歓迎戦4 招かれざる客
「完全に出遅れてしまったね。ランクSと呼ばれる人達がどれほどの力を持っているか知りたかったのだけれど……残念だよ。そうは思わないかい?」
「いや知らねえよ……」
建物内は薄暗いが外はとても明るく、男子生徒であること、そして見ていて不快な笑顔を作っていたことまでは辛うじて理解できた。しかし顔や細かい輪郭まではよく見えない。
「もしかして君がランクSと戦ってたのかい? ……その魔力の器でよくもまあ生きていたものだねえ」
「やかましい。さっさとどっかいけ……」
左腕に痛みが走る。折れていると言っても目に見えて曲がっているわけではない。だが腕が曲げられないのはかなりキツい。
男子生徒が歩いてくる。近づいてくるにつれて、徐々に輪郭が明らかになってくる。整った顔立ちに、金色の髪。これは……。
「なんだ、ただの男装の麗人か……」
「僕は男だッ!」
なぜだろう。このやりとりをしていると安心するのは。
その男子生徒は……いや、女子かもしれないそいつは、怒ったようにそう叫んだ。
「ま、まさか見ず知らずの相手にバカにされるとは……」
「え? いやごめんそういう知り合いもう一人いたからさあ……」
お世辞にも男とは言えない顔をしていた。康太といい勝負だろう。声も高く、男のそれとは思えない。
「しかし、その魔力の量は……ランクDというところか。ふむ、魔法以外で対抗して生き延びているのなら……魔導武装が強いのかな? ともすれば、ここで倒しておいた方がいいかな」
「ブツブツ言ってないでどっか行けったら。腕めっちゃ痛いんだよ折れてんだよ。知らん人の相手してる余裕ないんだって」
「いやいや、そういうわけにもいかないのさ。仲間を呼ばれると厄介だからね」
「ええもうマジかよ……ってあっぶねえ!」
俺のすぐ傍まで来た女顔の少年は、メイドカフェの席に座る俺に向かって、ムチのような魔導武装を振るう。ギリギリで回避出来ず、かすめた右腕と右脇腹が痛む。跳んで、大きく距離を取った。
「いってててて……なにしやがるこの野郎!」
「何って、一応はこれ、戦闘だからね。手負いの敵を逃がすほど僕は甘くないんだよね」
俺は蒼空を杖代わりにして立ち上がり、警戒しながら後ずさる。話し合いで穏便に済まそうとした俺が馬鹿だった。
「んん? 左腕を痛めているのかい? 当たった方は右だし……そうか、ランクSと戦ってた時のダメージか」
「やかましい……クソ、これ今度こそ死んじゃうんじゃねえの」
「じゃあこうしよう、か!」
少年の魔導武装は俺に向かってくる。しかし、ここは屋内だ。鞭型の魔導武装は机にぶつかり、椅子に絡まる。
「うーん……肉弾戦しか無いのかな!」
魔導武装を手にしたまま、少年が一瞬で俺に距離を詰めてきて、鳩尾を蹴られた。
胃から空気を吐き出した。息が出来ない。
「ごめんよ。魔法を使って一息に、と行きたいんだけど、範囲が広い魔法しか無くってね。敵に囲まれるのは避けたいんだ」
そう言って少年は、俺を見下すような視線のまま、微笑んだ。これは哀れみだ。俺を一瞬で消せるけど、それが出来なくて、苦しめてごめんね、とでも言うような。
俺は自分の腕に視線をやった。綺麗に、というとおかしいが、腕はありえない方向に曲がっていた。鳩尾を蹴られた時に、着地に失敗した結果がこれだ。少しだけ折れていたのが、今では漫画のような折れ方だ。痛みは先ほどより酷い。
「いつになっても人に暴力を振るうのは慣れないね。魔法や魔導武装なら一瞬で目の前から居なくなるから、まだ楽なんだけれど」
