なんてことはない夏休みの1日・夜
風邪気味だと言っていたエミリアがすげぇ元気になって俺の部屋に遊びに来て、エリーまで再び俺の部屋へ来た。
そのあと康太、シエル、エリー、エミリアの4人でパーティゲームを始めた。俺? ジャンケンで負けたんだよ!
「ぐわー! 負けたのだね! それはもうすっぱりと!」
「エリー、お前ゲーム苦手なんだな……」
「い、今まで乙女ゲーしかやってこなかったものだからね!」
「へえ、意外な趣味だな」
まあでも、少女マンガを読む男だって沢山いるし、なんらおかしい事じゃないか。いや、まあ乙女ゲーだけってのはちょっとばかし変わってるかもな。
「ギャルゲーとかはやらないのか? やりたくなったら貸すぜ」
「それはアレだよね、女の子を攻略するやつだ」
「そうそう。まあ無理にとは言わねーがな、乙女ゲーに負けず劣らず、ギャルゲーにも泣ける話が多いんだぜ」
「う、むう。ちなみに、その、君の好みのタイプとかがいるゲームなんかはあるのかい? 差し支えなければ、好みのタイプを聞かせて欲しいのだけれど」
なんだ変なこと聞くヤツだな。まあ男同士だし、そういう会話もあるか。
……いいなあ、こういう友達とするような会話って。
「おう。まあ可愛けりゃ大概なんでも好きなんだけどな。胸がデカい娘は特に好きだな! ……あーいや、貧乳もいいと思うぜ?」
「……大輔さん、フォローされてるのはわかりますけれど、こっち見ないでくださる?」
「わ、悪ィ、女の子がいるとこでする話じゃなかったな」
今の俺はちょっと……いやすごく失礼だったな。
「そうですわよ。シエルちゃんもいるんですからね」
「おっぱーい」
いかん、シエルがまたいらん単語を学習した!
「ぼいんぼいーん」
「こら、シエル! そんな言葉どこで覚えたんだ!」
「だいすけがクローゼットのおくにかくしてたほんー」
「あァーッ! コレクションの隠し場所がバレてるゥーッ!」
馬鹿な、あんなに巧妙に隠したのに!
「大輔さん……」「大輔くん……」「大輔……」
「やめろ! そんな目で俺を見るんじゃない! 仕方ないじゃん高校生なんだから!」
しかしあの隠し場所に18禁はねえ! せいぜいグラビアとかイメージビデオに過ぎん! セーフ! ギリギリセーフだから!
「はぁ……子供の探知能力は侮れねえぜ……」
次はシンプルにシエルじゃ手の届かないところに隠しといてやろう。
そうだ、隠すと言えば……。
エリオットは、やはり俺の魔物としての部分は見えていないらしい。何故見えないか、までは流石にわからないが。
つまり、だ。直に魔物状態の腕を見られたりしない限りは大丈夫なのではないか。
だが、何が起こるかは分からないので気を抜いてはいけないだろう。常に気は張っていて然るべきだ。
「だいすけー、おなかすいたー」
シエルがそんなことを言い出した。
「む、もう夜の7時になるね。僕らはそろそろお暇しようか」
「迷惑になってはいけませんもの」
レッセリア兄妹がそう言い出した。しかし俺にはいい考えがある。
「せっかくだし、晩飯食ってかねーか? あー、まあ材料は少し買い足さないといけないんで待ってもらうことになっちまうから、無理にとは言わねーけど」
「あら、よろしいんですの?」
「どうせならみんなで飯食いたいじゃん? それに、シエルも喜ぶだろうしな」
「きょうは、てづくりハンバーグ! はじめて!」
バンザイをしてふんすふんすと喜びを表現している。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。エミリアも、いいかい?」
「ええ、大輔さんの手料理を拒む理由はありませんわ」
「んじゃあ、ちょっと買い足ししてくるわ。ゲームしててくれ」
「あ、わたくしもご一緒に」
「いや、くつろいでな。客を働かす奴があるかよ」
俺は財布と端末だけ持って、肉などの買い足しに向かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
学生寮を出て、ポータルを使って正門へ。
学園の敷地を出て、街へ出る。
最寄りのスーパーに足を運び、親父直伝ハンバーグに必要な材料を買い込む。ふっふっふ、学園から支給された今までの金が火を噴くぜ。
エルゼラシュルドのような魔導士育成機関では、勉強や魔法実技以外にも有事の際の避難誘導やら魔導犯罪者の逮捕やらで追加で点数が稼げる。
しかも、だ。魔導犯罪者の逮捕、魔物の討滅などでは端末に電子マネーが支給される。そして、それはこの学園前の街で実際に使用できるのだ。
我が家の傲慢ちき共には終ぞ作ってやらなかった、自分だけが楽しむためだけの親父直伝ハンバーグ。それを今、初めて他人に作ろうとしている。
本気で……作る……!
