ぶらり学園一人歩き
――――少し時は遡る。大輔が故郷を目指し飛行機で本土に向けて出発した日。時間にして、大輔が空港で飛行機の出発を待っている朝の7時頃のことである。
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悠人は学生寮から出て、学園の敷地内を歩く。
夏休みが始まったとはいえ、部活動はいつも通り行われている。朝練に精を出す生徒達がちらほら見受けられた。
エルゼラシュルドの敷地は広大だ。沖ノ鳥島唯一の魔法系高等学校(普通科の高校は複数ある)ということもあって、全ての施設がとにかく大きい。
故に、学園内各地に魔導ポータルというものが設置されている。
魔科学によって作られたもので、ポータルそのものの風貌は巨大な魔法陣のよう。
ポータルの上に乗った状態で学園支給の学生証を兼ねた電子端末にインストールされた魔導ポータル用のアプリケーションで移動先を指定すると、瞬時にそこへ転移される、という仕組み。
――待ち合わせまではすごく時間があるし、ふらふら歩いていこう。
悠人は少し早起きしてしまって、約束の時間である9時の二時間前にはもう全ての準備が終わった状態になっていた。悠人はミオに「幽ヶ峰のやつは他の用事があるらしいから、起こさないように動いてあげなさい」と釘を刺されてしまっていて自室では手持ち無沙汰になったので、こうして魔導ポータルを使わずに待ち合わせ場所まで移動しようというのだ。
ちなみに、散歩は悠人の密かな趣味の一つである。大輔にはこれを話したのだが、「京都とか行ったらお前絶対楽しいだろうなぁ。気持ちは分からんでもないぜ」と返された。いい友人を持ったものだと、悠人はしみじみ思う。
――いつもポータルを使ってるから、マトモに学園を見たことなかったんだよね。
学園の施設はパンフレットなどで見たことがあっても、実際にこの目で見ていない施設は多い。そういうものを見るいい機会だと悠人は考えていた。
待ち合わせ場所は、東西南北の4つある校門のうち、北門を出てすぐの場所。そして……男子寮は学園敷地の南部にある。つまり遠いのだ。
エルゼラシュルドの敷地は綺麗な円をしており、中央に校舎が建てられている。学生寮や図書館などの学園施設は、校舎を取り囲むような形で建築されている。
あまりに敷地が広大過ぎて、徒歩で端から端まで、なんならぐるっと全施設に行ってやるぜとイキリ散らす新入生こそいるのだが、皆総じて途中から真顔になり、最終的にはポータルを使ってしまうという光景が毎年見られるほど。在学生には「よわよワープ」とか呼ばれているエルゼラシュルド名物である。
悠人は学園校舎のところまで来ていた。少なくとも10分は歩いている。
校舎の形は上空から見ると「ロ」の形をしていて、内側は全て中庭だ。
中庭はテラスカフェもあり、池も木々もあり、大きな公園のようになっている上に魔導ポータルも設置されていてアクセスも良く、生徒の憩いの場になっている。
木々の茂みに隠れ、一糸まとわぬ姿で服を乾かしていたミオのことを思い出し、少し悠人の顔は赤くなった。これ以上思い出すと合わせる顔が無くなってしまいそうで、そそくさと中庭を後にした。
校舎を抜けると、次は女子寮があるエリア。
女子寮は東、西、北に2棟ずつの計6棟存在し、悠人が今歩いているのは北方向。道の左右に巨大な女子寮が建てられている。
エルゼラシュルドの学生男女比は年度にもよるが3対7や2対8といった具合で女子の方が圧倒的に多い。男子の学生寮は大きめの1棟で事足りてしまうのだが、女子はそうはいかないのだ。
街路樹が植えられていて道路もしっかりと舗道されている。……程度の感想だけ抱いて、悠人は歩き続ける。
「あっ! あれ、公崎くんじゃない?」
「ほんとだ、カッコイイ……」
そんな声が女子寮エントランス付近のあちらこちらで起こっているのだが、声も小さく距離もあるので、どれも悠人の耳には届かなかった。
むしろ。
――? なんだか見られてるし、みんな僕を見てヒソヒソ話してる……。ああ、確かにこんなところを男子が歩いてたら心象も悪いか。
なんてことを考えていた。ここに大輔がいたら、肘で脇腹を小突かれていただろう。
そんなわけで、悠人はさっさと行ってしまうことにした。
女子寮のあるエリアを抜けてしばらく進むと、グラウンドや体育館に講堂、図書館に部活棟などが乱立するエリアに差し掛かった。
