離郷
咲月の法事を終え、俺は逃げるように自室へ帰っていた。咲月が死んだことについて、誰も俺を責めない。咲月の両親も俺に優しくしてくれる。
だけど、誰に許されたところで、俺は俺を許せない。
咲月を止められなかったことを。
力が無かったことを。
俺が今、生きていることを。
…………こういうことをいつも考えているから、魔物になってしまったのだろうか。
昨日の件で疲れたから寝ると言って帰ってきている。今、家には誰もいない。みんな津辻家で食事でもしているのだろう。
今のうちに、少しでも魔物としての性質を理解しておくとしよう。
俺は右腕を変異させてみる。どうなっているのか少し見てみたくて、目を閉じないままに。
まず肩の内側から紫と黒が混ざったような肉塊が現れ、指先にかけての部分を覆う。キモい。
次に黒い光を放って肉塊が消え、昨日見た通りの竜のような意匠の甲冑が現れた。
「……ふうん」
昨日は余裕が無かったのであまりまじまじと見なかったが、本当に不思議な感じだ。可視化された空気の鎧を纏っている感じ。感覚としては人間の腕と変わらない。
つついてみる。硬い鎧なのに生暖かいのがなんか嫌だ……。触られた側としての感覚は、服の上からつつかれた時の感覚そのものと言っていい。
……特筆すべきはそんなところか。要は魔力の義手なわけだし。
この腕で人間を攻撃すれば、与えた傷は蘇生した後も治癒せず痕が残り、殺してしまえば結界の中でも生き返らない。
右腕は極力使わないようにしなければならないだろう。たとえ、人間の姿に擬態させていても。
しかし、まあ。
まさか自分が魔物になるとは思ってもみなかった。
もう少しこの腕のことを知っておきたいが、正直限界がある。魔物に対する知識があまりに無さすぎるし、違和感さえ無くなってしまった今、人間だった頃との相違点を挙げることさえ難しくなってしまっている。
……1人、心当たりがある。あの人を頼るべきだな。
ともかく、今は俺に出来ることは無い。沖ノ鳥島に帰るのは明日だし、今日1日をどう過ごすかを考えねばならない。
正直、ここにあまり長居したくはないのだ。
辛いことしか思い出さないし、何より――――。
そこで、俺の携帯にメッセージが届く。
『晩御飯作っといて、仕込みが必要なやつね。あ、夜帰ってきた時に手抜き料理置いてあったらアンタが置いてったエロ本を全部母さんに提出するからね^^b』
…………帰りてぇ…………。今何時だと思ってんだよ、昼の2時だぞ。というか罰が重すぎるんだよクソッタレ!
だが俺に拒否権はないので、料理を作りに渋々キッチンへ向かう。あいつらはまだ津辻さんとこにいるはずだし、メールの文面からして夜までは帰ってこない。
とりあえず、料理を作ることにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
後日。
なんとかエロ本の暴露を防ぎ、俺はなんとか煮込みハンバーグにて事なきを得た。ありがとう〇ックパッド。
そういえば帰ってきてから法事で会った以外で爺ちゃんにマトモに会ってないなと思い母さんに聞くと、離れにいるらしい。爺ちゃんは自分用の離れでよく生活しているのだ。
「おーい、爺ちゃん」
離れに入り、爺ちゃんの自室をノックして呼びかける。すると。
「その声は……エキセントリック孫!」
「誰がエキセントリックだ。アンタだろむしろ」
俺ほどノーマルな人間はそうそういねーよ。
「入ってこい、大輔。久しぶりに64のマリ〇カートをやらんか?」
「せめて最新作やろうぜ……」
部屋に入る。剣道場のような趣……というか元々は剣道場なのに、床には暖房付きカーペットが敷いてあるし本棚には漫画やらゲームソフトやらが大量に置いてある。
俺がオタク趣味を持つようになったのは爺ちゃんの影響からだ。
「さて、なんか用かいの?」
「いんや、1年ぶりに挨拶しに来ただけだよ。今日向こうに帰るからさ」
「なるほどのう。実家に2泊3日とは感心せんが……いやすまん、ここでの扱い考えたら帰りたくもなるよネ!」
「うん……」
わかってくれて何よりだ。なんで実家なのに落ち着いてられねーんだよ。
「我が家で最も料理のできる健介が海外出張中とくれば、次に料理のできるお前がいるとなればそりゃあ料理も作らせるものよ。昨日のハンバーグめっちゃ美味かったぞ」
「そりゃどうも。じゃあ元気そうだし、俺もう行くよ」
「おお、そうか。きくさんにも挨拶してくといいぞ」
「わかった。じゃあまたな、爺ちゃん」
俺が部屋から出ようとする。
「お、そうじゃ。大輔よ」
「ん? なんだよ爺ちゃん」
「その右腕、どうかしたのかの?」
「え?」
まさか、バレた? いや、見た目も人間のそれと同じなはずだ。いくら魔力の塊と言ったって、そんな――。
「いや、特に何もねーぞ?」
平静を装って返すと、爺ちゃんはふーむと唸る。
「そうかのう……いやなに、随分と右腕を気にしておるようじゃし? ジジイとしてはもうちょー心配」
「ああ、昨日ちょっと逃げてる時に転んでぶつけちまったぐらいだな。腫れもないし、そう心配することじゃないぜ」
「そうか? ならいいんじゃが。じゃあの、儂はマリカやるでな」
「お、おう。心配させちまって悪いな」
「儂イカちゃん使お」
「最新作あるんじゃねえか!」
俺は離れを後にした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その後、婆ちゃんに執拗に麻雀に誘われるのを華麗にかわし、姉と妹、母のパシリを「うるせえ俺は向こうに戻るんだよ」と強引に回避した。
そして。
「また帰ってくるのよダイちゃん……ぐすっ」
「なんで泣いてんだアンタ……。それより専業主婦なんだからそろそろ俺よりは料理得意になってくれよ」
掃除洗濯は完璧だし炊事も下手ってわけじゃないんだが。
「正直、勝てる気がしないのよね……ケンちゃんにもダイちゃんにも……」
そう言って母はしょんぼりした。ケンちゃんってのは俺の父、健介のことだ。
「母さんだって下手ってわけじゃないんだからさ。クッ〇パッドって知ってる?」
「なあに、それ」
「それ使ってみるといいぜ。父さんも使ってたし」
俺と父はクックパ〇ドに全幅の信頼を置いている。だって実際いいもんばっかなんだもん……。
「さて、じゃあ俺はもう行くぞ。婆ちゃん、来年は麻雀付き合うからな」
「今度は彼女連れといで、脱衣麻雀をやろう」
「彼女なんかいねーしなんで自分の祖母と脱衣麻雀なんかやらないといけねーんだ!」
「だって多分ワシ負けんしー。若いおなごの裸見たいじゃん?」
「そういえばそういう人だったね!」
マジでマトモなの俺しかいないじゃん鹿沼家。大丈夫かほんと。
「じゃあな、また来年。次は沖ノ鳥島土産でも持ってくるよ」
「逆に今年よく手ぶらで来たわね……」
姉が呆れたように言う。うるせえ、金欠だったんだよ!
「じゃあ、元気でな!」
そうして、俺は帰郷を終えた。
ちなみに。
これは数日後に知ることになるのだが……。
『母さんがクックパ〇ドのせいで料理にハマった。太りそうだから次会った時にアンタをボコってダイエットするわね』
そんなメールが送られてきた。理不尽ってのはこういうことを言うんだよな。




