魔導士育成学校、入学!
とある日、とある学校の一室にて。
その部屋には複数の計器が置かれている。しかし、身長や体重を測定するそれではない。
部屋に、少年の声が響く。驚きを含んだ悲鳴のような声。
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「ランクDだとう!?」
「ええ、一般的な魔力保有者より少し少ない程度ですね。もう少し多ければランクCだったのですけど。初歩魔法一回分程度しか違いませんけどね」
……思っていたのと違う。
そもそも魔力というのは、人間の中に眠る、魔法を使うためのガソリンのようなもの。ランクは最高でS、最低では無魔力者を指すEだ。で、俺がD。下から二番目の。
なに、ランクDって。微妙。すごく微妙。いやむしろ悪いのだが。
いや、自分の魔力保有量が少ないって言うのは知ってたんだけどね! まさかここまでとは。
まあいい。ランクDでも問題はない。これから俺は数多の美少女に助けを乞われハーレムを築いていくに違いない。そうだとも。いやむしろそう思わないとやってけないんじゃないか俺。心が弱すぎる。
「これにてランク選別検査は終わりです。退室して下さい。次の方~」
俺は促されるまま教室を後にした。
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入学式は特にこれと言ったイベントもなく終わった。途中で寝てしまうくらい何もなかった。隣の者同士で戦い合えとか言われるかと思って身構えていた俺が馬鹿みたいだ。そういうのは紙面だけでいい。
所変わって教室。昔とは違い、黒板の変わりに巨大なモニターが、教室を囲うベージュ色の壁に設置されている。廊下と接している壁の反対側には一面に窓があり、教室に多くの光を取り入れている。見上げると、天井はタイル模様になっていた。
設置されているのは真っ白な生徒用デスクだ。天板部分には、薄くキーボードが映し出されるようになっている。その真上に透明なスクリーンが現れ、パソコンとして機能するようになる。
今でこそ、このようなパソコンが一般的だが、田舎にある俺の実家のパソコンは未だに実体を持っている。十年前の2013年製だ。最新のOSを積めば問題なく動く。
俺は田舎出身なのでこういった物ですら初めて触るに等しい。こうして都会に出れるのなら魔導士を目指して良かったといったところか。
と、俺が時代の進歩に感動していると、凛々しい女性が教室に入ってきた。黒い髪を腰まで垂らし、着用している藍色のスーツは胸の部分の膨らみがなんかもう凄い。
もちろんと言うべきか、顔も美人である。吊り上がった目は獲物を狙う野生動物のような鋭さがある。鼻の筋も綺麗に通っていて、口は口紅無しにでも艶かしい。もしかしてあのレベルでノーメイクだというのか。都会やべえ。いや、ナチュラルメイクとかいうのも存在しているらしいから油断は出来ないな。
「あー、生徒諸君。はい、静まれ静まれ……私がこのクラスの担任の須崎だ。ランクの高低に関わらず厳しくするので覚悟するように…………何か質問は?」
「はい先生」
俺は思わず手を上げた。
「なんだ。お前は……ランクDの鹿沼大輔か。言ってみろ」
「先生に彼氏はいますか!」
恋愛関係ッ! 聞かずにはいられない!
「魔法が私の彼氏だ」
「あっ……」
俺は全てを察し、目元を抑えて俯いた。
「いや、待て! 違う! 出会いがないわけではない! だからやめろ! その仕草をやめろォ! 憐れむんじゃない! なんで男子全員同じ動きをするんだ!」
思っていたよりユーモラスな先生らしかった。楽しくやっていけそうである。
「ただ……男どもが私と付き合っていると『結婚はちょっと……』と言ってな……。何故だ……。私の何がいけないというのだ…。そろそろ身を固めても良いではないか……」
どうやら核弾頭に匹敵する地雷を踏んでしまったらしい。教室の至る所から女子が「元気出して!」「男に見る目が無いのよ!」と励ましの言葉を掛けている。なんだかもう居た堪れない。
「うう……ぐすっ……先生はいい生徒に恵まれたよ…」
遂には泣き出してしまっていた。なにこの先生あざとい可愛い。なんで出会って数秒でギャップ萌え属性を開花させているのか。というか泣いている原因もその生徒なんですが。
「ホームルームは以上だ……。帰っていいぞ……あと鹿沼は後で職員室に来るように……」
……魔法だけじゃなく結婚適齢期の女性をからかうとどうなるかまで学べるなんてほんといい学校ダナー……。
俺は説教を受ける姿勢へシフトチェンジした。