俺は店を出て、街を歩く。
既に時刻は7時半になっていた。さっさと帰らねえとな。
ハンバーグを作る時間を考えて、空腹を紛らわすために前菜の食材も買っておいた。
そうだ、少しばかりショートカットしよう。路地を通れば近道ができる。ビルの裏側の狭い道だ。
俺はビニール袋をぶら下げながら、細い道に入る。
少し歩いた途端、違和感が俺を襲った。
何かを……越えた感覚があった。薄く柔らかい膜を全身で突き破ったような、妙な感覚。
なんだ……?
更に、もう一つの違和感。
――魔物が、いる?
そんな馬鹿な、ここは結界のド真ん中だ。ましてや、学園のすぐ近くだぞ?
だが……実際に俺はここにいる。ならば、考えられることは。
俺と同じ、半魔……!?
厳密に言えば俺はまだ半魔にもなっていないらしいが、細かいことは今はいい。
ともかく、接触するべきだろう。ここで生きていく上で半魔の先輩にご教授願えたら最高だな。
もしくは、美術館の日のようなモノであったとしても、やはり接触はするべきだ。
あまり考えたくはないが、殺す可能性も考えなくては。
少し歩いて、角に差し掛かる。
水っぽい音が聞こえる。ぐちゅり、ぐちゅり、と。魔物の気配が濃くなってゆく。
嫌な予感がして、自然と足が早くなる。
角を、曲がる。
何かが降ってきた。それは俺の目の前にべちゃり、と音を立てて落ちる。
それは、人間の、腕。
「――――ッ!」
全身から冷や汗が噴き出す。なんだ、どうなっている? いったいどういう状況だ!?
前を見ると、そこには襲われたらしく、動かなくなった人影。その周囲には人間の中身が散乱していて、生きているとは到底思えない。さっきの腕は多分あの死体のものだろう。
落ち着け、魔物……いや、半魔の仕業だ、これは。
気配を感じろ、すぐに探せ。俺は今、どこにいる――!
――――上!
見上げると、視界を紫色の何かが埋め尽くす。
刹那、激しい衝撃が俺を襲った。
地面に叩き付けられるように押さえ付けられ、肺の中の空気が全て吐き出された。
気配は間違いなくコイツから出ている。
「ガ――ア、ギ、ヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
俺を押さえ付けているコレはどうやら肥大化した腕だ。ほとんど魔物に侵食されていて人間のそれではない。俺は鎧のような形になったのだが、コイツのモノはおぞましい形状をしている。
ドクンドクンと脈打つコレは、しかし平凡そうな人間から生えていて、非常に歪だ。だが当の人間は白目を剥いていて、かつ涙まで流している。理性は少なくともねェだろうな。
「あっれれーッ。どうしてかなどうしてかなッ? 一応、人払いの結界は張ってたんだけどなーッ?」
無邪気な、声。高いそれは……子供の声だ。
仰向けになるように押さえ付けられている俺の前に、笑みを浮かべた少年が立っていた。
「もーッ、記念すべき沖ノ鳥島デビューを邪魔しないでよーッ。ここでの商売は初めてだから慎重に動いてたのにさッ」
「な、んだ……お前……?」
「そっかッ、名乗りがまだだったよねッ! こういうのは『アクトーのリューギ』だって兄ちゃんも言ってたしッ!」
少年は無邪気に笑って、心底楽しそうに言う。
「ぼくは天真のトーレスッ! じゃあ早速なんだけどさッ!」
ニタリと、笑う。
「ここで殺されてよねッ! 臓物とかブチ撒けてさぁッ! ぼく、ちゃァんと見てるからさッ!」
そう言って、トーレスは跳んだ。ビルの上に向かいやがったらしい。
なにがなんだかわからねぇが……奴が魔導犯罪者であることは間違いねぇ。かと言って、俺は恐らく奴に手も足も出ないだろう。
魔物になってから、相手の力量がわかるようになった。だからわかる。まだ魔力も確定してねぇような年齢で……既に、俺の魔力を遥かに超えてやがるってことが。
だが。少なくとも、この俺の目の前の半魔ぐらいならまだ適わない相手じゃねえ。
なら――――!
「来い、蒼天!」
いつも使っている魔導武装である蒼空ではない。俺が半魔となってしまった時に使っていた、魔物の魔力によって作り出したモノに、俺は蒼天と名付けたのだ。
一見すると真っ黒に染めあげた蒼空だが、その実、俺の右腕と同じ魔物そのものだ。一般人相手には何があっても使えねぇが、魔物なら……!
