なんてことはない夏休みの1日・昼
大絶賛サマーバケーション。
康太とシエルとの3人で何をするでもなく部屋でダラダラしていると、チャイムが鳴らされた。
「はいはーいっと……」
俺はのそのそと動いて扉の方まで行く。今は時間にして9時ぐらい。俺はつい30分前に起きたばかりなのでまだエンジンが稼働していない。
「やあ、久しぶり」
外には悠人とアルカニアに幽ヶ峰、レッセリア兄妹がいた。
「……おー、おひさー。そうだ、ちょっと待ってろ」
寝惚け眼を擦りながら、俺は渡しそびれていたお土産を持ってくる。まあ東京バナナなんだけど。
「これ、東京土産。部屋の相方と半分ずつ食え」
「わ、いいのかい?」
「世話ンなってる人に土産持ってけって金握らされてたんでな。気にしなくていいぜ」
それを渡すと、外にいた面々も紙袋を取り出した。
「じゃあ僕も。はい、これ。向こうの一般的なお菓子なんだってさ」
向こうはビニールじゃなくて紙袋が一般的なんだっけな、そういえば。
「で、エリオットたちはなんか用なのか?」
幽ヶ峰とアルカニアはどうせ悠人が行くって言ったから来たんだろうし?
「僕らからも土産をと思ってね。我が家は食品産業によって栄えた家だから、向こうで一番人気の我が家のお菓子を持ってきたんだ。あまり日持ちしないから、保存する際は冷凍庫にね」
「おう、ありがとな」
要はあれか、エリオット家は大手食品メーカーなんだな。アルカニリオスは貴族とか存在してるのに資本主義社会なんだったっけかな。
「……」
おや? エミリアが俺の事を訝しげな目で見ているぞ?
「なんだ、どうしたエミリア」
「…………いえ、なんでもありませんわ。寝不足で目付きが悪くなってしまっているかもしれません。御容赦くださいまし」
「いや、お前そんなこと言ったって」
なんか汗かいてるし。俺にはわかるぞ。
この学生寮の中は廊下だろうが部屋の中だろうが常に適温に調整されている。暑さで汗をかいているなら周りの悠人たちも同じでなければおかしいが、そうではない。なら――。
風邪かッ!
「おいおい、大丈夫かよ?」
俺はそう言って、エミリアに一歩近付いて額に手を伸ばす。
「やッ……」
「えっ」
しかし、エミリアは小さな悲鳴を上げて退いた。
「あ――――」
本能的なものだったのだろう。ふと我に返ってから、彼女は今の状況を理解したような顔をした。
「す、みません……その、ビックリ、してしまいまして」
取り繕うように謝る。いや、わかってるわかってる。
「急に手なんか出されちゃ驚くって、悪かったよ。熱でもあるんじゃねえかと思っただけなんだ」
「た、確かに少し風邪気味かもしれませんわ! 部屋で休みますので、どうかお気になさらず」
エミリアはまくし立てるように言って、小走りで去っていってしまった。
「悪いことしちまったなあ。エリー、後で謝っといてくれねえか?」
「いや、謝るようなことではないさ。君はエミリアの身を案じてくれたに過ぎないのだからね。とはいえ、少し心配だ。すまないけれど、僕もこれで」
「ああ。風邪気味だって言ってたし、気を配ってやってくれ」
「勿論だとも。では、失敬」
そう言って、エリーも自室へと向かっていった。
「風邪気味だって、心配だね」
悠人はのほほんとそんなことを言う。
「夏風邪は怖いんだぞ。あとで精のつくもん作って持ってってやるか」
俺もまた、結局のほほんとしたことしか言えなかったが。
〜〜〜〜〜エミリア・レッセリアの場合〜〜〜〜〜
おかしいですわ、こんなことは今までになかったのですわ……!
