なんてことはない夏休みの1日・裏
〜〜〜〜〜公崎悠人の場合〜〜〜〜〜
午後8時。
「そろそろお腹空いたねえ」
「…………ご飯にする?」
「そうしようか。とはいえ……」
僕ら、料理できないしなあ。
いつもはあらかじめご飯だけ炊いて、惣菜はコンビニやスーパーで色々買っているのだけど、今日はレナウセムから帰ってきたこともあって忘れてしまっていた。
「仕方ない、今から買いに行こうか」
「…………私も行く」
「うん、行こう」
そういうことになった。
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学園の敷地を出て、街へ出る。
買い物をあらかた済ませてしまって、帰路につく。
そういえば、前に大輔に近道を教えて貰ったんだっけ。
信号が少し多い道を路地裏によって大幅ショートカット! イエイ! と大輔は言っていた(原文ママ)。
そこへ行こうとして……気付く。
「なんだ……?」
こっちへ行ってはいけない。そんな気がしてならない。
「…………人払いの結界。…………麻薬などの取引を行う連中がよく使う」
「つまり、やましい事があるってことか」
魔導犯罪者がいるかもしれない。なら、行かないといけないだろう。
「……行こうか、葵」
「…………悠人が行くなら、どこにでも」
僕らは路地裏に足を踏み入れる。
「あー、そこのカップルー、入っちゃダメでーす」
後ろから、声が掛けられる。魔導犯罪者かもしれない。僕はすぐさま積帝と積乱を顕現させ、背後の声に向ける。
すると、そこにいたのは眼鏡をかけた優男風の男子生徒がいた。
「もー、嫌ですねえ。なんでこう若いのは血気盛んなんですかねえ……」
「あ……」
そう、男子生徒。エルゼラシュルドの制服を着た、男子生徒。胸元に光るバッヂは2年生であることを表す黄色である。
「せ、先輩ッ……!?」
「あーうん、そういう反応を君がするってことは後輩なわけですね? とりあえず剣下ろしてくれます? じゃないとほらー、この状況ってすっごい誤解を招きかねな……」
「何を、」
瞬間、空気が凍り付いた。
それは純然たる殺気。僕へ向けた、殺意。
「して――はりますのん?」
ゆっくりと首を、声の方向へ向ける。そこにいたのは、黒い長髪の女性。ぱっつん前髪が特徴的だ。
「あー、紫音、これは違うんですよ。そう、オレ、この子を驚かせちゃったみたいでして」
「そない言われてもかなんわあ。どう見てもウチの愛しい彼氏が襲われてるとこにしか見えへんのよなあ」
「うん、まあそうなりますよね。でも誤解なんですよ、うん。キミは早いところ剣を下ろしなさい」
僕は言われた通り魔導武装を魔素に還した。
「ほら敵意ないですから、紫音もやめなさい。後輩が怖がっちゃうでしょう」
「斑鳩がそう言いはるんやったら……」
殺意が、霧散するように消えた。
ふぅ、と先輩は息を吐いて、僕へ向き直った。
「オレは佐村斑鳩、と言います。エルゼラシュルドの2年生で――生徒会庶務をやっています。それでこっちが……」
「斑鳩の彼女、潜堂紫音言います。エルゼラシュルドの2年生で生徒会書記や」
生徒会? なんでこんなところに……?
