嗚呼麗しき社交会
城下町の様々な観光スポットを教えて貰っているうちに、日は落ちかけていた。
「あら、そろそろ行かないとダメみたい」
「例の社交会ってやつかい? じゃあ移動しようか」
「悪いわね、面白みのない会合なんかに……」
「いいよいいよ。むしろ、こっちのマナーには明るくないけれど、それこそいいのかい?」
レナウセムの人達は見た目が西洋人のような顔立ちだからこそ、どうしてもヨーロッパ辺りの常識をベースに考えてしまう。
僕らの世界のマナーならまだ理解の範囲なのだけど……レナウセムのマナーに関して僕は無知だ。
「異世界人呼び付けといて礼儀に目くじら立てたりしないわ。むしろ、こっちからお願いしたいことがあるんだけど、いい?」
「もちろん」
僕は即答した。断る理由もないからね。
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「すごく見られてるんだけど、似合わないかい?」
「あら、似合ってるわよ?」
僕は今、社交会と呼ばれてるパーティにお呼ばれして、そこに参加している。
いる、のだけれど。
「まさか和服で参加になるとは……」
そう、僕はいま和服を着ているのだ。
ミオ曰く「最近、ウチの国でも日本文化が人気らしいのよね」ということらしい。
パーティ会場は広く、天井も高い。床は大理石のような鏡面仕上げの石で、たくさん設置された机に料理が所狭しと乗っている。立食パーティー形式らしい。
「すごい見られる……落ち着かないなあ」
「この社交会は王族と貴族、あと抽選で選ばれた国民しか参加出来ないの。そこにただアタシの友人だからってことだけで参加しているとね、まあ、色々と面倒なのよ。だから客寄せ……なんだったかみたいなものだと思って」
客寄せパンダのことだろう。
外部の人間を無理やり内部のコミュニティに入れようというのだから、親善大使のような何らかの目的ないし立場は必要か。
「で、僕は何をしてればいいんだい?」
流石に、黙々と料理を食べている訳にはいかないだろう。
「普段通りでいいわよ? せいぜい、話しかけられたら無視しないぐらいね」
「え、そんなことでいいの?」
「あくまでここの主役は国民なのよ。これ、王族や貴族と国民が言葉を交わせる数少ない場なのよ。王族も貴族も基本は仕事で忙しくしているのよね」
「そうか、ここ資本主義なんだっけ」
「貴族もみんな元々は平民だったからね。貴族、なんて言われてはいるけど、要は大企業の社長みたいなもんよ」
政治家や社長と会話ができる会食みたいなものと思えばいいかな?
「あ! ミオと公崎くんじゃないか!」
前から見知った顔が歩いてきた。エリオット君だ。隣にはエミリアちゃんもいる。
エリオット君はこの世界での男性用礼服を着ている。黒いシャツに似た衣服の上に、家紋の入った真っ白な上着を羽織っている。ズボンもまた真っ白で、遠目に見ると新郎の着るタキシードみたいだ。
「あら、王女に公崎さん。御機嫌よう」
エミリアちゃんも礼服だ。真っ白な男性用とは違い、青を基調にしているドレス。スカートの丈は床スレスレで、全体的に肌の露出はほぼない。
「やあ、2人共。まさか、こんなところで会うなんて思わなかったよ」
「それはこっちのセリフさ。アルカニリオスに行くとは聞いていたけど、社交会に来ているとはね」
「まあ、成り行きかな」
「色々大変だね、君も。……ところで……」
エリオット君が僕の周りを見る。
「その、なんだ。大輔くんは来ていたり……しないのかい?」
「大輔なら今頃故郷じゃないかな?」
「だよね、うん。僕もそう聞いていたしわかっていたとも。はあ……」
エリオット君は項垂れてしまった。本当に仲がいいんだなあ。
「じゃあ、僕は行くよ。お母様に呼ばれていてね」
そう言って、エリオット君は歩いていった。……あ、少し歩いたところで女性に取り囲まれてる。
「お兄様、いつもは社交会に来ないのですわ。ああいう風に女性人気が高いので……」
「学園でもそういう感じだよね。ファンクラブとかあるんだっけ」
「ええ、まあ……」
エミリアちゃんがすごい微妙な顔をしている。
「では、わたくしも行きますわ。大輔さんによろしく伝えておいてくださいまし」
「うん、任せといて」
辺りみんな知らない人って状況で知り合いに会うと安心するなあ。
「おい、そこの」
エミリアちゃんを見送ったあと、急に後ろからそんな声が聞こえた。もしかして僕のことかな? いやでも、間違ってたら恥ずかしいな……。
「異国の服を着ているやつ!」
あ、これ僕だな。
「えっと、なんですか?」
振り返ると、真っ赤な髪をしたツリ目の男性が立っていた。服装はエリオット君と同じ。
「お前は我が妹のなんぶべら」
視界から消え――ってミオが全力でぶん殴っている! いったい何が!?
