帰還
急襲。そんな言葉の通りに、魔物は空中から俺に迫る。
「う、おォッ!」
魔物はその巨躯を地面に叩きつけてくる。
俺はそれを躱し、すぐさま体勢を整えて拳を振りかぶるが、既に魔物は飛行していた。
わかってたことなんだが、実際目にするとあのデカさからは想像もできねえ速さだ。
蒼空さえあれば……少なくとも、ステゴロで戦っている今では圧倒的にリーチが足りない。
なんでもいい、武器になりそうな物が必要だ。
そうこう考えている間でも魔物の攻撃は止まらない。動きといえば、空中から地面に向けて急速落下、そのまますぐに空中に戻る――という一連の動きを繰り返すだけだ。
何か……リーチの長い物を確保しなければ……!
しかし、こんな山中にそんなものが落ちているわけがない。
魔物の攻撃を回避しながら、俺は考えを巡らせる。
どちらにせよ普通の武器ではどうにもならない。俺の魔法も傷付けるには至らないだろう。魔力を纏わせた蒼空か、或いは俺のこの右腕か……。
……そうだ、魔力で殴れるのなら蒼空でなくてもいい。なら……!
俺は魔物の巨躯に触れて折れてしまった木の枝を拾い上げる。
右腕で枝を持ち、魔力を纏わせるイメージを思い描く。
……妙な感覚がする。身体の中の何かが、こう、外に引きずり出されているような……。
枝を見る。いや……それはもう枝ではなかった。
禍々しい、俺の右腕と同じ色をした、蒼空と全く変わらない見た目の槍だ。
魔導武装とは違う、単純に自分の身体の一部を……魔物としての魔力によって形作られたそれを、俺は強く握り締める。
――これなら、いけるか?
身体能力は向上したまま、疑似魔導武装によってリーチも伸びた。
やるしか、ない。
俺はいつものように槍を構え、思い切り跳躍する。いつもより速度が速い。
そのまま、魔物に肉薄する。魔物はつんざくような叫び声を上げて俺を迎撃しようと、その蜘蛛の脚のような部位を俺に向けて振り下ろす。
「お――そいッ!」
それよりも速く、俺の槍が魔物の顔面に突き刺さった。
「おおおおおおおっ!」
柔らかいものを貫く感覚。ああ、あの日と同じだ。美術館で、初めて人間だったモノを殺した時と。
だが。
「ギィギギィルルルルルルリギリリリィィッ!」
不快な鳴き声を上げて、またも全身にある人間の顔を模した部位から糸が噴出される。
「こンの!」
更に深々と槍を突き刺そうとする。しかし、ここは空中。踏ん張ることが出来なかった。
いつものように空中を蹴ろうとするが、魔導武装もどきでは能力を持っていないようだ。
「ギルリィ!」
「ちっ!」
蜘蛛が脚をバタバタと動かし、俺を攻撃しようとする。咄嗟に槍から手を放し、落下する。
槍は中途半端に核に刺さったままになってしまった。しかし、核に傷をつけたからなのか、再生が非常にゆっくりだ。もしかすると、もう少しで倒せるかもしれない。
だが、新たに使えそうな長い枝も落ちていない。どうにか回収するしかないだろう。
……いや、刺さったままならやりようはある。わざわざ抜かなくてもいいだろう。
「おおおおおおッ!」
跳躍。蒼空を握っていないのにそれ以上の跳躍力があるというのはなかなか慣れない感覚だ。
そして、そのままの勢いで、俺は魔物の核に突き刺さったままの槍の柄を思い切り、殴った。
押し込むように、だ。
槍は、核を貫いた。
「ギ……ギュ……」
魔物は糸の切れた操り人形のようになって、地面に落下した。
そして、そのまま魔素となって霧散していった。
「……は、はは」
つい、笑みがこぼれてしまう。
俺が。この俺が。あんな大きな魔物を殺したのだ。
人間だった頃では絶対に無理だっただろう。手も足も出なかっただろう。
だけど。
もしも俺が魔物だとバレてしまったら、どうなるだろうか。
……ダメだ、それだけは。
何が起こるかわからない。研究の対象になって幽閉でもされるか……最悪、殺されるか。
そうなってしまったら、咲月との約束が果たせなくなってしまう。
隠さなければ。誰にも知られてはいけない。俺は人間でなくてはならない。
とりあえず……どこか落ち着ける場所に行ってこれからのことを考えよう。結界の外だと、また魔物と遭遇する可能性がある。ある程度は位置がわかるとはいえ……やはりいちいち逃げ回るのも面倒だし。
となると、結界の中だろう。……入れるのか、俺?
