焼肉パーティ
「ンまーい!」
シエルが頬に手を当てながら恍惚の声を上げた。
「ふふ、よかった」
伊乃さんが焼肉奉行と化している。俺がやろうとしたのだが、断固拒否されしまった。
「…………しあわせ……!」
とんでもないスピードで幽ヶ峰の口の中に肉が消えていく……! うおォん、まるで人間掃除機だ。
八ヶ代家はマンションの一室だった。なんらかの原因で生活できるほどの収入がない人達が暮らすマンションである。
「相変わらず、魔獣の肉とは違った美味しさがあるよね、もぐ」
なんだそれ。向こうの生き物だろうか。
「レナウセムで言うところの動物ですわね。こちらの動物はみな魔力を持っていませんが、向こうの動物は魔法を撃つこともできるのですわ」
なんだそれ、怖っ。
「火を噴いたり、氷を発生させたり……狩りも厄介なものですわよ。養殖しようにも魔法で厩舎が壊されたりするので、かなり広大な狩場を作ってわざわざ狩りますの……もぐ。ほんと美味しいですわねこれ」
「魔物とはまた違うんだな」
「ええ、魔獣は魔法が使えるだけの、ちゃんとした生き物ですからね。たまに魔獣と魔物が喧嘩したりしてますわよ」
怪獣大戦争かよ。
「大輔、これいい肉だよ、間違いなくいい肉だよ!」
康太のテンションも爆上がりだ。わかるぞ、美味いもの。
「……! お、美味しい……」
美姫ちゃんが小さく呟いた。
シエル、美姫ちゃん、日奈ちゃんは子供用の小さい机を囲んでいる。
「「おかわり!」」
元気よくシエルと日奈ちゃんがお茶碗を出し、俺が白米をよそってやる。焼肉奉行ができないならせめて飯くらいは盛ってやるとも。
「……あ、あの……」
中学生の美姫ちゃんがお茶碗を両手で持って、伏し目がちのまま小さい声で話し掛けてきた。
「ご、ご飯……その、貰っても……いいですか?」
可愛すぎて死ぬかと思ったが、俺は凄まじい勢いで頷き白米をプレゼンツ。
「……その、あ、ありがとう……ございます、えへ」
そう言って微笑んだ。その笑顔には後光さえ見え、汚れ切ってしまった俺を消滅させかけた。
「なんでも言ってくれ……なんでも」
引っ込み思案な子の笑顔はダイヤモンドよりも価値があるのだ。俺が拝めるなんてラッキーだなぁ……。
「大輔さん、年下がお好みですの?」
エミリアが意地悪そうに聞いてきた。
「いや……俺の妹もこんなに良い子だったらなあって思ってさ……」
自宅、もとい地獄を思い出して涙が出そうになったのを堪える。
「あ、お野菜が無くなっちゃった」
伊乃さんがふとそんなことを言った。
「必要だったら買ってくるっすよ」
ノータイムで俺は返した。思考より先に俺が行くって提案が出るのは実家での不必要な訓練の賜物だろう。男はパシリだったのだ……。
しかしまあ、ここからなら徒歩5分圏内にスーパーあったし楽だろ。隣町のコンビニまで行かされない限りはとても楽だ、うん。
「じゃあお願いできる? お金は渡すから、キャベツとモヤシ、ニンジンを幾らか買ってきてくれると嬉しいわ」
そう言って伊乃さんは俺に2千円を渡した。
これが実家だったら俺の小遣いから自腹だったよ? なんて優しいんだ都会は……。
「じゃ、さっさと行ってきます」
「気を付けてね、焦らなくていいから」
優しい言葉のオプション!? 実家ではすげえ小言を言われたのに……?