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こってりと須崎先生に「結婚適齢期の女性が如何に繊細で傷付きやすい生き物か」という題目の講義を受け、その後更に「心の乱れは魔力の乱れ」と称した、訓練と言う名の処刑が始まり、心身共にボロボロになった。もう二度と大人の女性はからかうまい。
今、俺はとにかく長い道のりを経て寮に辿り着き、自室に向かっていた。この魔導士育成学園機関『エルゼラシュルド』は完全寮制なのだ。しかし変な名前。異世界語で無理矢理名前付けるなよ。
寮は、一言で言えば“高級マンション”である。まあ差異はあるが。
廊下内は常に同じ温度、同じ湿度に設定されていて、夏でも冬でも快適らしい。パンフレットにもそう書いてあった。親しい先輩からもそう聞いた。
俺はエレベーターに乗って四階へ昇り、廊下を少し歩いて自室の前に立つ。深く深呼吸して認証装置に手を伸ばす。手のひらを合わせると手相や指紋、魔力のタイプをスキャンして、本人であると判断されれば扉が自動で開くのだ。鍵を持ち歩く必要がなくなって非常に便利である。
俺は知っている。この学校の寮は二人一組だということを。そして、物語ならばこの扉を開けた先には着替え中の女の子がいるのが相場だということを。そこからめくるめくラブロマンスの世界の幕開けである。
「いざ、桃源郷へ!」
期待を胸に、扉を開いた。
いたのは、着替え中の優男風のイケメンであった。
「まあここ男子寮だしな!!」
俺は天を仰いで咆哮した。
わかっていた。わかっていたさ。そんな美味しい展開があるものか。
「えーっと……」
唐突に慟哭する俺を見て相当困惑しているらしい。俺だってこんな奴見かけたら近寄りたくない。
「ああ、いや、すまん。俺は鹿沼大輔。ここの住人。あんたのルームメイトだ」
俺は自己紹介をする。しばしポカンとした表情を浮かべていたその少年はふと我に帰って、
「あ、えーと、僕は公崎悠人」
と自己紹介を返してくれた。
そうしてお互い自己紹介をした後、部屋に沈黙が下りた。俺は脳内で必死に話題を探す。
「あ、あー、そういや公崎のランクは? 俺はDだ」
「僕もランクDかな」
「え、マジで?」
俺は先ほど誠に不本意ながら見てしまった公崎の体を思い出す。細身の体でありながら筋肉がよくついている。ウホッ、いい筋肉…。いや、要するに強そうだってことだ。運動神経はランク選別には関係ないのだけども。
「よく鍛えられてるのになあ。ぶっちゃけかなり強いんじゃないかと思ったぜ」
「ははは、まあほら、要は実戦で戦えればいいんだよ。そういう学校な訳だしね。ランクが低いからって戦えないわけじゃないだろ?」
「違いない」
感じのイイ奴がルームメイトになったもんである。これはいい学園生活になりそうだ。
「実戦には自信あるっぽいな。昔なにかやってたのか?」
「ああ、うん、父さんが魔導士だったんだよ。僕も目指してたから、よく稽古をつけてもらってたんだ」
「へえ、奇遇だな、ウチの爺ちゃんも元魔導士なんだ」
それも爺ちゃん曰く「ワシめっちゃ凄かった。何が凄いってもう全体的に凄かった」らしい。ほとんど伝わってこないが多分強かったのだろう。
「そういえば、入学早々だけど、明後日は歓迎戦だね」
「ん? ああ、新入生と上級生が戦うって奴か」
歓迎戦。新入生を上級生がいぢめて魔導士社会の厳しさを教えてやろうというもの…ではなく、ハンデ付きの集団模擬戦を行い、出来るものなら勝ってみろというイベントだ。
「勝てるとは思わねえなあ。一年の差ってのはかなりデカイんだぜ。相手はアマチュアの魔導士。免許を持ってる。こっちは魔導士候補生だ。中学の頃に魔法の基礎は習ったとは言え……まあ、全てにおいて格が違うからな」
「ははは、まあ勝つためのイベントじゃなくて、集団戦を体験させるイベントだしね」
俺は、このまま別の話題を振る。
「そういや、公崎はどの魔術専攻なんだ?」
魔法には幾つかの分野が存在する。俺は『放出魔法学専攻』である。要は火とか水とか出す魔法のことだ。RPGなどでありがちな魔法だと思ってもらえれば良い。メラとかファイアとかアギとかってことだ。
「僕は『放出魔法専攻』だね。君は?」
「一緒だぜ。じゃあえーと…クラスはどこだ?」
「2組だよ」
「同じクラスじゃねーか!」
ということはこいつも皆に混ざって須崎先生をからかったのだろうか。
「ああ、もしかして先生を最初にからかったのは鹿沼くんだったのかい?」
「その通りだ。その後ボッコボコにされたけど。あと名前でいいよ。苗字はこそばゆくてな」
「そう? じゃあ僕も名前でいいよ」
流石にルームメイトを苗字で呼びたくはない。そんなの気が詰まってしまうし。
「じゃあ、今後ともよろしくね、大輔」
「ああ、よろしくな、悠人」
そうして俺たちは握手した。青春ドラマのようである。
こうして、俺の学園生活が始まった。
ところで、可愛い女の子との出会いはないのだろうか。