しかしそんなことを考えても仕方ない。名乗られたので、僕と葵も慌てて自己紹介をした。
「ふうん、1年生やったの。まあ、今回は斑鳩に剣向けたことは許したろうやないの。せやけど、次やったら……わかってはる?」
「ご、ごめんなさい……」
とてつもない殺気が向けられ続ける。うう。
「しかし、キミたちはなんだってこんなところに来たんです? 人払いの結界に気付いてないわけじゃないでしょう?」
「だからこそです。魔導犯罪者がいるかもしれないと思って」
「1年生は原則交戦禁止です、知らないわけじゃないでしょう?」
「101番で魔導士が到着するまでに逃げられてはいけないと思ったんです」
通報してすぐに来るわけじゃない。なら、動ける人間が動くべきだ。
「まあ、残念ながら今回は魔導犯罪者は……関係ないとは言えませんが、いなかったようですね」
「――と、言うと?」
「魔物が出たんよ」
「……冗談でしょう?」
ここは魔物が来られないはずの結界の中だ。いや――前例は、あるけれども。
「ちょっとえげつないけど――現場、見る?」
「……はい」
僕は、頷いた。
葵には無理そうならここに留まっておいてと言ったけれど、彼女はついてくると言った。
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「うっ……」
そこは、とにかく酷い有様だった。ちょっとなんて物じゃない。
内臓が壁にへばりついている。狭い路地の中央には肉の塊があった。
その周囲には制服を着た人達。あの人たちも先輩だろうか。
「あー、見て欲しいのはそこじゃないんです。これです、これ」
佐村先輩がそう言って、別の死体を指差した。
「魔物の死体――ですよ」
「な……」
それは、なんの変哲もない遺体。どこからどう見ても人間のものだ。
「心臓を貫かれて死んだようです。他に傷らしい傷がないので、魔物の殺し方を知っている何者かがこれを殺したんでしょうね」
「ま、待ってください。これのどこが魔物だって言うんですか!」
「体内に魔物の魔力が微かに残っているんですよ。この結界の中では存在さえ出来ないはずなんですけどね」
「人間に、魔物が……」
「レナウセムならさておき、ここでは前代未聞ですよ。人間半分、魔物半分の存在……それが、半魔です。文字通りですね」
「な、半魔……」
僕は、あの日のことを思い出した。そう、美術館でのことを。
けれども――少し、引っかかることがある。
「前にも一度、結界の中に魔物が出たことがあるんです」
「ええ、存じ上げていますよ。沖ノ鳥美術館での一件ですね。その場に居合わせた1年生が処理したと聞いています。……ああ、もしかして君なのですか?」
「友人達もいました。あの時……僕の親友がその魔物――いえ、半魔だったんでしょう。それにトドメを刺したんです。でも、その時は――」
そう、あの時の魔物の死体は。
「魔素になって消えたんですよ。だから、こうして死体が残っている、というのがどうにも……」
「ふむ。そこも含めて調べなければいけないようですね」
「斑鳩、どないする?」
「話を聞くに越したことはないでしょう。公崎くん、でしたね? 明日、生徒会室に来られますか?」
僕は頷いた。
「ではお昼頃に来てください。このことは他言無用でお願いしますよ、隣の彼女さんもね」
「…………私は生徒会室に行かなくても、いいの?」
「ええ、別件も兼ねてますから」
「…………承知した」
葵もまた頷く。
「では、今日は帰りなさい。あとはオレたち生徒会が処理しておきますから」
さあさあ、と僕と葵は背を押されて路地裏をやんわり追い出されてしまった。
「明日、お待ちしていますよ、公崎くん」
僕らは先輩たちに頭を下げて、帰路につくことにした。
〜〜〜〜〜佐村斑鳩の場合〜〜〜〜〜
どうしたものか、と斑鳩は頭を抱えた。
「これ、なんて報告すればいいんです!」
結界はそもそも、魔物の侵入を防ぐためのものだ。まあ他にも不運の事故などによる死を無かったことにもできるが、結界の元となった魔法による副産物のようなものだ。
魔物が出ましたと世間に報告なんてしてみれば混乱が起きることは間違いないだろう。
「隠すしかないんちゃう? 前も隠しはったし」
「そうは言いますけどねえ……」
前の一件もカバーストーリーを考えるので大変だったと斑鳩は聞いている。
「この周辺地域は我々生徒会の研修区域なわけです。となると、バレた時に責められるのは学園になるんですよねぇ」
「とりあえず、会長に電話しとくわぁ」
「お願いします」
紫音は電話を掛けるために路地裏を出ていった。
「佐村さん!」
そんな折、斑鳩に声が掛けられた。同じく生徒会に所属する生徒のものだ。
「どうかしましたか?」
「近くのゴミ箱に、こんなものが」
そう言って、証拠品袋に入った血塗れのシャツを取り出した。
「これは……」
「まだ血が温かいです。事件になんらかの関係があるかと」
「ふむ、回収しておきなさい」
「わかりました」
言って、生徒はそれを持っていった。
「はあ……いったい、何が起こってるんでしょうかね……」
仕事が増えそうな気配に、斑鳩はただため息をつくしかなかった。