「マッハで行ってきますッ!」
男子高校生は、チョロい。
〜〜〜〜〜???〜〜〜〜〜
マンションの一室から慌てるようにして出てくる1人の少年を、遠くの電柱の上から眺める人影があった。
「……人を襲っている様子はない、か。しかし……こうも簡単に気配を周囲にバラ撒いておるとは、まだ生まれたての半魔……ということ、なのかのう」
その人影は、男だ。男性とも女性とも取れるような風貌の人物だが、男。いや、近付いて見てしまえばはっきり男だとわかるのだが、ポニーテールに結われた長い髪と整った顔立ち、そして金に輝く瞳が女性にさえ見間違えさせることだろう。
そして、身に纏っている真っ黒なローブが彼を他者から認識させない。認識を阻害する魔法が掛けられているが故だ。
「人との共存を望む半魔が、まさかアーザルにもおるとはのう」
やけに老人くさい、古いレナウセム語を繰る男は少しばかり「どうしたもんかのう」、と逡巡すると、やがて何をするか決めたのか動き出した。
「では……もう2つの方を軽く見張っておくとするかのう」
男は跳び、その姿は闇夜に消えていった。
〜〜〜〜〜鹿沼大輔の場合〜〜〜〜〜
うっほほーい野菜がやすーい。
昨日採れたばかりの国産野菜がやすーい。
俺は最寄りのスーパーで野菜をぽいぽいとカゴの中に入れていく。
なまじっか自分で料理をするせいで、ある程度の食材の選別はできる。まあ、プロの主夫には適わんけども。
そんなことはさておくとして、ある程度は状態のいい野菜を選べたので買って戻るとしよう。
どうも雲行きが怪しいのでさっさと帰っちまうかと早足で歩いていると、魔物の気配がした。
こんなところにまでいんのかよ。しかし、俺のような半魔の可能性もあるし……遠目にだけでもチラリと見てみよう。向こうは俺に気付いているのかいないのか、どこかへ向かっている様子だ。
蒼空を顕現させて跳び、手頃な電柱の上に乗る。
少し離れたところにいる半魔は2人組のようだ。
男女の組のようで、両者とも銀髪であることくらいしかわからない。この暗闇の中でよく目立つなあ。
……俺を襲ってくる気配はないどころか、そもそもこちらに気付いているのかが不明だ。
さて、どうするか……イチかバチか話し掛けてみるか?
…………やってみるか。いい加減、情報を共有できる人が欲しいのだ。
輝け俺のコミュ力。
〜〜〜〜〜レストランにて〜〜〜〜〜
高級レストランの窓際1席、悠人とミオは豪華な食事に舌鼓を打っていた。
「なんだか悪いなあ、こんな高そうなレストランで女性にエスコートされるのはさ」
「あら、今の時代じゃ女性が先導するものでしょ? それに、前にウチの馬鹿兄が迷惑掛けたから、お詫びってものよ。これが安いレストランじゃ、王族として示しがつかないじゃない」
そう言いながらミオはフォークとナイフを器用に使いこなしてフォアグラを口に運んだ。
悠人もやや遠慮しがちに料理を食べつつ……しかしその視線は時たま窓の外へ向けられていた。
――トーレスは……あそこか。
このレストランは高層ビルの最上階にある。高いところから街を見れば、天真のトーレスに付着させているマーキングがハッキリ見える。その座標を生徒会の佐村に向けて魔素通話で逐一報告しているのだった。
「さっきから外をよく見てるけれど……どうかしたの?」
ミオがふと、そんなことを聞いた。
「こんなに高いところから街を見る機会ってなかなか無いものだからさ、ついね」
悠人は、自分の口から自然と嘘が出たことが不思議だった。
――大輔の影響かな、これも……。
心の中で、悠人は少し苦笑した。嘘をついた時に今まで感じていた罪悪感とかが、いつもに比べて小さかった。必要な嘘だから仕方ないと、そう思えるようになっていた。
「確かに、言われてみればそうね」
ミオは納得したようで、一緒に窓の外を見る。
「ビルって本当に綺麗よね。イルミネーションみたい」
悠人はやはり、心がチクリと傷んだ。ミオは純粋に風景を見ているというのに、僕は……と。
「文化の違いかしらね、ウチの国にはああいうの作れないらしいのよ。まあ、景観を損ねるし、あっても違和感ありそうだけれど」
「あの街並みは良いものだよ、うん。大事にするといいと思うな」
悠人はそう言って、ミオから目を逸らすように窓の外に視線をやった。
――まだまだだな、僕。
自分がやっていることは間違っていないはずなのに。むしろ魔導犯罪者を捕まえるために大事なことなのに。
どうして心が痛むのだろう。
悠人はぼうっと考えて、やがて気付く。
――ああ、そうか。僕は今、ミオを利用しているからだ。彼女の善意で連れてきてくれたこの場を、彼女の善意そのものを、僕のために利用しているからだ。
気付かなければ良かったな、と悠人は思う。
やろうと思えば、誘いを断って天真のトーレスの逮捕作戦に同行できたのだ。
それをしなかったのは……ミオに誘われたからだろうか。今日は用事があるから、と言えなかったのは、何故だろう。
考えを巡らせても、その答えは出ない。
今度、大輔にでも聞いてみようかな、と。
そんなことを思いながらしかし、悠人は天真のトーレスの座標を送り続けるのだった。