「あら、見苦しいところを見せたわね。少し向こうへ行かないかしら? 美味しい料理があるの」
「え、あ、うん……」
僕は屈した。あの男性には触れるな、という圧が、そこには確かにあった。
ミオに手を引かれて、僕はさっきの男性とは真反対の方向に進む。
「ま」
ま?
「てぇぇぇぇぇぇぇイ!」
凄まじいスピードで、僕とミオの前に先程の男性が回り込んできた。
「お前は! 我が妹の! なんだ!」
……この人、もしかしなくてもミオのお兄さんなんじゃ?
「友達です」
ご学友ってことで呼ばれてるからね。
「ならば決闘だ!」
なんで?
「ねえミオ、今これ僕ら多分異国語同士で会話してるんだよね?」
「そうなるわね」
「もしかしてこう、翻訳がおかしなことに?」
「なってなかったわね」
ならどうしてこんなことに?
「やかましい! 2人でこそこそ仲良く話すんじゃない! 兄を混ぜろ!」
「うるさい黙って気持ち悪い!」
ミオが心から嫌そうに叫んだ。お兄さんは怯むが、しかしそれでも引き下がらない!
「可愛い妹が悪辣な男に騙されていたらどうする! その男からはこう……女を誑かしそうな気配がするのだ! 我が家の長兄のように!」
ズビシィッ! と指を刺される。
……えーと、これどういう状況?
「貴様の性根を暴いてやるッ!」
そう言いながら、僕に向けて金貨らしきものを5枚、僕の足元に投げた。
「こ、これ、どうすればいいの?」
「無視しなさい、無視。それ拾うと決闘を受諾することになるから」
「決闘って禁止されてないんだ……」
「そっちの世界の事情は知らないけど、こっちのは別に命に危険があるわけじゃないからね。とはいえ、面倒なことになるのは間違いないわ」
実際、この騒ぎのせいで僕らは非常に注目されてしまっている。僕の和服に重ねて決闘騒ぎ。しかも、相手は王族。
「あっ、ちょっと! ダメだよ、ここ通ったら!」
更に、別のところでも騒ぎが起きているらしい。ここからほど近い入口付近だ。
「…………大丈夫。私もご学友」
「何が大丈夫なんだい!?」
うん? なんだかすごく聞き覚えのある声だね?
「…………私とミオはマブダチ」
「そう言われてもなあ……」
絶対あれ葵だな。
「兄さん、話はあとよ。そのお金は自分で拾っておいて」
「なっ!? み、ミオよ! 兄を放置するのか!?」
「…………」
が、ガン無視……。
「何かあったの?」
「これはミオ様。いえ、この少女が突然現れては、中に入れろと申すものですから……」
「…………いぇーい」
葵が僕らに向けてダブルピースして見せた。状況わかってるのかい……?
「はあ。まあ確かに学校の友達っちゃ友達よ。アタシが許すわ、通してあげて」
「ミオ様がそう仰られるのであれば」
通っちゃったよ。ほんと王族って凄いんだなあ。
「ここで無視した方が面倒でしょ。騒ぎを起こし過ぎると国民にも迷惑がかかるわ。社交会の主役は国民だもの」
しっかりしてるなあ。
「君は我が妹の友人なのかい? 女の子だな、良かった」
「…………それはもう仲良し」
「どの口が……はあ、まあいいわ」
「…………悠人、驚いた?」
「そりゃあもう」
僕らがここに来るってこと、ミオが伝えておくって言ってたし、知ってて当然ではあるか。
そういえば、葵はゲートを好きに開通する魔法を使えたんだっけな。
「アンタ、ちょっとこっち来なさい」
「…………わかった」
ミオが葵を連れて隅の方へ行ってしまった。
女の子同士の秘密の話かな?
