#04 白騎士を追って
―――翌朝。
サラを学校に送り出したリズさんと俺は件の研究室へと足を運んでいた。
研究室と言ってもそれはもう、研究所みたいな規模のデカさだった。
そういや研究機関とか言ってたもんな……。
そんな研究所の場所はマンションから離れてはいなかったけど、何というか周囲の住宅の中に毛色の違うこの建物があるのは違和感がバリバリである。
「すげぇな……こんなデカい所だったのか。
少数って言ってたからもっと規模が小さいと思ってたよ」
「元々はこれに見合うだけの研究員が所属していたんですけど、魔人の起こす事件に巻き込まれて亡くなられた方も多いので」
「なるほどね……」
魔人について調べるということは、それだけ魔人と密接な関係にあるということだ。大方研究する為に魔人を捕えようとして魔法に巻き込まれた、とかそんな所なのだろう。
「そういやリズさんは学校行かなくていいのか?」
「私は今日は元々休む予定だったので。
色々と報告しなければいけないことも増えてますし」
まぁ、俺の事とか昨日の一件とかですね、はい。
間接的にも直接的にも仕事を増やしてしまったのは申し訳ない。
「っと、此処がこの研究所の所長が居る部屋です」
立ち止まった部屋の前には最高統括責任者室と書いてある。
その下にしょちょー、と書いてあるのは何なんだろう。もしかして茶目っ気がある人なんだろうか。まさかな。
「所長、エリザベス・ベガリスです。
昨晩連絡した案件の報告に来ました」
「はいはーい。入って入ってー」
軽っ!
中から聞こえてきたのは軽い調子の女性の声だ。
あれ、最高責任者なんだよね……?
なんか威厳がある感じを想定してたんだけど……。
「失礼します」
「し、失礼します」
「ふーん、その子がリズちゃんの彼氏?」
「ち、違いますよ! 昨日連絡したじゃないですか!」
「冗談冗談。さて……初めまして、シキ君。
私がこの研究所の所長、レイナ・リィンフィールドです」
レイナと名乗った女性はそう言って微笑む。
20代半ばから後半くらいだろうか……栗色の髪が外から差す陽に照らされて一層明るく見える。
「シキです。一応リズさんから聞いてると思いますが、俺には記憶がありません。この名前も便宜上のものです」
「うん聞いてる聞いてるー。前飼ってた犬の名前だっけ?」
「ぐっ!」
改めて他人からこの名前の由来を聞くとやはり来るものがある。
と言うよりはリズさんそんな所まで喋ったのかよ!
そこは触れないで良かったじゃん!
「まぁその話はここまでにしておいて、実はこっちで軽くだけどシキ君について調べたんだよね」
「調べた?」
「うん、ほら住民票とか色々。この町の範囲内でだけどね。
で、シキ君の住民票とかってこの町に無いんだよね」
「それは……シキさんは他の町から来たと?」
「もしかしたら他の国、かもね。
んでもって、住民票が無いのはマズいから私がちょっと細工して登録しといたよ」
はい、と所長から一枚の紙を渡される。
細工とか良いのかソレと思いながら紙を見る。そこには俺の個人情報らしきものが書かれていた。とは言っても目に見えて分かる部分以外はボカシて書いてあるようだ。
……ん?
「あの、所長さん……?」
「何かな?」
「あの、何か俺の名前のとこにリィンフィールドって書いてません……?」
「え!?」
驚いた声をあげたリズさんが俺の持つ紙を覗き込んでくる。
紙には確かに、シキ・リィンフィールドの文字。
「いやさぁ、色々と不便だし私の弟ってことで登録しちゃったんだよね。
ほら、私って弟欲しかったじゃん?」
「知りませんよ初耳ですよ! 大丈夫なんですかこれ!」
「大丈夫大丈夫。ってことでシキ君は今日から私の弟ね! はい決まり!」
「えぇ!?」
「あ、此処ではお姉ちゃんと呼ぶように。
ちょっと憧れてたのよね、その呼ばれ方」
「嫌ですよ!」
なんで仕事の話をしに来たと思ってたらいきなり姉が出来るんだよ!