学園施設群は校舎と学生寮を取り囲むように建設されていて、北には図書館や天文台などの、民間人の立ち入りが許されている建物が。東にはグラウンドやスポーツ系部活棟にジム、体育館などの運動用施設が。西には文化系部活棟やそれら部活に使用される撮影スタジオやら研究施設やらの文化的活動施設が。南には学生が自由に使用していい訓練室が所狭しと建てられている。
悠人がいるのは北方向で、一般人や外部の学生らしき人々がいくらか歩いているのを見かけた。
ふと時計を見ると、針は8時を指していた。待ち合わせまで1時間ほど。
ここまで来て他の施設を見て回ろうにも時間が足りないし、と辺りを見回していると、カフェが目に入った。
そういえば行ったことないな、と思った悠人はそのまま、ふらふらとカフェに入る。
夏休み初日のカフェは賑わっていた。これからどこに行こうかと話すカップル、夏休みの計画を立てるエルゼラシュルド学生、既に店内で宿題を始めているグループなど。
店員に案内されて、悠人はカウンター席に通された。
席に着き、注文を見ていると、空席だった隣に誰かが座った。
特に何も考えず、悠人はふと、視線をそちらに向ける。
そこに、ミオ・アルカニアその人がいた。
「「あっ」」
どちらも、早く来すぎて手持ち無沙汰になっていたのであった。
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「このコーヒーっての、豆をすり潰した汁で出来てるんでしょう? 独特な味よねぇ」
「し、汁って……まあ合ってるけどさ。最初にコーヒーを作った人は何を思ってたんだろうね」
2人は折角なのでとモーニングを頼んでいた。
コーヒーを啜るミオは絵になるなあ、なんてことを悠人は思った。勿論口には出さなかったが。
「食文化も全く違うのかい? 僕らの世界にあるようなファンタジー小説は西洋圏に引っ張られがちだけれど」
「世界の生い立ちが違えばそこにあるものも違うわ。似たようなものはあるけれど……パンとか。ああいや、名前は違うのよ?」
「別の国みたいな感覚でずっと生きてきたけど、やっぱり世界が違うんだなあって思うよ。はむ」
悠人はそう語って、バターのよく染み込んだトーストをかじった。
「案外、みんな私たちのことを知らないものだわ。勿論、私たちだってアーザルの文化をよく知らないもの」
「アーザル?」
「ああ、私たちはこちらの世界のことをそう呼んでいるのよ。レナウセム語で『異郷』の意味なんだけど……もうこっちの世界を指す固有名詞になりつつあるわ」
そこまで言って、ミオはまたコーヒーを飲んだ。結構気に入っているようだ。
「ふう。あー、ごちそうさまでしたって言うのがマナーだったかしら?」
「それは日本だけだね。そっちには、こう、国家間での文化の違いとかないのかい?」
「ないわ。細かい風習は違ったりするけれど……大まかなマナーやルールは変わらないわね」
悠人はトーストを食べ終えてしまって、コーヒーを一口飲む。そして、ミオに重ねて質問した。
「それはまた……興味深いね。そういえば言語もそっちにはレナウセム語の1つしかないんだっけ?」
「ええ、ランディース語とも言うわね。どうしてそうなったかは……多分、エリオットやエミリアの方が詳しいんじゃないかしら。アタシはそういうの、あんまり詳しくないのよ。ああ、お兄様もそういうの好きだったわね」
「お兄さんがいたんだね」
そういえば、と悠人は思い出す。第二王女とか言っていたから、数人ほど兄弟や姉妹はいるのだろう。
「兄が2人、弟が1人、姉が1人に妹が1人いるわ。第1王子の兄さんは王族であることをやめて一般国民になりたいって言ってるのよ。文化研究に精を出したいみたい。王族だと、嫌でも政治とかに関わらないといけないから」
ファンタジーでよく見るような王族間の権力争いはないらしい。
「さて、そろそろお暇しましょうか。いい感じに9時前だし、ゲートが開く頃だわ」
「ん、じゃあ奢るよ」
「私、これでも王女よ? そんな、奢ってもらうだなんて」
「これから色々お世話になるんだ、これぐらい出させてよ、ね?」
悠人がそう言うと、ミオは少しだけ考えて、
「わかったわ。向こうに行ったらアタシが奢る番ね」
と返した。
悠人はそれに微笑みを返し、料金を支払った。
「じゃ、行きましょうか。学園前ゲートでいいわよね?」
「どこでも大丈夫さ。行こうか」
そうして、2人はカフェを出る。
「…………確かな情報筋。…………本土から帰ってきたら、報酬を与えねばならない」
何者かに見られていることに、気付かずに。




