歓迎戦5 戦況変化
「魔弾装填! 燃え盛る弾丸よ!」
康太は両手にそれぞれ持つ火縄銃に魔力を込める。火縄銃の風貌は、歴史の教科書で見るようなそれとほとんど大差ないのだが、強いて差異を挙げるとするならば、火縄銃の上部に、水晶のようなモノが埋め込まれている。現在は赤色に光っているので、恐らく装填された属性によって色を変えるタイプだろう。
銃のタイプの魔導武装も割りと一般的なものではあるが、しかし主流はライフルタイプだ。他にハンドガンタイプやスナイパーライフルタイプ……要するに近代兵器ばかりなのだ。
しかし火縄銃……それも日本式の『種子島』と呼ばれるであろうそのタイプは初めて見たし、話にも聞いたことはなかった。
「せいっ!」
康太は二丁の火縄銃を魔物に向け、連射した。
「いや、それはおかしい……」
火縄銃で連射ってどういうことなのか。しかもご丁寧にフルオートである。アサルトライフルも顔負けだ。
「魔弾に常識は通用しないんだよ!」
ダダダダダダ、と火縄銃が火を噴く。魔物の身体に穴が次々に空くが、しかしどんどんと回復してしまっている。
「その辺にあるんだね、心臓!」
康太は駆け出し、しかし銃だけはずっと連射を続けさせながらも、一気に魔物との距離を詰める。
「銃で接近するってなんでだよ……」
もう俺には訳が分からなかった。康太のスタイルに口を出そうというわけではないのだが……。
「魔弾装填! 凍て付く刃よ!」
康太が銃に氷属性の魔力を込める。水晶が水色に光る。そして、右手に握る銃の銃口からは氷柱が、発射されないで、まるで刃のように現れた。左手の火縄銃は水晶が赤く、魔物の触手に向けて正確に向けられている。まさか、二丁でそれぞれ別の属性を……いや、同時に二つの属性を使えるというのか。不可能ではないが、かなり器用でないと出来ない芸当だ。
「どおおりゃああああああああああッ!」
康太はその氷の剣で、思い切り魔物の身体を切り裂いた。
断面には、オレンジ色の、艶めいた丸い球体が真っ二つになるような形で存在していた。それが魔物の心臓。少しでも傷が付けば、魔物は即座に死に至る……いや、元から生きているかどうかも怪しい存在ではあるが。
心臓を破壊された魔物は動きを止めると、その場に倒れ伏した。身体の端から徐々に黒い粒子となって、その形を崩していく。数秒で完全に消え失せた。
「約束通り、無傷で倒したよ!」
「…………やっぱランクAは強ええな……憧れるぜ、まったく……」
俺の魔法はかすり傷程度だったというのに、康太はほぼ一撃で終わらせてしまった。
「魔物の心臓はオレンジ……つまり、さっきの魔物はランクにしてCってところか……」
もちろん魔物にもランクが割り振られている。ランクが高い魔物にはランクの高い魔導士を派遣するし、ランクの低い魔物が相手であるならば警察でも対処は可能だ。何事にも格付けは大事なのである。格差社会反対。
「なあ、腕いったいんだけどいい加減仲間と合流させてくんない?回復魔法キボンヌ」
そろそろ痛みに慣れてきた頃だ。息も整ってきたし、そろそろ危ない一線を超えるかもしれない。
「ってそうじゃん! こんなことをやってる場合じゃない! 早く戻って、大輔の治療をしなきゃ!」
おう、思い出してくれたようで俺は嬉しい。
「ここから……5時の方向に400メートルってところかな。跳べる?」
「怪我人に手厳しいなおい」
「大輔のことだから大丈夫」
「そんな『いつものことか』みたいに言うんじゃねえよ死ぬほど痛いんだぞ」
「死んだら保健室に強制転送されるじゃん」
「それが嫌なんだよ! いいから早く案内してくれ!」
「あ、あはは、ごめんごめん……」
康太は少し申し訳無さそうな顔をして、「行くよ」と短く言ってから跳躍した。俺も蒼空を顕現させて身体能力を上げ、それに続いた。
ビルの屋上から屋上へと飛び移り移動する。俺、今日だけでどれだけのビルを渡ったんだろう……。
「……ねえ、さっきからずっと何をキョロキョロしてるのさ?」
「いや、他に魔物がいやがらないかと思ってな。最悪、全魔導士に回線を合わせて避難を促さなきゃならん。……にしたって学校側は気付いてないのか?」