わたくしは自室のベッドで頭を抱えます。
――太古の種族、エルナー。
レナウセムを作り出したとされる創造神、祖エールレーンの子孫。レッセリア家は、その分家の1つです。
子らが全て特異な体質を持ち、姉は人の魔力の器を見る力を、そしてわたくしは、人の心の声を聞く力を得ました。
それは絶対のもの。動物や魔物には及びませんが、人間相手であれば絶対に作用されなくてはならないものなのです。
なのに。
大輔さんの声が、何一つとして聞こえなかったのです。
喋っていることと考えていることが常に一致し続けるということはありません。基本的に、人間は考えたことを言葉として出します。
故に、意識して聞けば、わたくしには考えてからの言動が――反響するようにして聞こえるのです。
実際、あの場にいた皆さんの声は問題なく聞こえていました。しかし、大輔さんの声だけが、何一つとして聞こえてこなかったのです。
考えられる可能性は……わたくしの力に何らかの衰えが生じたこと、でしょうか。
そして、考えたくない可能性は。
大輔さんが、人間でなくなってしまったこと。
これまで幾度も大輔さんの声を聴いてきました。その中には嫉妬や羨望などが含まれていました。それは、魔物になるだけの充分な悪感情ですわ。
もしも、彼が帰郷した際に何かがあったとして、魔物になってしまっていたのなら、声が聞こえなくなったことに説明がつきます。
……しかし、賢明な大輔さんが結界の外に出ることなど考えられません。自身の感情に向き合い、理解しているような方が。
早急な確認が必要ですわね……。
「おうい、エミリア、大丈夫かい?」
お姉様が部屋へ帰ってきました。こうしてはいられません。
「お姉様!」
「うわっ、なんだい、いきなり。風邪気味なんだから寝てないとダメじゃないか」
「そんなのは嘘ですわ! とにかく、今はわたくしのお願いを聞いてくださいまし!」
「わ、わかったわかった。ただし、何があったか説明してくれるかい?」
「…………」
言える、でしょうか。
曲がりなりにも、大輔さんはお姉様が好意を寄せる相手。その相手が魔物化しているかもしれない、だなんて。
「その、大輔さんから聞こえる声が大きくなっていたんですの。もしかすると、魔力の量が増えたりしたのかも……」
「まさか!」
「ともかく、大輔さんを視てきてくださいまし! それで全てがハッキリしますので!」
「う、うん、わかったよぅ」
風邪気味だと言った手前、わたくしは部屋から出られません。このポンコツ姉に託すしかないのは口惜しいことこの上ありませんが、しかし魔力を見る目は確かです。
お姉様を送り出し、わたくしは部屋に篭もります。風邪気味、という設定ですので。
〜〜〜〜〜鹿沼大輔の場合〜〜〜〜〜
全員部屋に帰ったので、俺はまた部屋でダラダラゴロゴロしていた。康太は既にゲームやってるし、シエルも俺の漫画を読んでいる。
……平和だ。
そんな折、またチャイムが鳴った。
「客の多い日だなぁ」
ドアを開けると、エリーがいた。
「や、やぁ。遊びに来た、よ?」
お前の妹、風邪気味なんじゃねーのかよ。
「それがだね、その、なんだ……。そう! 何もしなくていいって言われてしまってね! 仕方ないからぶらぶらしていたのさ!」
……嘘くせー。
かと言って、今のこいつに嘘をつくような理由も無いだろうし、こっちにも断る理由はないか。
ただシンプルにキョドってるだけかもしれん。
「まあいいや、上がってけ」
「す、すまないね」
まあ実際、エミリアなら風邪を感染さないようにとか気を配るだろうし、部屋から追い出すのも納得が行くか。
「そうだ、これ持って帰っとけ。マスクいっぱいあんだよ」
とりあえず、夏風邪予防に買い込んでおいたマスクを1パック渡す。季節の変わり目は体調を崩しやすいからな。
「む、すまない」
じー……。
……なんか、エリーにすっげぇ見られんだけど、何。
俺、なんか付いてるだろうか。自分の身体を見るが、特に異変はない。右腕も違和感なく人間の姿を取っているはずだ。
……待て。
エリーは、魔力の器を見れたんじゃなかったか。
――マズい、マズいマズいマズい!