俺は立ち上がり、店内の奥の方へ逃げる。相手は追ってこない。遊ばれているようで不愉快だ。
「そうだ。名乗るのを忘れていたね。僕はエリオット=レッセリア。4組のランクSだ」
「ああそうかい……俺は2組の……サンドバッグってどうだ? エリーちゃん」
「き、貴様……………ッ!」
女みたいな名前で呼んでやる。もうそれぐらいしか、俺にはない。普通に戦えば負けるだろうし、せめて冷静さを失わせれば隙も出来るだろう。そこから逃げるしかあるまい。
店舗の奥へ逃げたのは、鞭の魔導武装を使わせないため。最初こそ至近距離だったから直撃しかけたが、今はそこそこの距離がある。
接近してきて、肉弾戦をしかけてきたところを回避し、そのまま外へ脱出する。逃げるのは得意だ。広い場所ならなんとでもなるだろう。
構えていると、エリオットの姿が消えた。
衝撃が訪れ、何がなんだかわからない内に、壁に激突した。
「────────ッ!!」
「避けられると思ったかい? 僕はランクSだよ。君より魔力が多いんだ。上昇させる身体能力だって君より大きいに決まっているじゃないか。まあ、立ち向かおうとしたその勇気は買うけどね」
「……そりゃどーも」
全身が痛い。そろそろ死ぬかもしれない。むしろ死んでリセットした方が楽かも知れない。魔法を使えとでも言ってやろう。顔を上げる。
そして、俺はそれを、見た。
「────ッ! おい! しゃがめ!」
「なに? 君はこの状況をわかって……」
「早くッ!」
「…………!」
俺が突然怒鳴ったのに驚いたのか、不満そうに従う。そして、エリオットの顔がさっきまであったところで、ガチン! と甲高い音がした。
それはまるで、鉄と鉄を思い切りぶつけたような。
「な…………?」
呆然としているエリオットを余所に俺はまたもフラフラと起き上がり、建物の外にいるモノに視線を合わせた。
「おい……結界内にはヤツらは入って来ないんじゃなかったのかよ……」
「お、おい! 一体どこのクラスの攻撃なん……」
「黙ってろッ! おい、死にたくなけりゃ今すぐ尻尾巻いて逃げろ。じゃねえと死ぬぞ」
俺はエリオットに外に見るように無言で促した。
エリオットは息を呑み、驚きに顔を歪ませた。反射的に俺の隣まで逃げるように距離を取った。
「見るのは初めてじゃねえだろ? ……ニュースで見たことぐらいあるだろ。俺たち魔導士の敵の一つ……」
そこにいたのは。
生物とはとても呼べないような、異形の怪物だった。
何人もの人間の体をバラバラにして、パーツの構成なんてものは一切考えずに、目を瞑って、まるで福笑いでもやっていたかのように、無理矢理合体させられたような。胴体に胴体が引っ付き、掌から足が生え、女性の胸が腕に付いている。
まさに、化け物。
「それが、魔物だ」
人類の負の感情に魔素が反応して産まれる……と言われている存在。
科学で作られた武器では傷つきはしても殺せない。魔法と、魔導武装でしか殺せない。だから、魔導士が殺す。
「『人間型』の出来損ないか……目と知能があるだけ厄介だな……」
「うっ、おえっ……」
エリオットは口元に手を当てている。無理もない。そこまでグロテスクな容姿をしているのだから。俺は見たことあるから大丈夫。
「おい、吐いてる場合じゃねえぞ、ランクS。アレは人を喰う。それに喰われりゃ結界内でも復活なしでお陀仏だ……一つ貸しにしといてやるからさっさとどっか行きやがれ」
「くっ……しかし、君は……どうする……」
「ほれ、余計なこと気にしてんじゃねえ。サンドバッグを心配してる暇があったら自分を可愛がって逃げ出しやがれ」
