性魔法の爆風で吹き飛ばされていた。
「ヌッ! うーん……」
頭を打って気絶したようだ。
「……なんか色々心配してた俺が馬鹿らしくなってきたわ」
「馬鹿騒ぎしてるのが一番ってことでしょ」
そして大団円。
とは、どうにも行かないらしい。
天井が大きな音を立てて崩れ出す。
大きな、人間を軽く握りつぶせる程の手が、天井を破壊したのだ。
風穴から、人間の顔のようなモノ、いや、美術館にでも飾ってあるような銅像が顔を出した。
「大輔ッ!」
「ああ、わかってる! ありゃ魔物だ! それも完全な人型、いや……」
その銅像は、仏像のような顔をしていた。
「あれは神格タイプの魔物だ!」




