楽しいお絵描き教室
飛行機で沖ノ鳥島に入る。
窓からでも結界らしき薄い膜は確認できた。
ぶっちゃけ、田舎よりも結界が強固だったりして弾かれないかと心底ヒヤヒヤしていたのだが、別に何事もなく通れてしまって少し拍子抜けした。右腕に違和感があるとか、そういったことがまるでないのがむしろ気味が悪い。
飛行機から降り、空港内を少し歩く。そして直結している駅へ向かい、魔導列車に乗って空港のある沖ノ鳥島西部から学園のある南部へ向かおう。
魔導列車の内装を例えるならば特急電車のような感じ。こう、座席が横じゃなくて前に向いてるやつ。しかも魔導列車は宙に浮いているので、飛行機に乗っている時とほぼ変わらない。高度が低いだけだな。
そしてしばし揺られた後、俺はついにエルゼラシュルド前の駅に到着する。
大きく深呼吸をする。ああ、全体的に青臭くない。遠くから微かに聞こえる車や人の声、ザ・都会の喧騒って感じだ。
駅から少し歩いて、エルゼラシュルドに帰ってきた。ポータルを使って男子寮へ戻り、自室を目指す。とりあえず荷物を置いてしまわないとな。
そういえば、帰ってきたことを康太にメールしてない。まあいいや、突然帰ってビックリさせたる。
「ただいまー」
扉を開くと、何故か闇が広がっていた。
「あれ?」
停電かミ?
「あ、その声は大輔だぁ、おかえりぃ」
部屋の奥から康太の声がした。したのはいいのだが、なんというかこう、声がだらけ切っている。寝起きみたいな感じだ。
「おかえりー……」
続いてシエルの声もする。これまた寝起きみたいな覇気のなさ。
とりあえず部屋に入る。電気は付いていないしカーテンは閉まったまま。暗いので気付かなかったが脱ぎ散らかした服が床に散らばっている。すごい広い部屋なのに、物が散らかっていると妙に狭く感じるな。
「なんで俺が2日程度部屋を空けたらこうなるんだッ!」
「2人共家事能力皆無だからねえ」
「ねー」
康太とシエルはそう言ってから、2人でねーねー言い始めた。可愛いな畜生。
「掃除はまたやるとして、とりあえず悠人とかエリーに土産を渡してくるよ」
「忙しないね、いってらっしゃい」
「しゃいー」
俺は土産袋を手にして部屋を後にした。
さて……まあ土産を渡しに行く、というのはあながち間違いではないのだが。今の俺にとってはついでのイベントだ。それに、あいつらまだ帰ってきてるかわかんないしネ!
そんな状態でも、本命の用事はこなせるだろう。なにせ、帰ってきてからずっと、俺は彼女の気配を感じているのだから。エリーと一緒に向こうに帰ったりはしなかったようだ。
悠人の部屋を訪ねるが、やはりまだ帰ってきていないようだった。
そしてエリーの部屋も訪ねる。ベルを鳴らしても返事はない。だが。
『あらあらまあまあ、そろそろ来る頃だと思っていたら本当に来たわ? 画家を辞めて占い師でもやろうかしら』
魔素による会話と同じように、頭に声が響く。
「うわっ、ビックリした」
つい声に出してしまった。廊下に誰もいなくて良かった。
『ふふふ、私がここにいることは分かっていたんでしょう? 入ってきなさいな』
そう彼女は言う。でもなあ。
『鍵閉まってんだよな。入りたいところだけど、エリー達が帰ってきてからにした方が……』
『あら、あと数日は帰ってこないわよ。それでも待てる?』
マジかよ、そいつは困ったな。
出来ればすぐにでも自分の状態を知っておきたいのだが。
『じゃあちょっとそっち行くわね?』
『え? そりゃどういう』
「よっと」
次の瞬間、そんな声が真横から聞こえた。顔を横に向けると、眼前に見覚えのある人物がいた。
デフォルメされたイェルヴァさんだ。
「うふふ、久しぶりと――初めましてかしら、若き魔物。込み入った話をしたいから、とりあえずキャンパスと筆と、絵の具を用意してくれるかしら? あとイーゼルもあると嬉しいわ」
なんでだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
言われた通りのものを学園の外にある街で揃え、俺は立ち入り禁止の屋上に来ていた。なんだかんだ、テラスになっている方の屋上にほとんど行ったことがねえな。
「で、なんだってこんなとこで俺は画材を広げてんだ?」
直射日光で死にそうだ。
「人気のない場所じゃないと、魔物を連れていることがバレるでしょう?」
「まあ、確かにそうだけどよ」
俺が街に出ている間、イェルヴァさんは俺の体内に隠れていた。厳密に言えば、右腕の中だ。
一応、彼女は普通の人間の魔力の中に滞在することも出来るらしいのだが、割としんどいらしい。しかし、この俺の右腕であれば魔力の本質が魔物の物であるので、居心地がいいらしく、なんか気に入られた。
「で、何をするかだけれど……ちょっと右腕、借りていいかしら」
「え? どういうことだ?」
「力さえ抜いてくれればすぐにわかるわ」
言われた通り、俺は右腕の力を抜いた。
「えいっ」
イェルヴァさんが気の抜けた掛け声を放ったあと、俺の右腕に違和感が走った。こう、何かが腕の中を駆け巡っているような感じだ。そして、その何かは指先まで達する。
「うわ、なんだこれ、いや待って腕が勝手に動くんだけど!?」
「あなたの腕に私の魔力を流して、限定的にだけど操ることができるようになったの。その違和感は私の魔力よ、安心して」
いやー怖い! 勝手に動く! こう、他人に掴まれて腕を動かされてるんじゃなく、筋肉が勝手に動いてる感じがする! なんだこれ!
「ちなみに、あくまでこの手段で操れるのは抵抗の意思がない魔物だけ。力を入れたりするとすぐに解けるから、 もし我慢できなくなったらそうして。休憩にするから」
俺の右肩に乗っているイェルヴァさんはそう言った。傍から見れば、ねんどろ○どと会話するヤバい奴だろうな。実際は魔物と会話してるのでもっとヤバいのかもしれないが。
「じゃあ絵を描くわね。私の魔力を込めて描かれた絵は、すべて私の心象世界になるの。……どんな場所がいい? だいたいなんでも描けるわよ」
「えーっと……じゃあ、人通りの多いビル街」
「都会の風景が好きなのね、任せて」
そして、イェルヴァさんは俺の腕を使って、キャンパスに絵を描き始めた。
俺の意思ではないのに、自分の腕がすらすらと絵を描いてる光景は違和感しかない。
「これを売りまくれば一気に金持ちになれるのでは?」
「あら、じゃあ私が売上の8割を貰うわね?」
「わーい真面目に働くって素晴らしいナー」
便乗商法はよくないネ!
「しかし、貴方も豪胆よねえ。右腕が魔物になったっていうのに、まるで気にしてもいないみたい」
「……まあ、今んとこ何か実害が出てるわけじゃねえしな。それに、アンタも前言ってただろ、魔物になった人間は戻らないって。なら、こういう反応になるのも当然なんじゃねえかな」
「言っておくけど、そうやって受け身になるのはダメよ? 今はまだ半魔にもなっていないけれど、そのうち魔人になっちゃうかもしれないんだから」
「……聞いたことない単語ばっかりだ」
恐らく、向こうでしか使われていないような言葉だろう。
「こちらの世界とは違って、向こうでは人が魔物になるのは珍しいことではなかったもの。知らなくても無理はないわね。いい? 今、貴方は大体3割くらいが魔物になっているけれど、そのうち半分にまで達するわ、絶対にね」
「どういうことだよ? 切り落とされたのは右腕だけだぜ?」
「身体の一部が魔物になってしまった人間はね、どう足掻いても最終的には半魔になるの。右半身がどうだとか、上半身がどうという話じゃなくて、表と裏だと思えばわかりやすいと思うわ」
「…………ううん?」
つまり、なんだ。俺はどうあっても魔物により近い存在になってしまうと言うことか?