「向こうからもこっちの状況はわかるはずだけど……何か事情があるのかな」
俺は跳びながら、道路に視線を向ける。
「何をさっきから探してるのさ?」
康太が顔だけこちらを向けて俺に聞いた。
「いや、魔物があいつだけとは考えにくいからな。一応他にもいないか索敵してるんだ」
ランクの低い魔物は群れを成すとどこかで聞いた覚えがある。もし他の生徒が魔物に殺されることだけは避けなければならない。
「……おい、魔素の通話が届かないぞ、どうなってる?」
「え? ……本当だ、おかしいな……」
何者かがジャミングしていると考えるか、或いは仲間が移動したか。
どちらも可能性としては充分だ。
「とにかく臨時拠点に急ごう。腕は大丈夫?」
「脇腹と腕の痛みが収まってきた」
「ヤバイんじゃないの!?」
「だから急いでるんだろ!」
そしてビル間移動を続けることしばし、なんばパークスという建物に辿り着いた。武器を魔素に還して、地上の入り口から中に入る。
「ここにみんな隠れてるんだ」
「大きい建物だな……他のクラスも隠れてたりしないか?」
「だろうね。でも、見かけてはないかな」
広い一つの建物に隠れるよりも、無数にあるビルの内のどれか一つに隠れたほうが見つかる危険性は低いだろう。しかし、「隠れるならビルのどれか」という前提があれば、「ビル以外には隠れないだろうから探さなくてもいいだろう」という考えに至り、そもそも捜索すらされなくなる。
俺と康太はなんばパークスの中に入る。
「なんばパークスシネマってとこにみんないるよ。エレベーターで向かおう」
「……なんだかなー」
ショッピングモールなのに人はいないし、しかし静寂に包まれているわけでもなく、遠くからは交戦しているらしく、爆発音やビルの倒壊音が聞こえる。生徒同士の戦いなのか、それとも魔物と戦っているのか。2年生の先輩は魔物の殺し方を知っているはずだ。
そういえば今日、俺はまだ2年生に遭遇していない。この場に本当にいるのか少し不安になってきたので、康太に聞いてみることにした。
「なあ、康太、今日2年生見掛けたか?」
「4組が壊滅させられてる現場を見たよ。容赦無かったなあ……」
むしろよく逃げ切れたなと褒めてやりたい。
「すごく遠くから見てたから……ほら、光を屈折させて望遠鏡代わりにする魔法あるでしょ」
「ああ、あれね……」
中学で使う魔法の教科書に載っているレベルの魔法だ。俺でも使える。まあ普通の人より精度は落ちるけども。魔力少ないからすぐ効果消えるし。
数分、静まり返ったショッピングモール内を歩き、目的のエレベーターに辿り着いた。
「今からこれに乗るわけだが……武器出しとけ」
「え? なんで?」
「その映画館にいるのが俺たちのクラスメイトとは限らんだろ」
エレベーターを使用した先に敵が待ち伏せていた場合、とにかく奇襲を受けやすい。逃げ場もない空間なのだし。
「エレベーターの扉が開いた先にいるのが敵だったら総攻撃を受ける可能性がある。それは避けないとな」
「なんでそんなに戦闘慣れしてるの……?」
「いや、FPSでは常識ってだけだ」
何度狩られたことか。
「さあ、乗るぞ。いい加減左上半身の感覚が麻痺してきた。蒼空、来い」
「それはヤバイね!? い、行こう。おいで、晴天、嵐天」
俺と康太は、エレベーターに乗り込み、目的の階のボタンを押して、動き出すのを確認した。
「さて……何が出るやら」
「案外誰もいないかもね?」
「やめろよ……それだと俺の骨折れたままになるだろ……」
あと少しで到着する。
二人で頷きあって、エレベーターの最奥に立ってから扉に向けて武器を構えた。槍の切っ先と火縄銃の銃口を扉に向ける。ただ槍は少し長すぎたので短めに持っているが。
チン、と電子音が鳴って、階を告げる女性の声の後に扉が開いた。
開いた扉の向こうの世界には、こちらに剣を向ける少年と、人の背丈ほどもある大剣を構えた少女がいた。
「おや、誰かと思えば大輔じゃないか」
「…………敵じゃ、ない」
そこに居たのは、悠人と幽ヶ峰さんだった。
 