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「……誰から聞いたの?」
会場の隅で、ミオと葵は顔を寄せあっていた。誰にも聞かせたくない会話をする体勢である。
「…………それは言えない。情報源の秘匿が取引の条件だった」
ミオは考える。葵の交友関係は……そこまで広くなかった気がする。
「鹿沼ね?」
「…………おや、急に言語の翻訳がされなくなったらしい」
「アタシ、今は日本語で喋ってんだけど?」
「…………ニホンゴワカリマセーン」
「わかったわ。アイツが帰ってきたら燃やせばいいのね?」
ミオにとって、楽しみにしていたデートだったのだ。
まあ、デートだと思っているのは自分だけで、悠人はきっと心から観光ツアーだと思っていることもなんとなくわかってはいるけれど。
「…………抜け駆けはズルい。最近は白鷺飛鳥が悠人を見る視線に熱がこもっている。…………あまり小競り合いをしていると負けてしまうかもしれない」
「どうしてそう思うの?」
「…………白鷺飛鳥は献身的かつお淑やか。まさしく大和撫子。女として私たちは既に差を付けられている」
「そ、そうかしら……」
「…………鹿沼は言っていた。この時代の女は気が強すぎると。気の弱い女は男子の中でも人気があると」
ミオは危機感を覚えた。夏休みに入る前にテレビでやっていたバラエティ番組でやっていた内容を思い出す。
そう、確かあれは『強気女性会議』とかいう番組。タイトルの通り、気の強い女性タレント達が話し合うだけの番組だ。
その出演者は全員独身である。加えて言うなら、番組内で行われていた「彼女にしたいのは誰か」というアンケートにおいて、出演者の誰よりも清楚系の司会アナウンサーがぶっちぎりで1位だったではないか。
アンケート時のインタビューにおいて、顔出しNGだった一般男性は語っていた。
『いやあ、今どき気の強い女性と付き合うのはマゾだけじゃないですか?』と。
そして、悠人にマゾのケはない。……多分。
「……何が目的なの?」
「…………共同戦線を張りたい。あの存在は間違いなく脅威」
「……」
ミオは少し黙る。答えは、既に出ていた。
「いいわ、受けましょう」
葵は薄く笑みを浮かべた。
「…………話が通じたようで何より」
少女達は、握手を交わした。
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「どういう状況……?」
何故か、会場の隅から帰ってくるなり2人の様子がおかしい。
なんというか、甲斐甲斐しいのだ。
ほら、これなんか美味しいわよ、とか言いながらほいほい僕の取り皿に料理を乗せていくミオ。
いつものように小さい声で、もっと食べると強くなる、とか言いながら逆方向から料理を同じく乗せまくる葵。
「おい貴様、なんだそれ羨ましいお前許さんからな!」
財布らしい物を取り出し、ありったけの金貨を僕に投げつけてきた。
「我でさえッ! ミオに食事をよそってもらったことないんだぞッ! 決闘を受けろッ!」
「なんでですか……?」
「やかましい! いいか、お前がミオの隣で呼吸するに相応しいかどうかを見極めるのだ! え、我? お兄ちゃんだから無条件で呼吸し放題だザマーミロ!」
ほんとこれどうしたらいいの。
「はあ……決闘して恥かくの、間違いなく兄さんの方だから」
「なにィ!?」
「まあやってみたらいいんじゃない? 悠人に勝てたら見直してあげるかも」
「なら、勝てたら兄さんと呼ぶ前に我の名前を呼んでくれ!」
「勝てたらね」
あれ? これ僕が決闘する流れになってない?
「悠人、悪いんだけど灰をかけてやってくれない? ……あ、日本語だとお灸を据えるとか言うんだったかしら」
……まあ、ここまで騒ぎになってしまったし、収拾はつけないといけないか。
僕は金貨を拾う。
「拾った! 拾ったな!? よし決闘だ今すぐ決闘だ表に出ろォ!」
……そういうことになった。