「今、私はキャンバスに絵を描いているわね? 私たちが見ているこのキャンバスはこれの全体像かしら?」
「え? いや、裏もあるけど……」
「そういうことよ。私たちが見ているこれは表。つまり人間としての貴方。そして、これを裏返せば魔物としての貴方になる。丁度半分ずつ、ね」
イェルヴァさんはそう言いながら、しかし俺の腕を使って絵を描き続ける。綺麗な、ビル街の絵を。
「魔物の魔力は、とにかくその片面だけを塗り潰していくの。けれど、もう片方にだけはそうそう塗り広げられないわ」
ただし、と言ってイェルヴァさんは続ける。
「人間として死んでしまえば話は別。つまり、結界の外や魔物に殺されたりする事ね。残りの全ての魂を魔物の魔力が乗っ取ってしまうの。そうして生まれるのが、魔人。人間の魂を持つ、だけれど肉体は純粋な魔物。そんな歪な存在がね」
じゃあ、まさかイェルヴァさんも……。
「そうよ、私も厳密に言えば魔人」
総合すると、俺は現時点では3割程度しか魔物になっていないけれど、そのうち5割まで侵食されて半魔と呼ばれる存在になる。その状態で結界の外で死ぬか魔物に殺されたりすると、無くなった人間部分を魔物が埋める形で変異し、魔人と呼ばれるようになる、と。
「貴方の負の感情が自身に向けられたものでよかったわ。殺意や憎悪みたいな他者に向けられたものによって魔物になると、自我を失うもの。……美術館に現れたモノ、覚えてるでしょう?」
「ああ……」
俺がこの手で殺した、魔物だ。
「殺意のような外向きの感情だと、その感情を晴らすためだけの存在になるのよ。そしてそれが果たされた時、行き場のなくなった殺意は罪もない一般人に向けられる」
「俺みたいな、内側の感情だったら?」
「貴方がどんな感情を抱いたのかはわからないけれど、内向きの感情なら、それを補おうとするわ」
つまり、俺は。
俺でない誰かがこの場にいればと望んだから。
誰よりも自分が嫌いだと気付いたから。
自分を否定したから。
弱い自分でない何かに、成ったのだろうか。
「さ、出来たわよ」
乾いた笑いが出そうになっていたところを、イェルヴァさんの声で我に返る。
目の前には、美しい絵があった。立ち並ぶビル、その隙間から青空が覗き、積乱雲が顔を出している。
「描いたはいいけどよう、どうするんだ?」
「貴方の部屋に飾っておくのよ」
「な、なんの為に?」
「誰にも見せられないこと、するためよ」
「は? …………え?」
え、何、どういうこと? エロいこと? いやそんな急に脈絡ないこと言わないだろうけど誰にも見せられないこと……言ってる人は今こそこんなんだけど普通の姿は美人だしやっぱり期待していいのかいやダメだろ馬鹿か俺は。
「魔物としての力の特訓をするためよ。訓練室がいくら隔絶されてるからと言って、全く監視の目が無いわけじゃないらしいわよ。エリオットの受け売りだけど」
そら見ろ。
「でも、助かるよ。ここなら、何やってても誰にもバレないもんな」
「ええ、お安い御用よ。私は……ちょっと現界し過ぎて少し疲れちゃった。絵に戻るわね」
「わかった、部屋に飾っとくよ」
そして、俺は画材を片付けてから部屋に戻ることにした。
持って帰ったら康太とシエルに驚かれたので、俺は調子に乗って悪徳商法に掛かったフリをした。
非常に可愛かった。




