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白銀のストラタム  作者: 川咲 陸
青年と白騎士
7/8

#06 白銀の盾


「ここは……」

『転移が完了したようですね』


 真っ白に覆われていた視界が、まるで霧が晴れる様にその景色を鮮明にしていく。

 飛び込んできた光景はストリートのような場所。建物の中を分けるような道路、そこに俺は立っていた。

 住宅地っていうよりはちょっと外国の市街地っぽいな。あれ、外国ってなんだ?


「ってアレ、リズさん何処から喋ってるんだ?」

『転移の際に魔法を掛けましたので、今はシキさんの脳内に直接話しかけています。シキさんが見た物がそのまま私にも見えますので』


 そういうことか。どうもリズさんはこういった魔法が得意らしい。

 しかし便利だなぁ、魔法。他人の視界も共有できるのか。


『そんなことより、早く【隠蔽(ハイディング)】の薬を飲んでください。

 近くに魔人が居ますよ!』

「おっと!」


 預かった薬を慌てて飲み干し……ってマズッ!

 ―――とにかく何とか飲み干し、近くにあったゴミ箱の横に身を隠す。

 結構な大きさのゴミ箱だ、短時間身を隠すくらい余裕だろう。相手は冷静じゃない魔人なら尚更だ。


「しかし、昼なのに人が居ないな」

『私達の研究所の他の担当の方が結界魔法を張ってくれてますからね。

 人避けの魔法なので結界内に人は居ませんし、近づきません』

「ああ、だからストリートっぽいのに人が居ないのね。

 まぁそれなら無関係な人を巻き込む恐れが無い訳だ」


 聞けば聞くほど便利だな魔法。

 俺も何とか早く使えるようにならないと。


『……シキさん、どうやら来たようですね』

「魔人か?」


 ゴミ箱の影から身を乗り出して辺りを見る。

 すると……確かに、居た。

 白目を剥いた、黒い服の女性だ。

 大きく開けた口からは涎を垂らし、時折唸り声を上げながら俺の居る場所の反対方向をうろついている。


「見えた……まだ距離はあるな。

 どうする、もっと近くに行った方がいいか?」

『ダメに決まってるじゃないですか。シキさん死にますよ!

 この距離を保ってください!』


 しかし……初めて魔人を見たが、一目で分かるくらいの異様さだ。

 理性を無くすとは聞いていたが、まさか見た目からしてここまでになるとは。


「ん……?」


 突如、女性はピタリと動きを止める。

 三秒ほどの停止。その直後……ぐるり、と。

 その首が、此方を向いた。

 白目を剥いたままの女性は、それでなお此方を真っ直ぐに見据えている。

 ―――そして、不意に女性は片手を挙げた。


「……やべぇ!?」

『気づかれましたか……!』


 すぐにその場から離れ、近くの建物と建物の間に身を隠す。

 その直後、俺が先程まで物陰にしていたゴミ箱が、何の脈絡もなく、爆発した。


『アレは爆発系の魔法ですね。早い段階で気づいていたのが幸いでした』

「一般人が使っていい魔法じゃないでしょアレ! どんだけ殺傷力あるんだよ!」


 少しだけ顔を出して女性の様子を見る。

 女性はキョロキョロと周りを見渡していた。どうやら爆炎で此方を見失っているらしい。


『【隠蔽(ハイディング)】すら効きませんか。どうやらあの女性は普通では無い可能性がありますね』

「どう見ても普通じゃないだろ」

『そういう意味ではありません!

 シキさん、先程私が魔法の専門部隊があると話したのを覚えてますか?』

「ああ、本来こういった事件に対応しなきゃならん筈の役立たずって罵ってたヤツ?」

『そ、そこまでキツイ言い方でしたっけ?

 ……もしかしたらですけど、あの女性はその部隊の人間かもしれません』

「え、役に立たないばかりか魔人になっちまってんの?」

『考えたくはありませんが……ですが、彼女の放った爆発する魔法は明らかに普通の人間が使える魔法ではありません』


 あ、やっぱり?