「僕が君にどれだけ攻撃したと思って……」
「んなもん慣れてるってんだよ! さっさと行けッ!」
エリオットは最後まで悩んでいたようだが、やっと魔物から視線を逸らし後ろを向いた。壁を壊して逃げるのだろう。
「……本当にすまなかった。撤回させてくれ。君は……僕よりも強い」
「やかましい。急になよなよしくなってんじゃねえよ。傲慢に逃げろ」
エリオットは小さく詠唱をして、壁を魔法で壊して逃げた。どんな表情をしていたのかは、知る由もない。
「さて……康太がこっちに来るまでにどうにかしねえとな……」
俺が逃げることは出来ない。康太に連絡すれば、俺と康太は助かるかもしれないが、放っておけば誰かは死ぬ可能性が高い。
だから。殺す術を知っている自分が、殺す。
これ一体だけだと思いたいが、魔物が一匹現れると絶対に近辺に数匹出現する。リーダーたる魔物を殺せば全て逃げていくのだが、今は探している余裕はない。
「……何年ぶりだろうな。魔物に出くわすの……」
俺は少しだけ、地元での生活を思い出す。とても嫌な思い出だ。
「あの時は逃げたが……もう逃げんぜ、俺は!」
蒼空を握りしめ、真っ直ぐ魔物に向かって跳躍した。建物から飛び出し、道路に出る。
ぐちゅぐちゅと、肉と肉がこすれ合うような不快な音を立てながら、魔物は人間の顔の部分をこちらに向けた。目視出
来た分だけでも顔は5つある。どれも違う人間の顔で、しかし全ての顔の目に黒目はなく、血走っている。
「風よ切り裂け!」
緑の魔法陣から、かまいたちが発生し、肉塊を切り裂く。しかし対して傷ついてはいないようだ。
やはり、ランクDの自分では強力な魔法が撃てない。自分の生まれ持った弱さに辟易する。
だが、俺の目当ては『傷を付けること』だ。俺は魔物の体を注視する。
魔物についた傷はなんらかの煙をあげながら修復されていく。しかし、一部分だけ治りが異様に早かった。
「そこか……!」
俺は急接近し、蒼空を突き出す。しかし、魔物もタダで死ぬわけではないらしい。腕とも足とも呼べる歪な触手を勢い良く伸ばしてきた。
蒼空はムチのようにしなる触手に弾き飛ばされ、体勢を崩した俺に複数の触手が襲い掛かる。
「なっ……!?」
触手が俺に向けて振り下ろされる。
「大輔ッ!」
その声の数コンマ後に、高い音が数回鳴り、触手は至るところに穴を空ける。力を失ったようにぐったりとその場に伏した。
「大輔! 大丈夫!? ああ、腕が……!」
康太はビルの屋上から着地し、俺を抱えて先ほどの建物の中に入り、俺の体をソファに預けさせた。
「俺の心配はいいよ……今は、アイツが先だ。そうだろ?」
「…………。そうだね。大輔はそこで休んでて、アレは、僕がやる」
「おいおい、殺し方は知ってんのかよ?」
康太は首を横に振った。
「知らない。けど、そんな体の大輔を戦わせられない」
「……わかったよ。殺し方って言ったって至極簡単だ。あの野郎に傷をつけまくって、傷の治りが早い場所の近くに魔物の心臓がある。それを壊せばヤツらは死ぬ」
「わかった」
康太は俺に背を向け、魔物を見つめている。数秒だけ考えて、康太は表情を強張らせた。
「俺の見せ場を持ってったんだ。格好良くぶっ殺して無傷で帰って来い。じゃなきゃ一日ずっと女の子扱いしてやる。罰ゲームで女装させっからな」
「ははは、そりゃ怖い……じゃあ、たまには格好いいとこ見せないとね。おいで。晴天、嵐天」
康太の手に、2丁の火縄銃が握られる。
そして、魔物に向けて走りだした。