今の俺の体内がどうなっているかなんぞ俺が一番知りたいが、しかし、魔力の器を見られているなら、魔物として魔力を保有する器なんかも存在していておかしくはない。そうだ、魔物となっているなら核もあって当然。それをもし見られでもしたら……!
なんとかして注意を逸らさなくては……とはいえ、どうする……!?
「あっ! 窓の外に未確認飛行物体がッ!」
「えっ、どこどこ!?」
シエルが食い付いた! エリーは……?
「……?」
ダメだァーッ! なんだいそれはと言いたげに小首を傾げてやがるゥーッ!
くそ、ファンタジー世界の人間にSFぶつけるのが間違いだったか……!
だが、なんだな。もしも俺になにかしらの異常があるのならば、もう少しわかりやすいリアクションがあるはずだ。だってエリーだし。
「なあ、俺の魔力の器が見れたりするんだろ、お前」
腹を括れ。隠すのではなく、共犯者にしろ。どうせ見られてしまうのならば、隠してくれと無様に土下座でもなんでもしよう。
「ああ、見られるとも」
「どうよ? 俺、なんかこう……帰省を経て強くなったりしてない?」
まあそりゃ魔物になったのかどうか見てくれ、なんて言えるわけねーわな。
「いや……まったくもって異常なしだね。何一つとして、変化はないよ。…………エミリアのやつ、勘違いしたな……?」
「あ、なんか言ったか?」
「いいや、なんでも。……そうだ、なにかみんなでゲームでもしないかい? とは言っても、僕はボードゲームしか持っていないのだけれどね」
「いいぜ。最近パーティゲーム買ったんだよ。康太、その試合終わったらアレやろうぜ」
「おっけー!」
「ゆーふぉーどこー!?」
――幸い、魔物の部分は見えないらしい。身体のどこかに隠れているのかどうかはわからないが、少なくとも生活する上ではなんとかなりそうだ。
「エミリアにメールだけしておくよ」
「おう」
シエルに「ごめんな、もう通り過ぎちまったみたいだ」と言って、弱めにぽかぽか殴られながら、俺はさらに気付く。シエルの方もなにかしらの影響が出てやしないだろうか。俺とシエルは今、魂レベルで繋がっているのだし……。
「なあ、シエル」
俺はヒソヒソ話の形でシエルに話し掛ける。
「なーに?」
シエルもお年頃なので、こういうのが好きなのかノッてきた。
「俺、なんか変じゃないか?」
「うん、がるなとおんなじにおいがする」
「!」
気付いていたのか。
「なら、なんで黙っててくれてたんだ?」
「だいすけがなにもいわなかったから」
「シエル……」
「あのね、シエルはね、だいすけのファミリアだからね、だいすけがなにかんがえてるのか、なんとなくわかるの。ほんとは、わたしもしらないほうがよかったんだろうけど……」
そう言って、シエルは俯いてしまった。俺は思わず、シエルを抱き締める。
「ありがとう、ありがとうな、シエル……」
「わ。……もう、あついよ?」
この子が、こんなにも良い子が俺の使い魔でいてくれるなんて、信じられるだろうか。
「今度、なんでも好きなことしてやるからな」
「ううん、ずっといっしょにいてくれたら、それでいいの」
「……! 俺は魔物になってもお前の傍にいるよ。絶対だ」
「うん……」
真夏にハグもなんだし、何より俺がなんだか恥ずかしくなってしまって離すが、それでも俺の手はシエルの頭の上にあった。
「……なーにイチャイチャしてんの、ロリコン」
「――あっ」
周りに人いるの忘れてた。
「だ、大輔くんはアレかい、幼い方が好きなのかい……? 同い年とかは守備範囲外なのかな……?」
「ほら、前に買ってきたやつセットできたよロリコン、早くやろうよロリコン」
「俺が悪かった!!」
急にシエルが愛おしくなってしまったわけだが、なんでそうなったかも言えるわけがなく、ただひたすら土下座を繰り返すだけの機械と化した。
シエルはそんな俺を見て、ただ「えへへー」と笑うのだった。