いや――大丈夫だ。美術館に現れた魔物も元人間だった。なら俺でも入れる……はずだ。
そうと決まれば村に戻ろう。完全に道に迷っているけれど。
高いところに登って辺りを見渡せばいいだろう。この辺りで一番大きい木は……あれか。
跳ぼうとして……ふと足を止める。そういえば、急造の槍はどこ行った?
魔物が消えた位置を見ると、槍が落ちていた。俺はそれを拾い上げる。
この槍を構成しているのは俺の魔力なのだから、回収も当然出来るはずだ。そう思って念じてみると、魔力が俺の体内に入ってくる感覚があった。
しかし、元となった枝まで消えてしまっていた。完全に魔力と同化したのか。
再び黒い槍をイメージすると、俺の掌に現れた。魔導武装と全く同じ使い勝手だ。
理屈はよくわからないが……魔物自体が謎の多い存在だ。俺としても色々と自分のことを理解しておかなくてはならないだろう。帰ったら訓練室で色々と試してみるか。あそこは監視の目もなければ他人が干渉することもできない完全なプライベート空間だからな。
いや、待て。
この腕。これどうすりゃいいんだよ。
……とりあえず、元の腕をイメージしてみるか?
魔物のものだし、魔力の塊であることに代わりは無いはずだ。
目を閉じて、人間だった頃の腕を思い浮かべる。甲冑など纏っていない肌を。
しばらくして、目を開けてみる。そこには見慣れた腕があった。まさしく人間そのものだ。
まるで魔力の義手だな。もしかすると、もっと様々な形に変化させられるかもしれない。
が、今はやめておこう。あまり帰るのが遅くなってもいけない。
「よし……」
気を取り直して、木の上へ跳ぶ。
……遠くの方に、薄い半球状の膜がある。まさか……あれは結界か?
魔物になって魔力保有量ないし魔力に対する感受性が高まって結界が見えるようになった……のだろうか。
そう、魔力保有量の低い人間には結界は目では見えないのだ。
だから、結界の内と外の境界がわからずに外へ出てしまって魔物に殺される無魔力者が毎年何人も出るのだ。
以前の俺も結界は見えなかったのだが……見えるようになったということはやはり魔力保有量が増えているのかもしれない。
とにかく、帰るとしよう。
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結界は、なんの問題もなく通過することが出来た。魔物は通さないはずなのだが……俺は完全には魔物になりきっていないのか、或いは元人間というだけで人間だと認識されているのか……いや、考えたところで仕方ないか。
「大輔!」
帰ってきた俺を一番に迎えたのは日影だった。
「遅かったじゃねえか。心配したぜ」
「いや、逃げてたら迷っちまってさ。色んなとこ跳び回ってたのさ」
俺がそう言うと、日影は納得したようだった。
「……ま、無事そうだからいいけどよ。オレは羽田さんとこに報告してくるから、オマエは家に帰るといいぜ。疲れてんだろ?」
「いいのか? じゃあお言葉に甘えるよ、サンキュな」
「島さんも大喜びだったよ、また明日にでも顔を見せてやってくれな。じゃあ」
「おう、またな」
日影は走り去っていった。
「……帰るか」
俺も家に帰ることにした。
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姉にこっぴどく叱られるのではないかと内心ビクビクしながら帰ったが、むしろ姉はかなり上機嫌だった。
「アンタがちゃんとやれるとは思わなかったわ、私」
「キレるぞお前」
機嫌は良くても悪くても俺のことを馬鹿にするのは変わらんのだが。
「ま、お疲れ。ちょっと寝てきたら?」
「あー……そうするよ」
確かに、言われてみると少し疲れている。少し休むとしよう。
自室に戻り、大量の人形に見つめられる中寝ることにした。こわい。