手元に顕現させた蒼天を敵の腕に思い切り突き刺す。
「ギィァァァァァァッ!」
金切り声でない、人間の声で悲鳴を上げやがる。クソッタレめ。
赤い血を噴き出しながら、半魔は大きく仰け反った。
「悪く思うなよ!」
その隙を突いて、俺は蒼天を思い切り心臓に突き刺した。美術館に来た半魔はここが核だったからだ。
「ガ、ァ……」
口から、血が溢れ出る。
「……。リ、ガト…………ゥ……」
それだけ言って、半魔は倒れ伏して動かなくなった。
理性が、残っていたというのか。殺してくれと、願っていたのか。
俺は、また、あの日みたいに――――。
ぐちゃりと音が鳴る。腹部に激痛が走る。
「あーあッ! つッまんねーのーッ! ノーダメージで殺しちゃうとかさあッ! 人間の姿をしてるのを、なんの躊躇もなくッ! ってまあ、それはぼくも一緒かッ! あっははーッ!」
ゆっくりと見下ろすと、ナイフを持ったトーレスがいた。そのナイフは、俺の腹に突き刺さっている。
「ぼくが見たかったのはさッ! 内蔵のデコレーションだったのにさッ! 例えば――こうやってこうやってこうやってこうやってこうやってこうやってこうやってッ!」
ナイフを突き刺したまま、トーレスはそのナイフを動かし続ける。
「――――――――っ!」
「つっまんないなぁッ! ちゃんと悲鳴ぐらい上げてよッ! ……あー、それとも痛すぎて声にもならないのかなッ?」
「……こ、ンの!」
俺は足を動かして蹴りを入れようとするが、トーレスは笑いながらそれをかわした。
「んー、まだまだ元気だなあッ、まあその方がいい声出すんだけどさッ」
トーレスが俺の方へ向かってくる。俺は身構えるが……着信音が、静かな路地裏に響き渡った。それは、日曜の朝にやっているヒーロー番組のオープニング曲だった。無論、俺のものではない。
「もう、いいとこだったのにッ。もしもーしッ? ……生徒会がきてるッ? はぁ、空気読めないなぁッ。はーい、帰るよ、嫌だけどッ! ……そういうことだから、帰るねッ! 嫌だけどッ! あーでも、弱いのは自分の手で殺してもあんまり楽しくないしッ、また今度遊んであげるから強くなっといてねッ、バイバーイッ!」
そう言い残して、トーレスは去った。
「はぁ……はぁ……げほっ、げほっ!」
込み上げてくる血を吐く。腹部から血がとめどなく溢れてくる。なんだってこんな目に遭わなきゃならねぇんだ。
――帰らねえと。
あまり時間をかけ過ぎると心配させちまう。
それに、ハンバーグを作ってやるって決めたから。
食材は――無事らしい。押さえ付けた時の衝撃で、少し離れたところに吹っ飛んじまってはいるが。
腹を押さえながら、路地裏を歩く。
このまま通りに出るのはマズい、騒ぎになっちまう。
「……蒼空」
手に馴染んだ槍を顕現させてビルの上に移動する。少し休憩をしよう、息だけでも整えたい。
壁にもたれかかって、空を見上げながら息が整うのを待つ。痛みは徐々に薄れてきていた。
……いや、おかしい。こんなに早くナイフの傷跡が痛まなくなるなんて。数分と経ってねーぞ。
見ると、傷が塞がりつつあった。
もう見慣れてしまった魔物としての魔力が……空いた穴を埋めるように、うぞうぞと動いていた。徐々に傷跡が無くなっていく。
「…………あーあ」
見なきゃ良かった。いや、まあ、見なかったところで変わりゃしねーんだが……実感しちまうな。
俺はもうどうしようもなく、化け物なんだと。
やがて傷が癒えたが、しかし着ていたシャツに空いた穴と付着した血だけは隠さないと帰れねえ。
近くにコンビニがあったはずだ。もうこれ脱いでしまって、新しいシャツ買うか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
帰ってくる頃には、もう8時になっていた。
「悪ぃ、遅くなった」
「おかえりー、遅かったね……ってあれ? 服変わってない?」
気付くのはえーよ。
「酔っぱらいにひっかけられちまってな……コンビニで買ってきたんだよ」
俺は息をするように嘘をつく。いつものことだ、平常運転だな。
「それにしたって随分遅かったね。何かあったのかい?」
「大輔さんは何かと巻き込まれやすいですからね」
エリオット兄妹がそんなことを言う。巻き込まれやすいのはむしろ悠人で、俺はその二次災害を被ってるだけだと思うんだがな……。
俺はしかし二人の心配をよそに、やはり嘘をついた。
「いいや――なんてことはなかったぜ」
さて、遅くなっちまったし……さっさと晩飯、作らねーとな。