 いやあんな魔法を一般人が使えたら流石に世紀末だよこの世界。


『【隠蔽(ハイディング)】が効かないのもそれなら説明が出来ます。

 まぁ此方の隠れる位置も悪かったのですが』

「あれ、さりげなく俺ダメ出しされてる?」

『とにかく、向こうが此方を見失ってる今がチャンスです。距離を取りましょう』


 確かに、このままではいずれ追いつかれて爆発させられてしまう。

 ならこの隙間から向こうの路地に出るしか……。


「ん……?」


 最後に女性の姿を確認しようと、もう一度顔を出した時だった。

 キョロキョロと辺りを見渡していた女性の動きが止まる。

 ピタリ、と。そして次の瞬間にビクビクと、まるで痙攣するように震え出した。


『な、何事ですか? もしかしてまたバレて!?』

「いや……違う」


 女性の腹部。

 そこから何かが突き出していた。少し距離があったことも手伝って最初はソレが何かは分からなかったが、目を凝らして漸く、その正体を知る。

 ―――手だ。正確には腕、なのだろうか。

 まるで鎧に覆われているかのような手が、手刀のように女性の腹部を貫いている。


「あれは……!」


 女性は腹部を抉られているにも関わらず、血は一滴も流れていない。

 そして、女性の痙攣が止まると同時に、その体はまるで霧のように消えてしまう。

 女性の体が消えたことで……俺は、そしてリズさんは、その背後に居た存在の姿を捉えた。


『白騎士……』


 白騎士。

 一体いつの間にそこに現れていたのだろう。或いは俺達のような転移魔法だろうか。

 白騎士は女性を貫いていた右腕を一度大きく振り払うと、静かに、だが何故かよく通るくぐもった声を上げる。


「―――関わるな、と言った筈だが」


 やはりというか、此方のことはバレているらしい。

 大人しく白騎士の前に姿を現す。

 市街地を隔てる道路を挟むように、俺と白騎士は対峙するかのように向かい合って立っていた。


「関わるなって言われても、コッチはアンタに用事があるのさ。

 アンタ、俺の記憶を何か知っているんだろう?」

「―――知っている。だが、それを貴様に教える訳にはいかない」


 前回とは違い、以外にも白騎士はあっさりと知っていると言った。

 知っているのなら、なんで前回ははぐらかしたんだ……?


「―――知れば貴様は必ず、また同じことを繰り返すだろう。私の役目はそれを避けることだ」

「アンタ……どうやらだいぶ俺と深い関わりがあったみたいだな」

「―――私とお前は、関わりと呼べるレベルではない」


 ここまで情報を与えてくれたことに驚きだったが、どうやら白騎士は記憶を無くす前の俺とかなり近しい人物だったようだ。

 言動から察するに、どうも俺が記憶を取り戻そうとすることを阻止したいようだが……


「―――これで満足か。ならば、前回私が言ったことを貴様は覚えているな」

「前回って……」

「―――言った筈だ、関われば、貴様を攻撃すると」


 瞬間……白騎士が跳躍する。

 ただ一度の跳躍で道路を飛び越え、俺の元に一直線に―――!


『シキさん!』

「ぐっ……!?」


 白騎士が迫る。その拳を振り上げるモーションが、いやに遅く感じられた。

 人間は危機に瀕すると一瞬の出来事が遅く感じられるという。なんでこんなことを覚えているのかは知らないが、まさに今がそういうことなのだろうか。

 なら……悪あがきくらいはしてみようか!

 理解はした、理解はした、理解はしたんだ!

 ならば、あとはただ、念じるのみ!


『シキさん! 今、緊急帰還の魔法を……!』


 脳内に響くリズさんの言葉と共に、急激に時が加速していく感覚。

 全てがまるで早送りのように。

 自分に迫る白騎士の拳も例外ではなく。

 だが、それよりも速く―――!


「展開せよ、【魔層防壁(ストラタム)】!」


 それは、脳内に浮かんだ言葉だった。

 俺が考えた名前では無い。あの本に書かれていた、俺が最初に読んだ魔法の名前。

 その名前を叫ぶと同時に、白騎士の拳は俺の眼前で止まる。

 いや、眼前で止まったのではない。止められたのだ。


「―――これは、まさか」


 俺の正面には、まるで俺を覆い尽くせそうな程の巨大な盾が出現していた。

 円形状の、白銀の巨大な盾。白銀とは言っても、その盾は少し透けてしまっているが……とにかく、巨大な盾だ。

 白騎士の拳はその盾に阻まれていた。魔人を容易く貫いていた白騎士の拳を、いとも容易く。


「は、はは……まさか、ほんとに発動するなんてな……」

「―――小賢しい。例えどのような魔法だろうと、私を阻むことは出来ん」


 が、安心したのは束の間だった。

 白騎士は何処からともなく、白い布で覆われた棒状の物を取り出す。

 いや……見なくても分かる。あれは恐らく白騎士の本来の得物だ……!


「―――私にこの剣を出させたのは、お前が初めてだ」


 その布の中から出てきたのは……剣だ。

 鎧と同じ、白銀の剣。

 だが、それは見ているだけで脳内が勝手に警鐘を鳴らすような、そんな感覚に陥るような代物だった。

 ―――ヤバい、あの剣はヤバい!


『緊急帰還転移、準備完了しました。シキさん、転移しますよ!』

「……ナイスタイミングだ、リズさん!」

「―――何?」


 白騎士がその剣を盾に向かって振り下ろす瞬間、俺の足下が青く光る。

 その光に呼応するように現れた陣が円を描くと同時に、俺の視界は白く塗り潰されて行った。



---



「―――逃げられたか」


 シキが転移魔法で去った後、ストリートに残された白騎士は振り上げていた剣を下ろす。

 その振り下ろすべき対象も、魔法もそこには既に存在しない。

 剣は虚しく宙を切り、コンクリートの地面を容易く削った。


「―――白銀の盾、か。貴様が持っていたのだな」


 それだけを呟くと、白騎士は剣を布に戻し……自身もまた、霧のように姿をくらました。

 誰も居なくなったストリートには、無残な姿になったゴミ箱だけが、風に撫でられ虚しく軋んだ音を残していた。



 

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