訳分かんなすぎるぞ!
「それで我が弟よ、ここの仕事をしに来たのだったな?」
「あ、もうその体で話進んじゃうんだ……」
「何か口調も変ですよ所長」
「気にしない気にしない。とにかくシキ君、貴方が此処で私達に協力してくれるというのならば、私達は歓迎します。今はとにかく人手が足りないからね」
そう言って所長は一枚の紙を差し出す。
そこには登録書と書かれていた。名前やら血縁者やらを書く欄が……成る程、これを書く為に所長の弟になったのか俺。
所長が自分のを登録した時は血縁者の部分に俺の名前は無かっただろうに、ソッチも改竄したのだろうか。
「まぁ、分かりやすい家族構成にしたほうが上に詮索されないで済むからさ」
「ああ、そのまま登録してたらバリバリ怪しいですもんね俺」
なんせファミリーネームすら無い男だったからなぁ。
研究所ってくらいだから上って政府関係だろうし、確かに詮索されたら面倒か。
「ま、それ書いて私に提出してね。
そしたら今日からもうガンガン働いて貰うよー!」
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「此処が私の担当の部署ですね。
まぁ、今までは私しか居なかったんですけど」
例の登録書なるものを書いて所長に渡した後、俺はリズさんに連れられてリズさんが仕事で使用している部屋に通された。
一人で使用していたからだろうか。部屋自体は狭い方であったがモニターやらの機械類が充実しているように見える。
「さて、今日からシキさんは便宜上は私の部下です。
私の担当は白騎士の追跡、及び接触。シキさんにもこの活動をしてもらいます」
「研究員なのに追跡行動と接触までするのか。
そういうのって専門的なのが居たりするんじゃないのか? 魔法が上手く使える奴ら~みたいな」
「居るには居るのですが……あちらは役に立ちませんね。
何せ魔人にすら震えあがって対処出来なかったので、白騎士なんてもっと無理でしょう」
「専門とは一体……っていうかリズさん随分辛辣だな」
「コッチの仕事を増やしたんですから、辛辣にもなりますよ」
あ、そりゃ怒りますよね、はい。
しかし専門的な連中が震えあがるほどなのか、魔人。
白騎士が排除してまわってるって話から、もしかしたら頑張ればどうにかなる相手ではと考えていたが、どうもそれは短絡的だったらしい。
「白騎士は常に魔人が居る場所に現れます。
つまり私達の仕事は魔人が発見されてからが本番です」
「魔人が発見されて白騎士に倒されるまでに接触、或いは魔人の追跡をするってことか」
「そうなりますね」
魔人は昨日の夜、まるで夜に溶け込むように消えた。
あの時走り去るような音はしなかったし、あれは魔法による移動と考えていい筈。そうなると魔法で移動する相手を追跡することになるのか。
「私達の目的の第一段階は白騎士の目的を知ることです。
魔人しか狙わないのでは、とも思ってましたが昨日の一件を聞く限りどうもそのようでは無いですしね」
「ああ……俺にも攻撃するって言ってたな」
でもあれは俺が魔人に関わったらという話だ。
いや、でもこの研究所の人達は魔人の研究と言う名目で関わらなければいけない。
もし先の発言が俺以外にも適用されるのだとしたら、いずれはこの研究所全体が危なくなるのか。
―――いずれにせよ、やはり白騎士にはもう一度接触する必要があるな。
俺の事も含めて、だ。
「さて、では白騎士を追うにあたって最低限の準備をしましょうか」
「最低限の準備?」
「はい」
そう言うとリズさんは、まるで効果音でも付きそうな勢いで俺を指差し……こう言った。
「シキさんには、今から魔法を覚えてもらいます!」